第51話 AAW(前半)

「ステルス機? 俺たちが見落としてたのか?」


入電した怒気を宿した音声信号が起きてはいけないミスが起きた事を告げ、聞いた者の心電図に驚愕の波形となって反映された。


「他にあるか? フレディ。早漏で暴発とは情けないな」


「相手がいるだけ、あんたよりはマシだろう」


ドクとファルコンは確かに慄いていたが、それを表面に出す事はプライドが許さず。

正常性バイアスを逆転させて、非常事態をいつもの任務の一環へと落とし込む。


「ピーピーほざいてろ。

レーダー観測が出来ないなら、対空攻撃用ドローンで木っ端微塵にしてやる」


レーダー観測による撃墜が失敗した時、一番可能性が高いのは射手にミスだが、銃桿を握っていたのは射手として完璧を期待できるファルコンだった。

その結果、ドクがたどり着いたのは、そもそも敵はレーダーに正確に映らない特性があるという結論だった。


「で、でもドローンもレーダー頼りじゃないんですか?」とナナがほのかに青白い顔で尋ねる。


彼女も危機的状況なのはよく分かっていたが、目の前の大人2人の普段と変わらない態度に、無垢な楽観を取り戻しつつある。


「安心しな。こいつが載っけてるのは複合誘導システムだ。

アクティブレーダー。パッシブレーダー。熱探知に画像識別。

敵からすればトンボとコウモリとガラガラヘビのキメラが、爆弾を抱えて亜音速で飛んでくるようなもんさ」


ドクの自慢気なサムズアップに、ナナも苦笑いとサムズアップで答える。


「ドク。あんたがカタログを読めるって事を疑ってやつ奴はいない。そんな事を自慢するより、さっさと落としてくれよ」


「その通りだな。このミッションを達成できるのは俺しかいねぇ。少なくともお前は外してるからな!」


そう言うと、ドクは運転席のルーフに取り付けられたスイッチを操作し、迎撃システムを稼働させ、発射装置のカバーを解放していく。


「当たらなかったのは………システムが悪いのさ」


「感動的な負け惜しみだ。それ、タリホー」


ベテランの工場作業員が感覚だけで生産ラインを稼働するように、ドクは一気に発射装置にスイッチを入れていく。

連動して車体上部でプロペラ推進の自爆ドローンが稼働し、強烈な扇風機のような音を響かせて発射された。


「後はコーヒーでも飲んで待つだけでいい」


そう言いながらドクは、フロントガラス上部にせり出ている、デジタルバックミラーの画面を切り替えると、そこには航空管制室でみるような観測システムが表示され、そこには複数のドローンが一直線に同じ方角に向かっている事を実況していた。

本来ならそこに攻撃目標も表示されるはずだが、時折、物体の反応を表示する程度で、やはりこちらのレーダーは敵機を捉えてはいなかった。


「一旦セルを回すぞ。サージでシステムがバグるから注意しろよ」


後は待つだけど言ったはずのドクは、その発言と裏腹にエンジンを始動させ、固定脚格納スイッチにも手を伸ばす。


「確か、エンジンを掛かると……」とナナ。


「あぁ。簡単に移動できるって事は、砲もレーダーも安定してない状態になら。ポットも発車の反動で車体をひっくり返すから使えない。

それでも、大尉を待たせるわけにはいかないだろ?」


そんな返答はこの一連の動作は、こちらも擬態モードを解いたとという事を示し、大きなアドバンテージを捨ててしまったのではないかと、ナナに不安を抱いていた。


「………大丈夫なんでしょうか………」祈る対象を知らないナナは、自分の願望をレーダー画面に映るドローンに委ねて見守り……。


「あっ!」


その結果いち早くドローンが画面から喪失した事、そしてなお敵機は健在であることを目撃した。


「おい!? クソが!? ドローンを撃墜しやがった」


ナナの鼻先を、席を立って割り込んできたドクの後頭部が掠める。


呼吸を忘れるほどのショックがナナを包み、時間が凍った瞬間を錯覚していた。


「ど、どうしよ、な、なんで?」


自分でも何が言いたいのか分からないまま音を口にするが、そんな事をしているのは自分だけで、他の2人は気味が悪いほど滑らかに次の段階に話を進めていく。


「ドク。フレアか?」


「いや。そんじゃアレの誘導システムは騙せない。妨害信号でドローンが自爆させられてる。

信じられないが相手は空母級の迎撃システムを持ってる」


「つまり……民間の特殊業務機か……。軍が使うのより贅沢だ。厄介だ。

で、ドク。このおもちゃ箱にある装備でどうやったら破れる?」


「俺たちの常識は通用しないかもな。恐らく飽和攻撃には弾が足りない。

こいつに搭載してる自衛火器じゃ、唾をかけるのと変わらんだろう。ハインドに遭遇した、山岳ゲリラの気分だぜ。

一旦離脱したいが、地上車両と航空機じゃ移動速度の差は歴然。

俺たちは子供から逃げるダンゴムシだ」


「じゃ、近づかれる前にもう一度レーダーで補足しよう。おおよその方角は分かっているんだ。精度を上げれば砲で撃てる」


「敵の装備はドローンを自爆させるレベルの電子戦ユニットだ。それだけの出力なら今度はレーダーにはかえってよく映りすぎる………イエス様の後光みたいに、機体が何十倍にも映ってまともな精度は期待できない。

隠れるのをやめたって事は、お互い一騎打ちしかない短期決戦だ。

夕食に間に合うが、弁護士を雇う前に最後の審判を迎えるハメになる」


「じゃあなんだ、いっそ開き直って屋根に点数表でも描くか?」


「ビビるなフレディ。お前はクールキャラだろ。今のお前は慌てふためく臆病者。まるでフライドチキンだ」


「あんたみたいに冷静に達観して、ローストポークになれってか?

ごめんだね。それなら枯れサボテンのジャベリンで撃墜を狙うさ」


「向こうのほうがハイテクなのは認めよう。

だが、ローテクにローテクの強みがある。

お前が手垢をベタベタさせてるその砲には直接照準器があって、砲身は完全手動で操作可能だ。

それに砲手は俺が知ってるなかで最高の腕のスナイパーときた」


「……野戦砲で航空機を落とせっていうのかよ?」


「いや。現状で唯一落とせる兵器が野戦砲ってだけだ。少なくともサボテンやアルマジロを投げるより勝算はある」


「まじかよ。……だが、やるしかないか」


「来ちまったんだ。やるしかないだろ。まぁ、失敗してもただ死ぬだけだ」


「確かに死ぬだけだ。思ったほど悪くない」


会話についていけないナナは、ただ延々と戸惑っていた。

2人の会話は、日常的な和気藹々さと事務的な冷淡さが同時に存在し、 恐怖や不安は感じさせず、希望や期待も含まれていない本物の情緒を模倣しただけの無機質な響きしかなく、自称アンドロイドだった頃の自分より機械的で、同じ生物だと思えないとすら感じ初めていた。


「ドクと嬢ちゃんは退避しろ」とファルコンが命令を下す。

「敵の狙いはこの車だ。一番悪いケースでもあんたらの避雷針にはなれる」と。


自分が死ぬ可能性は全く気にしていないのに、私には何故慈悲を見せるのかと、この言葉がさらにナナを戸惑わせた。


「退避するのはチビ助だけでいい。

精度は低いがレーダー観測で、サポートできるのは位置だけじゃない。目隠ししてるより、眼鏡を無くした裸眼の方がマシだろう?

死んだのがどっちのミスか、はっきりさせてもらいたいしな」


「い、いいんですか……?」ナナはようやく、彼らは無機質でも無感情でもなく、感情を凌駕して義務に忠実なのだと 2人の事を理解した。


「残って何をする? ノロノロするな。さっさと行け」とドク。

砲塔から身を乗り出したファルコンは、ナナの肩を叩いた。


「必ず迎えが来るから、20秒全力で走ったら、この車に足を向けて、地面に伏せろ。

目と口は必ず開けて、その場から動くな」



——————————————————————


ナナを脱出した事で、本当の意味でファルコンとドクの覚悟は決まった。独善的であれ彼らは自分が後悔するような選択肢はしない。だから、ナナには逃げるように勧め、自分たちは戦闘体制を整えていた。

剣を振るう者は、剣で滅ぶと言い伝えを知った上で、2人は銃火器を使用する仕事を選んでいる。

そんな 彼らにとって死への恐怖は、散々に悩み抜き、悩み尽くし、飽き飽きするほどの身近に存在するものだと馴染み、他の感情とは分離して心に漠然と居着いてしまっていた。


「敵機10時方向。距離おおよそ2km。飛行高度は………80m。速度はおよそ時速400km前後。……しっかり殺す為に、攻撃前には300以下まで減速するだろうがな」


ドクが電子の眼を持つ観測手として情報を読み上げる。


ファルコンが覗く照準器は、固定倍率レンズを備えた光学照準器で、その倍率は6倍。

このレベルの遠距離射撃には30倍は欲しいところだが、相手が航空機となるとむしろ倍率などない方がいいようにも思えた。

倍率が高いほど遠くの物が大きく見える。狙った標的を撃つには、相手が見えている事が大前提になるが、物が大きく見えているという事は視野はその分狭まってもいる。会話中に目玉を1センチ動かしたところで、相手の顔を見失う事はないが、スコープ越しに見えているものは1ミリのズレで完全に見失ってしまうのはザラに起きる。

ましてや、高速で飛行する物体となれば肉眼と同じ倍率で捉えるのがベストなのだろう。


砲の口径は30ミリ。敵機の全幅は20m近く、全長は30mほど、的としてはかなり大きいが、弱点は不明。そして、数kmの範囲を高速かつ三次元的に自由自在に動く事ができる。


彼は自身の有する全てのスキルを動員してもこの狙撃には、世界で一番の幸運が必要だと認めるしかなかった。

が、運に関係なく、放たれた弾丸は必ず何かに命中するというのも真理ではある。


「それでも速いな。それに直前まで建物が死角だ」


「残念ながら行進間射撃は出来ないぞ」


「レールガン用のブドウ弾でもあればな……」


「現場の貴重な意見だな。俺はミスったって顔をするお前が敵を見るためにオペラグラスが欲しいね」


「生き残ったら眼を換装すればいいじゃないか。ものすごい変態ぽくて似合うと思うぞ」


ファルコンのスコープ越しの視界が、何かの気配を察した。経験故の勘が敵の飛来を告げる。


「その前に変態的な射撃スキルを見せてくれ。

この調子だと、敵はまっすぐ来て、緩降下で固定機銃を使ってくるはずだ」


「見えた」と建物影から飛び出した機影を追う為に、ファルコンは銃桿を操り、砲をさらに上に向けようとした。


が、彼の意図に反して砲は僅かした動かなかった。


「クソ!! 仰角が足りない! 」


ファルコンの操る車載レールガンは、兵器としては野戦砲に類する。そして、地上から対空攻撃を行う事は想定していない。

それは連射速度や弾の種類でも明確であり、さらに上空を向ける機構を備えていないのだ。

それ故にファルコンはタイミングを逸し、一瞬で敵を見失った。


「高度を下げてない?! まさか向こうはガンポッド付きか!」


ドクは砲のこの特性を理解していた。敵が攻撃の為の降下姿勢を取ればこの問題は無視してよかったのだ。

だが、敵の航路を見る限り、彼らは水平飛行のまま地上を攻撃する手段を持っていた。

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