第53話 合流

アリッサは、ツルギと大尉のチームに回収され、ナナとファルコンとドクの支援チームとの合流を果たした。

制圧の完了した辺り一帯は、原始時代に退行しつつある廃墟群の静かさを取り戻し、チームの雰囲気はまだ緊張を残しつつも臨戦体勢から警戒体勢へと移行していた。


アリッサが捕虜奴隷同然に扱われ、拘束した博士を車両へと積み込むと同時にチームは出発すると、チームとしての最後の課題に向けて、状況を整理に取り掛かる。


「俺は、人間ってのは、自分の死を悟った時、最後の言葉ってものが自然と出てくると思っていた」


そして、大尉に報告を求められたドクは、颯爽と車を走らせながら、私的で実用性の低い手法での報告をし始めた。


「だが、その時の俺は走馬灯も悟りもなく、何も考えられず、ただ手のひらにくっきりと跡が残るくらい強く、首にかけた十字架を握りしめているだけだった。

ある意味、死ぬ時ってのはそんくらい静かなモノなんだろうな。

だが、は違った。無言なのは集中していたからで、その表情は凍死体のように冷静で、地獄の釜の熱気を感じているはずなのに、汗一つかいてなかったんだ。

その時俺は、キリストの復活を知ったパウロの気持ちが分かったよ。“マジか。奇跡がマジで起きやがった”ってな具合さ。

レールガンの砲塔はまともに動かず、発射できるかどうかも分からない。そんな状況でも、そいつは、俺にとっての救世主ファルコンはぴったりと敵の航空機を照準に収め、まるで脳外科医みたいな正確な手際で引き金を引いた。

放たれた弾丸は命中というより、的と弾が惹かれ合ったと言う方が相応しい。

きっとレーザー測定器で調べても疑いようなく、命中したのコックピットのど真ん中。複座で並んだパイロット席のど真ん中を撃ち抜いてみせ、パイロットからすれば天使か何かとすれ違ったと勘違いしたに違いない。

そこでパイロットを撃ち抜いても航空機は堕ちただろう。

だが、ファルコンは高潔であって、冷血じゃない。ちんけな雑兵の命なんか目もくれず、航空機のメインエンジンを見事に破壊してみせたのさ。

最高の狙撃ってのは正にあの事だろう。息が詰まるほど物々しく、物悲しい静寂の中で粛々と実行される神業だ。

あの地面に突き刺さってる航空機を見てくれ。あれこそ奇跡がなんたるかを物語る聖遺物さ」


報告に対し「……ふーん」と大尉は素っ気なく相槌を打つと、無断で取り出したナッツ菓子を噛み砕く。


「全部本当の話です。そんで、ここからが重要なんですよ………」


報告が終わりそうにない様子に呆れた大尉は、目をくるりと回すと、その眼球運動の途中でナナを見つけ、持っていた菓子の袋の“ナッツ”の部分を指で叩いた。


「?」


ナナには、そのサインの意味は分からなかったが、隣にいるファルコンが苦笑したので、吟遊詩人と化したドクへの暗喩か皮肉なのだろう。


ナッツと胸の内で呟いたナナは、泳がしていた視線を向き合わないといけない存在へと向け直し、アリッサがリズムを取るようにドクを指差している様子から意図を汲むところから対話の一歩を踏み出す事にした。


「えっと……アリッサ」


「彼の話。とても刺激的だわ。

しかも、その場にナナ、あなたもいたのよね。

危な過ぎるから両手を挙げて賛同は出来ないけど、それでもあなたは上手く切り抜けてみせた。 矛盾するけど、やっぱり今は、素直にあなたを抱きしめたいわ。ほら、おいで」


アリッサは母性を垣間見せて、保護責任の生じる立場と家族愛のせめぎ合いの果てに、抑えきれない愛情を示すように少女に向けて両手を広げた。

その仕草は、彼女の行動に構えていたナナにとっても意外で、同時に衝動的にその胸に飛びつきたい思いを駆られせる。

良い雰囲気なのだ。しかし、この演出はアリッサの常套手段なのも間違いない。

自分はアリッサに褒められたいわけではないが、苦労と恐怖を乗り越えた労いと、その過程に存在した吊り橋効果での興奮。これらの現象と感情が人の脳内で科学物質として存在すると、確かに誰かに褒めてもらいたい、認めてもらいたいという欲求が、存在しなかった需要を生み出して欠乏の焦燥感を抱かせているのは間違いなくアリッサの言葉に絆されれば、この場面は感動の再会として完成するだろう。

喉元過ぎれば熱さを忘れるとばかりに、今までの事に熱意を持って追求できなくなる。

人間の感情はそんな単純なモノではないが、人間は感情と行動を短絡的にリンクさせて処理してしまいがちだ。


「アリッサ。他にもっと言うことがあるだろ?」とツルギ。助け舟というよりは衝角船だったが、アリッサの狙いが妨害されたのは変わりない。


実際にアリッサは、ツルギを空気が読めないのかとでも言いたげに睨み、ナナにはその行動こそがアリッサの本質を表しているように見えた。

ツルギは世間ズレ以上に根本的に場に流されず、全ての行動を合理的に判断し、意思を持って協調する人物なので、このような状況では人の言葉ではなく、そのあらましから物事の本質を見極める事ができるのだ。


「いいですよ、ツルギさん」と2人の会話の遮ると、話の主導権を握るためにさらに言葉を続けた。

「まず。私はアリッサに謝らなければなりません。裏切ってごめんなさい」


ナナなりの理論武装では、人に石を投げたいなら、自分が先に贖罪を済ましてしまえばいいのだ。

一連の問題のほとんどはアリッサに原因があるのだから、自分が犯した過ちを謝罪していけば、自然とアリッサを責め立てる流れになると考えていた。


「気にしてないわ。その後に取ったあなたの行動こそが重要で、あなたは正しい事をしたわ」


「ありがとうございます。ですので、そろそろあなたも誠意を見せてください」


「そうね」と床を舐めるように目を伏せたアリッサは、周囲の注目を集めたいのか挙手するように指を鳴らした。


「………誰か、タバコ持ってない? ヘロイン中毒でもないのに隔離されてたのよ。そろそろ限界なんだけど」


「キャビネットの中だ。一本ならくれてやる」


「持ってると思ってた。恩に着るわ」


アリッサはキャビネットの中で爪楊枝入れにバラして保管してあったタバコを咥えると、そのままキッチンコンロから火を貰った。

紫煙の軌跡を残しにながら再び腰を下ろしたアリッサは、そのまま顎で拘束されている積荷を指すと、こちらを煙に巻こうと微笑んでいるようにも、ほくそ笑んでるように見える仕草で、ふぅと口端から煙を吐き出す。


「そこに転がってんのが。スドウ・レイジ。あなたとの関係性を端的に言い表せば、彼はあなたの産婆ね」


「……産……婆………?」


「なかなか秀逸な例えだと思うわ。

彼がいなければ貴女は生まれなった。でも、あなたが生まれた事に関してこいつは重要な役目は担っていない。あくまで関わりの深いだけの部外者だ」


小動物に似たコミカルな動きと、その指先で揺れる紫炎の揺らぎ、人の考えを八つ裂きにする言葉の選びは、同時にナナの感情の動きにすらちゃちゃを入れてくる。

ナナが試行錯誤した理論武装すら、アリッサの前では向こうの駒なのだ。

ぶっつけ本番で聞きたい事を聞き出しても、それは脳を差し出すようなもので、歪めた情報で考えを誘導させる。

しかし、保身に周りながら言葉を選んでは、ペースを乱され核心には届けない。

ナナが自分に求めたのは、正しい情報を見極める能力とそれを得た後に正確な決断を下す思考力。

今後の展開を考えれば考えるほど、大尉やツルギが戦闘や復讐以外に言及しない不自然な言動の意味が理解できてくるのだ。自分が目指してるゴールは、解放という名の袋小路に過ぎないと。


「もっと詳し知りたいです」


ナナはこの要請に対するアリッサの態度には想像がついていた。彼女は冷淡な口調で正確な情報を口にするだろう。


「あなたはデザイナーベイビー。父親は死んでる。でも、簡単に見つける事ができると思う。

母親もたぶん死んでる。誰なのか見つけ出す方法はあるけど、簡単ではない。

あなたはサラブレッドの中の名馬のように意図して作られた天才児で、将来は相当な優秀な人物になる事が確約されている無国籍児童よ」


「…………そうですか」


想定通りの口調にも、そこで語られた内容も思ったほど感情の変化は起きなかった。落胆も喜びもなく、景品の無いビンゴゲームで、数字が読み上げられたような気分だ。


「そうよ」


「アリッサさんはどう思います?」


「何が?」


「私はどうするべきでしょう?」


「私が口出す事じゃないでしょ?」


「…………」


アリッサの素っ気ない態度に、ナナは純粋な苛立ちを覚えていた。アリッサは自分の価値に見切りをつけ、見捨てようとしている。

これはナナ自身も想定していた事で、想定していながら対応する事が出来なかった事態だった。


「睨まないでよ。私が何を言ったところで、今あなたの胸の内にある決断がひっくり返る事はないんじゃない?」


「………………」


自らゴーサインを出さなければいけない絞首台にいる気分で、クソと胸の中で呟くナナ。


相変わらず騒ついている運転席側に比べ、ナナたちのいる後部はタイヤが砂を蹴る音が一番うるさい。

会話が無いのだから、当然小さな音が大きな顔をしていた。


「ツルギさん。どうして何も言わない?」と沈黙を破るファルコン。


「私も迷っているから……そんな必要も無い事に対して迷ってる」と沈黙を呼び込みそうなツルギ。


「2人とも少し静かにしてください。今は私が考えています!」とナナが怒鳴った。


自分は本当に出自を知りたかったのか、本当に親に会えると思っていたのか、思考は悔恨を巻き込んでぐるぐると巡るが、結論には至れない。

こんな時、ツルギならどうするだろうか、ファルコンなら、大尉なら。思考を真似てみようとするが答えは曖昧なまま。


………アリッサなら? と彼女の思考を再考する段階に至ると、その途中で、“なぜ、自分が分からない事をアリッサは読む事ができるのか”と一つの疑問点を見つけ出す事に成功した。

そんな事、どうやって考えてもアリッサにだって出来るわけがない。その結論に辿り着くと、この場の最適解と思われる物が顔を出した。


4


アリッサとて、自分の才能には価値を見出しているが、私がどう転ぶか分からないので、面倒ごとは避けられるようにとはったりを効かせている。

だから、ナナもはったりを効かせた。


「私なら教えてあげるわ」


ナナの予想通り、弱った上に下手に出たらアリッサからにじり寄ってきた。と、思った矢先。


「でも、惜しいところで日和ったわね。あなたなら2年以内に始められる」


ナナははったりが見透かされていたのかと戦慄と気恥ずかしさが同時に押し寄せ、次にこれもはったりかもと疑心暗鬼に陥ると、アリッサ・コールマンは生まれながらに人を弄ぶ才能があったとしか思えなくなった。


「待て待て待て、どうしてそんな数字が出てくる?」とツルギ。


「私の殆どがnull同然だからですよ」とナナ。


「ははっ。ぴったりな表現ね」とアリッサ。


アリッサと対峙した後のナナにとって、今のツルギは丸裸同然に心理は読み解ける。

ツルギもアリッサがナナを見捨てると考えていたのだろうが、それを阻止する事はしなかった。

彼女の中では、絶対的にナナを助けるべきと考える一方で、その寄り道の結果自分の目的が果たせなくなる事を考えないわけがない。

その2つの義務の真ん中で、静かに錯乱していたのだろう。


「ナナ。ツルギにnullってどんな意味か教えてあげて」


「つまり、出力値無し、です」


「値無しと出力されるエラーコード。本来はそこに存在する正しい数値が存在していないという警告ね。

それはどうやって解消するの?」


「プログラムが意図する働きをするように正しい数値を入力するだけです」


「…………つまり?」


「察し悪る。この子は私とあなたに張り合えるようにお勉強するんだって。

並の奴なら鼻で笑う話だけど、ナナはやりかねないでしょうね」


「……ナナ。それでいいのか?」


「文句あるんですか? 私の人生経験は微々たる代物ですが、あなたと意思疎通が出来て、とまともに言い合えるようになれば、どんな難題も怖くなくなると思うので、それでいいんです。

今のままじゃ、私は親を見つけたとしてもテンプレートな事しか思えない。それなら、せめて自分なりの意思を持ってその日を迎えられるようにしたくなりました」


言い切った後、はったりを効かせ過ぎたと自覚したナナだったが、ツルギは何故か嬉しそうだった。


—————————————————————


アリッサは突然立ち上がった。


「ナナ。今後の成長に期待してるわ。

さぁ! みんなでお家に帰りましょう!」


呼応するように大尉とファルコンが立ち上がり、アリッサの首根っこと肩を掴み、一瞬で席と押し返す。


「ふざけるなコールマン。マザーグースとの面会がまだだろうが」と大尉。


アリッサはそんな大尉に挑戦的な目を向けると、首をナナの方へと傾ける。


「空気が読めないにもほどがあるわよね、どう思うナナ?」


「コードが完成してないのに、次のプログラムを作ろうとするアリッサは、馬鹿だと思います」


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