第49話 ルール

敵を無力化するという行動において、ツルギには明確な基準があった。

命を奪う奪われる戦闘時には幸運不運問わずありとあらゆる想定外が起こる可能性があり、突き詰めていくと予測はおろか、全てが終息した後でも採点するのは不可能だ。

それでもツルギは一つだけ自分の役割を完全に果たしたと確信できる方法を見出している。

それは自分に攻撃された敵が、倒れた地点から1mmも動けない状態で力尽きる事、つまり、自分の攻撃が常に致命的ではなく、即死レベルの致命傷として相手に加えられているという能力の証明だ。

だから、ツルギは白兵戦に強いこだわりを示し、肉迫し己の五体での攻撃でこそ掛け値なくこの能力を発揮できる自負がある。


しかし、大尉が制圧した場所を共に進む道中では、このガンスリンガーが、常に変数に付き纏われる銃火器を使用していながら、ツルギの基準でも卓越した戦闘能力を持っているとまざまざと見せつけていた。


大尉が撃ち倒した者たちには、死に際から始まる血痕に途切れがない。壁際にいて頭を撃たれ、弾が貫通すれば血液はその弾を追うように放射状に吹き出し壁にスプレーのような後になる、その直後、死体は弾丸の運動エネルギーによって後方に倒れようとして後頭部、傷口を壁に押し付けるように倒れ込む。この時その傷から出た血は壁に筆で描いたように線となり、血の池に続く滝のように見える。これは敵を即死させなければ起こり得ない。

他の死体にも数々の即死の証拠が散見された。移動の痕跡のない単純な血溜まり、その全ては気泡の含まれない真紅の血液で、大尉は致命的臓器の収まる人間の上半身の中でも一際大きい肺だけを撃つような事はしていないのだ。

防具を身につけた動く対象を複数相手にして、この精度は保てるのはツルギの経験上不可能だ。

ましてや、軍用のサイボーグとなれば、例え対サイボーグ弾を使用しても即死させるのは難しい、脳髄は多種多様な防護機能に保護され、命中したとしても貫通しなかったり、弾道を逸らされたりする。

仮に損傷しても電脳がある程度なら補助する事もできる。戦闘継続は不可能でも、その場から逃げようとする本能が補助されて移動する事は多々起こりうる。

胴体でも、心臓も小型化されていたり、分散配置や予備があったり、肺も損傷の範囲を限定するセパレーターやそもそも穿孔箇所を自動修復機能が存在する。

いわゆる人体の弱点とされる臓器はおおよそ対策がなされているのだ。

それにも関わらず大尉はまず間違いなく反撃される前に敵を撃ち殺している事が痕跡から見てとれる。


「全員即死ですか。見事な腕です」


ツルギは、自身の基準からみても優れた技量を誇る大尉を素直に賞賛した。


しかし、大尉は突如足を止め、「そんな目で私を見るな」と言い放つ。


「——っ! 失言でした」ツルギには何が失言だったかは分からかったが、雰囲気で何かが大尉を不快にしたのは確実だった。

即座になされた謝罪に、大尉は少しの間立ち止まり、無言のまま歩く事を再会。


「良い腕だろう。私の技能は完成したのだと思う。クリアに入ったおかげでねな」


歩き始めた大尉は、すぐ後ろをついて歩くツルギですら見落としかけるほど滑らかにホルスターから銃を抜き、顔横でトリガーガードに指を通してクルクルと回す。


「入ってすぐ、手始めにトリガープルを調整した。早く撃つ為のスタンダードなカスタムだ。次に激鉄を肉抜きされた物に交換した。これも速く撃つカスタム。次にシアーをより溝が浅いものに変え、激針もチタンに変えた。全て速く撃つ為のカスタムだ」


確かに一見150年の開発当初から引き継がれた無骨な拳銃に見える、大尉の銃にはたくさんのカスタマイズが施されていた。

以前のツルギが反撃の起点にしたように銃口を押さえられても、今の大尉の銃には通用しないようにパーツが追加されている。これは接近戦での戦闘を想定しているものだ。

グリップの形状から予備の安全装置も外してある。どれも熟練の実戦経験者が辿り着く改良だろう。

その選りすぐられた機能美の数々には、ある種の禍々しさもあるのだとツルギは気がついた。


「だんだん気づき始めたよ。私は早撃ちに拘ってるのではなく、人を上手く殺したいだけなんだとな。

クリアに所属してなければ、私は陸軍のホイットマンになっているだろう」


「…………」大尉が悪い例としてあげた人物をツルギは知らなかった。

しかし、彼女が言わんとする事は、ツルギも実感している暴力のしきい値の緩みなのではないかと察っする。


「ツルギ。我々に必要なのはくさびだ。殺人を犯した者は皆ケダモノだ。私もお前もファルコンもドクも、皆人の姿に擬態できるケダモノだ。

だが、悪魔の話をすれば悪魔になるように、私は善人のフリをしている。

クリアという楔があるから、私はケダモノであっても害獣にならずに済んでいるのだろう。

壊れたかけた正義だ。交戦規定を守っているが、そのヒットメモは誰に提出すればいい。それが活用されるなら私の裁判の時だろう。

検事側の証拠としてな。

しかし、私は少なくとも通常作戦規定から外れた人間は撃った事はない」


大尉の説法のような独り言は、側で聞くツルギの心に良薬のようにも、猛毒のようにも溶け込んでいく。

ツルギも信念に基づいて行動している。システム化された善悪の論理的判断基準を持ち、それにそぐわない対象は殺傷していない。

しかし、その信念とは、大尉の作戦規程のような堅実なものでは無く、受け売りの武士道だ。チェックシートにマークで示せないのだから、ツルギ自身に、自分が害獣か畜生かを反証する方法がない。


「大尉が危惧している事、私にも当てはまります」


「ふんっ。それでいい。迷えると言う事は狂ってないって事だ」


大尉は、銃をコミカルに弄んで掴み直すと、すっぱりとホルスターに突っ込み、合成樹脂製のホルスターは軽い音が銃を固定した。


「……それと大尉」


「ん?」


「大尉は立派な人物で、まともな人物です。その事はアリッサと5分話せば証明されます」


—————————————————————


2人は大尉がアリッサを保護して隠れさせたという小部屋の前で到達した。


「ところで……………アリッサはどこに怪我をしていました?」


「敵だらけだったから調べてない。とりあえず用具室に閉じて込めておいた」


「…………」


アリッサの命に別状はないと考えられるが、彼女の事を知っているツルギからすると、大尉が欺かれるとは思えないが、それでも不安が募ってくる。


「大丈夫か?」大尉はツルギを気遣うようにして、用具室のドアに手をかけた。


「分かりません」とツルギ。


大尉はニヤリと笑った。


「恋は盲目ってやつか……——!?」


扉を開けた大尉の視界の端に昏い真円が写り、閃光を放つ。


——バンッ!


真円の正体は銃口だった。

それを見た瞬間に大尉は体を逸らし、間一髪銃撃を避ける。

その動作の中でも素早く、差し向けられた手首を左手で掴み、右手は素早く銃引き抜き、そのまま銃撃者の額へと押し付けた。


そうして銃撃者の正体を明らかにすると、忌々しそうに突きつけた銃の激鉄を起こす。


——カチリ。


「死にかけだと思ったが、この私を殺すつもりだったのか?」


大尉を撃とうとしたのはアリッサだった。


「ど、動転してたのよ。ほら、私ってタフに見えるけど根は繊細だから」


声色は普通。大尉に捕縛されている右手はいまだに隙を伺って微動だにさせていない。

アリッサは混乱も錯乱もせずに、明確な意思で大尉を殺そうとした。恐らく判断力も鈍ってはいない。

そんな彼女の行動と裏腹に、アリッサの顔や首元は絵画の悪魔のように血で赤く染まっていた。


「アリッサ……? 大尉は味方だ。それにその血、どこを怪我した?」


「そこら中よ。出血がひどくて頭が上手く回らないわ。だから、こんな間違いまでしてしまったわ……」


アリッサに付着している血の量は確かに、意識に障害が出るレベルだろう。

が、ツルギもそして大尉も、こ彼女の血には、塗りつけたような不自然さがある事を見抜いた。


「いや、まんまんとわたしが騙された。こいつは無傷だ。血は自分のじゃない。

それに銃も回収してあった……負傷したフリで私を欺いた後、ここから出て死体から銃を奪い、ここで私を待ち伏せていた」


大尉の証言はさらにアリッサを追い詰める。確かにこの状況下で、大尉が作戦期待では未確認勢力であるアリッサを武装解除しない理由がない。

銃は取り上げて、一つも持っていない事を確認したはずだ。

さらにアリッサは敵のユニホームを着込んでいた。彼女がツルギと大尉の救出作戦の裏で敵に紛れて逃げ出そうとしていたと考えるのが普通だろう。


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