第25話 ゲンカイジャー、NewTuberとも戦う②
最近、疲れが取れない。34才、老いるには早いが、かと言って20代の頃の様に体は動かない。栄養素の偏りは体を着実に蝕み、傷が癒える速度は落ち、疲労は簡単に体から追い出せなくなった。そこへ来て、異世界の魔物と戦えと宣うのだから、運命の神とは性悪である。せめて、肉体が全盛期の人間に戦えと命じるべきだろ。
アンコは下り坂に入ったとはいえ、弛まぬ努力でその鋼の肉体は健在。ゴウやカンナは未だ頂上付近。ハルカに至ってはまだ登山の途中だ。だから、俺に求められているのはクレバーな判断やスマートな交渉。肉体的な働きではないはずだ。
「行ったわよ! レッドちゃん!」
「うおおおおおっ!! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
「ブモオオオオオオオオオッ!!!!!!」
俺は一刀の下にミノタウロスを切り伏せた。ゴブリンはもはや下級戦闘員の様な役割だ。ミノタウロスは人型でありつつも人語を操るような高い知性を持っていないので異世怪人には分類されないらしい。今日も今日とて満身装衣を着ている間は肉体、絶好調。配信を後で見返しても別人が戦っているとしか思えない。
“すげえ!!”
“レッドさん流石っス!!”
“俺達のリーダー”
“兄貴と呼ばせてください!”
“イエローも斧の白刃取りとか”
“濡れるッッッ!!”
“赤黄シフトの安定感よ”
“政府「ミノタウロスは躊躇なし」っと”
“牛頭人身のバケモノまで出てきた”
コメントは盛り上がっているようだ。ベアリーの魔法で透過性のバーチャルウィンドウが出てくるようになったので、少し邪魔だが戦闘中でもたまにコンタクトを取ったりしている。全ては収益のためだ。
「ベアリー、フィールドは?」
「大丈夫です、消えました! 魔素もクリアです」
「やったわね、レッドちゃん」
今日はイエローと二人での出動。シャドウサーバントが居るとはいえ、あくまで影なので完璧に自分の代わりを務めるのは不可能なため、俺達はシフト制に近い形態で魔物退治に邁進していた。今日のゴウは検診、ハルカは試験期間、カンナは大事な舞台があるのだとか。
「よし! 今日もギリギリ勝利だぜ! みんな、視聴ありがとうな!」
「またねー♡」
「ご視聴ありがとうございました!」
“圧倒的勝利では?笑”
“ギリギリ……とは……?”
“いや、白刃取りは正直キモを冷やした”
“お疲れ様でしたー!”
“おつです!”
とりあえず、配信の間は一人のヒーローになりきっている。もしも、戦隊ヒーローがNewTuberだったらという設定で。元々積極的に配信の類を熱心に見る人間では無かったので、立ち振る舞いの参考になればと人気の配信者を何人か見てきた。中には過激な事やってる連中もいたが、概ね息の長いNewTuberは礼儀正しく、かつ人当たりの良さそうな人間が多かった。
NewTuberと言えば耳目を集める為に過激な事をやったり言ったりする連中という色眼鏡で見ていたが、結局マスコミがそういう連中を嬉しがって取り上げているだけで大半は穏やかに自分の趣味を娯楽に昇華しているのだ。
これには大いに反省させられた。いくつか自分のアカウントでチャンネル登録もしてみた。推す、という心境に至っているかというと自信が無いが、それはまだ俺に時間の余裕が無いからだろう。
俺の事を推す、と宣言してくれる人間もチラホラ出てきた。だが、やはり圧倒的な同接数を誇るのはピンクとグリーンが出動した時。どうしてもヒーローファンに男子が多い為、その人気は女子メンバーに集中しがちだ。グリーンに至っては顔出しもしていないのに本業より人気が高いので半泣きになっていた。哀愁漂うとはああいう事を言うのだろう。
「配信終了でーす」
「配信切り忘れバズりとかいらないからな?」
「安心して下さい! 切れてますよ!」
裸芸じみた返答をするベアリー。
「レッドちゃん、今日は寄ってく?」
人目の無いところで変身を解いて、お誘いを受けるが生憎今日は仕事を残して来ている。仕事の後の一杯と洒落込めれば格別だが、日付を越えるのは確実だ。
「悪い、今日は残業だ」
「あら、そう? たまには息抜きも大事よ?」
「息抜きしたら魂まで抜けていきそうだ」
「たまには顔出してよねっ」
「あぁ。そろそろまた野菜を摂取しにいく」
「じゃ、お仕事頑張ってね♡」
「おう」
止まったら死ぬ。確かそんな魚がいたな、と思いを馳せ、夕闇の中へ。トボトボと会社を目指す。当初感じていた、何のために俺が、という思いは応援コメントが幾分救ってくれた。現金なものだ。
もちろん、心無いコメントも中傷の類もやってくるが、そんなものは罵倒慣れしている俺の心には響かない。何より、その気になれば即特定していつでも本人の前に登場出来るというのが大きい。いきなり目の前に現れた俺をどんな目で見つめてくるのか想像したら笑い声さえ漏れる。
「いかんいかん。ストレスは魔物で解消せねば」
漏れ出す負のオーラを押し込め、会社への道を歩む。
『キワム! キワムのそばにごく小さいフィールド反応です!』
ベアリーからの通信が入る。ダブルヘッダーかよめんどくせぇと、心のなかで悪態をつきながら物陰に隠れて変身。
「リヴァァァァァイヴ!!!」
見ると近くに小さな魔物が現れていた。
「ぷに?」
スライムだ。
「ぷにぷにー!」
なんてこった。よりによって可愛い方のスライムかよ。敵なんだからもっとドロドログチャグチャベッチョベッチョしてろよ。そうすれば心置きなく対峙して退治できるのに。
「ぷーにー!」
可愛い素振りを見せながら実は俺に接近して溶解液をかける気かもしれない。どうしよう。これ一匹配信しても十秒以内に終わりそうだ。周りに他の敵の気配もない。やっちまうか?
「あ、スライム!!」
「ベアリー、これは配信出来そうか?」
「いえ、今のレッドなら瞬殺ですね。多少聖石を使えば私でも倒せます!」
金にならないのに金を使うのはやめろ。俺はベアリーをそっと制止するとゲンカイソードを手に取った。
「スライムよ! さらば!」
「ぷっ! ぷぅぅぅにぃぃぃぃ!」
クソォ! 倒したはずなのに“
後味の悪さを感じながら俺は再び会社へと歩み始めた。
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