#008 変態スナイパー、因果応報の意味を知る


 やあ!僕の名前は村人A!始まりの町ファウストに住む一般市民さ!


「あ、あのー」


「ここは始まりの町ファウストだよ」


 代わり代わりやってくる放浪者トラベラーの皆さんに挨拶するのが僕の生きがいであり、人生そのものなんだ!


「あなた……プレイヤーですよね?」


「ここは始まりの町ファウストだよ」


 何を言ってるのやら。僕は村人A、ただそれだけの存在なのに。


「なんで定期的に弓撃ってるんですか……?」


「ここは始まりの町ファウストだよ」


 この人はなんで僕に何度も何度も話しかけてくるんだろう?僕に与えられた使命はここが始まりの町ファウストだと伝えるだけだからそれ以上話すことはないのに。……おっ、弓使いのレベル上がった。


「いや流石にこんな所にNPCを誤配置するなんてないだろうしなあ……。ギリギリ町の外だしなぁ、ここ」


 何を言っているのだろう。誤配置?僕は僕さ!


「特殊イベントの一環なのかな?……って今レベル上がったよね!?光ったよね!?」


「ここは始まりの町ファウストだよ」


 おっ今ので跳弾がLv7まで上がった。へへへ、跳弾回数増やすごとにどんどん上がりが早くなっていってるんだよなぁ……この調子ならあっという間にスキルカンストしそう……、おっと、化けの皮が剥がれる所だった。


「ねえなんでずっと木に向かって弓を撃ってるだけなのにレベル上がってるの!?バグなの!?運営に報告した方が良い!?」


「だああああああああここは始まりの町ファウストだって言ってんだろうが!!ロールプレイの邪魔すんじゃねー!!!ちなみに仕様の範囲内なので報告する必要はありません!!」


「すっ、すいません!!」


 話しかけてくるプレイヤーがあまりにしつこいのでもう素で行くことにした。せっかくポンとライジンが戻ってくるまでの間ぼーっとするのもなんだからそれまでの間跳弾で敵Mobを倒しながら、フェリオ樹海に行くプレイヤー達に対してロールプレイしようと思っていたのに。

 思いっきり叫ぶと絡んできたプレイヤーが一目散に逃げ出してしまう。……やべえ、変な噂立たないと良いんだけど。


 再び跳弾特訓兼ゴブリン狩りをしようとすると、新着メッセージが一件届いた。

 弓を背に担ぎなおし、メニュー画面を開いてメッセージBoxにアクセスすると、どうやらポンからのメッセージみたいだ。内容を確認するべく中身を閲覧する。



ポン:傭兵君、もう晩御飯は食べましたか?ちょっと作りすぎてしまったのでおすそ分けしたいなと思ったのですが……。


村人A:晩飯はカップ麺食ったから平気


ポン:なっ、カップ麺だけだと栄養偏りますよ!ちゃんと食べないと駄目です!


村人A:おかんかよ



「おかんかよ」


 思わず二回突っ込んでしまった。いやまあ昔確かにポンは栄養管理に気を使ってるとは聞いてはいたけど。昔はVRゲームのやりすぎで栄養失調になってゲームにインしたまま……といった事件もそこそこあったけど、今は心拍数を始め、諸々の体調とかも全部VR機器が常に確認してくれてるから安心安全なんだよなぁ……。


「とはいえ断るのも申し訳ないよなぁ……」


 一人暮らしを始めてからあまり自炊しないもので、基本的にスーパーの総菜とかコンビニ弁当で済ませているから出来立てのご飯、というのにも若干飢えている。どうせ頂けるなら貰っておいた方がポンも余り物を消費出来てありがたいし、俺も出来立ての飯食えるしでwin-winだろう。


「区切りも良いし一旦落ちるか」


 と、その前に矢を回収しに行かないと。

 何度目か分からないルーチンワークをこなそうと、森の中に行ってしまったのが運のツキだった。





「なんか明らかにこのマップに場違いな奴いるんですけど……?」


 は弓矢が大量に突き刺さった森林地帯の中心に立っていた。


 ゴブリンだ。……ゴブリン、なんだ。ただ、普通のゴブリンじゃないんだよ。一瞬レアエネミーなのかな?という考えが頭をよぎるがすぐに頭を振って考えを正す。

 まず一番最初に目についたのはその図体のでかさ。ゴブリンの大きさが人間の半分ぐらいだとしたらこいつは大体人間の二倍から三倍くらいの大きさがある。そして鈍い光を放っている金属鎧を纏って、明らかに何度も獲物を狩ってきましたと言わんばかりの真っ赤に染まった斧が背負われている、言うなれば歴戦のゴブリン、ゴブリンジェネラル――。


 と、その暫定ゴブジェネ君がぐりん!とこちらに向かって急速に首の角度を変える。醜悪な顔ににやりとした笑みが張り付けられ、完全にロックオンされたのを悟った。


omgなんてこった……」


 引きつった笑みのままそう呟く。明らかにレベルが違う。ファウストからセカンダリアに向かう方法がこのフェリオ樹海のエリアボスを倒す必要があるというのはライジンから聞いている。ただ、は初心者が寄ってたかって戦っても勝てるような相手じゃない……と思う。という事はエリアボスという事でも無さそうだ。


「やべえのにタゲられた――」


 刹那、ズシン!という音と共に地面が割れてゴブジェネが猛追してくる。そして、その勢いのまま斧をフルスイングして襲い掛かってきた。その巨体に似つかわしくない高速機動に驚き、一瞬対応が遅れてしまう。


「ちょ、おまっそれは無いだろ!?」


 咄嗟に伏せる事で事なきを得るが、ゴブジェネは凄まじい勢いで地面に突っ込んだにも関わらず、すぐにむくりと起き上がって楽しそうな笑顔を浮かべながら咆哮する。訂正、レベルじゃない。次元が違う。こいつは今の俺がどうやっても勝てるような相手じゃない。


「こんのステータスお化けめ…」


 多分こいつはスピード特化タイプでは無いのだろう。AimsのAGI極振りビルドに比べたら動きは数段劣るが、それでもかなり速いのには変わりない。にも関わらず、一撃の重みが異常だ。斧抜きにしても先ほどの殺意に溢れた突進は、それだけで木々を何本も倒すには十分すぎる威力だった。

 ゴブジェネは傍らに落ちている自分の斧を拾い上げると、斧を真っすぐ構える。

 ただ逃げまわるだけにはいかないと俺も慌てて矢を放って牽制するが、ゴブジェネが纏っている金属鎧に弾かれてしまったため、ダメージは1すら入っていないと思われる。


『グルァァァァァァァァァアアアアアアアア!!!』


「ッ!?」


 凄まじい咆哮と共に大跳躍し、先ほどの横回転と違い、今度は斧と共に縦回転しながら速度を上げてこちらに向かって一直線に突っ込んでくる。咆哮の影響による硬直状態のせいで足が竦んで動かない。


「ぬおおおおお解除されろちくしょう!!」


 どれだけ意志の強さがあろうとシステム的影響には逆らえない。なんだこの初見殺し鬼畜コンボォォォオオ!!


「あっぎりぎり解除あっぶね!!」


 さながら超アクロバティック兜割を披露したゴブジェネが俺に斧を叩きつける寸前に硬直状態が解除され、慌てて横っ飛びすることで何とか回避するが、大質量の叩きつけによって発生した余波が俺の身体を吹き飛ばした。


「本当無茶苦茶すぎんだろ!?こんなのまともに戦えるわけないだろ!?」


 地面を転がりながら思わずそう叫ぶ。先ほどの余波だけでHPバーが四割ほど減ってしまっていた。直接攻撃を当てられなくてもその衝撃波だけでHP全損されそうなんですけど!?


「三十六計逃げるに如かず!!」


 もう無理ィ!強制敗北イベントだわこれ!

 みっともなく逃げ出そうとする俺を勿論見逃すはずもなく、兜割の硬直状態から抜け出したゴブジェネは鋭く狙いを定めて斧を振りかぶる。


 ……おいおい、まさか。


 俺の嫌な予感は的中し、ゴブジェネは斧をぶん投げてきた。


「だああもうやけくそだ!!目標ゴブジェネくそったれの眼球!!貫いたれ俺の蛮勇の一撃ィ!!」


 振り返りざま跳弾計算を始め、ルートを確立する。

 すぐさま手持ちで一番火力が出そうな石の矢を装填し、木に向かって放った。

 矢とゴブジェネの斧が交差し、斧の方が先に俺の身体をかすったかと思うと、かすった個所から赤いポリゴンを出しながらHPバーがガリガリ削られていく。

 一拍遅れて俺の放った矢は木々を反射していき、四回目の跳弾で奴の眼球に突き刺さった。


『ガァアアアアアアアアアアアア!!』


 流石にレベルが低くても急所に放った一撃は有効打なのか、頭に手を当てながら苦しそうにもがくゴブジェネ。着弾した眼球から大量の赤いポリゴンをまき散らしながらこちらを睨みつけてくる。

 これは、もう片方の目にも打ち込めば逃げ切れるんじゃないか!?

 ……と、思っていたのだが。


「あっ……が、へ?」


 呂律が回らない。おかしい、何が起きた?

 困惑しながらも既に瀕死レベルまで追い詰められていた俺のHPバーの端っこに、雷マークのアイコンが点滅していることに気付いた。


 ……【麻痺】状態を告げるステータスアイコンだ。


「は……あ……かよ…」


 そんなのありかよと思いながら地面に無様に倒れ込む。……おそらく、あの斧に【麻痺】状態が付与される麻痺毒が塗布されていたのだろう。咆哮アクロバティック兜割という初見殺しだけかと思えば、斧自体も当たった時点でアウトだったのだ。……理不尽すぎる。


 ズシン、ズシンと足音を立てながらこちらに一歩ずつ歩みを進めてくるゴブジェネを見据えながらはぁ、とため息を吐く。


 調子に乗ってゴブ狩りしまくってたのがいけないのかねーと結構核心に近いことを思いながら、斧を拾い上げたゴブジェネの一撃で、俺のHPバーはあっけなく全損したのだった。







「ってことがあってさー」


「それ多分スローター抑止のためのお仕置きMobだと思いますよ」


 場所は変わってリアル。デスポーンし、噴水広場に放りだされた俺は、ポンからのメッセージが来ていたことを思い出して慌ててログアウトした。そのままポンの部屋のインターホンを鳴らし、立ち話しているという今の状況に繋がる。そして先ほど体験した悲しい出来事を伝えると、ポンがそう切り出した。


「お仕置きMob?」


「はい。まああくまで発売したてのゲームですからあまり情報は出回っていないんですけど、一種類の敵Mobだけを長時間狩り続けると出現するっていうMobらしいですね。恐らく、同一モンスターの狩りを制限する事で狩場の独占を防ぐためかと。因みに発生させたエリアから数段上のレベルの敵Mobが固定で出現するみたいで、一定時間経過するか、発生させた張本人が死ぬまで暴れまわるっていうやつです」


 やっぱりあいつはレアエネミーなんかじゃなかったのか。明らかに強さが異常だったもんなぁ……。


「一応発生させた人が放置すると付近のプレイヤーに襲い掛かるらしいので、MPK扱いになるみたいですよ?」


「うわ、早めに見つけといて良かった。それもどうせカルマ値上がるんだろ?」


「そうですね。PKとほぼ同等の扱いですから放置すると気付いた時には取り返しのつかないことになってるかもしれませんから……」


 本当に良かった、遠距離狩りは楽だけどしばらく控えておいた方がいいかもな…。


「あ、ポン、これありがとな。小腹空いたら食べるから」


「いえいえ!」


 俺が貰っただし巻き卵の入ったタッパーを掲げるとにこりと微笑むポン。


「じゃ、また向こうで」


「はい!私もインしますね!」


 挨拶をかわして家の中へと戻り、再びSBOの世界へとダイブしたのだった。

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