#015 男同士のカフェデート(withポン)


「んっなんじゃっこりゃぁぁぁあ!?」


 突如現れた純白の女騎士にどてっぱらを貫かれ、一瞬でセカンダリアの噴水広場送りとなった俺は、ものすごい喪失感を感じた。何かの状態異常にかかったのかと慌ててステータスを見て、その内容に驚愕した。


「おい、シャドウ……これって……一体……!?」


『……恐らく、彼女の力の一端でしょう。ヴァルキュリアシステムを発動したのがキッカケというわけでもないようです。しかし、貴方の身体に悪影響を及ぼした代わりに貴方の業は全て解き放たれたようです』


「業?……もしかして、カルマ値の事か?……なんでったって、それと引き換えに……?」


『……彼女は、粛清の代行者。それ以上でも、それ以下でもない』


「シャドウ……?何か、知ってるのか?」


 何やら知っていそうな雰囲気を醸し出しながらシャドウがそう言うので、聞き出したい気持ちに駆られるが、おそらく情報を吐かないだろうと何となく確信したので引き下がる。


『……あなたは彼女を恨みますか?』


「……?いや、これは授業料みたいなもんだと思えばそうでもないかな。何となくこんなことになった原因も目星がついたし、悪い事をした奴が罰せられるのは当然のことだ」


『……そうですか。その誠実さがあれば彼女を―――』


 それだけ言い残してシャドウは再び消える。すごい気になることを言い残して消えるなよな、と思いながらライジンにメッセージを飛ばす。


「これは考察厨の領分だよなぁ」


 最後にもう一度ステータスを確認し、スクリーンショットを撮った後、俺はログアウトボタンを押してSBOの世界を離れた。







 マンイーター討伐から三日が過ぎた。SBOもその間、サーバーダウンを必要としないメンテナンスとアップデートが行われ、NPCの会話でも変化が生じていた。

 前までは本当に雑談、他愛もない会話であったのだが、明らかにこのゲーム本編のストーリーにかかわってくるような会話が追加されていたのだ。

 放浪者トラベラーが目指すべき最終目標は未だ定まってはいないが、その会話の中に『粛清』という単語がちらほらと出てきたのを察するに、間違いなくこの単語が何かしら関わってきていると推測される。

 そんな時に出てきた『粛清の代行者』……。


「多分俺が第一発見者というわけではないんだろうけど……。まあ、ライジンと合流して色々議論すればいいか」


 軽い荷物と財布だけを持って、俺は自室を離れた。



「そういや、ポンも誘おうかって言ってたっけ」


 マンションの自室を出てパスワードを入力すると、ドアがロックされる。忘れ物は無いよな、と再び確認したときにふと思い出した。


「あー、でもあの時ってポンがすぐに落ちたんだっけ?結局行きたいのか行きたくないのか聞くの忘れてたな。まあ一応声だけでも掛けておくか」


 ポンの部屋はすぐ隣なので、隣の部屋のドアの前に立ったとき、ふと綺麗な音色が聞こえてきた。


「なんだ、この音?ピアノか?」


 思わずうっとりしてそのまま聞き入ってしまいそうになったのだが、用事を思い出して頭を振る。


「おっと、そんな事してる暇は無かったな。えーと、インターホンをっと」


 優しい電子音が鳴り、扉の向こうから「はーい、今出ます」と可愛らしい声が聞こえてきた。


『……えーと、どなたでしょう?』


 部屋の前に備え付けられているモニターの電源が入り、カメラがこちらに向けられた。


「俺俺、俺だよ(裏声)」


『……ええと、傭兵君、何してるんですか……?』


 ちぇ、流石にモニターで顔を映されたら無意味か。ポン―――紺野唯の呆れたような声音が聞こえてくる。


「えーと、さっきのピアノっぽい音はポンが?」


『え?あ、聞こえてましたか!?す、すいません、部屋が防音仕様になっているって聞いていたので大丈夫かと思っていたのですが……』


「いや、ごめん聞くこと間違えたし、部屋の前に立つまで音が聞こえなかったから平気」


『そ、そうですか……。えっと、それでしたらどうしたんですか?』


「いや、そんな大したことじゃないんだけどさ。これからデート行かね?」


 俺がそう言うと沈黙が訪れた。空気が凍り付き、若干きまずくなる。

 あ、やべ。いつもの雰囲気で言っちゃったけどそういやポン女の子だったなぁ……。


『大した事じゃないですか~~~~!!!!!』


 ドタバタと騒がしくなる室内。急に誘うのは女の子的に駄目だったよなぁ。うーんデリカシーの無さここに極まれり。交友関係の狭さが如実に現れやがる。


「あー、ポン?行きたくなきゃ行かなくてもいいぞ?その場合は――」


『いえ!せっかくお誘い頂いたのに行かないなんて以ての外です!すぐに準備するのでお待ちください!!』


 ライジンも居るし構わないと言おうと思ったのだが、早口でまくしたてられ、モニターの電源がブツリと落ちた。まあ後で説明すればいいかと一人で納得し、マンションの壁に背中を預ける。


「……そういやライジンとの待ち合わせの時間に間に合いそうに無いな……」


 時刻は午前10時30分。11時に駅前のカフェで待ち合わせをしたのだが、今からポンを待つとなると確実に間に合わない。ここから駅まで徒歩十五分なので俺一人で行くとなれば大丈夫なのだが誘った手前やっぱ無しはあまりに酷だろう。

 なら、野郎と美少女どちらを優先するかと言えば。


「えーと、先カフェ入ってなんかドリンクでも飲んでてくれ。少し遅れる……っと」


 もちろんポン優先である。野郎に慈悲は無い(誘った張本人)。


「どうせ奢る羽目になるんだし構わないだろ。んじゃ待ちますかね」


 そう言ってAR拡張現実のSNSアプリを落とし、ほぼ日課となっているSBO掲示板を開き、情報収集を開始したのだった。





 20分後。




「お、お待たせしました……」


「結構早かったな。すまんね、いきなり誘ったりして」


「い、いえいえ!とんでもないです!」


 ドアが突然ガチャリと開き、中から白いワンピースを着こなした少女が出てきた。目元近くまで深く被ったレディースの麦わら帽子を両手で掴み、上目遣いでこちらを見上げる。その仕草とふわっと漂う甘い匂いに思わずドキリと胸が弾んだ。


「……あの、変、でしたか?」


「いや、その、似合ってるぞ」


 思わず言葉を失ってしまい、しどろもどろになりながら言葉を繋ぐ。正直、ちょっと見惚れてた。美少女だ、という事は知っていたがここまで全面的に出されるとあまり外見に無頓着な俺も少し揺らいでしまうな。


「そ、そうですか……やったっ」


 後半部分は聞き取れなかったが、満更でもなさそうな表情を浮かべていたので心象は悪くしたわけでは無さそうだ。ほっと一息吐いて、笑顔を浮かべる。


「じゃあポン、行こうぜ」


「あ、あの……」


「ん?どうした?」


 ポンは恥ずかしそうにモジモジしながら顔を赤らめて、小さく。


「きょ、今日はポンじゃなくて唯って呼んでいただけませんか?その、外、ですし…」


「あー」


 まあ確かにリアルでプレイヤー名で呼び合うのはおかしいよなぁ。マンションの自室とかそういったプライベートな空間でならまだしも、これから向かう先は一般客がいるカフェだ。確かに呼び名は変えておくに越したことはない。…だが。


「うーん、でも流石に名前呼びはちょーっと難易度高いから……紺野さんで」


「……むぅ、まあいいでしょう」


 ほんの少し拗ねたような態度で唇を尖らせるポン。

 いやリアルでまだ会って数日だから名前呼びはハードルが高いんだよ…。まあAimsだと年単位の付き合いなんだけどさ。


「それでは行きましょう、渚君っ」


 弾むような声音で微笑みかけてくるポンから思わず視線を逸らしてしまった。引きこもりゲーマーに対してその笑顔はまぶしい、まぶしいよ…。





 待ち合わせの時間から五分遅れて駅前のカフェについた俺らは、すでに4人席に一人で陣取っていたふてぶてしいイケメンを見つけた。


「ええ、そんなことだろうとは思ってました。ええ、知ってましたとも……」


 少し影を落とした表情でポンがぼやいた。うん、ごめんね。なんか凄い嬉しそうだったけどライジンとのデートなんだ本来。友達と遊ぶのが嬉しかったなら人数増えて喜ぶかと思ったんだが。


「おっ、ようやくきた……な!?おい、あのギャルゲー全敗恋愛弱者の渚に彼女……だと!?」


「ボロクソに言うな!まあ事実だし否定は出来んが!それと、彼女じゃないわ!」


 まったくこいつは。イケメンリア充はすーぐ女=恋愛に結び付けやがる。完璧美少女のポンと引きこもりゲーマーの俺じゃあ完全に釣り合いが取れてないんだよなぁ……。

 ポンはため息を吐いている俺を余所に、ライジンに向けて笑顔を向ける。


「あ、ええと、ライジンさん、ですよね?」


「……待って、今混乱してる。俺の記憶にこんな美少女は……」


 ポンに突然プレイヤー名を言い当てられ、困惑するライジンは必死に頭を抱えてうんうん唸りだした。流石イケメン王、女の顔なんて腐るほど見てきたからこんな滅多にいないような美少女ですら記憶に霞むというのか。


「もしかしてポン?」


「はい」


 ニコっとライジンに向けて微笑むポン。その笑顔を向けられて女の笑顔に見慣れているであろうライジンですら少し顔を赤らめる。おい、揺らぐな。お前好きな人いるだろ。


「ごほん、……ええと、それでリアルポンがなんで渚と一緒に?あ、まだリアルネーム言ってなかったりした?すまん渚」


「別に名前はもう教えてあるし気にすんな。ポンこと紺野さんは数日前に隣に引っ越してきたんだよ。それでたまたま気付いたって感じ」


「ああ件のエロゲーね」


「え、エロッ!?な、なんてライジンさんに説明したんですか渚君っ!!」


「おおう揺らすな揺らすな。ただの比喩表現だから気にすることは無い」


 ライジンが心底納得した表情を浮かべると、ポンが顔を真っ赤にしてこちらの服を掴んで軽く揺らしてくる。うーん、初心なのかむっつりさんなのか。


「渚君……?へえ、なるほどなるほど……?」


「別になんもねえよ、やかましい」


 ライジンがニヤリと意味深な笑みを浮かべたのでしっしっと手で払う仕草をして、本題に入る。


「で、今回呼んだのはさっきの、だよね」


「ああ、そうだ。それに関わる話をするついでに奢る約束も同時にこなそうと思ったわけ」


「律儀にこなすあたり渚らしいよな。まあ迷惑かけてんのは否定しないけど」


「まあその話は置いといて雷人が推測するに、彼女はどういう存在だと思う?」


「彼女!?渚君、彼女がいたんですか!?」


「いやちゃうねんどうしてそうなった」


 まあポンは【戦機】とやらが出てきたときインしてなかったしなぁ。しかし俺に彼女がいたとこでポンになんら影響ないだろ。いやいないけど。


「ええと、ポンには追って説明するよ。でも急に呼び出す程の事態だなんて、何があった?」


「……これを見てほしい」


 俺がAR拡張現実のデバイスを操作し、ライジンとポンの二人に先ほど撮ったスクリーンショットの画像を送信する。

 すぐに二人はその画像を確認し、違った表情を浮かべる。


「……これはステータス画面?なにもおかしい事は……」


「おい、渚……これって」


 ポンは気付かなくても仕方ないだろう。俺のステータスを見るのは初めてだろうから。だが、ライジンはちょくちょくステータス見せてくれと頼まれているから異変に気付いたようだ。

 俺は、ゆっくりと口を開き、




「そう……。……。これが起きたから雷人、お前を呼び出したんだ」




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