変態スナイパーと粛清の代行者

#014 粛清の代行者


 ――――は突然現れる。



 ――――例えば、経験値効率のために抑制Mobを沸かせすぎたプレイヤーの元へ。





「Rosaliaさん、粛清Mobがそろそろ湧きますよ」


 鈍い銅色の鎧を纏ったプレイヤーが、レイピアを装備したRosaliaと呼ばれた女性のプレイヤーに向けて声をかける。しかし、Rosaliaは首を振ると。


「問題ない。このまま狩りを続けよう。もう少しでレベルアップだしな」


 【始まりの平原】で起きたスローター抑制システム――粛清Mobの騒動。一番最初に訪れるフィールドにしては遥か格上のMobがポップしてしまい、ゲームを始めたばかりの初心者達は成すすべもなく蹂躙された。

 Rosalia達は別のゲームではかなり名の知れたトップクランのプレイヤーだ。粛清Mobをポップさせ、MPKなんてした日には、悪評が立ってしまう。

 そんな気遣いから出た警戒の色を含めた忠告ではあったが、まあいつもの事だしなとRosaliaは顎に手を添える。


 と、その時だった。


「あれ?後ろのプレイヤーは知り合いですか?」


「ん?」


 銅鎧のプレイヤーの言われるままに後ろを振り向くと、Rosaliaは思わず息を呑んだ。

 純白の鎧を纏った、この世の者とは思えない絶世の美女が立っていたのだ。





 ――――は乱す者を許さない。



 ――――秩序を、規律を、を。





「あの、貴方は?その装備はどこで?」


 突如現れたというのを抜きにしても、見たこともない素材で作られた気品漂う純白の鎧には最前線をひた走るトップレベルのプレイヤーも、大変興味をそそられた。

 その純白の鎧を纏った女騎士は、Rosaliaを見据えながらぽつりと一言。


「我、粛清の代行者」


「え?」





 ――――は容赦は一切ない。



 ――――言葉は不要。行ってきた行動は明確。何があろうと、





 ――ボッと空気が唸る。


「Rosaliaさんっ!?」


 純白の鎧を纏った女騎士が放った不意打ちにして神速の一撃は、Rosaliaの腹を一瞬で貫き、一撃でHPバーを全損させた。現状、レベルに関してもこのゲームでトップクラスに高いRosaliaを一瞬にして消し飛ばすほどの実力を伴った存在。

 そんな存在に銅鎧のプレイヤーはゴクリと喉を動かす。


「は、はは、は。……何こいつ、GMゲームマスター?え?でも、プレイヤーに直接制裁加えるって……マジ?」


 目の前で起きた光景に困惑するプレイヤーを冷えた瞳で眺めると、純白の女騎士は手に持つレイピアを閃かせる。


「ちょ、タンマ……かひゅ」


 喉から空気が抜けるような音と共に、銅鎧のプレイヤーは一瞬でポリゴンと化した。


『何故罪を繰り返すのか』


 誰もいなくなった平原でそう呟くと、純白の鎧の女騎士は役目を終えたとばかりに姿を消した。







 ――――は突然現れる。



 ――――例えば、PKを主として楽しんでいるプレイヤーの元へ。






 場所は変わって、【始まりの平原】。



「ふははは!!雑魚プレイヤー狩りは楽しいなぁ!ほら、早くアイテム出せや、命が惜しければなぁ」


 筋骨隆々のアバターを操作する、斧を担いだプレイヤーが始まりの平原でスライム狩りを楽しんでいた初心者に対してPK行為を仕掛けていた。

 サービス開始間もない現在、装備を作るにしても需要が高く、行商人やマーケットで高値で取引される『スライムの核』を強奪する為に。


「も、持ってない!スライムの核なんて!あれ低確率ドロップだろ!?」


「そうか!なら用は無い、死ね」


 男がにこりと笑うと、斧を振るって初心者プレイヤーの首を跳ね飛ばす。すると、その場にアイテム袋がドロップする。

 このゲームの仕様上、身に付けている装備などはドロップしないが、所持品に入ってるアイテムがいくつかドロップしてしまう。その仕様を利用したPK行為である。

 アイテムが入った袋を漁って中身を確認したリーダー格のプレイヤー、アギトは鋭く舌打ちする。


「ちっ、しけてんな……。おい、次行くぞ!」


「了解!リーダー!」


 別のMMORPGでPVPを専門とするPKクラン、【血の茨ブラッドソーン】のメンバー達は、比較的手を出しても返り討ちに合いにくい初心者狩りを楽しんで行っていた、そんな時。


 は現れた。


「ん?なんだてめえは?」


「我、粛清の代行者」





 ――――は乱す者を許さない。



 ――――秩序を、規律を、を。





 突如として現れた純白の女騎士に対して暫くの間目を剥いていたアギトだったが、やがて鼻で笑った。


「フッ、女がたった一人で正義の味方気どりかよ!やれるもんならやってみな!丁度初心者ばっかり狩るのも飽き飽きしていた頃だしな!」


 アギトとその周囲の【血の茨ブラッドソーン】のメンバー達は笑いながら武器を構えた。





 ――――は容赦は一切ない。



 ――――言葉は不要、何があろうと、





 一筋の閃光が駆け抜ける。



「な……にが、起き……!?」


 純白の鎧を纏った女騎士が放った神速の一撃は、アギトを一撃で消し飛ばした。こと対人に関してはこのゲーム随一(尚初心者狩りで稼いだキルスコア)の男の実力は、ゲームの最前線の環境をひた走っているような一線級のプレイヤーに至らないとしても、それなりに実力自体は伴ったプレイヤーである。

 そんなアギトを一撃で屠った女騎士に、周囲のプレイヤーに戦慄が走った。


 再びレイピアを閃かせるとパッと舞う赤いポリゴン。閃光が再び駆け抜けると、【血の茨ブラッドソーン】のメンバー達を一人残らず抹殺していく。


「こ、この女、……!?」


 最後の一人がそう言葉を残した瞬間、レイピアで頭を貫かれた。その様子を見た初心者プレイヤーが恐怖に駆られ、頭を抑えて蹲る。


「ご、ごめんなさい何もしてないので許してください……!?」


 女騎士はその初心者プレイヤーを一瞥すると、最初から興味はないとばかりに虚空へと視線を向ける。


『何故罪を繰り返すのか』


 にわかに騒がしくなった始まりの平原でそう呟くと、純白の鎧の女騎士は姿を消した。





 ――――は突然現れる。



 ――――例えば、ハラスメント行為を働こうとする迷惑プレイヤーの元へ。




 場所は変わって、【ファウスト】。

 町の一角、NPCが食事を提供している【ルマンド亭】呼ばれる食事処での出来事。


 フレンドと食事をしながら談笑していた女性プレイヤーの元に、いかにも遊び歩いてそうな外見をしたプレイヤーが近づいてくる。


「ねえねえお姉さん達?俺とパーティ組まね?」


「え、えっと……」


「いえ、先約があるので大丈夫です」


 あまりそういった事に慣れていない女性プレイヤーを見かねたもう一人の女性プレイヤーは、手慣れた様子できっぱりと断る。

 だが、下卑た笑みを浮かべる男は、まあまあと呟いてから。


「そう言わずにさあ。絶対俺らとプレイした方が楽しいって!」


「しつこいですね、通報しますよ?」


「別にこれまでやられたみたいだけど実害無いから構わないよん!ほれ、通報してみそ!」


 明らかに小馬鹿にしている様子の男の目の前で、運営への通報を押そうとした、そんな時。


「……凄い、綺麗な人……」


「ん?」


 怯えていた女性プレイヤーがそう言葉を漏らし、下卑た笑みを浮かべていた男が後ろを振り向くと、顔が一層緩む。

 音もなく現れた、純白の美女に鼻の下をだらしなく伸ばしながら近寄った。





 ――――は乱す者を許さない。



 ――――秩序を、規律を、を。




 突如として現れた、完全武装の女騎士の美貌に眩んだ男は、すぐにターゲットを変えた。


「滅茶苦茶綺麗なお姉さん!俺と遊ぼうよ!絶対楽しませてあげるからさ!」


 雑誌に取り上げられるモデルなんて目じゃない。艶やかに流れる金髪、キリっとした深海を思わせるような美しい青い瞳、そして端正な顔立ち。鎧を着こなしていても分かる、抜群に整ったスタイル。

 炭が圧縮されてダイヤモンドとなるように、美しさという単語を極限まで凝縮して生まれた『美』そのものといっても過言では無い、完成された容姿の美女に、出会い目的の男達は詰め寄った。


 そんな男達に対し、汚物を見るかのように冷ややかな視線を向ける女騎士。


「我、粛清の代行者」


「え?」





 ――――は容赦は一切ない。



 ――――言葉は不要。行ってきた行動は明確。何があろうと、





「ここは戦闘禁止区域だぞ!?」


 純白の鎧を纏った女騎士が放った不意打ちの神速の一撃は、戦闘禁止区域であるにも関わらず男性プレイヤーの身体を容赦なく貫いた。当然、男性プレイヤーはポリゴンと化して最後に訪れたセーブポイントにデスポーンした。

 街中でも一応プレイヤーに対しての攻撃は可能となっている。だが、こういったNPCが営む食事処などは、全面的に戦闘が禁止されており、武器を抜刀する事すら叶わない。それにも関わらず女騎士の一撃は男性プレイヤーをデスポーンさせるに足るだったのだ。

 これには周囲のプレイヤーもただ事じゃないと慌てだす。


「どうなってやがる…?」


 驚きで息を呑んだプレイヤーの前で純白の女騎士は手に持つレイピアを閃かせると、周囲にいた男性プレイヤーの連れ達を全て排除した。


『何故罪を繰り返すのか』


 悲鳴が発生する街中でそう呟くと、純白の鎧の女騎士は姿を消した。






 ――――は突然現れる。



 ――――例えば、自覚がないまま抑制Mobを出現させてしまい、他のプレイヤーを大量にMPKしてしまった者の所へも。



 ――――判断基準は、――。



 ――――自覚があろうが無かろうが、罪は罪。死をもって、断罪とす。





「【バックショット】!」


 一人の女性似の男性プレイヤー、村人Aがスキルを放ちながら矢を放つ。矢が反射していったかと思えば一人のプレイヤーに命中した。


「ぐっ、ダメージはしょぼいけどノックバックが凄いな!確かにこれなら緊急回避にも使えるんじゃないか?」


 もう一人のプレイヤー、ライジンが吹き飛ばされながらそう言う。ひとしきり地面を転がると、バッと起き上がり、村人Aの方へと歩いていった。


「えーと、五反射でダメージが5だから、その前までの検証のダメージの数値から推測するに、一反射するごとに10分の1がダメージ減衰するみたいだな。小数点切り捨てらしい」


「助かったよライジン。自分に反射させて当てる方法でもよかったんだけど、素のダメージが知れなかったから検証がめんどくさかったんだ」


「助けになったなら良かったよ。あ、パーティ内のFFでのカルマ値増加設定切ってなかった。すまん」


「まあ別に上がったとこでそんなに影響でないしな。平気平気」


 ライジンが謝罪するが、村人Aも気にすんなと、笑みを浮かべる。そんな時に。


「おい、村人」


「ッ」


 真後ろに、突如として純白の鎧を纏った女騎士が出現したのだ。





 ――――は乱す者を許さない。



 ――――秩序を、規律を、を。



 ――――楽をするべからず。ルールを破るべからず。



 ――――強くなりたければ誠実に、奪いし命に感謝しながら生きよ。





 あまり女性に関心を持たない村人Aですらも息を呑む程の美貌。

 ただ、このタイミングで出現したという事は、まず間違いなく厄介事なのだろうと悟った村人Aは、女騎士に対し警戒を解かなかった。


「すっげー美人…あんた、誰だ?」


「我、粛清の代行者」


「なんじゃそりゃ」


 村人Aは口元が思わず引きつりながら女騎士の動きを注視する。





 ――――は容赦は一切ない。



 ――――言葉は不要。行ってきた行動は明確。何があろうと、



 ――――彼女は、――――と同じ――――である。その人物を見れば、断罪すべきかどうか分かる。



 ――――に、死の粛清を。





 断罪の一撃が空気を切り裂いて村人Aへと繰り出される。


 しかし、純白の鎧を纏った女騎士が放った不意打ちの神速の一撃は、村人Aの腹を貫くことは無かった。





「あっぶねぇ!」


 とんでもない速度の一撃は、流石に回避しきれずに右腕の肘から先を吹き飛ばした。ライジンも被害にあった俺を見て慌てて双剣を抜刀した。

 HPがゴリゴリ削られていくのを視界端に確認していると驚いたような表情で美女が呟く。


「咎人が、我が一撃をかわすか」


「咎人ぉ!?まさかお前新手のお仕置きMobか!?」


「お仕置き?否。我は粛清の代行者。咎人を断罪せし者」


「変わらねえよ!なあライジン、なんなんだこいつ!?」


「粛清の代行者…?まさか、ストーリー本編にかかわってくる存在?どうして、こんなところに?なぜ、何がトリガーになった?」


「だああ考察厨モード入ったよ畜生!」


 続く凄まじく早い攻撃を回避しながら舌打ちする。かわせないわけではないが、攻撃の挙動を読みながら常に回避に行動を全振りしないといけないから一切攻撃に転じる事が出来ない。


「ほう、私の攻撃を完全に見切るか。なら、我が力の一片を見せてやろう」


「げっまだまだ本気じゃなかった感じ!?勘弁してくれ!」


 女騎士が攻撃を止め、レイピアを構える。そして、一言。


「『ヴァルキュリアシステム、起動』」


「わーおお姉さんロボットだった感じ!?エッスエフゥ!」


 思わずテンションがおかしい方向になりつつ叫ぶと、目の前の女騎士が赤いオーラを纏った。


「名を名乗るのが遅れたな咎人。我が名は【戦機】ヴァルキュリア。死を持って我が名を刻め」


 知覚できる限界の速度に近付いた女騎士の一撃は、今度こそ俺の腹を深々と貫いた。







 ――其れは罪深き者の断罪のために生まれ落ちた、否。存在。ことわりから、ルールから、規律から外れる存在を罰するために。


 ――彼女の行動原理は単純明快。とある一つのを監視し、彼女はその強大な力を持ってして、レイピアを振るい続ける。


 ――故に、彼女の役目にはない。しかし、はある。ただ、そのは果てしない年月の先に訪れる物であると彼女は知っている。


 ――いつか、自分を滅ぼし超える――そんな最期しあわせを、彼女は待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る