第16話 限界アイドル、松浦 カンナ②
松浦カンナの生まれは、最悪と言って良かった。酒乱の父に、抵抗できぬ母。姉もまだ幼く、記憶にある限りは父が存在して良かったことなど一つも無い。命からがら母と共に逃げ出したのは、姉が八歳、カンナが六歳の頃である。
母は、姉妹を育てる為、身を粉にして働いた。それでも親子三人、慎ましく暮らすのが精一杯。姉と共に飢えをしのぎ、暑さに悶え、寒さに震えた夜も数知れず。小学校に行けばみすぼらしい姉妹を揶揄う心無き声。二人は自然と寄り添いあい、力強く生きようと誓い合った。
姉が十二歳、カンナが十歳になった頃。激務が祟った母は、病に伏せるようになった。二人は持てる権利をフルに活用し、生きた。生きて、生きて、生きた。しかし母は力尽きた。姉妹は一層絆を深めて生きていくしかなかった。
児童養護施設での生活が始まり、いくらかマシな日々が訪れた。しかし、それも長くは続かない。姉が引き取られることになったのだ。善人を絵にかいた様な人の良さそうな夫婦。だが、引き取ることが出来るのは一人だという。カンナは引き裂かれる悲しみを負いながらも姉の背を押した。自分は大丈夫。自分は不幸の星の下に生まれたのだから、自分といるよりはきっと幸せになれるはず。喧嘩別れでも何でもして、姉の幸せを願おう。そうして、姉は引き取られていった。
ただ、唯一の心残りは連絡手段を失った事。通信機器をまだ渡されていなかったカンナは、生まれてこの方ワイヤーの様に力強く繋がっていた絆を自らの手で切断したのだ。やがて時が経ち、カンナも引き取られることになり、二人の絆はいよいよ修復し難い断絶となった。
カンナの身元を引き受けたのは弱小芸能事務所社長夫婦。きっかけは、児童養護施設への取材番組である。その受け答え、容姿に天与の才を見出した社長は、カンナにアイドルになるべきだと諭した。この時カンナ十五歳。物の道理を身に着け、幾分か大人の思考になったカンナは、姉との再会を夢見る様になっていた。
「アイドルになって有名になったら、またお姉ちゃんと……」
カンナは心に炎を宿した。知らぬものの居ない、不動のアイドルになれば、いつか向こうから見つけてくれるのではないか。もちろん、易い道ではない。ただ、カンナにとってはそれが最善の方法に思えた。
一方、社長も打算があったとはいえ、恵まれない境遇のカンナには本物の愛情を注いだ。カンナの熱意の源も理解していた。だから実の親以上に大切に育てた。やがて、カンナを育てる内、自分の感じた才気は本物だと確信した。親バカと言われればそれまでだが、これほどの逸材にはもう生涯巡り逢えないだろうと信じるに足りる確信。
故に、業界の有力者から夜の接待の
業を煮やした男は、カンナに直接アプローチをかける算段に切り替えた。カンナとて、そういう噂は耳にしている。始めの内はそつなく対応していた。そうして逃げを打つ内、男には焦りが募った。もう、花は開こうとしている。無粋な輩に嗅ぎ付けられ、無碍に摘まれてしまうのも時間の問題だ。そうなってからでは遅い。
最終通告のつもりで、腕を掴んだ。それが良くなかった。カンナの脳裏に幼少期、父によって殴られた経験がフラッシュバックし、つい、突き飛ばしてしまった。
男が奪われたのは文字通り生命線でもあった、腰だった。
男も自分の行いが表沙汰になるのは不味いと思ったのか、カンナは芸能界の追放こそ免れた。しかし、カンナが脚光を浴びる機会は、永劫失われたと言っていい。
だが、それでも、いつか、そう信じてカンナは歌い、踊り続ける。
☆☆☆
「うーん、一言で言って売れないアイドルですねぇ」
「売れないアイドルってプロフィール(24)て書いてあるぞ」
『言っちゃなんですけど、もう限界ですよね』
『ハルカちゃん、めっ』
「だからこそ、とは言えるわよね」
顔を見る限り、売れそうな華はある。言っちゃなんだが美貌も。この年齢まで燻っているのが不思議なくらいだ。興味はある。しかし、ここまでアイドルとして踏ん張った娘が怪我の危険すらあるヒーロー活動に暇を割いてくれるだろうか。望みは限りなく薄い。
「とりあえず、会ってみるだけ会ってみたいんだが、そもそもアイドルってそんなに簡単に会えるのか?」
「簡単ですよ。こっちも有名人になればいいんです」
「バカか」
「見てくださいよコレ、あれ? 繋がらない」
「あ、お前これウチのパソコン。ケーブル引っこ抜いて繋がるわけないだろ」
「あ、はい、コレ。うちのフリーWi-Fiのパスワード」
用意がいい居酒屋だ。金が有ったら通いたい。
「あ、繋がりました。見てください、コレ」
ベアリーが指さした画面に映っていたのは俺達が戦う動画。誰が上げたのか知らないがカラフルな文字列が踊る目に優しくないサムネイル。
「へぇ、病院の件、もう拡散されてるのか。いち、じゅう、ひゃくせんまん、ん? は、80万再生!? これ上げたのNewTuberとかインフルエンサーじゃなくて一般人だよな!?」
「すごいわね……」
『その内、100回はボクですね』
そんなことは聞いていない。こちとら、頑張って頑張って身を粉にして働いて残業上等、休日出勤万歳でやってるのに貯金と余暇は減っていく一方なんだが!? ただ俺達の動画を上げた奴が、着々と収益を上げてる!? こんな不条理があっていいのか!?
「これを私達がやれば、すぐに有名人ですよ」
『ボク、身バレは困る』
『あ、僕もです。妹に危険が及んだらどこの誰だろうが潰してしまいますから』
「アタシは……、まぁ元々多少知れ渡ってるけど、ヒーローとしてってなると……」
「俺ももちろん断る」
「だから、私がやるのです。異世界の人間である私がやれば、いくら調べ上げようが過去も戸籍も一切関係ありませんから」
「家から出られなくなるぞ」
「勇者が使用したという認識阻害の魔法を古文書から取得しました。コレなら適当に撒くことは可能でしょう」
「アカウントとかプロバイダ、口座はどうする」
「魔法で何とかします」
ご都合主義も極まる。だが、収益さえ上がれば聖石への課金とベアリーの食費という巨大な難問が消える。なんなら一人で家を借りてもらってもいい。正直、金の動きまで操作できるのかとは思うが、魔法さんがきっとどうにかしてくれる。魔法さん万歳! 魔法さん万歳! これ以上深くなんて考えてやるもんか!!
「よし、分かった。どうせほっといても動画は拡散されるんだ。なら、存分に荒稼ぎして、そしてゆくゆくはカンナに接触しようではないか」
『だったらボクも編集とか手続き手伝うよ』
『僕に出来ることは……無さそうですね』
「ゴウはゆっくり養生してくれ」
「アタシは常連さんとかにこっそりオススメしようかしら」
「アンコは特徴的すぎるから下手に目立たないほうがいい気がする」
「あらそう?」
「では、決まりということで」
ヒーロー活動収益化作戦、開始である。
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