第54話 マザーグース
クリアの拠点は、ネオンシティ南部にある廃路線の車両基地を改造した建物だった。
厳重に警備されたゲートのみが出入り口で、元々有していた広大な土地には、訓練施設から生活施設まで、備え、本来は電車整備用に建てられた屋根の高い縦長の工場は、そのまま倉庫、格納庫、兵舎へと使いまわされていた。
閉鎖的な雰囲気を醸し出すに貢献している有刺鉄線とコンクリートのバリケードが土地の境界を明確に定め、その敷地内では当たり前にアサルトライフルをぶら下げた人々が蔓延っていた。
総じてクリアの拠点とは、自警団の集会所というよりは、紛争介入の際にNPOなどが構築したセーフゾーンをより堅牢にした代物だった。
マザーグースと呼ばれる人物の拠点は、この整備車庫の一棟から地下鉄沿線へと続く廃路線を再利用した掩蔽壕だった。
「ツルギ、ナナ。この建物を見れば分かるけど、マザーグースはものすごーーく臆病だから、下手に動いちゃだめよ。ただでさえ地下水の滴る音に驚いて自爆装置を起動させそうな奴だ。話をするのは最低限の人数でいいわ」
「あはっ、脅かそうとしてますね」とナナは、洞察力への自信に満ちたしたり顔を披露。
すると、「茶化すなナナ」と大尉が緩んだ空気を整えるように水を差す。
「珍しく、そいつは真面目な事を話してる。私も、私とコールマンだけで奴と話すつもりだ」
車庫から伸びる地下道は広い今坑道になっており、ドクの大型車両がそのまま降っていく。
その終点は整備ピットの名残なのか駅のホームのような段差があり、そこには電車止めを再利用したバリケードが来るものの全てを拒んでいた。
「そこで止まれ、ここからは私の許可なく入らせないぞ」
そこで1人の人物と、投光器の強力な光線、機関砲を備えた旧型装甲車が一同を出迎える。
その人物は、ある意味でずっと黒幕であり続けようとした人物らしく、自らの背後にも投光器を灯し、光の中の人型の影として姿を表し、その隣の装甲車のヘッドライトのせいもあって、ライトを浴びる側のアリッサたちには巨獣を従える怪人のように見えた。
「やっほー、
指示など聞かずに車外へ出たアリッサの動きに合わせ、カッとサーチライトが灯り、舞台の上の演出のように博士を引きずるアリッサが照らし出され、次に出てきた大尉も、忌々しそうに舌を鳴らし、顔に影が掛かるように手を掲げるが、同じように追従するサーチライトの光の中へと投げ込まれた。
「コールマンを捕まえてきた。退屈しない任務だったよ。
報告を受けた影は、中肉中背の男性で、背中で手を組み、いかにも堂々と振る舞っているが、体格に兵士らしさは無く、人相が見えなくとも、あまり整えられていない髪のシルエットからも軍隊然としたクリアのメンバーよりも、アリッサのような退廃的な人物に寄った印象を抱かせる。
「………よろしい……。皆ご苦労。コールマンには今報酬を送金した。
大尉は後にでも請求を寄越してくれ。以上だ」
演出しようとしている雰囲気からも、アリッサはこのあまりにもすんなりとした言葉を予見していた。
機関砲やライトで、どれだけ威圧的な空気を醸し出しても大尉のような人物が
アリッサにとっても彼のなけなしの武力が自分に行使させる事はないと確信しているので、全く抑止力には足りえない。
むしろ、そんな事はマザーグース自身が一番分かっているわけで、言わばこの行為は、“俺はここまでやってるんだから、そっちも空気を読んでくれ”と同情を引こうとしているだけだ。
「またご贔屓に……って、帰っていい?」
アリッサは天邪鬼にも空気を読んだ。
大尉の思惑に反し、マザーグースの期待に添う。
大尉はやっぱりコイツは信用出来ないと思い、マザーグースも分かりやすい迎合には帰って思惑を疑って本心では喜べないだろう。
となれば、2人は直接対決するしかない。
「ダメだ」と大尉が退こうとするアリッサを制止。
「マザーグース。少し話がある」
「困るね。私は忙しい」とマザーグースは、自分の演じている役柄に忠実に振る舞う。
「マザーグース。時間は取らせない。片手間で答えてくれればいい、この男は誰だ?」
「知る必要はない」
2人の会話を観戦するアリッサを楽しませたのは、大尉はそれを正義感で、マザーグースは相互利益の維持が動機というだけで、2人は同じ組織への善良な貢献の為にこの
正義に何が優劣をつけるかと考えると、それは結局のところ、感情。この場合は組織内の人望だろう。
仮にマザーグースが大尉に手を出したら、彼は仲間から報復されて殺されるだろうが、その逆はない。それどころが大尉の人望はむしろ厚くなる。
勝敗は分かっているので、あとはその過程を見守るだけ。
アリッサはそう判断すると高みの見物に洒落込もうと、視覚に注意を注いだ。
「必要かどうかさておき……悪いが、もうかなりの事を知ってる。
このついイチャつきたくなる友人から聞いたんだ」
そう言い放つと大尉は、場違い過ぎるほどキラキラした笑みでアリッサの肩に手を回し、長らく苦難を共にした真の友人同士でようやくできるレベルにガッチリと肩を組んだ。
アリッサが感じるのは友情ではなく、油断した筋肉に食い込む大尉の固い意思の圧力だけ。
そんなズレはどこ吹く風と、大尉とアリッサを個別に照らしていたサーチライトの光輪は、核融合する分子のように一つに重なり、それほど2人の距離が物理的に縮まると、大尉の左腕がさらにぐっとアリッサの左肩を抑え、その反作用でアリッサの右体側が大尉に押し付けられる。
この親愛を示すには強すぎる抱擁力は、アリッサの行動の制限しつつ、大尉のヒップホルスターは、銃を抜かずともアリッサを射角に収め、速射に使う右手は最大限の自由を確保させている。
「このグラスゴー流スマイルの男はスドウ・レイジ博士。企業から企業へと逃げようとしていた人物で、企業がその首に懸賞金を掛けている。
懸賞金だ。
マザーグース。私にはにわかに信じられないが、お前は企業と取引しようとしてないか?」
大尉は言葉の伝家の宝刀を抜いたつもりなのだろう。
核心をついた自信に比例してアリッサの左肩により一層強い力が加わる。
「だから、知る必要は無いと言っている。
これは知るべき人の法則だ。
特殊な任務にもついた君ならこの意味を知っているばすだ」
マザーグースは顔色一つ変えずに言い切ると、アリッサの肩に苛立ちが反映した痛みが走る。
大尉は、この即答を完璧なポーカーフェイスとでも思っているようだが、アリッサからすればマザーグースは大尉の言葉の意味を正確には捉えていないのだ。
この温度差は、実戦と怨嗟の中で叩き上げの軍人である大尉と、あくまでもそれらをデータとして分析してきたマザーグースの間にある状況に対する緊迫感の差だ。
大尉はマザーグースが狼藉に走れば即座に射殺するつもりでいる。彼女にはそれを成せる自信があり、実行する覚悟がある。
だが、マザーグースはそんな決断は絶対に下せない。
彼はクリアでは異端中の異端ながら、殺人の経験の有無以上に、暴力に対する馴染みが無いのだから、暴力で解決する方法を知らない。
知らないから、自分が晒されている危険性を甘く見積もり、その結果傍目には、ただならない胆力があるように見えている。
「あぁ。マザーグース。よく知ってるよ。
たぶん、人をこき使う為の定型句として使うあんたよりも、私の方がよく知ってる」
この非対照の緊張感は理解して利用する分には、実際にアリッサが大尉と話をつけた時のように有用だ。
ただ欠点として、ネオンシティの公権力が冤罪で民間人を誤射するのと同じ理由で、加減を間違えると普通に殺される。
特に、ツルギと戦い、レーベルと戦い、アリッサと戦った後の、硝煙臭い大尉と今のマザーグースでは食い合わせが悪過ぎる。
アリッサも高みの見物などとは言ってられず、むしろ、下手に退いた分怪我をさせる位置エネルギーは大きくなっていた。
「MG。そろそろ全部話さないと、大尉さんに殺されるよ」
アリッサは表情筋を使って、大尉の右手にマザーグースの注意を向けさせると、そこでようやく自分の状況を理解したのか、バリケードに体を隠すまで後退り、そこから顔だけを覗かせた。
「……大尉、君は何か誤解をしているんじゃないか?」
「かもな。あんたが何も知らせてくれないから、誤解も当然生まれるだろう」
「誤解や判断ミスを生まない為、そして、協力者や任務に支障をきたす漏洩を防ぐ為に作られたのがこのルールだ。
君は私の依頼を完遂した。それ以上でもそれ以下でもなく、それだけが君の知っていれば良い事だ」
「そんな不透明な物はクリアには必要ないと思うね。視界不良は事故の素だ。濁るものは取り除くべきだと思うが、お前はどう思う?」
この頃になると、アリッサの肩を持つ力緩み、大尉も臨戦体勢を解いたのが分かった。
それでも態度に反映させないのは、見定めた脅威の下方修正に、大尉の個人的なマザーグースへの悪感情をのせた単なる意趣返しだろう。
「大尉、それは脅しか?」
「あんたが知る必要はない。答えてくれればいい」
「に、濁りの性質よるだろう。………同じ濁りでも、泥水とコーヒーでは大違いだ。どちらも濾過する事は出来るが、片方は喜ばれ、片方は文句を言われる………」
「マーシャル!」
マザーグースの本名はマーシャル。そして、突然本名を呼ばれた彼は、ついに怖気を隠せなくなり露骨に体をびくりと跳ねさせる。
「マーシャル、マーシャル……私はもう面倒臭くなってきた。コマーシャルみたいな会話はここまでにしよう」
大尉は子供の言い訳に呆れた母親のように腰に手を当てた。
本当に呆れていたとしても、早撃に定評のあるガンマンが行えば、その行動は銃撃の前触れにしか見えない。
「分かった。全て話そう!!」
マザーグースはぱっと降伏の意思を込めて両手を挙げると、喜劇役者顔負けの仕草で、腰を引きながら座ると転ぶの中間の勢いで床へと倒れ込む。
「だ、だ、だが、私の立場についても考慮してくれたまえ」
大尉は用済みになったアリッサから手を離し、バリケードを乗り換え、マザーグースが独壇場で情けなさなさを披露しているステップまで歩みよると、へたり込んでいる彼の胸ぐらを掴んで起立を強制した。
「御託は要らない。私は素直で単純なものが好きだ」
丁寧な恫喝を受け、マザーグースのただでさえ完全インドア派の肌がみるみる青ざめていく。
それもそうだろう。大尉やツルギというのは、人類史最新の殺戮機械で、普通の人間など、彼らがその気になればタンポポの綿毛を吹くより簡単に殺せるのだ。
アリッサ自身のように京楽的な刹那主義に酔えなければ、彼らといると珊瑚礁でホホジロザメと暮らす小魚の気持ちになってしまう。
「だがね……例えばだね、私はコールマンを連行して来いとだけ言ったわけだが、君はルールがあったからその理由を聞かないでも動いてくれたわけだ。
もし、ルールが無くて、コールマンを連れてこい。さもないとネオンシティと東の企業戦争が起こるかもしれないと言っていたら、君は今と同じ状況を形成できていると思うかね?」
「企業戦争? まだ、私を混乱させようとしてないか?」
「比喩でも大袈裟でもなく、ネオンシティと東アメリカ合衆国の戦争が起きていた可能性が存在した。
そのスドウ博士というのはそれだけの影響力を持っている可能性がある人物だったわけだ」
マザーグースは非難の意と援助の懇願をアリッサに視線で投げかけるが、アリッサはなるべく煌びやか笑みをつくり、「ハロー」と唇だけを動かした。
そして、この束の間の沈黙すら大尉に気に障り、「こっちを見ろ」の声と共に、収納されるロングコートのように扱われて自白の作業へと修正された。
「お前の話の真贋の判断がつかないな。全部話すまで続けろ」
「ま、まずな、私の当初の計画では3つの段階に分かれて進められていた。
第一段階は、博士が本当に秘密の研究を行っているかどうかだった。
推測では、彼はまるでCIAのMKウルトラ計画に出てくるような装置を開発しようとしていたらしかったので、研究の調査と妨害。それに研究に携わっている範囲を調べてみようと思ってね」
「コールマンが言っていた。お前が博士の研究をリークしたとな」
「コールマンの貢献はそれだけじゃないさ。全く。
確かに私がリークした。正確には、博士、彼の所属していた企業BCC、そして連邦企業監視委員会の順に流した。
誰が黙認して、誰が摘発するか、あるいは誰が封殺を目論むか。悪性腫瘍の探し方と同じさ。
結果から言うと、博士は自分の研究が外部に露見した時点で逃亡を図った。つまり彼の単独犯だったという事だ。
この時点で、第二段階に移行する。博士の研究には社外のどのようなグループが関与しているかだ。パトロンや協力者がいるなら、尻尾を出すだろうとね。
これは彼がヨーロッパとアジアどちらに逃げようとするかで把握できた。実際彼はアジアへ逃げる為にこの街まで来たわけだ。
彼が逃げた先で確保するとこまでは私の計画で、この街の分担として選出した人物が、そこのアリッサ・コールマンだった。
恐らく当初の計画通りだったら、このクソ女もここまで狂った馬鹿はやらかさなかっただろう。
私の計画が狂い出したのは、第三段階。博士の確保の時点だ。
まず、彼は一刻も早くこの大陸から脱出したいはずなのに、わざわざ本人とは別に謎の荷物も運び出した。
この行動は想定外だった。しかし、彼の研究の全貌を知るためには、この荷物も手に入れる必要があると考えた。それが普通だろう。
この時にさすがに君たちを頼るべきかもと思ったが、幸運にも荷物が先にネオンシティに届く事が分かったので、コールマンに追加の報酬を払う事で問題は解決するはずだった。
はずだったのだが、そこで荷物を回収したはずのコールマンの連絡は途絶えた。
しかも、私が君たちクリアにこの計画を黙っている事を知った彼女は、わざわざ元クリアの兵士、フレデリック曹長を自分のチームに組み込んでおいてな。
せっかくここまで秘密裏に危ない橋を渡ったのに、それを確実に台無しにして、さらに吉にも凶にも出る可能性のある不確定要素を持ち込まれたんだよ。
今思えば、さっさと君に頼るべきだっただろうが、曹長の存在は私の初動を鈍らせた。
それに、まだコールマンが裏切ったと考えるのは早計に思えたのだ。仮にも仕事を完遂するなら多少追加の出費にも目を瞑ろうとね。
彼女の能力は確かだったし、それ故の秘密主義の可能性も充分にあり得る。
私の想定した状況でないが、 少なくともまだ博士はこちらに到着していなかったからな。段階でいえば、まだ3.5段階。この変わった状況に対しての余計なおせっかいで、コールマンの行動をこれ以上狂わせたくなった……」
マザーグースは、突然意を決したように自分を吊り上げる大尉の腕に掴みかかったが、効果はせいぜい暴れる小型犬。
最後には、首に伸びた腕に全身を支えられる状況にまで陥っていく。
「大尉。頼むから、息ができない」
実際、大尉に締め上げられているマザーグースの顔には血の赤が浮き出し初めていた。
「あんたのケツはとっくにコンロに載ってるんだ。まんま茹でガエルの今の姿は似合ってるよ」
その直後に大尉が人間は呼吸が出来ないと話せないと思い出したのかは分からないが、少なくともマザーグースは念願の大地に再び足を着け、膝に手をついて、必要最低限の酸素を取り込む事が許された。
「羽休めは済んだろ? 続けて
「分かってる。分かってるよ。
そしてだ。ようやく博士が街に到着した。しかしコールマンは動かなかった。しかも博士もこの街に留まる傾向を見せた。
この2つの出来事は連鎖した想定外の中でも最悪の事態だ。
私はぬるま湯から煮られたカエルかもしれないが、それなら博士は、熱湯に飛び込んだのに逃げようとしないカエルだ。
極端な話になるが積荷か博士の半分でも手に入れば研究の半分は調べられるかもしれない。
半分を取り逃しても研究の調査という目的自体は達成可能だ。
だが、2つともこの街に留まるのは別の問題が発生する。
博士がここに留まるという事は、東アメリカという飢えた野犬の鼻先に、サーロインステーキをぶら下げるようなものだからだ。
企業とてバカではないから、とある役員が路上強盗に殺されたり、設備を積んだ船が座礁事故を起こしたりと基本的に後ろ暗い事は陰で行う。
だが、本当に追い込まれて利益と保身を走る時はバカにでも分かるほど、なりふりを構わないバカをやろうとする。
私のリークした情報で連中も博士の研究に興味を持っていたから、彼らは、博士の奪還の為となれば、この街に対して武力衝突に出る可能性は充分にあった。
もともと未来の脅威を把握する計画だったのに、終末時計のゼンマイを巻いてしまうのは本末転倒だ。
だから、もう四も五も言わず君にコールマンと彼女が奪った荷物を確保させる必要があった。
そうすれば博士は釣り出せて、向こうとも話をつけられるからな。
博士の所在がはっきりすれば、少なくとも企業戦争は避けられる。
馬鹿丸出しだが、向こうもバカが相手となれば決死の闘争より、楽な勝ち戦を考え始めただろう」
「で、今に至るわけね」とアリッサが締めを横取ると、その裏で事の顛末と自分の判断の正当性を考えた。
アリッサとて、ここまで彼に迷惑をかけるつもりはなかったが、“ナナを拾った”事で全て変わったのだ。
マザーグースが調べようとしていた研究はナナではなく、彼女に取り付られていたMリミッターで、ナナが人間だと判明した時点でアリッサはナナを手渡す事を諦めていた。
未来や大義、顔も知らない大勢の人々を危険に晒したとしてアリッサは何とも思わないが、知ってる顔の死体には思うところがある。そんな短絡的な動機だけで、彼女は今回のような完全に制御不可能な手段で計画を推し進めた。
やり切れる自信は曖昧だったが、失敗したところで勝者のいないノーリスク・ハイリターンな計画。
殺されかけたのに彼女がノーリスクと言い切れてしまうのは、彼女はこの作戦に命を賭け、誰の手にも委ねていなかったからという刹那主義者の狂気を備えていたからだった。
「マザーグース。私はもっとシンプルな結論を出してるわよ。ずばりあなたの企業戦争云々はただの杞憂。東はただ単にネオンシティとやり合う体制を作れてないのよ」
「そうかもな……見えない脅威の去った今じゃ何も分からないだろう」
「そうに決まってる。そもそもこの街を一番重要視しているのはこの街の人間じゃなくて、日本や中国の企業連中でしょ。ネオンシティは連中が絶対に手放せない橋頭堡。
誰かがネオンシティを攻撃するって事は、実質歴史上最大の企業戦争の火蓋を落とすって事になる」
「だが、その推測の根拠は? 世界史において、信じられないほどマヌケな開戦理由は星の数ほどある。権力のある者が野心か保身に走ればあっという間に戦争は起こりうる」
マザーグースの言う企業戦争がなぜ起きなかったのか、これは人類がなぜ冷戦を終えられたのか、何故、核戦争が起きていないのかと同じように理論的に説明する手法はないだろう。
知らない誰かが決死の努力をして阻止したのかもしれないし、そもそも起きるはずがなかったのかもしれない。
考ええれば考えるほど混迷していくが、一つだけ確かな事がある。
「でも、今回は起きなかった。
あなたは出過ぎた真似に慣れてないのだから、慣れない事はしない方がいい」
「…………分かってる」
実は後一つ、アリッサとマザーグースの間には、彼の言う知るべき者の法則に守られている法則がある。
マザーグースが何故、このタイミングでスドウ・レイジというツルギの過去に関わった人間を見つけ出したか、というこの事件の原点だ。
マザーグースは散々アリッサのせいで計画が狂ったと言うが、この話を突き詰めていくと、この立場は逆転する。
なので、アリッサは沈黙は金とばかりに口を閉ざし、マザーグースにひっそりを恩を売りつけた。
「コールマン。マザーグース。私はこの街には馬鹿しかいないと思っていたが、これで証明された。
この街にはどこの見世物小屋より多彩なイカれ野郎が集まってる。
感動しているが、それよりも今は博士のママとパパの対応を知りたい。東アメリカはどう動いてる?」
「連中とは私がすでに話はつけた。私は懸賞金目当てに彼を向こうに引き渡す。これも知るべき者の法則だよ。私は無知のフリをして、彼らも金を払ってお終いにするさ」
「本当に返すのか? 彼の研究が未来の脅威になるんじゃなかったのか?」
「その辺はコールマンの情報から実態を把握して、その可能性はないと分かった。
Mリミッターは、強いて言えば後遺症の出ないロボトミー手術のようなものだ。
彼の装置では人の行動を矯正できても、操作する事はできない。私が懸念していたような事は出来ないと分かった」
企業の狂気的な経営戦略に晒され続けでいたかたら、博士の研究はそれこそ世界を支配しようとする動きにすら見えただろう。
だが、今回に限れば、一個人の狂人が、人並み外れた意思の力と倒錯した思想に基づいて暗躍していたに過ぎない。
敵を過大評価し、過剰に用意周到を期した結果として、ここまで問題がこじれたのだ。
「それにそのオリジナルのMリミッターは、バクらせちゃったし。
中途半端なロボットのような人間に躾けるだけの技術なんて商業的な成功はまず収められないわ」
「希望的観測だが、まずそうなるだろう。
何よりも東アメリカが博士を取り返したいのは、Mリミッターの技術ではなく、博士が“生命への献身”に手を出した方にあるらしい。
今の東アメリカは贖罪を求めているのではなく、贖罪の為の生贄を探しているんだろう」
「その話はここでお終い。あの子には私から話す」
「そうだな。あんたらは用済みだ。ドクに送ってもらえ」
その一言で、アリッサは、内心で無視し続けた緊張の糸が緩むのを自覚した。
まだ口を滑らしてさらなるトラブルを出現させる分には行かないが、自分の役割はこれで本当に終わったのだ。
少なくとも舞台から降りて、衣装とメイクを捨て去る事が出来る。
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「……いや、君も帰ってくれよ大尉」とマザーグース。
しかし、大尉はそんな彼と無理矢理に肩を組んだ。アリッサにやったように、まるで何でも言い合える友人とするそれだ。
「まぁ、落ち着けマザーグース。
何も取って食ったりするつもりはない。バードショットで撃って、羽を毟って、首を落として、逆さに吊るつもりはないんだ、
くだらない言い訳は省いて、私は一つの提案したいんだ。
お互い誤解だらけのトラブルはもうごめんだろ?」
「あ、あぁ。誤解がなくなるように話し合おう」
「そのつもりだ。いいアイディアがあるだ。是非聞いてもらいたい」
そんな2人に向けて、アリッサは「バイバイ」と手を振った。
大尉は、軽く手を挙げて見送り。
ここ数日一番アリッサに会いたくなかったであろうマザーグースは、縋るような目をアリッサに送るが、アリッサは彼に向けてもう一度手を振った。
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