#016 粛清の代行者を考察していこうの回


「強制レベルダウン、ですか?」


 俺の言葉を聞いてポンが首を傾げる。だが、その言葉を自身の中で反芻し、やがてポンの表情が驚愕に変わった。


「え!?な、何か違反行為でもしたんですか?」


「いや、そういうわけじゃないんだ。えーっと、一から説明すると長くなるから端折るけど、俺が抑制Mobを湧かしたって話、前にしたよな?」


「ええ。それで沢山のプレイヤーが犠牲になったとも聞きました……まさか」


「そう、MPKによってカルマ値が上がりに上がったせいで今回の騒動が起きたんだと思ってる」


 ポンの言葉に頷きながら答える。まあ、多分それだけじゃ無いんだろうけど。


「カルマ値が一定に達することで急にレベルダウン処置?いくら何でもそれはやり過ぎじゃないのかな……」


「ごめんごめん、説明不足だった。厳密に言えばカルマ値が上がったせいで出現した特殊な敵Mobが原因でレベルダウンしたんだ」


 あの時その場にいなかったポンからしたら訳が分からないだろう。いまいち理解しきれていない表情で首を傾げ続ける。


「ライジン、スクショ撮った?」


「勿論。あんな考察しがいがある存在を収めないなんて考察厨の名が泣くね」


「抜かりないな。さっすが」


 そう言ってライジンが俺とポンにスクリーンショットを送ってくる。そこには先ほど交戦した、純白の鎧を纏った女騎士と、それに相対する俺の姿が映っていた。

 そのスクリーンショットに映る女騎士の姿を見てポンも思わず「うわぁ……綺麗」と声を漏らした。


「そうそう、こいつ。こいつにやられたせいでレベルダウンしたんだよ」


「ええっと、この人が敵Mobなんですか?見るからに人間っぽいですけど、種族は?」


機械種オートマタ、だね」


 ポンが質問すると、ライジンがポツリと呟く。


「え!?存在自体は確認されてるけどまだ具体的な詳細が分かっていないっていう!?」


「うん。俺もまさかあんなとこで見られるとは思わなかったけど間違いないと思う」


「置いてけぼり感が凄い」


 なんだよ機械種オートマタって。情報収集してるけどそんな単語出てこなかったんだけど。これがにわかとガチ勢の違いか…。


「渚は知らなかった感じ?ほら、戦ってるときに言ってた『お姉さんロボットだった感じ?』みたいな事言ってたじゃん。まさにその通りだよ。ロボットなんだよ」


「やっぱり『なんちゃらシステム』って言ってたから何となくロボットかなとは思ったけどそうだったんだな」


「『ヴァルキュリアシステム』ね。機械種オートマタという事を抜きにしてもこれも結構重要な単語だと思うんだよ。北欧神話で出てくるヴァルキリー、ヴァルキューレとも呼ばれる存在を冠した名だけど、関係あるのかどうかも気になる」


「すまん神話とかは俺の領分じゃねーわ。分かりやすく掻い摘んでもらえると助かる」


 急に神話とか出されてもな。厨二心をくすぐられはするけどそんな詳しくないんだよ。

 俺が難儀そうに言うと、ライジンは苦笑しながら。


「まあそこらへんは語ると長くなるだろうから後で語り合うとして、渚、レベルダウンしたから大慌てで呼んだわけじゃないんだろう?」


「そう…本題はここからなんだよ。レベルダウンした代わりに、どうやらカルマ値が大幅に減少、もしくは完全にゼロになったくさいんだよ」


「カルマ値が?」


 驚いたように目を開くライジンに対して首肯で答える。


「というのも、俺が死んだ後にすぐシャドウに聞いてみたら、『貴方の身体に悪影響を及ぼした代わりに業が解き放たれた』っつー意味深な台詞を吐いたわけ」


「……なるほど。俺らでいうカルマ値は向こうの世界では業、という表現が用いられてるわけか。それで、それが解き放たれた……限りなくゼロか、ゼロになったと」


「まあそう呼んでいるのはシャドウだけなのかもしれないけどな。……そこら辺とあの時の状況から察するに確実にカルマ値の上昇があの女騎士を呼んだっていうのは確定事項くさい」


「カルマ値が一定値に達する事により出現、か。元々渚は抑制Mobを湧かせてカルマ値を上げていたところに、俺へのFFによるカルマ値上昇がトドメとなったわけだ」


「そういう事だと思われる」


 ポンも「なるほど」と理解したように頷く。


「プレイヤーのステータスにすら影響を及ぼすカルマ値ねぇ。隠しステータスマスクデータにも関わらず割と重要な立ち位置にあるんだな」


隠しマスクだからこそ重要なんじゃないかな。運営からのPKペナルティにしては厳しいように見えてその実少し優しいようにも感じる。まるでような……」


「やり直す機会て……。更生システムでも搭載されてんのかよ」


「あはは、まああれだけ色々次世代以上のシステムが存在してるゲームだ、ありえなくはない」


 ひとしきり笑うと、ライジンは穏やかな笑みを浮かべる。


「次の話題に移ろうか。あの【戦機】の目撃情報について」


 ライジンはコーヒーを一口飲み、ゆっくりとカップを下ろしてから何やら手元で操作をして口を開いた。


「出現状況が気になって俺も個人的に色々調べてみたけど、粛清の代行者、【戦機】ヴァルキュリアは今日に限って出現したわけじゃないみたい。昨日辺りから存在が確認されたのかな?PK、粛清Mob放置、ハラスメント行為……どれもやっぱりカルマ値が関係しているっぽいんだよ。ただ、少し気になる事があってね」


「気になる事?」


 ライジンがAR拡張現実のウインドウを操作する手が止まった。その様子を訝しげに眺める。


「さっき渚が言ったデメリット…レベルダウンが起きた人も他にもいるし、違うデメリットが起きたプレイヤーもいるらしい」


「ほう?」


 凄い喪失感を感じて確認したのはステータスだけだったからな。もしかしたら他の部分でもデメリットを負っている部分があるのかもしれない。


「例えばPK……アイテムを盗むような行為を多く働いていたプレイヤーは全アイテムの没収、そして奪ったプレイヤーへの強制返還。売っちゃったアイテムとかは流石に返ってこなかったらしいけどね。次に、経験値効率を求めて粛清Mobを出していたプレイヤーは渚と同じレベルダウン……。経験値を求めた結果レベルダウンなんて皮肉が効いてるよね。そしてハラスメント行為……これが1番驚いたんだけど、街への一時的なアクセス禁止らしいんだよ。そこまでの権限を付与する存在って一体……てね」


 俺はMPKで大量のプレイヤーを倒したけど、何も死体を漁らなかったから埋め合わせとしてレベルダウンが付与されたというわけなのか?うーん無理矢理感凄いな……。


「運営が操作したキャラクターって線はないんですか?」


「無いね。GMが普通の鯖でプレイする場合はキャラクターの上に金色のプレイヤーネームが表示されるんだよ。彼女にはそれが無かった」


 ポンがありそうな可能性を主張するが、ライジンが即座に首を振って否定する。


「そこで、粛清の代行者ってワードに注目したい」


「粛清……悪い行いをした人間に対する制裁?その結果がレベルダウン付与なのか?」


「俺が思うに粛清って単語がそう言う意味に使われていないと思うんだよ。最近のアップデートで追加されたと思わしきファウストとかセカンダリアの住民達が話していた内容だと、『遥か昔に大粛清があった』『その粛清が行われた戦争はかなり悲惨な戦争だったらしい』とかそんな感じだったんだよね」


「ええと、つまり『粛清』はレベルダウンのような事を示すわけじゃなくて、もっと違う意味があると?」


「そう。たまたまレベルダウンとかが伴ったせいでそちらに目を向けがちだけど、それは結果としてそうなっただけで粛清の本来の意味合いではない…と思う。粛清と言う名のペナルティを付与するならわざわざああいう特殊な敵Mobを用意してまでする必要は無いし、PKなら死んだ瞬間に付与したって構わないはずだ」


「そういう演出を狙ったって線は無いのか?住民たちの会話も注意喚起的な感じで」


「まあそういう意図ももしかしたらあるのかもしれないけどね。でも、住民たちがそういうペナルティがあるよという事を示唆する会話だと仮定して言うなら、って単語を使う必要性は無いと思う。それなら「悪い人間には裁きが下される」とかそういう事を伝えるだけでも良いし、『粛清』がって言っているということはプレイヤー達がいない時代にもあいつかもしくはそれに準じた存在によって粛清が行われた、という事になる。つまりペナルティ=粛清という説が根本的に崩れるんだよ」


「なるほど、確かにNPCにペナルティを付与する必要は無いもんな……」


 ペナルティじゃなくても何かしらありそうな気もするけど。


「で、その粛清についてだけど、今回の【戦機】襲撃である程度目星がついた」


「え?たったあんだけの情報で?」


「うん。……それも、渚が名を聞き出したおかげでね」


 ライジンがニヤリと笑う。


「たまたま警戒してたから避けられただけなんだけど…。まあそれが役に立ったのなら」


「そのたまたまが凄い情報を引き出してくれたんだよ。彼女の被害にあった他のプレイヤー達の情報だと、『粛清の代行者』という単語は出てきたんだけど、【戦機】という名前は一切出てこなかった。あいつの超高速攻撃を避けられたご褒美に名を名乗ってくれるという事は、現時点ではステータスがかなり低いからPSプレイヤースキルだけで乗り切る必要がある。もちろんスキルの行使もあるけど、それは微々たるものだし、結果的に見切ってかわさないといけない。おめでとう渚。現時点で聞き出せたのは君だけだよ」


「つっても右腕吹き飛ばされたしなぁ。厨二なら余裕で回避してたと思うんだよ」


「違いない」


 あいつの回避性能人間やめてるからなぁ……。

 ライジンとポンも納得の表情でくすくす笑う。


「で、その名前が聞き出せたのがなんで粛清に繋がるんだ?」


「……このゲームの目標は未だ定まっていない。記憶を取り戻すというアバウト過ぎる目標さえあれど、その手段が見つかっていない。だけど、SBO発売間近、開発チームのインタビューでポロっとこぼした言葉があってね」


「言葉?」


「『このゲームにはメインコンテンツとして、【二つ名】と呼ばれる存在を倒す為のクエストが存在します。その存在を倒していく毎にプレイヤーの目標は近づいていくことでしょう』ってね」


「【二つ名】……まさか」


「そう、あの粛清の代行者……個体名ヴァルキュリアは【戦機】という名が付いている。彼女は【二つ名】……。彼女を倒すと物語は進行する、つまり記憶を取り戻す重要な存在なんだよ。で、記憶を取り戻すという事に密接にかかわってくるという事は?」


?そして、そのを倒すことによってに近付く為?」


「まあ、憶測に過ぎないけどね。現時点で俺はそう思ってる。記憶を失っている間どれぐらいの年月眠り続けてあの始まりの草原で目覚めたのかとかシャドウがどういう存在なのかは未だはっきりしないけど、大粛清がプレイヤーの記憶を奪ったものだとすれば粛清の代行者の打倒は明確にプレイヤーたちが目指すべき目標、という事になる。それを考えると粛清の代行者=二つ名説が濃厚かな」


「なるほどなぁ……。……で、その情報の開示は?」


「当分秘匿。憶測とはいえ多少なりとも信じるに値する情報だと思う。折角ここまで突き止められたんだ、他のプレイヤーが理不尽なペナルティモブと勘違いしている間に情報を集めて二つ名クエストとやらを最速で見つけて攻略しようじゃないか」


「独占するって事ね。オッケー了解。ポンもそれでいいか?」


「ええ。大丈夫です。少し気は引けちゃいますけど、レアアイテムが貰えるかもしれませんもんね!頑張りましょう!」


「見た目に反して意外にポンってがめついんだね…」


「なんで私、賛同しただけなのにそこまで言われなくては!?」


 ポンが驚いたようにライジンへと詰め寄ろうとするのを苦笑いで眺める。



 こうして俺らは、粛清の代行者の最速討伐という目標に向けて動き出すのだった。


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