第48話 クリアリング
支援と撹乱を盾に、ツルギと大尉はレーベルに占拠された廃病院へと駆けていた。
「ポイントアルファに到着! 総員エンゲージ! お前は上だ」
興奮気味の大尉は、事前打ち合わせないポイントへの到達を宣言し、ツルギに重複する追加命令を下す。
「……了解」
「行けぇ、スパイディー。ゴミを掃き溜めで合流だ」
命令を解釈したツルギはさながらヒョウやジャガー木に登るようにコンクリートに手足の爪を立て、一気に駆け上ると最上階の爆撃跡から建物へと入り込んだ。
荒廃した後にもう一度崩壊させられた室内は混迷を極め、汚い床には元の所有者が放置した家具。その後に忍び込んだ不法占拠者が持ち込んだガラクタそのありとあらゆる物が散乱していた。
建物どこかではまだ何かが崩壊し続け、散発的な銃声に、駆け足のしかし注意深い足音がそこら中から発生している。
大尉が揶揄したとおり敵の前哨基地は蜂の巣を突いた騒ぎだった。
「フェーズ3だ。建物全周囲を警戒しろ」
息を吐く間も無く、ツルギは侵入した部屋のすぐ近くに敵がいた事を察知する。
待ったをかける暇なく敵の足音は部屋の向こうにあるらしい廊下を歩き、壁一枚を隔ててツルギの目の前にまで迫っていた。
だが、ここに来た時点でツルギの戦闘態勢は完成され、闘争心は順番に充填されていた。
ドアノブが捻られると同時にツルギはそのドアを思いっきり蹴りつける。
足裏は火薬。ドア板はカップ。入室者が弾丸。ショットガンが発射されるのと同じ原理で、ツルギは敵を蹴り飛ばす。
そして、その勢いを殺さずに廊下へ。
「——!?」
敵は3人だった。ドアを開ける者、その者を援護する者、そして、その者の死角をカバーする者と小文字の方のY字のような陣形で突入する予定だったらしい。
1人はドアにノックアウトされ壁にもたれ、立ち位置はツルギと入れ替わり、後続が先頭として接敵。
害意を持つ黒い疾風として敵前に姿を表したツルギに、何と断定するよりも早く向けられたカービン銃の引き金の遊びを潰される。
しかし、ツルギにとって引き金と発砲の間に存在する僅かなラグは、攻勢に出る充分な猶予となる。
即座に向けられた銃口を掴み、弾道の始点を外すと掴んだ銃身を起点に、銃とそこに吊り革で連結されている敵兵士そのものを薙ぎ払う。
敵の重心を崩し、不安定な足を刈り転倒させると、それを追うように銃床を、ヘルメットが破損するほどの勢いでその顔側面に叩きつける。
敵をあやとりのように操り、姿勢は目まぐるしく入れ替わらせ、照準を迷わせている間に最後の1人にまで迫った。
一連の攻撃で姿勢を低くしていたツルギはその姿勢のまま床を蹴り、超低空タックルで3人目の敵の足を掬い上げ転倒させ、同時に背面へと回り込む。
敵は転倒後も銃を手放していなかったが、それがかえってツルギの狙いであるホルスターの予備拳銃強奪に有利に働き、難なくその腰から奪い取った。
先に倒した2人をその銃で仕留めたツルギは、最後の敵が転んだ衝撃が抜けきらぬ間にヘルメットごと敵の面を引き起こし、一切の保護具の無い顔面上部を狙い、撃ち抜いた。
手首で指定した銃口の向き、敵を瞬時に確実に始末する為のリスクだったとは言え、敵を貫通した弾丸がヘルメットにまで到達した感触は満足感とは程遠いものだった。
「……まだいるか」
背後で階段の吹き抜けに駆け足で昇ってくる複数人の足音を聞き取ったツルギは、すぐに振り向く。が、ツルギのいる廊下と敵の来る階段の間には防火扉のスペースがあり視界が通らず、廊下の真ん中のツルギと、曲がり角を遮蔽物に出来る敵では、ツルギが不利だった。
迫ってくる足音が姿を現す前にツルギは威嚇として音の方向を撃ち、敵とは反対となる元病室と思われる部屋へと後退。
その入り口から銃を覗かせ一度止まった足音が、行軍を再開し慎重に登り詰めて来るのを待った。
ツルギが待ち伏せていると、角から銃口が顔を出すように覗く。それは待ち伏せを警戒して、死角をパイを切り分けるように見分していく動きだったが、曲がり角をカメラで見るような装備は見えなかった。
ツルギの経験上、この動きをする敵とは必ず目が合う事になると知っていた。
敵が見えたら撃つ。双方同じ考えで動いていたが、音と状況から敵の行動を予測できるツルギと、相手を見つけるところから初めないといけない敵とで生じる反応速度の差は決定的なもので、覗いた銃口に続いて日の出のようにせり出てきた敵をツルギは難なく撃ち抜いた。
「一名負傷っ!」
そして、次に起きる事もツルギは想定していた。しかし、それに対する反撃策はない。
次の銃口は顔を出すと途端に発砲。精度など考えない乱射で援護射撃だった。この射手の援護を受けてその後続が火力を更に投下するだろう。
ツルギには狙っていないから当たらないと思い上がる胆力はなく、すぐさま部屋奥へと伏せたまま転がった。
「動いたぞ! その部屋だ」
ツルギは伏せていて正解だった。彼女の存在を察知した敵は壁越しに彼女のいる部屋を撃ち、いくつもの弾丸が彼女を切り刻む命を受け、そのすぐ頭上を駆け抜けていく。
敵はどうやってこの部屋にツルギしかいないと断定したのか、また目標を見据えずに発砲して、その流れ弾が他の味方に当たらないとどう確信したのか。
ツルギは“彼らは緊張のオーバーフローによる思考の短絡化を起こし、そんな事を気にしてない”とある程度予測を立てた。
彼らは本能的なストレスからの逃避と、任務上の脅威の排除が結びついて凶暴化していて、何がなんでもツルギを殺す事しか考えていないからリスクをリスクとも思わずに攻撃していると……。
数秒間つづいた鉛の雨が突如途切れ、「リロード」と声が響く。
やはり展開は何も考えていないのは明白で、この次はツルギを亡骸を期待して部屋に入ってくるだろう。
攻勢に出るならこのタイミングだが、敵の数を見極められてもいない。
基本的に一対多が不利な事は変わらず、分断しての各個撃破こそが堅実だ。
ツルギは敵が完全に暴徒化していないことを祈って、床を這って壁際まで進むと、そこの床付近にある隣室へと繋がる換気ダクトを音が出るのも厭わずに破壊した。
これで取り合う病室に廊下を経由せずと移動可能となり、ツルギの取れる選択肢が増え、敵も2つの部屋を掃討する必要が生じる。
2つの部屋に元からあったらそれぞれの入り口、壁を砕いて作った近道。それに壁に掴まれるサイボーグならでの方法として窓とその周囲の外壁。
ツルギに移動の自由があるという事は、敵にとっては常に流動する死角が存在するという事になる。
この性質の戦い方なら、敵が何百人いようともツルギには勝てる自信があった。
物音から敵も、ツルギの生存と移動を察知したらしく、壁の向こうで足音が2つに分岐した。
会話がなかったのはハンドサインで意思を疎通したからだろう。堅実な手法だが、音を基に第六感じみた空間認識力に置換できるツルギの前には意味はない。
足音から敵が3人一組で、そのうち1人が右側の部屋へ、残りの2人が左側へ分散した事まで把握していた。
この予測が成り立つとツルギはすぐさま各個撃破のルールに従い奇襲に取り掛かる。
敵が手榴弾を使ってくる可能性も考えたが、爆撃された建物と仲間が近くにいるこの状況で使ってくるとなれば、元々無理心中を考えていたといえるだろう。
敵が音を発っさず光学センサーにも強いツルギを見つけるには肉眼しかない。
そして、この俗に言う白目の見える距離の戦闘はツルギが最も得意とする分野だ。
ツルギは予想される一連の敵の動作の中で最も疎かになりやすい箇所に当たりをつけた。
「…………」
「…………」
敵の足音は想定よりも慎重に動き、入り口の廊下対面からゆっくりと覗き込み、部屋に入らずに部屋の約半分を確かめた。
そして、その場所からどうやっても見えない箇所にツルギがいると踏むと、蛮勇を支柱に部屋に飛び込み、ドアの死角に銃を向ける。
この行動は全てツルギの予想通りだった。
敵が
ツルギは確かに銃口の向いた方角にいたが、彼女は壁と天井の交差する角に張り付き、正確には銃口のほぼ真上にいた。
「——っ!?」
のこのこと間合いに飛び込んできた敵を、ツルギは重力を味方につけた全体重で蹴りつける。
的が壁まで吹き飛ばされると同時に着地すると、その場を起点に追い討ちを畳み掛ける。
壁でバウンドする頭を床へ叩きつけうつ伏せにノックアウトさせると、その後頭部から眼窩までをナイフで穿つ。とどめに刺したナイフを起点に首を捻り折った。
一瞬でカタをつける無駄のない迅速な行動だったが……。
「くそっ、やつは向こうだ」壁の向こうからそんな声と共に銃声が響く。
壁が粉を拭き、弾丸がツルギの脇腹を掠る 。
仲間がいるのに撃ってくるかと、ツルギは即座に床に伏せ、殺した男から銃を奪い取ると、同じように壁に向けて発砲。
一薙の掃射を試みたが、トリガーを引いた1発に続く弾丸は無く、射撃モードがセミオートなのを見落としていた。
「ちっ……」
すぐさまその方式で掃射を繰り出し、壁にほぼ等間隔の点を刻む。
壁の向こうである2つの銃と重量物が倒れる音がしたが………。
自分のミスで敵に伏せる猶予を与えているツルギには、それが勝利の音だという確信を待てなかった。
「…………」
——カチン!
物音が生じ、ツルギは敵の残存を確信する。
——カラン……
続いて、先ほど壁に開けた穴から彼女の足元に向かって拳大の物体が投げ込まれた。
「!?」
……それは手榴弾だった。
遠くへ投げるか、投げ返すか、自分が加害範囲から逃れるか。手榴弾は、爆風と金属片を撒き散らす事で対象を攻撃する破片手榴弾で間違いない。が、その品類までは分からない。
つまり、ツルギには何秒後に爆発する物なのか分からない。
安全ピンは既に抜かれ、間違いなく数秒は経過している。
ツルギは選択肢の中から拾って投げるという悠長な方法を排除し、一番速く動ける自分自身が移動する事を決める。
しかし、逃げる距離は、最低限でもこの部屋外。爆風と破片は直径数十メートルの人物を確実に負傷させ、特に部屋のような密封空間であれば生身の人間なら即死、サイボーグとて戦闘継続不能レベルの被害は免れない。
ツルギは測距の為にチラリと部屋の入り口を見た。逃げられるだけの距離だ。
が、同時にもしツルギ自身がこの状況で手榴弾を使うなら、攻撃ではなく部屋から炙り出すために使うとも気がついた。
慌てて部屋から飛び出した自分は、敵からすればクレー射撃の円盤だろう。
それならと。ドアとは真逆へと振り向き、窓の外へと跳躍。
窓枠をツルギの背が通過するとほぼ同時に爆発が起き、飛行船サイズの紙袋を破裂させたような音が風景すらも震わせた。
部屋全体が瞬時に膨張した空気に押しのけられ、家財が舞い、コンクリートの壁すら乾いた地面の様にヒビが走る。
かろうじてその衝撃波を回避したツルギは、あらかじめ狙っていた窓枠に指をかけ、回転を加えながら壁を伝うと、そのまま敵がいたはずの隣の部屋と飛び込む。
この決断は賭けだった。敵はすでに逃げている可能性もあり、あるいはツルギの読んだ裏のさらに裏を読んでこの経路を待ち伏せている可能性を否定する材料を集められていない。
それでも、ツルギはこの賭けに全てを預け、結果的に勝ち取った。
「なっ!? 化け物めっ!」
敵はまだ部屋の中にいた。恐らくツルギの射撃を避けて床に仰向けに伏せ、その姿勢のまま手榴弾を投げ込み、今はその爆発に備えて取っていた防護姿勢を解除しかけている。
銃は胸の上にあるが、両手は顔を保護して銃から離れ、即応できる攻撃手段はどれもツルギの瞬発力に敵わない。
ツルギは飛び込んだ勢いのまま窓枠をもう一度蹴り、敵の胴体の真上に飛び乗る。
落下速度に脚力が乗ったツルギの踏みつけには、同質量の金属塊の打撃力と建造物クライミング用に装備された合金製の爪の鋭さが合わさり、敵の胸骨を腐ったカボチャのように叩き潰す。
制圧完了……と思ったその時。
「——!?」
突如ツルギに、まともに受けた投げ技を彷彿させる浮遊感が、背筋に霜を降らすような感覚と共に襲い掛かる。
何をされたのか? 直感的に浮かんだ疑問は、体感によるフィードバックで回答を受けとった。
「床がっ!」
荒廃した建物に、爆撃をし、さらにすぐそばで手榴弾が炸裂し、建物に蓄積したダメージにツルギの高機動と質量の負荷が止めを刺してしまった。
自分は意図せず落下しているというこの予想外の出来事にツルギの感覚は混乱し、噴き上がる砂埃が視界やセンサーにも甚大なノイズとして拾われてしまう。
さらに、瓦礫の幾つかが全身に直撃し、システムにも五感にも有象無象の情報が一気に流れ込んでくる。
落下すれば当然最後は着地するが、その時のツルギは完全に無防備な状態に陥っていた。
その後、階層一つ分を落下したツルギは、混乱の中で、カチャリと金属の動く音を聞きつけた。
「ちっ!?」
即座に近くの瓦礫を掴むが、埃がいまだに視界を遮り、何かが近くにいるかもしれないという情け無い情報しか手元にはない。
「……なんだ。お前か。階段を知らないのか?」
混乱の中に響く知っている声に、困惑と感動が波状に広がった。
「その声は大尉ですか?」
答えるように砂埃を振り払いながら大尉の姿がその中からうっすらと浮き出してくる。
「他にこんな良い声の持ち主がいるか?」
「今はふざけてる場合ではありません」
大尉と合流したのは良いが、掃討は不完全で、アリッサも見つかっていない。これはで計画上の大きな意味はない。
「誰に口を聞いてる。もう戦闘終了だ。
この階から下は全て私が掃討済み。あんたの担当場所も今の崩落で通路が遮断された上、見晴らしまでよくなった。敵はもういないだろうし、いたとしてもファルコンが始末する」
確かにツルギの向かった四階は集中した爆撃を受け酷い有様だった。……そうで通りに敵が動いたのなら、あの階の敵は一旦避難して戻ってきていたはずで、だからツルギは遭遇戦の連続を強いられた。
「………私を敵が少ない方に向かわせたのですか?」
「いや。私が敵の多い方にいったんだ……そう睨むな。私の方が偉いんだぞ。
まぁ帰るまでが遠足だ。
コールマンとスドウ。お土産2人を確保した。負傷しているが意識はある。なんとかなるだろう。
外もあらかた片付いたらしい。嘘か真かドクたちはレーダー照準で航空機まで落としたらしい」
さきほどの落下とは比べものにならない情報量に、ツルギは過剰な瞬きを繰り返し、どれが重要な情報かを、彼女の身体能力からは比べものにならない遅さで精査した。
「待ってください。アリッサが負傷? 今どこにいますか?」
「ついてこい。感動の再会だ。私はハンカチも用意しておくべきかもな」
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