第17話 限界アイドル、松浦 カンナ③ 配信開始

「え、もうこれ始まってますか?」


 ベアリーはカメラの前に立って緊張の面持ちで立ち尽くしている。俺も声には出さないが、回っていることを腕と目線で伝える。背景は貧乏くさいアパートの壁だが致し方ない。最低限の機材を揃えるだけでそこそこいい金額になった。アンコにいくらか出資してもらったとは言えスタジオを借りられる余裕などあろうはずもない。屋外の時はカメラを魔法で飛ばして魔法で隠してドローン撮影と言い張るつもりだ。


“ん? ギリギリ戦隊ゲンカイジャー?”

“嘘だろ?”

“は? マジ?”

“この子、一番初めの動画に映ってた子!?”

“やべぇ! 公式だ!”

“ヒーロー板の連中に伝えねば!”


「初めまして、私は異世界から来たベアリー=スタインフェルドと申します」


“とんでもない電波配信で草”

“俺は信じる。結婚しよう”

“ついに来たか”

“あ、俺異能に目覚めたかもしれん”


「皆さんもご承知の通り、この世界は今脅威にさらされています」


“全然ご承知じゃないんだがwww”

“視聴者あっという間に増えとる”

“ヒーロー板から来ました”

“レッドの横におった子か!”

“俺にも返信能力クレ”

“慌て杉や”

“頭にRe:でも付けとけ”


 俺は配信の邪魔をしないようにハルカに連絡を取った。


「なんかすごいことになってきてるけど大丈夫か?」

『SNS等で無告知で同接瞬時に50人はさすがですが、まだまだですね』

「そうなのか」


 社畜おじさんにはわからん世界だ。今日はひとまずイントロダクションということでベアリーの言いたいことを言ってもらう。初回なので初々しさを出すために敢えて生にしてみた。こんなことでいくら稼げるのか知らんがまぁ、ベアリーが使う分の聖石代とか食費になれば十分だろ。外出もろもろ含めて敵が出た時の対処とか傷の治療とかで、二~三万、食費が一日千円として三万円。まぁ、素人の配信だし月一万円は高望みにしても月に四~五千円程は稼いでくれないかなぁ。顔は良いしなぁ。


「私はこの世界で戦える戦士を発掘し、必ずや世界に平和を取り戻して見せます」


“お布施が必要か?”

“宗教染みてきたな”

“開設したてや。投げ銭は無効や”


 なんてこった。そうなのか。


『広告はオンにしてますからね。NewTubeは投稿累計500時間、登録者数三千人から投げ銭解禁、投稿内容は比較的寛容と言われてますが、いやらしいのはダメです』


 俺達の配信でそんなことになろうはずもない。まぁ、本番は戦闘配信だろうな。戦うモンスターによっては多少グロいことになるかもしれないが、ベアリーの魔法とカメラワークで解決するしかない。


「魔物はフィールド内に魔素が発生すると同時にこちらの世界に転移してきます。大変危険なので絶対に近づかないでください。フィールド外に出れば執拗に追ってくることはありません」


“広報かな?”

“情報サンクス”

“よし、今回はグロ無さそうだな”

“グロポリスさん、キタ―――(゚∀゚)―――― !!”

“なんやグロポリスってプロポリスみたいやな”

“内輪のノリ止めてくれませんかね”


「空気に違和感を感じたり、黒い霧が発生し始めたらその場からなるべく遠くへ離れてください」


 一般人への注意喚起は大事だ。動画が拡散されている以上、面白半分で近づいてくる輩も居るかもしれない。いや、確実に居る。守りながらの戦いは人数が少ない俺達にとって致命的になる。なるべく人が減らせればいいんだが。


「次に、皆さんを守る戦士ですが、誠に僭越ながらこちらの基準で選びました。追加での募集や選考基準についてはご回答を差し控えさせていただきますのでご了承ください」


“うーん……固いwww”

“初配信だしな”

“ガッチガチやん”

“可愛い”

“好き”


「う、うぅ……。本当に危険ですゅから」


“なんて?”

“噛んだ”

“神田川”

“女噛み(めがみ)”


 よし、何を言っても受け入れられるゾーンに入った。可愛いは正義だ。


『ベアリーちゃんすっごい頑張ってますね。視聴者千人超えました』

「すごいのか?」

『ヒーロー動画がそもそもバズってますからね。ご本人登場は盛り上がるでしょう。時間や曜日にもよりますが千人は相当立派な数字です。この後まだまだ伸びますよ』


 そんなもんか。カンナへの接触はまだもう少し先の話になりそうだ。


「――そんなわけでこれからは、私の目線でゲンカイジャーの活躍を配信していきたいと思います。魔物が現れた時は警察等の誘導に従って、すぐに避難してください。以上、ご視聴ありがとうございました」


“88888888”

“これからも頑張ってください”

“魔物呼び寄せてるのコイツらだったりしてな”

“チャンネル登録済ませた”

“なんで魔物なんか湧いてくるんだよぅ”

“ベアリーちゃんを推し切り萌え”

“ピンクちゃんはまだですか”

“あんな動画信じてる奴いるとかwww”

“まだそんなこと言ってる奴いるのか”


 質問に答えたり、緊張で固まったりしてるうちに配信が終わった。一時間弱と、短い時間だったが、それなりにファンは掴んだようだ。チャンネル登録者数が見る間に増えていく。


「終わったか」

『最終的に、同接は千二百人ちょいまで行きました。初配信でこれなら快挙ですよ。ランキングとかにも乗ってくるレベルです』

「つ、疲れました……」

「お疲れさん。今日はベアリーの大好物のカップ麺用意したから」

ねぎらい、安っ!!』

「うっわ! 味噌味!! 大好きですぅぅぅぅ」

『後は、まぁ不謹慎ですけど、魔物が現れるかどうかですね』


 確かにそうだ。ダンジョンものや手料理なんかと違ってこちらから能動的に配信することが出来ない。ただ、最近は侵攻のペースが上がってるみたいだし基本的には問題ないだろう。ベアリー単体の動画を作ってもいい。


「ちなみに、このペースで視聴されるとどれぐらい稼げるんだ?」

『動画の長さやチャンネル登録者数にもよりますけど……、広告収入だけなら二十万前後と言われてますね』

「そっか。にじゅうまんか」




 え




 二十万!!!??? 俺の月収近く稼ぐの!? つかほぼ手取り!!?


『あくまで投稿頻度落とさなかった場合ですよ? 同接=収益にはなりませんので目安です』

「投げ銭が解禁なんかされた日には……あばばばば」

『濃ゆいファンが必要ですけどコメント見てる限り大丈夫そうですね』

「あばばばば」

『それどころか、このまま視聴者が増え続けるようなことがあったら……』


 俺の目の前で呑気に味噌ラーメンを啜ってる少女が? あ、コーン落とすなこの。

箸の使い方がぎこちないな。異世界人だからしょうがないけど。


「フゥー、フゥー! おいし♪」


 あれ? もしかして俺の年収低すぎ?

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