第3話 限界召喚士、ベアリー②

「崖っぷちがどうのこうのは知らんが、地球には今、たくさんの貧困や差別や争いが有るんだ。何なら今この瞬間、本当に崖っぷちに立ってるやつだって居るかもしれない。現職総理大臣とか船〇英一郎とかな。だから、よーく目を凝らして探してみろ。適任者なんてすぐ見つかるから。よし、帰れ」

「帰〜り〜ま〜せ~ん~! てば! ダメなんですー!! そんな後ろ向きなガケップ値では! 良いですか!? ガケップ値はこっちの言葉で『火事場の馬鹿力』が近いかもしれません。土俵際のうっちゃりと言いますか、不屈の精神と言いますか、絶対に諦めない、強い気持ちが必要なんです!」


 どうでもいいけど妙に日本語に詳しいな。ますますもって怪しい。


「貴方にはそれが備わっている。だから、ゲンカイジャーとして選ばれたのです」

「何故に俺が戦わんといかんのだ。警察なり自衛隊なり米軍なりいるだろ。大体お前の言う敵っつーのは何の事なんだ?」

「いいですか? この世界は今、キシカイ星の魔王に狙われているのです」

「ほーん、で?」

「貴方も昨晩襲われたでしょう!? キシカイ星のモンスターに!」


 ああ、そういえばゴブリンに襲われた夢を見たっけ。いやー、リアルだったな。まるで本当に殴って殴られたような感触。まだ頭と拳に残っている。そういえばケガは治っているみたいだ。


「本来は魔王を倒す為の勇者を我々の世界に召喚するのが私の役目なのですが、古文書通りにやってもどういう訳か全く成功せず、次第に人族は追い詰められてしまったのです」

「ほーん、で?」

「で……その……ここからは少し申し上げにくいのですが……」

「ゴニョゴニョせずにはっきり喋れ」

「私の一族から……その……う、裏切り者が……出てしまい」

「フム」

「古文書の内容……と召喚技術……を奪われ……」

「ほう」

「あろうことか解析……されて……ですね? あの……こちらの世界への……干渉……? が可能になって……しまったのです」

「つまり、何か? 貴様らの内輪揉めに巻き込まれて地球が危機を迎えていると?」

「そういうことになってしまいますね」

「――なってしまいますね、じゃねぇ!! ふざけるなよ!!」


 ついカッとなって叫んでしまった。壁ドンが両サイドから二発ずつ。知ったこっちゃない。夢なのに、幻覚なのについつい熱くなってしまった。あまりにもふざけた話だ。


「ヒィィィィ……。……で、私は一族を代表してこの世界に送り込まれることになり」

「どうやって? 召喚できなかったし、こっちに送り込むのは魔王側の技術だろ?」

「ハイ。敵がゴブリンを送り込むホールを利用してどうにかこうにか潜り込み……」


 よくよく聞いてみればこの子は何も悪くない。それどころかこんな若い身空で知らない世界に送り込まれて。しかも相当に危険な手段で。悪いのは魔王と裏切った身内であって彼女ではない。俺の妄想ということを除けば、同情の余地は多分にある。


「そうか。悪かったな。怒鳴って」

「いえ、身内の不始末が原因ですから」

「で、具体的に俺は何をすればいいんだ?」

「最終的には魔王の討伐をお願いしたいのですが、当面は、ホールを通ってやってくる敵を倒していただければ」

「そうは言っても敵で溢れかえったら俺一人じゃ太刀打ちできないぞ?」

「そうですね。並行して仲間探しも行いましょう。ガケップ値の高い適合者を。幸いなことに敵がホールを開く技術はまだ未発達なようで、たくさんの敵や強力な敵は送り込めないようです。それに、この地球には奴らが活動するための“魔素”が感じられません」

「魔素?」

「はい。奴らの動力源と言いますか、魔法を使うための要素だったりもするのですが。地球では濃度が低すぎる為、特殊フィールドを発生させてその中で同胞を活動させているようです」


 なるほど。昨晩感じた違和感はそのフィールド内に入り込んでしまった時のものか。半径何メートルぐらいあるんだろう。


「そいつが満ちた時が地球の終わりって事か」

「ええ。大魔王“ヒンスレーバ・ドンスル”が直接乗り込んでくることでしょう」


 勝手に消えていきそうな大魔王だな。


「今、キシカイ星とやらはどうなってるんだ?」

「分かりません。私が来る直前には既に地上は魔素と魔物で埋め尽くされていました。残された人類は地下に逃れ、反旗を翻すタイミングを窺っていたところです。私を送り込んでくれた一族の者は……きっともう……」

「悪いことを聞いたな」

「いえ」


 あれ? でもこいつら魔法使えてなかったっけ? どういう事だ? 魔素が無いはずの地球で、扉をすり抜けたり他人に力を与えたり出来るのか? 向こうの人類はどうやって魔王軍と戦ってたんだろう。


「ベアリーはこっちでどうやって魔法を使ってるんだ?」

「貴方に力を与えたのは厳密には魔法ではないのですが、あちらで人類が使う魔法と言えば神への祈りか、聖石と呼ばれる媒介を通して奇跡を起こすのが一般的ですね。神への祈りは長い詠唱が必要なので普通は聖石を使います。しかし、長い戦いで聖石も相当消費されたので、必要に応じて。という感じですかね。私は、こちらに来るにあたって持てるだけ持ち込んだので多少のサポートは出来ると思います。が、やはり数が限られているのでこれもまた必要に応じて使用を判断したいと思います」

「俺の頭が治ってるのももしかして?」

「はい。応急処置ですが、傷だけは塞ぎました」

「そうか、それはありが……」


 危ない。夢の中なのに流されるところだった。いちいち具体的で筋が通っているが、どっかでそんな小説かアニメでも見たんだろうか。さて、とにかくそろそろだな。本当にそろそろ目が覚めてくれないと困る。


 じゃないとこれを現実だと認めなくてはいけなくなる。未成年を家に連れ込んでいる事、地球の危機だという事、変身して戦わなくてはいけない事。うっかり、有休を使ってしまった事。どれもこれも抱えきれないほど重い。頼む、いい加減目を覚ましてくれ。早く「ああ、不思議な夢だった」と言ってあくびの一つでもさせてくれ。そうして、バトル用ではないただの吊るしのスーツを身に纏う一企業戦士に戻らせてくれ。



 ――――いや、わかっている。俺はそろそろ認めなければならないのだろう。沈痛な面持ちで座り込む少女。鳴り響く壁ドン。一向に醒める気配のない夢。会社からの鬼着信と先輩からの『連絡よこせ』のライン。


 これが、現実だということに。

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