#021 GOGO洞窟逃走劇~水蜥蜴を添えて~


「マジでしつこすぎるこいつら!」


 HPポーションの中身をがぶ飲みし、HPバーが回復するのを確認してからすぐさま後ろに放り投げる。ガシャンとガラス製の容器がアクアリザードに当たり、割れる音を聞きながら足を動かす。

 洞窟一面に張り付いていたアクアリザードが動きだしたと同時に俺とポンは真後ろにあったどこかへと繋がる通路へと走り出したのは良いのだが、初めて訪れる場所という事を抜きにしても、地上に出たときの現在位置がどこだか分からなくなってしまった。

 ポンが隣で息を切らしながら懐からミニボムを取り出したのを見て慌てて止める。


「ポン!こんなとこで爆弾なんか使ったら落盤するぞ!流石にゲームといえど生き埋めとかマジで洒落にならんからそれは最終手段だ!」


「そ、そうでした、すみませんちょっと疲れて思考が短絡的に……」


 ハッとしたような表情でポンはミニボムをしまう。Aims時代もそうだったが、この子は何かと爆発関係で全ての事柄を解決しようとする癖がある。爆発オチなんてサイテー。


「そうしたい気持ちもわかるけど流石にな!くそ、この洞窟どんだけ広いんだよ!?」


 先ほどからずっと走っているが、一向に行き止まりや曲がり角に当たらない。少なくとも十分間は走り続けているがこれだけ一つの通路が長いと全体像を想像するだけで嫌気がさしてくる。


「跳弾でなんとか数を減らせるかやってみるか……?」


 足を止めないまま器用にクルっと振り返り、弓を構える。少し距離を詰められてしまうが仕方ない。壁面びっしりにアクアリザードが張り付いているからどこに打っても命中はするだろうが、一番最適なルートを即座に計算する。


「取り敢えずお試しショット!」


 すぐさま射出して矢がアクアリザードの頭部を貫通しながら跳ね返っていく。四匹ほど頭部を貫通し、そのままポリゴンとなるが、それ以上は即死に至らなかった。そして減った分はすぐさま後ろからの増援で補充されるのを見て薄く笑ってしまう。


「焼け石に水ってか!良いぜクソ蜥蜴、マラソン大会といこうじゃねえか!」


 学校ってなんであんな行事やるんだろうな……。一緒にゆっくり走ろうぜ。あ、これ裏切られる奴。知ってるよ、経験者だし(裏切られた側)。今回は俺が裏切る側だぜひゃっはー!


「俺の小学校の頃の全校生徒ぐらいいるのか……この蜥蜴達?」


「この状況でいきなりどうしたんですか!?」


 おっと、思わず懐かしくなって変な方向に思考が持ってかれてしまった。だって数百はいそうなんだもん蜥蜴の数的に。


「ちまちま経験値集めるなら効率良さそうなんだけどなぁ、いかんせん数が多すぎる」


「確かにこんな状況じゃなければじっくり狩りをしたいところですね…!」


 絶対平原エリアより経験値効率良いぞこの狩場。え?轢き殺されるって?知りません命を犠牲にして経験値稼ぎに来てください。軽いな命。もっと大切にしようぜ(爆速で矛盾していく)。


「おっラッキー下り坂!少しだけ休憩時間だ!」


 息を切らしながらスライディングのような体勢で先ほど洞窟に来た時のように坂を滑り降りていく。ポンも俺と同じ様に続いて滑り降りる。湿り気を帯びてヌルヌルとした地面をよく転ばずに走って来れたな、と今更ながら思いながら弓矢を取り出す。


「な、なにするつもりですか!?」


「滑り降りながら経験値稼ぎ」


 そう言って一発矢を放つ。壁を反射しながらリザード達に矢が刺さり、悲鳴が聞こえてくるのと同時に、モンスターを討伐したことを示すログが流れていく。


「ワンショットスリーキルか、ちっ、もう一体は持っていきたかったな」


「いやこの状況で攻撃を当てられる方がおかしいんですよ!」


「え、でもあれだけいれば適当に撃っても当たるぞ?」


「そういう問題じゃないんです!」


 高速移動しながら射撃を当てられなきゃAimsじゃやっていけないぞ。オフラインモードのストーリーで墜落寸前のヘリという不安定な状況での射撃あったしな。あれすっげー楽しかった。あそこだけなんかやたら難易度高くて何度リトライしたことか。


「稼げるときに経験値を稼がないとな!ほいほいどんどん行くぜ!」


「もう突っ込みません、経験値稼ぎお願いします」


 ポンが諦めたようにため息を吐いたので俺は遠慮なく射撃を続ける。そういえばさっきから戦闘終了のログ出てないな。もしかしてこの地獄の蜥蜴マラソンが終わるまで経験値入ってこない感じ?


「まあいいかどうせ死んでも経験値入るだろ」


 視界端のログにはアクアリザードの討伐履歴がどんどん流れていく。平均一発につき三体は仕留めているようだ。これが死んだときor逃げ切った時に経験値がドバっと入ってくると思うと楽しみになるな。


「あっ!また普通の道に戻りますよ!気を付けて!」


「えっちょ、今無理」


 射撃したタイミングだったので体勢が整ってないんですが。視線を下に向けるとすぐそばに地面。


「のおおおおおおおおおっ!?」


「村人君!?」


 情けなく転がりながら不時着。数の暴力という言葉をそのまま顕現したような質量の塊が迫りくるのを見てすぐに体勢を立て直して走り始めたが、距離が詰められたことによりアクアリザードが飛びつき、俺の尻をパクリ。そして同時に発生するのはビリっと痛みの代わりに走る痺れ。その状態のままポンの隣へと全力疾走する。


「うわあなんか生理的に嫌だこの状況!ポン、取ってくんね!?」


「えええ!?ど、どうしましょう!?」


 痛みは無いんだけど尻に定期的に痺れが走るのはなんか嫌だ!これ味わいたくない奴!ポンが困惑しながら決意したような表情を浮かべて。


「【爆裂アッパー】!!」


「ええっ、ちょ、バカ!そこまでやる必要―――!」


 ポンの拳が赤く輝き、爆発しながら俺の尻に噛みついていたアクアリザードを吹き飛ばす。そして、そのままアクアリザードは天井に突き刺さり、再び爆発が起こったことにより辺りが揺れる。


「落盤すんぞ走れ走れ走れ!!!」


 ズン!と一際大きな音が響いたかと思えば、次の瞬間にガラガラと音を立てて天井が崩れていく。


「ああああああああああああああっ!?」


「きゃああああああああああああっ!?」


 悲しいかな、フラグ回収乙ってやつだよ。どんどん亀裂が入っていき、俺とポンが全力疾走するがそれを追い越さんとばかりに天井が崩落していく。


「おい、なんか広いとこに出るぞ!」


 タイミングの良いことに、ひと際大きな空間へとたどり着いたと同時に、先ほどまで走っていた通路が落盤によって完全に封鎖された。


 飛び込むように身を投げ出した俺たちは地面に腹からダイブし、「ぐえっ」と声を漏らしてそのまま項垂れる。


「はぁ、はぁ、はぁ、逃げ切った……?」


「はぁ、はぁ……ええと、ふぅ、そのようですね」


 ポンと短く会話を交わすと乱れた呼吸を整え、あおむけになり、大の字になって寝そべる。未だに心臓の鼓動がうるさいが、ほんのりとした達成感に包まれ苦笑する。


「いやああんな死の危険を感じるとは思わなかった……」


「あんなことはもうこりごりですね……」


 人生で経験してきた修羅場の中でも上位にランクイン間違いなしの出来事だった。こんなことがそうそうあってたまるか。

 隣に寝転ぶポンを見ると、何かに驚いたような表情を浮かべていた。


「うわあ、さっきの落盤で潰れたアクアリザードのキルログが凄い勢いで流れていますよ」


「一応ポンの攻撃で落盤したからポンの攻撃判定なのかな?いいこと知ったな」


 成程、その環境に存在する物を用いた場合でも討伐判定になるのか。お手軽経験値稼ぎにアクアリザード圧縮作戦使えそう。でもあんな思いをもう味わいたくねえ……。

 一つ深呼吸して生き残った事を喜んでいると。


「……あれ」


「どうしました?」


 ふと違和感を感じる。何だろう、逃げ切ったはいいけど、何か見落としている気がする。何だろうな、凄い重要な事だと思うんだけど……。

 えーと、そう、バトル終了後に出る奴……。


「そうだ……、えっと、ポン、?」


「え?…………あ」


 未だ流れ続けるアクアリザード討伐によるキルログ。いや、流れきったらバトルリザルト出るって流れなら良いんだよ?むしろそうであってくれ。


 と、俺の願望虚しく、後ろからズン、と言う音と共に落石がガラガラと崩れる。


 後ろを見た俺とポンはサァッと顔を青ざめて乾いた笑いを漏らした。


マラソン大会再開コンティニュー?」


「しない方針でお願いします」


 そんなこと言ってもなあ、取り敢えず風邪ひいたことにしようか。それとも集中豪雨で雨天中止とかどうですか?え?雨天決行?現実はつらい。

 そう言っている間にも振動は強くなっていく。


「ポン」


「はい」


 俺とポンは立ち上がり、パンパンと膝に着いた砂ぼこりを払う仕草をしてから。


「逃げるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 全力疾走。

 再び走り出したのと同時にアクアリザード達が放ったと思われる水のブレスで岩盤が吹き飛ばされ、中からアクアリザードとその上位種らしきモンスターが共に飛び出した。



 休憩を挟んでマラソン大会午後の部の開始だ。


 



「右!?左!?まっすぐ!?」


「右行きましょう!」


「了解!」


 あの広い空間を抜けると、今度は先ほどと違い、通路が沢山存在する入り組んだ地形となっていた。しょっちゅう曲がり角が存在するが、変人分隊の中で二番目に空間把握能力が優れているポンを信じてひたすら足を動かす。俺は後ろに付いてくるアクアリザードの処理に集中しているのであまり周りの地形を意識していないが、見覚えのある通路は通っていないことだけは分かる。


「これいつになったら終わるんだろうな!?」


「それはこっちが聞きたいことですよぉ!」


 処理しても次から次へと湧いてくる敵、天井を崩落させても諦めることなく追い続ける執念。

 すべては仲間の仇を打つために。

 俺の屍を超えて行けとばかりに味方の死骸を踏みつけて歩みを止めることは無い。


「これだけは分かる!ぜってえアクアリザードの設定作った奴は性格悪い!!」


「同感です!」


 このマラソン大会終わったら運営にメッセージ飛ばそう。対応してくれよマジで!


「右です!」


「はいよ!」


 地面を踏みしめて右に方向転換。曲がった直後、人間の後ろ姿が視界に入った。にこやかな笑みを浮かべて手を上げる。


「はろー放浪者トラベラー!トレイン失礼するぞー!」


「ごめんなさい!」


「え?」


 俺の声に気付いた銅鎧で装備を固めたプレイヤーが後ろを振り返り、ギョッとしたような表情を浮かべた。そして、その周りにいた五人のプレイヤーもみな一様に慌てふためきだす。

 銅鎧のプレイヤー、プレイヤーネーム『リキッド侍』は俺と後ろに付いてくるアクアリザードの群れを見て状況を判断したのか。


「ばっ、アクアリザードに手を出したのかよ!?命知らずだなお前!?」


「知らなかったんだよぉ!少し肩代わりしてくんね!?」


「断るぞアホ!しかもアクアリザードのタゲが向くのって攻撃した奴のパーティだけだから意味ないぞ!」


「まじかよ先輩参考になるわありがとう!」


 ガシャガシャと金属鎧特有の音を立てて俺らと並走する六人パーティ。大所帯になったな。

 まあ俺のする仕事は変わらない。【バックショット】を駆使してアクアリザードとの距離を少しでも離そう。

 俺の顔と弓を見て、リキッド侍が何かに気付いたように眉を動かす。


「あれ、どっかで見たことあると思ったけどもしかしてお前……やくさ」


「左に行きましょう!」


「すまんね巻き込んで!俺ら左行くから!」


「あっちょ、おい!」


 リキッド侍達を置いて俺とポンは左に曲がる。何か言っていたような気がするがまあ取り敢えず今は逃げあるのみだ!あんまり迷惑かけるとまた良くない噂が広がりかねん。





「リキッド侍さん、俺らの目的地も左なんですけど……」


「そうだよなあ……」


 右に曲がることでやり過ごしたリキッド侍を含む六人パーティは、二人のプレイヤーを追いかけるアクアリザードとその上位種、ハイアクアリザードの群れを見ながら、そう呟いた。

 本来彼らはある目的があってこの洞窟を訪れていたが、その目的地への通路が進行不可能になったことで深くため息を吐いた。

 パーティメンバーの一人である狩人の男、アヌビス丸はリキッド侍の隣に立ち、


「あの子、厄災さんですよね」


「ああ。……プレイヤーネームがあんな独特な奴が他にいるか」


 リキッド侍が呆れたようにため息を吐き、やれやれといった感じに笑う。


「最初で大分やらかしてたけどまーた変な事してたな……。これは掲示板案件ですわ」


「それに、あの状況でに行くってまた面白そうなことが起きそうですねえ」


「どうなるんだろうな?流石に二人はきついだろ……。まあ、別にもに繋がる道はあるし、遠回りしますか」


 そう言って、彼らは目的地に向けて再び歩き出した。






「おっしゃあまた広い空間!」


「まだ振り切ってないんですから安心するにはまだ早いですよ!」


 俺とポンが駆け込んだのは中心にある円状の地面へと六ヶ所から細い道が伸びた広い空間だった。そしてこの空間に入った途端、追手の足が急に止まり、律儀に今しがた入ってきた入り口で待機していた。まあ勢い良く追って来ていたものだから後ろから走ってきたアクアリザードに押し潰されてるのだが、見えない壁に阻まれて圧縮されていく。

 実際は設定でオフにしているので流れていないのだが、気分的に汗をぬぐうような仕草をしてから、膝に手を付いて息を荒く吐き出した。


「ふぅ~。あれ、あいつら足止まってね?」


「はぁ、はぁ……!あれ、本当ですね、どうしたんでしょうか」


 後ろを見て異変に気付いた俺とポンはアクアリザード達が潰れる様を見て少しギョッとしてから辺りを見回す。


 細い道の下は水辺になっていて、周りの壁からはところどころ水が噴き出していた。そして、正面にはひと際大きい滝があり、ドドドドドド、と凄い音を立てながら水しぶきを上げていた。


「なんか、神秘的ですね」


「そうだな」


 どこからか漏れ出ている日差しに当てられ、滝には大きな虹が出来ている。ひんやりとした空気が火照った体に心地よい。


 しかし、なんだろうか、この言いようのない嫌な予感は。

 なんであいつらは追ってこれなくなったんだ?見えない壁が出現した原因は?


「……きゃっ、もう、村人君、水飛ばさないでくださいよう!」


「いや、高さ的に無理だろ……」


 この円状の地面から下の水辺まで三メートルほど高さがある。どうしたって俺がポンに水を飛ばすことなど出来っこない。それこそ俺が滅茶苦茶水しぶきを上げながら泳がない限り。


「……ん?」


 ちょっと待て、水を飛ばした?どこから?

 最悪の事態を想定し、ぶわっと全身の鳥肌が立つような感覚に陥る。


「待て、ポン。離れるな、絶対何か来る」


「え!?」


 ああそうだ、まったく、なんで気付かなかったんだよ。こんなみたいなとこ、完全におあつらえ向きじゃあないか。

 

 そして次の瞬間、六ヶ所にあった細い道が中央の地面と分断され、水の中へと沈んでいった。


「くっそ、ライジン抜きかよ……」


 ははっと自嘲気味に笑う。沈んだ水辺をのぞき込むと、ゆらりと水辺に蠢くのは巨大な魚影。


「ポン、ここだわ」


「ええっ!?」


『ギャオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 水辺から跳ねるようにして飛び出し、壁へと張り付いた巨大な水色の蜥蜴。

 ……いや、蜥蜴じゃないな。蛇のように胴体がかなり長く、その姿から思い起こされるのは東洋の……そう、龍。

 飛び跳ねた水しぶきが水辺に叩きつけられ、ドパン!という音と共にサァァァと小雨のように水が降り注いだ。


「マラソン大会のフィナーレは直角の壁ボスですかそうですか……!」


『グルルルル……』


 くそったれ、ここに誘導されていたわけではないけど運が悪すぎる!

 でもこうなった以上、簡単に諦めるなんて選択肢は俺にはない。

 矢筒から矢を取り出し、目の前にいる水龍を見据えた。


「低レベル攻略上等!人数が足りないなんて言い訳にしかならねえ!っしゃ気合入れていくぞポン!」


「はっはい!」


 俺のモットーはゲームは楽しく!鬼畜縛りプレイ?上等!楽しみ方は人それぞれです!



『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』



【リバス渓流】のエリアボス、『レッサーアクアドラゴン』の開戦の咆哮を浴びながら俺とポンは動き出した。


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