16 相談

「……エレノアー? どうしたの? なんかあった?」


 週明けの午前の仕事をようやく終え、ぐったりと机の上に倒れ込んだ私を見て、先程通信室から届いたばかりの書類を片手にルイーズは不思議そうに言った。


「ちょっと……言いにくい事情があって……」


 それはこんな職場で言えるような内容でも、ない。


 私の恋人シャーロックの職業は、騎士だ。騎士と言えば何年もかけて鍛え抜かれた体を持ち、体を資本とする戦闘職であるために一般人とは比べ物にならない体力なども兼ね備えそれは並大抵のものではない。


 何が言いたいかと率直に言うと、彼と過ごす夜がとても激しい。


 何も知らなかった頃の純粋な私は絶対に逃したくない彼を繋ぎ止めたい一心で、責任を取って欲しいので処女を散らして欲しいなどと血迷った事を言ったりもした。


 今まで経験したこともなかった男女交際のなんたるかが全くわかっていなかったのだから、仕方ないとも言えるけど。


 大人の男女交際において、特別な場合を除きこういう性行為は必須事項……なんだけど、一緒にベッドに入ればくたくたになるまで責め立てられて気を失うようにして眠り起きたら、とんでもない時間だったということはザラだ。このところ繁忙期の休日だというのに、何も出来ていない。ということは、洗濯物は部屋を埋め尽くすほどに溜まるし、部屋の掃除も出来ていない。


 彼は不規則な勤務であるはずなんだけど、私の週末に合わせ休みを捻出して無理をして夜勤後になったりすることもあったけれど、定期的に会うことは出来ている。


 私は壁の薄い集合住宅に住んでいるし、シャーロックは騎士団の独身寮。よって、彼はどこからか入手してきた情報なのかわからないけど女性が好みそうな内装の宿屋を探して来て、デートした後はそこに泊まるのを常としていた。


 なので、現在の私の部屋のとんでもない惨状を彼は知らない。というか、見せたくないし言いたくない。彼との結婚生活を虎視眈々として目論む者としては、一人暮らしの生活がだらしないって思われるのはどうにかして避けたい。


 私としても大好きなシャーロックとそういう事をして、もちろん嬉しい気持ちはある。けれど、生活が成り立たない程に毎回抱き潰されるのはあまり良くないなとは最近思い始めていた。


 付き合い初めの片時も離れたくないという気持ちが、少し落ち着いてくると二人の付き合いの中に今まで見えてなかった部分が見え始めてきた。


 彼とは私の願い通りにことが進めば一生一緒に居るんだし、規則正しい実生活は大事だ。長い人生の中で楽しい恋愛も大事だけど、成人した大人としてきちんとした社会生活を取り戻さないといけない。


 年若い時から騎士になるために鍛えたシャーロックと、ただの一般庶民の私が同等の体力になるのはもう無理として。


 どうにかして、私の気持ちをわかって貰いたい。けれど、下手な言い方をすればまるでシャーロックとの時間を減らしたいと思っているように取られかねない。


 だから、このところどうしたものかと、私はずっと頭を悩ませていた。誰かに話せば失笑されるような贅沢な悩みだとは、もちろんわかっているけれど。


 両方の頬杖をついて、はーっと大きく息をつく。


「え~、何々~。気になるじゃない。言えば楽になるよ?」


 私の悩みについて明るくて世話好きのルイーズは、興味津々だ。その可愛らしい顔を見て、なんだか最近また可愛くなったなぁとぼんやりとして思った。ルイーズは前から可愛かったけどイグナスくんと付き合い始めてから、より垢抜けてきたような気がする。


 そこまで考えた後に、なんでその事に思い至らなかったのか。自分の視野の狭さに内心驚いた……ルイーズの彼氏イグナスくんは、シャーロックの同僚でもちろん騎士だ。


 ということは……私と同じ悩みを持っている可能性も、有り?


 私はきょろきょろと、周囲に人がいないかを確認するために辺りを見回した。


 ちなみに同室で仕事をしているイザベル先輩は、早々にお昼に行ってしまったらしい。最近彼女はお気に入りの定食屋さんがあるんだけど、すごく人気があって昼休み開始早々に行かないとすぐに行列が出来てしまうそうだ。


 この部屋には私たち二人しか人がいないのを確認してから、耳を貸すようにルイーズに身振りで示した。


「……え? 本当に、言ってくれるの? 教えて教えて」


「……シャーロックの夜が激しいんだけど……どう言えば、穏便な流れで色々と控えてくれるかな?」


 私の恥を忍んでのヒソヒソ声を聞いて、ルイーズはあーっという仕方なさそうな顔で大きくため息をついた。


「あんなに若くて、新人騎士だもんね。仕方ないよ。やりたい盛りだもん。それに、シャーロックくんってエレノアが初カノだもんね。加減を知らないのは、いた仕方ないと思う」


 加減。そう、私が求めているのは加減なのかも。こちらとしては決して彼とそういう事をするのは、全然嫌ではないし、むしろこちらからそういう風な雰囲気に持っていく時もある。


 けれど、体力お化けの彼と始めて仕舞えば、抱き潰されるのは一本道と言えるほどに確定した未来なのだ。


「……ルイーズのところはどうなの?」


「うちのイグナスは、そういうところはフランクだったみたい。溜まったら娼館で適度に発散するタイプだったみたいだし。イグナスだって騎士学校で忙しかった訳だから、誰とも深い付き合いはした事はなくて経験豊富って訳でもないけど、プロのお姉さんから色んなことを学んでいたみたい。そういう私も、彼と付き合ったのは何人かと付き合ってからだから。そういう意味で二人の意識の擦り合わせは、上手くいったのかも……けど、エレノアは二人とも何もかも初めて同士だもんね……」


 確かに私とシャーロックはお互い以外の当たり前を知らないし、こういう時にどうすれば良いかも双方手探りし合っている段階だ。かと言って、言い方を間違えて、変な風に誤解されても困る。


「じゃあルイーズならこういう時にどう言えば、誤解なくわかって貰えると思う……?」


 ルイーズはうーんと腕を組んで唸ると、ぽんと手を叩いた。


「エレノアってさ……今、受け身じゃない? 始まったらシャーロックくんにされるがままみたいな」


「う? ……うん。そうだけど」


 今更なんだけど、私はまた周囲を確認してしまった。他でもない自分が言い始めた事なんだけど、昼日中の仕事場で交わす会話じゃないような気もするし。


「だから。自分からして欲しいことを、シャーロックくんに言ってみたら?」


 ルイーズは良いことを閃いた、と言わんばかりに自信満々な様子だ。


「……して欲しいこと? 私がシャーロックに?」


「そうよ。次にそういう雰囲気になったら、エレノアがして欲しいと思う事をして貰えば良いんじゃない? そうすれば、そろそろ限界だから、やめて欲しいも言いやすくない?」


 確かに、ルイーズの言っていることはもっともで、それは名案に思えた。


 要するに何もかも彼任せになってしまっている現状を変えてしまえば、私も次の日は朝から色々片付けたいからなどの今は遠慮して言えない希望も言えるかも。


 そう出来るようになったら、二人の関係がもう少し前に進むような、そんな気がした。

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