13 祭りの前

 剣術大会の日は、快晴。


 待ちに待った週末で、朝早くに起きた私は彼にリクエストされていたおかずを詰め込んだお弁当を作った。


 やっぱり初めて会った合コン時に言っていた事は嘘ではなかったようで、この前に持って行った時はハンバーグは特にお気に入りなようだった。


 食の好みが子どもっぽいかもと照れつつ気にしていた様子を、思い出すと可愛い。もし彼が通好みの食べ物と好んでいたとしても、シャーロックの事が誰より大好きな私にしてみたら同じ事なんだけど。


 もうなんでも彼のことであれば可愛く思えてしまう事には、間違いない。


 高熱を出していたシャーロックは早めに医師に診断されて、適切な薬を処方して貰えたせいか。あの後、元気過ぎる程に回復していた。そう。病み上がりであることなど感じさせないくらいに、元気過ぎる程。


 集合住宅の前で待ち合わせしていたルイーズとイザベル先輩と三人揃って、銀狼騎士団屯所へと向かう。定期的に王都中を周回する乗り合わせの馬車で移動すればすぐに着くけど、時間に余裕にある私たちはゆっくりと歩いて向かう事にした。私たちが住んでいる集合住宅からは、そう遠い距離でもない。


「そうそう。この前イグナスに聞いたけど、シャーロックくん優勝するためにこのところ、本気出してたらしいわよ~。エレノアは優勝したら、みたいなお願いされたんでしょ?」


 歩きつつ職場での話なども交えつつ、のんびり会話しているとルイーズは私を肘で突きつつ揶揄うようにそう言った。


「うん。でも、別に優勝したらなんて言わなくても、普通に言ってくれたら良いのにね」


 私が彼に甘いことは、他ならない彼が一番わかっているだろうと思う。惚れた弱みもあり、大抵のことには頷くからだ。あれ。シャーロックの言う事、今まで拒んだ事あったっけ?


 思い出すように空を見上げた私に、イザベル先輩は苦笑混じりに言った。


「もし、優勝したらエレノアにお願いを聞いて貰えると言うことで、きっと自分を奮起しているのよ。あの子、本気で団長になる気なのね……代々団長のグリフィス家だし、色々とあるのかしら」


「ただ、その家に生まれたからと言って、将来の事を決められるのって大変そう。別に世襲でもない銀狼騎士団は、実力主義で有名だもの。団長になるなら並み居る優秀な騎士たちの頂点に立たねばならないものね~。あ。結構人が、居る!」


 ルイーズが、屯所前に多数の人を見つけて指を差した。身内だけと言いつつも、銀狼騎士団の騎士たちが見られるなら、きっとその権利を持つ人はこぞって行使したがるはずだ。私たちだってその中の一人なので、気持ちは良くわかる。


 シャーロックが生まれついての数多くの才能を持ち優秀であることは、周囲の人、そして私自身が目の当たりにした様々なことから間違いないと思う。


 けれど、この銀狼騎士団の団長になるというのなら、並大抵の決意では足りない。圧倒的な実力差があればまた別だろうけど、それはこの騎士団に所属している彼らを思い浮かべれば至難の業だ。


 本人がどうしてもそうなりたいと望み、死に物狂いの努力が必要なはずで……けれど、シャーロックはグリフィス家に生まれたと言うだけで「団長になること」が当たり前だと思われている。


 知らぬ間にかけられる物言わぬ人たちの期待と息苦しい程の重圧、生まれてからずっと彼はそれを感じ続けているのかもしれない。



◇◆◇



 ルイーズとイザベル先輩の二人はそれそれの彼氏を見つけたので、私はシャーロックと仲良しの同期レオポルトくんから彼の居場所を聞いて足早にその場所へと進んでいた。


 四角く白い建物の隣にある円形の大きな闘技場は、いつもは訓練時に使われているらしい。取り巻くような客席は今は人でいっぱいだ。


 そこにどんなに多数の人が居ようとも、私にはすぐにわかってしまうシャーロックの姿を見つけて、そして近づくのを躊躇した。彼は黒髪の若い女の子と楽しそうに話していて、その距離は他人ではあり得ない程に近い。


 もちろん。彼の恋人は現在私な訳だから、むしろ遠慮するのは黒髪の女の子のはずなんだけど。


 私がシャーロックを好きすぎるせいか。彼を好きな同性というのは、悲しいかなすぐにわかってしまう。熱っぽい視線、どうにか目の前の彼に気に入られたいとねだるような仕草。ただ話しているだけだというのに、心が掻きむしられるようだった。心が狭いと思われてしまっても、イライラして堪らない。


 シャーロックは私の彼氏なんだから、近づかないで欲しいのに。


 呆然として人混みの中立ち止まっている私を見つけたのは、周囲を見て状況判断に長けているシャーロックだった。見つけた途端にパッと明るい笑顔になり、私に大きく手を振った。


 ぎこちなく手を振り返し、近づいた私にシャーロックとその女の子は揃って近づいてきた。


「エレノア! おはよう。迎えに行けなくてごめん。俺、新人戦の第一戦目からだから、ここから離れられなくて。レオポルトには、会えた?」


「おはよう。シャーロック。レオポルトくんは、ちゃんと伝えてくれたよ。観覧する席も、先に取っておいてくれるって……あの?」


 挨拶しつつシャーロックの隣の女の子を見た私に、彼はああという様子で彼女を紹介した。


「俺の幼馴染のブレア・エーギルだよ。親同士が友達で、小さな頃から良く遊んでいたんだ。騎士に出会いたいってこの前連絡貰って、今回招待したって訳」


「こんにちは。初めまして。シャーロックの幼馴染のブレアです。えっと……このエレノアさんとは、どういう関係なの?」


 いぶかしげに私を見たブレアさんに、シャーロックは何気なく言った。


「俺の彼女だよ。もうすぐ、婚約者になる。結婚式はなるべく早くしたいんだけど、ブレアももし良かったら来てよ」


 それを聞いた時の、彼女の目はひどく傷ついた様子。私が遠目で彼への好意がわかった程にそれは明らかだった。


 彼女はきっと長年温めていた幼い頃からの恋を、今失恋した。


 騎士に出会いたいと言って、シャーロックにお願いしたのを口実に、正騎士となり時間が出来た彼と接点が持てればと思っていたのかもしれない。けれど、たった数ヶ月の内に、もう彼にはもう結婚を考えるほどに決まった人が居た。私でもすぐに推測出来る流れは、とても簡単なことだ。


 シャーロック自身は、きっと彼女の事を本当にただの幼い頃から知っている女の子という認識なのだと思う。でなければ、こんなに無邪気に私との関係を説明したりしないはずだ。


 けれど、ブレアさんが今私を見ている視線を思えば、彼女の気持ちは一目瞭然。痛いくらいの、嫉妬の気持ち。


「あ。ブレア、ごめん。俺、試合の前にエレノアとちょっと話したいんだ。もし良かったら、後で今彼女のいない同期や先輩を紹介するよ」


 彼の申し出は、彼氏募集中の未婚の女の子なら二つ返事で飛びつくだろうものだ。けれど、ブレアさんは曖昧に笑って言った。


「ありがとう。けど、私好みがうるさいんだよねぇ。紹介されたら断りにくいし、自分で見つける事にする」


 そう言って、シャーロックに手を振って行ってしまった。


 失恋したばかりの女の子が、好きな人に「誰か他の人を紹介するよ」と言われた時の辛さはいかほどのものだろうか。けれど、彼女はシャーロックに気持ちを伝えていないのだから、彼はただ「騎士と出会いたい」と言っていた幼馴染に気を使っただけだ。


 ここで私が彼女の気持ちを伝えるのは、良くないとはわかっている。けれど、彼女の気持ちは手にとるようにわかってしまう。胸が痛かった。


 私もシャーロックの事が、大好きだから。


「エレノア。何の巡り合わせか、初戦から優勝候補と当たるんだけど……俺も、一応優勝候補の一人だから。応援してて。絶対に勝ちたい」


 前々から優勝したいと無理な鍛錬も重ねていたというシャーロックは、戦いの前の昂りに満ちていた。いつもの彼ではない様子だ。もし、今この時でなかったら、きっと聡い彼なら気がついたと思う。


 さっき、自分に失恋してしまった女の子の悲しみを。

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