第46話 解錠

 準備砲撃が直撃した建物内には、間近に落雷が生じたような爆音が轟き、その衝撃は電球を振り子のように揺らし、アリッサの五感に強烈なメッセージ性をともなって伝わった。部屋を揺らす衝撃にアリッサを監視する兵士も狼狽えを見せ、この出来事が彼らにも想定外だと確信し、広範囲に渡る複数の爆発という点から敵組織内での物資の誘爆事故の可能性は低くいと見積る。

 となれば、ツルギが自分を助けに来たのか、他の誰かが自分を爆破解体の瓦礫で生き埋めにしようとしているかのどちらかしかない。

 悪運か幸運か、そのどちらであっても彼女が陥っていた膠着状態に変化が起きた。


 現状が自分に有利なのかは分からなかったが、


「わぉ! すごい衝撃だったわね! 爆撃か地震か、ここはカリカリフォルニアだし、きっとサンアンドレアス活断層が原因の地震ね!」


 爆発音が収まるとほぼ同時に、アリッサは拘束具をかき鳴らし、不吉な言葉を嬉々としてはしゃぐ。

 それと対照に、非常事態が発生している事を理解しつつも、与えられた命令に従うしかない見張り番は、動揺を静観を模した硬直で覆い隠すと爆発直前にそうしていたように連行の為に彼女の拘束具の固定を外す作業を再会した。


 既にアリッサの足を床と繋いでいた鎖は片方が外され、もう片方も外されるのも時間の問題。

 そうなれば足は完全に床から浮かせられるようになるが、まだ足枷が両足を連結しており走って逃げる事はできない。

 また、連行するのが目的ならこの足枷が外される事はまずありえないだろう。彼女が地を蹴るには何とかして足枷を外す鍵が必要だ。


「ここカリで地震と聞くとハービィ・Mを思い出すわよね。彼が提唱した地震の止め方知ってる?」


 アリッサの始めた一方通行の与太話の合間に足と地を結んでいた楔が乱暴に外された。


「痛っ! 優しくしてよ。血が出たらどうするの? 私は血が嫌いだわ」


 返答はなく、兵士は手錠と椅子とを繋ぐ鎖を外すべくアリッサの背後に周り、しばらくしてガチャンと両手に均等にのしかかっていた重みが消失した。


 そろそろだとアリッサは状況を今一度精査し直した。

 兵士はこの尋問室の中に1人、外に1人、部屋の扉は閉まっており、この部屋は地下という立地もあり多少の大声なら聞きつけられない。

 そして、アリッサと自由を隔てている最後の枷は、今の彼女が唯一手を伸ばせる背面に無防備に立っていた。


「なんの話をしてのだったかしら……あぁそうそう。ハービィは、1970年代の連続殺人犯——」


 その瞬間。アリッサはまだ後ろ手に回され連結されている両手を使って男の服を掴んだ。


「──!?」


 兵士も完全には油断していなかったが、緊急事態に手慣れた者の事前に練られた凶行に対応できるほどの対応力はなく。

 間隙に生まれて有利はアリッサが完全に支配下に置いていた。

 兵士を捕まえたアリッサは、そのまま床を蹴って勢いをつけ、後頭部での打撃を加え、マット運動の後転の要領で椅子ごと男に倒れ込む。

本来ならこの動作で出来るのは相手を背中で押し付けるという不利しか生まない状況だが、アリッサのサイボーグ化のなされた右腕は彼女の意思で各関節の稼働制限を外し、節足動物波に柔軟にする事が可能だった。

そして手錠は関節の可動域を制限出来るからこそ拘束具として機能するものであり、アリッサの紐同然に芯の無い腕でには、その効果を発揮することが出来ない。

 後転で男の上を転がったアリッサはそこで体をよじり、兵士の上半身をアリッサも上半身で押さえ込む総合格闘技のノースサウスの体勢へと移行させる。


「ハービィは血の生贄が自然の猛威を宥めるって妄想に取り憑かれていたの」


 攻撃の起点していた手で今度は兵士の顔を掴み、その口に手錠の鎖を当てがうと、機械仕掛けの腕力とそれを御すための鎖の強靭さに任せて、男の口を耳まで裂き、顔と頸椎を押し潰した。

 兵士の顔はなまくらによる圧断で笑顔のように壊れ、アリッサの口元もスプレーで口紅を施したように返り血で染まっていた。


「あーぁ。仕組んだ私が言うのアレだけど、あなたは1人で行動するべきではなかった。

こんな状況なのだからこそ増援を呼んで、そいつに見張りをさせて、あなたと相方とで私に対処するべきで、私と2人きりになる状況は絶対避けるべきだった。

でも、そんなことは無理よね。外部から攻撃を受けていて、その対応に皆んなが追われていて、あなたも組織に属する以上、臆病な役立たずとは思われたくない、仲間に手間をかける罪悪感も予想したでしょう。

それに私は私で、反抗的だけど無力で服従下にある人質だったのだから、なおさらあなたは応援を呼ぶ意味に懐疑的になっていたでしょう。

加えてあなたは個人的にも私に嫌悪感を抱いていた。

でも、丁重に扱わないといけない私に出来る嫌がらせなんて、手錠を乱暴に外すくらいでしょう。

ふふふっ。全くもって以心伝心。あなたは私の考え通りに動いてくれたわ」


アリッサは死体から鍵を奪い取り、鋼鉄の拘束具全てから解放される。


「簡単に殺されてくれてありがとう。

でも、大丈夫、私はあなたの死を無駄にしないわ」


次に死体の腰からオートマチック式拳銃を奪い取り、射撃の準備を整えた。


地下に備えられた監禁部屋はそれなり優れた防音性を有しているだろうが、さすがに銃声が漏れるのは防げないだろう。ましてや、アリッサが銃声を聞かせた人物は、この部屋を閉ざす戸のすぐ目の前で立っているはずだ。


安全装置を解除し、激鉄が露出していなかったのでスライドを引き強制的に確実に装填を完了させる。

それから兵士の亡骸に照準を合わせると同時に胸が大きく上下するほど目いっぱいに息を吸って叫んだ。


「やめてっ!! 話が違うでしょっっ!!!」

 

バンッ! バンッ!


続けざまに死体に向けて2発を発砲し、銃口の硝煙が吐け切る間も無く、照準を扉に合わせる。

 示し合わせていたと勘違しかけるするほど想定通りに、慌てた音で戸の開錠がなされ、慌ただしく扉が開け放たれた。


「おいっ! なにをやっている!」


  見張り役には、アリッサが悲痛を演出した叫び声と銃声だけが聞こえていたのだから、当然彼は自分の仲間がアリッサを撃ったと思い込んでいた。

しかし、戸の開閉に応じて広がる視界には、血を流して倒れると仲間が飛び込み、芽生えた動揺の隙間に仲間の愛銃の銃口とその暗さに勝るアリッサの冷たい眼差しが割り込んだ。


——バンッ!


閃光と暗転。弾丸が男の顔面を抉り、背後の壁に粗雑な顔料の赤が吹き付けられる。

男は己の身を挺してドアストッパーを担うように倒れ込み、役に立たなかったヘルメットとコンクリート床のぶつかり合う鈍い音が部屋に響く。


「ふむ。あなたとも以心伝心ね」


アリッサは、撃ちたおした男に歩みより。その後頭部にもう1発弾丸を撃ち込むと、脊椎反射で踊る亡骸にようやく勝利と安堵を獲得する。


銃口からは今だに硝煙が立ち登り、薄暗い部屋にはベビースモーカーでも閉じ込めていたように青白いモヤが渦を巻いていた。

 空気は汗と血が人の体温で放出されて生暖かく、湿気た臭気が少しずつ部屋の全てを赤黒く染め始め、彼女の耳には銃声の残響が撃った数ぴったりに巣食う。

その残響がついにアリッサの脳に伝わったのか、 熱狂するダンスフロアでは必ず重低音のウーハーがあるように、予見できる銃声にはある種の興奮作用があるのではないか。

そもそも人間とは、雑食性の動物で、狩猟を行っていたから、血を見て、匂いを感じるという体験に本能的な達成感を覚えるのではないか。と頭の中を妨害電波めいた思考ノイズが奔流を生んだ。


「トランス状態だ。全く私はなんて身勝手な人間だ」


アリッサはわざと明るい声で自分の欺瞞を嘲笑い、大きく深く息を吸い直し、心療内科の手法で脳が痛感しているストレスを意図的に取り除く方法を選んだ。

自分の脳に“今夜は徹夜で残業だ。仕方ないから甘いコーヒーを奢ろう”とでも言うように打算的な現実逃避を持ちかけ、実状を無視しての儀礼的にストレスの発散を促した。

 この自己暗示で アリッサは自分の心臓が硬質化したと自覚した。目の前の2つの死体から受ける影響は無くなり、これなら自分の頭の中で算出されたまともとは思えない計画も実行出来るだろうと部屋の中でまだ利用できそうな品々を淡々と検証し始め………覚悟と名付けるべきゴーサインを下す。


「さて、大詰めだ」と独り言をこぼし、人間2人分の戦利品を見下ろした。


「紳士的なお二方。あまりジロジロ見ないでちょいだいね」

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