第45話 突撃
大尉とツルギの2人だけで編成された突撃強襲部隊は、ファルコンたちとは別行動で動き、モスマンのあだ名を持つ高高度偵察ドローンが得た地形データを元に敵の探知をかわし、歩兵の隠密性を最大に活かして目標へと接近していた。
上空の目から得た地形の起伏が、彼女たちを敵レーダー網とセンサー網の死角へと導き、大尉、ツルギともにそのアドバンテージを十分に活用し切るだけの潜入の技能を備え、着々と攻勢の段取りを完成させていく。
「摂氏42度。風は北西からの微風。肌を焼くにはもってこいだ。目標もよく見える。サボテンと砂と岩と廃墟が一望できる。壮観だ。
誰にも知られずに自分の頭を撃つにはもってこいだ。そう思うと、このきめ細かい綺麗な砂も誰かの骨なのかもな」
そんな大尉の声が、砂漠の大半を占める不毛な虚の中で空気を震わせた。
まるで無線連絡のようで、実際はただの独り言に、ツルギは一切の反応を示さない。
彼女の中では敵地へ潜入中である自分たちは、万が一にも存在が露見するわけにはいかず、自己を呼吸をするだけの無機物と意識し、生物らしさは徹底して削ぎ落としておくのがこの場でのマナーとすら思っているのだ。
「おい。そこにいるんだろ? なんか言えよ」と再び砂漠の一部が喋った。
「砂漠は声を発しません」
2人の人間とそれを取り囲む砂漠という環境の境界線は曖昧に仕立てられている。
その為に彼女たちはわざわざ、ミノムシの蓑を半分に切ったような形状でウズラの卵模様の砂漠よう擬態衣に身を包み、顔すら地面に擦り付ける低身匍匐前進でここまで這ってきたのだ。
そして、この攻撃待機ポイントでは、さながら獲物を待つヒラメのように体のほとんどを砂の中に埋め、胸から背にかけての厚みすら砂漠のシルエットに溶け込ませてその時を待っている。
そんな状況で会話をする事など、非常識極まる愚行であり、積極的な自殺行為としか呼べないというのがツルギの考えだった。
レーダー波は2人を砂漠の地形とみなして透過し、砂塵が電磁波も覆い隠し、彼女たちは誰がみても見慣れた砂漠の景色であり、監視AIの画像識別も、人間の目と脳もそこから違和感を見つけ出さない。
潜入とは敵の目から隠れる事ではなく、欺く事が真髄なのだ。
その全てが完璧なのに、声を発すればその全てを台無しにしてしまう。
「私は退屈が嫌いで、誰かと話したいんだ。だから付き合えって」
「静粛に。敵にも聞こえる」
「この距離で、この声量だ。指向性マイクでも聞こえるわけがない。
音ってのは空気の振動だ、例え光学集音器でも伝播を補助する物体がないここじゃ音は拾えない」
「念には念を」
ツルギの全身を覆う代替えの皮膚はこのバイオームを形成するすべての要素を感知している気がしていた。ここでは自分こそが異物であり、異物は違和感として人の目にとまる。
人は存在する限り痕跡を残し、自身が発する全ての痕跡を知覚する事は出来ない。
この認識の齟齬は時として、自分が声を発した事で、鳥が飛び立ち誰かに自分の位置を悟らせたり、足音が生んだ振動が瓦礫を崩せたりと致命的な問題を引き起こしかねない。
ツルギの五感は超人的な感度を誇るが、誤認が起こらない確証はない。
どこまでも視界が通るこの開けた土地で、誰がどこから見ているか完璧に把握できないのなら、隠密行動のために取るべき予防策は万全であるべきなのだ。
そんなツルギの信念を、大尉は見透かした。
「……お前、市街戦しか経験がないな? だからこの広さにビビってる」
お前はビビりだとという言葉に反射的に反論するツルギ。
「いえ、密林でも戦いました」
反感から黒いモヤが噴き出し始め、状況の緊迫感も合間って、ツルギの中に、アリッサにしか抱いた事なかった、嫌悪感が大尉にも投影され始めた。
緊張感もなく敵の注目をイタズラに集めたいのなら1人でやって欲しい。
「訂正しよう。常に遭遇戦を想定した状況下でしか任務を行った事がないな?」
黙れと言ってしまえば楽だが、ツルギの中には反感を押し殺せるだけの社会性は熟成していた。
「それが今関係ありますか?」
「大アリだ。視点が変わってくるからな。お前は目標地点までの中継点を見つけられたか?」
「………まだです」
「当然だ。ここから動けば、もう隠れる場所はない。高度な作戦を行えるほどの複雑な環境がここには存在せず、ジャングルの新緑の天蓋や市街地の鉄筋鎧戸はここにはない。
そうなると作戦は単純なものしか通用しなくなる。だから、合図が来たら建物まで一気に駆け抜けて、そのまま突入だ。
砂漠の戦地において、歩兵が務めるのは殲滅戦のみ。航空機も戦車も砲撃部隊も出来るのは殲滅戦だけだ」
大尉の言葉は、ツルギが彼女に抱いていた反感を自分にへと向く恥ずかしさへと転回させていた。
彼女はツルギに先任の兵士として、ここでの戦い方を教えている事に気がついた。
それを上手くツルギが受け止められないのは、時間をかけて構築すべき信頼関係をすっ飛ばして先輩と後輩の関係に踏み込んできているから………慣れないことに戸惑っている自分を無視して、そのストレスを外的要因にこっそりと転嫁している。ただ自分の信念を貫いていると思いたいだけの自我を甘やかす為に全てを取り繕っていると分かってしまった。
「忘れていました……あなたが今の私の指揮官です」
「ん? 思い出したならそれでいい。そろそろ合図がくるはずだ。
8バクチク弾とギャラクシー弾のな」
命令された通りに動く。ツルギは自分の唯一の取り柄を、いざ必要とされるばで発揮し損ねるところだったとはとても言えなかった。
アリッサ並みの横紙破りを無自覚に行う資質が自分にあると認めるしかない。
「ギャラクシー弾? なんなんですそれ?」
「見てれば分かる。見逃す方が難しい合図だからな」
大尉の言う通り、その合図は簡単に察知できた。
「………——!? この音は滑空爆弾!」
思わず身をすくめてしまう低音の風切り音が、空を走り……
「ドクが撃った14発のハイブリッド誘導弾さ」
その地割れのような風切り音は、金属質な高音へと変わり、ツルギと大尉が突撃すべく見据え、アリッサが囚われているはずの廃病院を鞭で打つように縦一列に降り注いだ。
「破片無しの純粋爆撃弾。
着弾に合わせてセットされた時限信管で、接触信管と同じタイミングだ。
この方法なら着弾の衝撃が分散する柔らかい砂地でも確実に爆発する。
建物の破壊も限定的だ」
まるで戦略爆撃機からの絨毯爆撃のように黒煙が並びたちのぼり、砂漠が抉れ、病院の外壁は崩れ、建物にはいくつもの大穴が空いていた。
爆発音に紛れた、別の風切り音も出現し、その発生源は建物ではなく、ツルギたちの前方へと降り注いでいた。
落ちて来たのは消火栓大の円筒形の物体で、ミサイルというよりは砲弾のようだった。が、V1ロケットのような飛行翼と後尾にはそれぞれ逆方向に回っる推進用プロペラが空転しているのがはっきりと見えた。
手投げ式の偵察ドローンを彷彿せたが、先端部に撮影機材は一切装備しておらず、その代わりにターゲット誘導用のセンサーが見えた。
「ポット射出式自爆ドローン、ギャラクシー弾仕様。
ギャラクシー弾ってのはあだ名だ。
黒色発煙弾にお手製のアルミ箔を詰め込んだ支援砲弾で、物理、電子的に敵の目を潰す」
着弾の衝撃で舞った砂塵と共に、ドローン本体が炸裂。
小さな爆発とともに、イカ墨のような悠々とした黒煙と、その中で星空のように銀色に煌めく金属片が空気中に舞い散った。
煙がカメラと目視を遮断し、浮遊するきめ細かいアルミニウムの破片はレーダー波を含めた電磁波全てをデタラメに乱反射させ本来の機能は阻害する。
その煙幕はツルギたちの目の前から廃病院へとまっすぐ伸び、突撃用の突破口を舗装していた。
「どかーん。ほら、走るぞ、今からはお前はフォレスト・ガンプだ!」
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