23 知らないままで(side Sherlock)

 旅行帰りどう考えても様子がおかしかったエレノアに、悲壮な顔をして別れを告げられた後、俺はその足で彼女の祖父を訪ねた。


 彼女の実家の情報などは、情報を調べることが仕事の俺にとっては蛇の道は蛇で調べるのは容易い。彼女の祖父が経営するフォックス商会は価格などはそれほど安くないが安定した堅実で信頼出来る商会として王都では評価されて有名だ。俺は現在騎士を職業としているが、そういった商売をするのも面白そうだなとは思った。


 あれだけ何度聞いても答えなかったのだから、彼女の身内に聞くしかない。俺の希望的観測による予想が正しければ、もしかすると彼女の祖父が俺との結婚を反対しているのなら、特に騎士という職業には未練などないのでこちらの商会を継ぎたいと、そう言うつもりだった。


 そうなれば商人になるための特殊な教育を数年受けることになるだろうが、特に支障はない。


 俺は自分に出来ないとは思わなかったし、エレノアをあんな風に泣かせることになるのなら、彼女以外の全てを捨てても別に構わなかった。


 そして念願だった祖父に面会を果たした俺が目にしたのは、予想外の愛する孫娘エレノアを思って泣くただ一人の祖父の姿だった。


 威厳を持った雰囲気を持つ老齢の男性が、会ったばかりの俺の前で声を絞らせ泣いていた。彼の姿を見てこれはよっぽどのことだろうと覚悟を決めたが、事情を聞くにつれ、身体中が静かな灼熱の怒りで満たされ、原因となったその女をどうやって地獄に引き摺り落とすかという手段を、数え切らない程に考えていた。


 驚くことに、何よりも大事なエレノアを泣かせていた原因は、それまでに誰とも付き合ったこともなかったはずの俺の女関係のせいだった。


 今までそのことに何故思い当たらなかったのかと言うと、俺の中で本当に幼馴染のブレアが対象外だったからだ。親しくしていたと言えば親しくしていたが、特に異性として意識した事など一回もない。親の関係で年に数回会う程度の女にそれほどにまで執着されていたとは、まったく考えつかなかった。完全に俺のミスだ。何の言い訳も出来ない。


 だが、俺は想定外な嫌な事があったとしても、事態を嘆き自分を悲しみの淵に突き落とすような可愛らしい性格はしていない。もし、知らぬ内に誰かに陥れられたのなら、きっちりとお礼も込めて倍で返させて頂く。貰ってばかりでは、悪いもんな。


 彼女の祖父に「絶対に大丈夫なので、俺を信じて下さい」とだけ言い残し、エレノアの実家を後にした。とにかく今考え得るすべてに対処するには、もう一秒でも無駄には出来なかった。


 夜勤から帰ったばかりで寝ていたイグナスとレオポルトの二人を叩き起し、ブレアの父親が経営する商会の弱みを探り出した。確かに俺たちにはあまり時間はなかったのだが、俺たち三人程度でこんなに簡単に証拠を握れる悪事を繰り返していたのなら、何もしなかったとしても潰れるのは時間の問題だったのかもしれない。


 こういう商会の不正を監視する事を生業としている顔見知りの文官などは、一年のうちに不正を発見する件数の割り当てがあるので、俺が用意した証拠を喜んで受け取ってくれた。不正の件数を割り当てるってことは、それだけこういった不正が多いことと一緒なんだろう。脱税もしようと思えば、簡単だ。ただ、もし俺がそうした悪事を働こうと思ったら、証拠となる裏帳簿なんかは絶対残さないけどね。


 近いうちに、ランプリング商会には厳しい処分が下るだろう。イルドギァ現王は交易のある諸外国へと示す姿勢の為もあり、こういった商業上の不正には厳格だ。可哀想だが、自業自得だ。悪事はいずれ暴かれる。


 早朝訪ねたブレアは、俺の顔を見て顔面蒼白になっていた。別に鏡で確認したことはないが、怒ると落差が酷いと言われることもあるので、この女もすぐに理解したはずだ。


 俺が心が煮え滾るほどに、激怒していることは。


 ブレアは今日予定されているクソみたいな結婚式に参列するためか、正装をしていたようだった。俺のエレノアと、こいつの用意したよくわからない男との結婚式に。


 怯えた表情をして訪問の理由を尋ねる女はかつて幼い頃からよく知る異性だったものだが、俺の中では既に人の形をしたゴミだ。そこら辺に投げ捨てられていても、特に何とも思わないだろう。


 エレノアに害意を持った瞬間から、俺の中では何の存在価値もない人間に成り果てた。


 特に理由なども説明しなくても、わかっているだろう。これだけの悪巧みを、考えついたのなら、俺がさっきしてきた事もわかっているだろう。むしろここまで非道な事をしてバレないと思っていたのなら、片腹痛い。


「プレゼント。これ。ランプリング商会が働いた悪事のほんの一部の証拠。写しで、もう既に色んな方面には、提出済だから。これでもう、悪いことは出来ないね?」


 一晩中駆けずり回って集めた横領などの情報を書かれた紙束を投げつければ、面白いくらいに一瞬で絶望の表情になった。この顔でも、足りない。エレノアがどれだけ悲しんだかと思うと、この女からすべてを奪っても気は晴れない。


「シャーロック!」


 まだ状況がよくわかっていない女に、一言一言力を込めて言った。バカでもわかるように、優しくね。


「もう、俺の名を二度と呼ぶな。今度エレノアに近づけば、殺す。時間がなくこれで終わらせたのを、ありがたいと思え」


 もしかしたら、話のわかる御しやすい優しい幼馴染とでも思われていたのかもしれない。


 自己顕示欲の高いめんどくさい性格をしたブレアのことは、正直に言うとどうでも良かったので話をそれなりに合わせていただけだ。ただ親同士が仲が良いと会う機会も多く、俺はその時間を幼いながらに協調性を出して上手くやる方法を選んだだけ。今思えば大きな間違いだった。


 銀狼騎士団の次代騎士団長と目される男が、甘いだけの人間な訳ないだろ。曲者揃いの騎士団全体を纏めあげる団長になるなら、何かを切り捨てることもある。


 エレノアに男が出来た途端に、下心見え見えの出張に誘った上司の処理は出張先からこの国に帰って来て早々にした。もし、彼女に対し何かよからぬことを企てれば、全てを失うように仕掛けを施した。余程のバカではなければ、俺のわかりやすい言葉に逆らうことはしないだろう。


 誰がどんな事をして来ようが、俺はどんな手を使ってでもエレノアを絶対に手放したりしないけど。


 彼女への想いを誰かに語るとすれば、俺は普通の恋する男とは言えないのかもしれない。中には、犯罪者のように見る人も居るだろう。


 だが、道行くすべての人に正しさを求める人が居たとして、何らかの理由で心の中を推し測ることが出来たとする。そうしたら、すぐに自分の中にある希望を投げ捨てるだろう。そもそも自分に都合の良い正しさしか人は、信じない。信じようとしない。


 正しさの基準など人それぞれで曖昧で、それは自分で選ぶものだ。


 俺の中での正しさの軸はエレノアだけだ。彼女を見つけたその日から、ずっと。


 可愛いエレノアは何も、知らなくて良い。


 俺が彼女以外には、冷徹で残酷になれる男だということは何も知らず。ただただ、自慢の恋人で夫だと思って、隣に居て笑って、誰よりも幸せでいて欲しい。



Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

騎士様と合コンして狙い撃ちしたら、まさかの恋仲になれちゃいました。もう離れたくないと縋るので可愛すぎてしんどい。 待鳥園子 @machidori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ