15 打ち上げ

 銀狼騎士団の騎士と同伴者が集う打ち上げ会場は、沢山の人が参加していて盛況だった。


 見た目も可愛らしい色とりどりの美味しい料理に、様々な種類の高価なお酒。この騎士団には、お金が潤沢にあるのが良くわかる。


 まず打ち上げの最初に優勝者の紹介などがあったんだけど、剣術大会のメイン勝ち抜き戦の優勝者は、巷の予想通りこの国での最強騎士の名高い死を呼ぶ赤狼だった。


 この前大陸に輿入れを済ませた第二王女に一番に気に入られていたと言う初めて見た彼は、名工の手による芸術的な彫像のような顔を持つ美青年で何とも眼福だった。


 ノリノリであの部屋に彼氏のレオポルトくんと一緒にやって来たイザベル先輩にヘアメイクをして貰った私は、自分で言うのも何だけど上流階級の御令嬢に見えなくもない程に化けていた。可愛いドレス、すごい。お化粧品、すごい。イザベル先輩の技術、すごい。


 今は打ち上げに必要な一連の予定していたものなども終わったのか、屯所の中にある大きな会場に来場している人たちは、それぞれ興奮が収まらない様子で楽しそうに歓談しているようだ。


 雰囲気の良い音楽も流れ、別に舞踏会とかではないんだけど、楽しそうにダンスしている人たちもちらほら。


「踊る?」


 と、私に手を差し出す王子様。じゃなかった、素敵な騎士様。


 ちなみにシャーロックは、銀狼騎士団の式典用の白い騎士服だ。彼の銀色の髪に良く合っている。というか……彼の祖先にあたる初代銀狼も同じ色の髪をしていた訳だから、それは必然なのかもしれない。団服の色を誰に合わせるって、それは絶対に騎士団長だろうし。


「うん。踊りたい」


 ちなみに、周囲には私のような正式な夜会用ドレスを着ている女の子ばかりではなくて、庶民が気軽に開くパーティなどに着て行けるようなドレスを着ている子も数多く散見される。けれど、それぞれの競技で上位にあった騎士たちの同伴者は、皆私と同じようなドレス姿だ。


 シャーロックが、このドレスを内緒で作りたかった気持ちがわかってしまった。もちろん、彼なら優勝ではなくても上位には入っていたはずだとは思う。


 けれど、私は彼の傍近くで数ヶ月過ごして、なんとなくわかったことがある。


 シャーロックはこんな可愛い顔をしている癖に負けず嫌いで、闘争心が強い。だからこそ、強くなりたいと思いそれは叶うのかもしれないけど……もし誰かに試合で負けた後で、こういう場には出たくないと思ったのかもしれない。


 将来騎士団長になるのなら、それくらいの強い気持ちが要るのかもしれないけど、肉体的だけではなく精神的にも色んな面で試されているのかなと思う。


「あ。団長だ。今日は、婚約者も一緒か……」


 シャーロックがサラッとそう言ったので、私は彼が視線を向けていた入り口の方へと目を向けた。


 確かにそこには、国民に絶大な人気を誇る有名な銀狼騎士団団長レジナルド・リオノウンズ殿下が居た。隣には国民の半数を恋に落とすことが可能な彼に、お似合いの驚くほどの若い美女。


 けれど、シャーロックの言葉に私は引っ掛かった。


「え? レジナルド殿下に、婚約者が居るの?」


 四番目の王弟で国王陛下のお気に入りの弟で有名なレジナルド殿下には、周辺国や大陸にある国問わず各国の王族より是非にと縁談が降るように舞い込むともっぱらの噂だった。


 それはいくら彼が珍しいほどの美形とは言え、男性王族には珍しいことで、周辺国に鳴り響くような美姫とかには良くある現象らしいけれど……とにかく、才能豊かで全てを兼ね備えた彼は、国民にも大人気で一挙手一投足が注目の的だ。


 その彼に、婚約者? もしかして私今、イルドギァの国全体を揺るがすような秘密を知ってしまった?


 流れるような動きでステップを踏みつつ、シャーロックは目に見えて「しまった」という顔をしている。


 慎重な彼には、こういう失言はとても珍しい。前々から絶対に手にしたいと狙っていた優勝をすることが出来て、今夜は自分でも制御出来ないくらいに浮かれているのかもしれない。


「……ごめん。今の、機密情報なんだ。エレノアだったら、大丈夫だと思うんだけど……誰にも、言わないで欲しい」


 ちょっと落ち込んでる様子が可愛くて、私は微笑んだ。


「うん、もちろん。誰にも言わないよ……綺麗な人だね。レジナルド殿下に、すごくお似合いだと思う」


 レジナルド殿下は、生まれ持って素晴らしい外見なので、その隣に立つとなると女性にはいろんな覚悟が必要になる。今隣で物珍しそうに周囲を見回している彼女は、何も問題なさそうだけど。


 彼が意図しているかどうかは置いておいて、レジナルド殿下は全国民から見るととても愛すべき存在。幼い頃から注目されていた第四王子が銀狼騎士団の団長にまで上り詰めた知らせは、驚きと大熱狂と共に国中に一気に広がった。


 精鋭銀狼騎士団の団長という地位は、それだけ注目を浴び、そして、重責ある立場なのだ。それと王族という尊い身分、彼の肩に載っている重さはいかばかりか。


「……ちょっと……色々あるんだ。婚約の発表も、結局延びちゃったみたいだし。色々あって」


 どうやら、彼の職務上言えない「色々」らしい。


「……婚約者さん、赤い色のドレス可愛いね。良く似合ってる」


 さっきから言葉を重ねる度にとても気まずそうになるシャーロックを助けるつもりで、なんとなく私はそう言った。レジナルド殿下の色ではないんだなと、不思議に思いつつも。


「赤……そう。あのドレス、可愛いよね。あんな感じも、エレノアは似合うと思う。うん」


 シャーロックは何故か真面目な顔をして、言った。確かに私は赤毛だし、自分の持つ色と同じ色のドレスだとしっくり馴染むだろう。


「そうかな? じゃあ、今度赤いドレス作って貰おうかな」


 私は揶揄うつもりでそう言ったのに、シャーロックは、いきなり機嫌良く微笑んだ。


「良いよ。ドレスも、たくさん作ろう。俺も、新人戦で優勝したから、俸給も跳ね上がるし。エレノアが望めば、いつでも結婚出来るよ」


「……え。もっと増えたの……?」


 新人騎士が精鋭銀狼騎士団を憧れを持って入団したいと望むのは、別に所属していたらなんとなく格好良いからとかそういう問題ではない。他の騎士団より、飛び抜けて俸給が良いかららしい。これは、情報通のルイーズから聞いた話ではあるけど、新人騎士の初任給でも庶民の感覚からするとおかしいくらいの額だった。


 それから、跳ね上がるとか……一体いくら貰うことになっちゃうの?


 だから、シャーロックはどうしても優勝したいと、そう思っていたのかもしれない。生活して行くには、もちろんお金は必須だ。あればある程良いと言っても、過言ではない。


 早く私と結婚したいと、彼は無理して体調を崩したりしつつ、このところ特に頑張っていたことになる。


「うん。結構貯金も貯まってきたし……どうせなら、結婚した時に二人の家も買いたい。そろそろ……俺の親にも会って欲しいんだけど?」


 聡いシャーロックは最近、私の祖父に会いたいというのは禁句であるということに気が付き、その話は出さなくなっていた。


 だから、自分の家族にとりあえず会わせる方向性にしたのかもしれない。確かに、彼と結婚するならそれは避けがたい事ではある。


「うん。良いよ。ご家族に楽しみにしてるね」


 私たち二人の未来は明るく、今は翳りある不安など何も見えない。


 けれど、すべてのことが何もかもうまく行くなんてことは、お伽噺でもそうそう有り得ないことは、きっと皆知っていることだけど。



◇◆◇



 グリフィス家でのご挨拶は、前日の夜にほぼ眠れないほどに緊張していたのが拍子抜けしてしまうほどにあっさりと顔合わせは済んでしまった。


「……お疲れ様。うちの両親、別に普通だっただろ?」


「うん。すごく話しやすくて……シャーロックの話もいっぱい聞けて楽しかった」


 優しそうなご両親とシャーロックの弟のジョイの三人を相手に、彼の家で昼食を食べつつ歓談した。ジョイは騎士学校に通っているんだけど、今回の私の訪問に合わせて帰ってきていた。可愛くて明るい彼はすぐ上の兄に顔が似過ぎてて、将来が楽しみ。


 シャーロックは代々騎士団長の家系だというグリフィス家に生まれついた事に関し、これまでに複雑な胸の内を思わせることも多かった。だから、ご両親などの家族とはあまり上手くいっていないのかと、私は思っていたらそうではなかったらしい。


 騎士学校に行くまで使っていたというシャーロックの実家の自室はほとんど物がなくて、ガランとしていた。けれど今回の訪問に際してお母様が念入りに片付けてくれたようで、彼の大きな体に見合う高級そうなベッドにも埃などは見当たらない。


「父さんは団長を引退してからすぐに、王の側近から乞われて今は王の騎士の一人になっているんだ。父さん自身は自分の息子の俺には銀狼騎士団に入る必要はないとは、言っていた。別にグリフィス家に生まれたから団長にならねばならないという縛りも、ある訳ではないからね。けど、俺の代で長年続いた伝統を止めてしまっても良いのかという葛藤もあって……でも正直、今のイルドギァで銀狼騎士団ほど高給が貰える騎士団もないから。だから、俺があの騎士団を目指して入団するのは必然ではあったんだ。でも、団長になるのが当たり前みたいな空気は……正直に言えばしんどいけどね」


 確かにこの前の剣術大会でも思ったことだけど、国一番の精鋭揃いという噂に間違いなどなさそうだった。素人の私が見ても、おかしいくらいに強い人ばかり。団長になるということは、あの人達の中で頂点に立たねばならない。


 初代団長の子孫だからと言って、別に世襲制でもないのにそれが当たり前とされるのもおかしな話ではあった。


 明らかに睡眠が足りてなくて半目になりがちな私の様子を見て、気の利くシャーロックは「自分の生まれ育った部屋を見て欲しい」とこの部屋へと連れて来てくれていた。あくまで、ご両親に向けては自分の意向という理由をつけてくれる。彼は、本当に優しい恋人だ。


「……シャーロック。ごめん。昨日眠れなくて……少しだけ横になって良い……?」


 彼の家族に会うというのでひどく緊張していたのが二人きりになって解れたせいか、とんでもない眠気が襲ってきた。


 昨夜はどの服を着れば好感度が良いのかなどギリギリまで悩んで何枚も試着しては着替えを繰り返していたし、自分に関して何を何処まで話すかなんかも事前に検討していた。


 何故そこまでするかと言うと、私はシャーロックと本当に結婚したいし本日の訪問を絶対に失敗したくなかったから。


「……ゆっくりしたら、良いよ。俺の実家だし、別に気を使うこともないから。何か飲み物持って来るね」


 微笑んだ彼は軽い動作で隣り合って座っていたベッドから立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。


 そして、靴を脱いだ私はきっと洗濯したてであろうお日様の匂いのする上掛けが敷かれた柔らかなベッドへとポフンと音をさせて倒れ込んだ。


 物凄く緊張したし失敗したくないと思えば思うほどに走って逃げ出したい気持ちで一杯だったけど、今までずっと懸念していたことが無事に済んだ安心感がどっと身体中に押し寄せてくる。


 私がご家族に自己紹介と挨拶して早々にシャーロックは特に躊躇することもなく「出来たらすぐにでも、エレノアと結婚したい」と彼らに宣言していた。


 ご両親やジョイは「早すぎる」や「若すぎる」の苦言などもなく、お相手の私との出会いの馴れ初めや付き合ってからのことの方に興味があるようではあった。


 私の仕事についてもサラッと職種を聞かれた程度で、両親が事故で今はいないことも「今まで大変だったのね」といった様子でご両親共に特にそれを気にする様子もない。そうすれば、私には特に借金がある訳でも素行などに問題のあるようなこともしていないので結婚を反対されるような要素はない。


 だから、これでうちのお祖父様のこと以外は、彼と一緒になる未来への懸念材料は無くなってしまったということだ。


 ここまで来てと言ってはなんだけど、ここまで来たからこそ、絶対にこれからを失敗したくはなかった。シャーロックと結婚したいという私自身の持つ強い希望が叶うのなら、もうなんでもしたいと思ってしまうほどに。


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