第4話 幻界魔王、ヒンスレーバ・ドンスル①
『ふーん……、そっかぁ。体調不良ねぇ。起き上がれないくらいなんだぁ。そっかぁ。まぁ、それならしょうがないよねぇ。いいよねぇ、うらやましいなぁ。働いてないのにお金を貰える制度。いや、まぁ、そういう制度があるんだから別に使う事がいけないと言ってるわけじゃないんだよ? 会社の規定でも認められてる範囲だし。誰が決めたんだか知らないけどね。ただ俺の若い頃はやっぱり体が動く内は無茶でも何でもしてがむしゃらに駆け上がったもんだけどなぁ。時代だよねぇ。最近の若いもんは、なんて言いたいわけじゃないんだけどね? うん』
「ハイ、ハイ……エエ。ハイ。仰る通りです。エエ。ハイ。なるほど。ハイ。廃。灰。肺。エエ。スイマセン。ハイ。では、明日。ハイ」
ふぅぅぅぅぅぅぅぅ、とんでもなく長い説教くらった。そうか。有休申請は事前申請が原則なのか。また一つ勉強になった。まぁ、体調不良と言えるか微妙なところだが、実際大怪我はしたようなもんだし、一応、病院に行って診察してもらうか。休んだ分は休日出勤すれば取り返せるだろう。
「キワムさん!」
「キワムでいい。どうした?」
「フィールドの形成反応です! 奴らが来ます!」
昨日の戦いが現実だと分かった今、そして、完徹二日を決行した翌朝。長ったらしい異世界の話を聞いた後、弊社の魔王にも等しい部長から説教をくらい、途方もない疲労感に包まれている訳だが、敵さんは容赦してくれないらしい。まぁ、相手は侵略者なのだからこちらの都合を汲んでくれるなどという甘い考えは通用しないのだろう。
「行かなきゃ……、ダメだよな?」
「もちろんです! こちらの人々は魔物なんて常時対峙していない上に魔法も使えないのでしょう!?」
しょうがない。覚悟を決めて出撃するか。ベアリーにはケガを治してもらった恩もある。夢じゃないとわかった以上、困っている人がどこかに存在するのだ。首尾よく倒せたらその後、病院だな。
「さぁ、唱えてください」
「え? アレやっぱり毎回言わなきゃダメなのか?」
「はい。呪文とは即ち、極限まで省略した神への祈りの言葉ですから。さ、早く行きましょう!」
「はぁ~あ。分かった分かった。リヴァだよな? 下唇嚙むんだよな?」
「そうです! 詠唱は正確に! 急いでください!」
「ハイハイ。リヴァーーーーーーイヴ!!!」
光に包まれた。姿見に映った変身後の姿を明るいところでよく見ると、少し煤けた赤い色である。胸には獅子の様な生物の意匠。やはり、騎士というよりは戦隊もののバトルスーツだ。何故異世界の戦闘服がこの姿なのか。
いや、しかし。うん、中々どうして。
「キワム! 行きますよ!」
鏡の前でポーズを取っている俺をベアリーが急かす。
――幼い頃、人並みにヒーローに憧れたことがある。推していたのはクールでニヒルなブラックだったが、やはり戦隊と言えばレッド。リーダーの色だ。
「行くぞ! ベアリー!」
「はい!」
駆けつけた現場は、昨日戦った場所の近くの公園だ。周囲にはもう出勤途中と思われる人が足早に駅を目指していた。
駆けつけてみるとそこにはすでに、違和感の壁があった。その中では、黒いガスの様な物質が立ち上っていて、逃げ惑う人々も何人か。その中心には、ゴブリンよりも遥かに巨体の豚? 猪? らしき人型の化物がその巨体に見合った棍棒をふりまわしていた。
「ブオオオオォォォッッッ!!」
俗に言うオーク、というやつだろうか。前回よりも明らかに強そうなモンスターが、送り込まれている。憂慮すべき事態だ。
「キワム、さぁ、名乗るのです。私の言う通りに」
ボソボソ……
「え、嫌だよ恥ずかしい。なんの罰ゲーム? それ」
「貴方用にカスタマイズした祈り、決意の言葉です! これによりスーツの出力が15%アップするのです!」
恥ずかしい思いをする割には微妙な効果だ。しかしまぁ、その効果をないがしろにして死ぬよりはマシ。ならば一時の恥は飲み込んで叫んでやろうではないか。
「血反吐は吐いても弱音は吐くな! 回生の騎士、ゲンカイジャー! ギリギリレッドここに参上!!!」
逃げ惑う人々と魔物が、一瞬止まった。当たり前だ。コスプレした人が変な事を叫んでいるようにしか見えないのだから。
「俺が来たからにはもう、大丈夫だ!」
勇ましく飛び出て恥ずかしい決めゼリフを吐いた。これで活躍できなきゃ嘘だ。俺は、オーク目掛けて走り込み、その肥大した土手っ腹に蹴りを加えた。
イケる手応え。だが、ゴブリンよりはよほどタフネスだ。一撃で終いとは流石にいかない。敵も雄叫びをあげながら棍棒を振るう。
「なるほど、本当にだんだん厄介になってきやがる」
俺は棍棒をいなし、隙を見て一本背負い。後はマウント体勢からボコボコにする……のだが、衆人環視の下でやっちゃっていいのだろうか。ゴブリンの時は、確か頭の骨を砕いてやっと倒せたような。SNS全盛の時代にセンシティブ映像の拡散は避けたい。
「ベアリー! 敵にトドメを差すと同時に爆破できるか!?」
「それぐらいでしたら!」
よし、何とか子供向けの映像になりそうだ。俺は、タイミングを図ってオークを渾身の力で殴りつけ、離れた。
すると、オークはゆっくりと膨らんで爆発四散し、その肉片と血と臓物を撒き散らした。
違うんだよなあ! それだと! いや、俺の説明不足だけど! 後で、ベアリーには説明しよう。ニチアサとか見せて。今回の周囲の皆様にはトラウマを残したと思うけどまぁ、生命には代えられないと割り切ってもらうしかない。
「よし、今回も退治できたな」
「!!!? キワム! まだです! まだ何か来ます!」
確かにフィールドは消えず、魔素も発生したままだ。
「フフフ、地球か。いい星だ。勇者が生まれるのも納得だ。この星を死と恐怖と魔素で満たしたらどんなに素晴らしいだろう」
突然、魔素が掃除機にでも吸われるみたいに一点に集約し、その中心から声。冷たく暗い、それでいて背筋を刃が通る様な恐ろしい得体のしれない声。立っていたのは黒いローブを身にまとったスマートな男だった。
激しい運動をしたわけでもないのに脈拍が上がり、呼吸は乱れ、それでいて心臓を握られたように息苦しく。冷汗は止まることなく、怖気、悪寒、嫌悪感、不快感、忌避感で身動きが取れなくなる。一刻も早くこの場を離れたい。戦う気などまるで起きない。誰だ。いや、何なんだコイツは。
「……ッッ!! 言葉が話せるのか!」
「おやおや、何処かで見たことのある姿。申し遅れて失礼。我は幻界魔王、ヒンスレーバ・ドンスル。お見知り置きを」
ん? 今なんと?
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