第44話 ブリーフィング

 ツルギたち攻撃部隊を乗せた、ハンドメイド戦闘支援車は、インフラの整った道路の端から砂地に降り、ネオンシティ郊外に延々と横たわる無法の砂漠地帯へと進む。

 ここから先は、自身の位置も目標の位置もGPS座標のみが頼りだった。


「で、大尉。DDで廃棄された病院に何があるんです?」とドク。


「マザーグースの嫌いな物」と大尉。


 全員が精神統一や緊張で口を重くしている中、大尉だけは意気揚々と錆色のツールボックスから取り出した工具で、を取り替えている最中だった。

 軍が使用する銃器の条件として良好な整備性が求めれるのと同様に、サイボーグ化された兵士にも、整備性が要求され、搭載するサイバネティクスには高い互換性が待たされていた。

 大尉はその恩恵として、致死的臓器以外へのダメージならば部品交換するだけで済むほどの継戦能力を獲得し、拳銃を好む射手として致命的な利き手を貫かれるという負傷も、彼女にとってはテレビリモコンの電池交換と大差ない問題だった。

 

「へへっ。あいつが嫌がるとは、そりゃあめでたい。

 で、それなりの武器を用意したのは、抵抗が予想されるからですかい?」


 大尉はドクの話に適当な相槌を打ちつつ、専用の工具を肘関節に差し込んで接続を解除すると、傍目にはドキッとする勢いで自らの腕を体側外へと捻る。

 すると上腕部で腕の形状を保っている皮膚と筋肉に該当する外骨格と、骨に該当する支柱パーツとそれに内蔵された信号伝達ユニットが綺麗に分離し、簡単に右手とそこから伸びる骨格ユニットを引き抜いた。


「そうだ。オーダーはどれだけ揃えられた?」


 会話の最中、取り外した手をゴミ箱に投げ捨て、新たな手を掃除機のノズルを変えるかの如く自分の体に組み込んでいく。


「かき集められるだけ。30mmレールガンと、多目的を32ポッドで2機。モスマンも2機。

 自衛火器と弾薬はターミネーター2を5作は作れる程度に」


 新調した手でグーとパーを繰り返すと、ドクへの賞賛と共に指をパチリと鳴らした。


「素晴らしい。それだけの火薬があれば未来は簡単に変えられるだろう」


「ちょいと火力過多かもしれませんね。まぁ、DDならマッドマックス2のロケにも、もってこいでしょう」


「は。レーベルが相手だ。ポストアポカリプスより、石器時代に戻してやった方が奴らの為になる」


 大尉とドクの異様な作業と戦争屋めいた過激な会話に、ファルコンが言わ猿と聞か猿を1人でこなす表情で口を挟んだ


「大尉。ドク。人質がいるのをお忘れなく」


 ドクは呆気に取られ、大尉は人を叩いていたおもちゃを回収された子供のようにに舌を打つ。


「忘れるとこだった。だが、私は何度もランボー2も見てきたから問題ないだろう」


 そして、そのような態度を取る子供と同じく、大尉はすぐに次の愉快な事柄にさっさと目を向けた。


「ブリーフィングだ。ブリーフィングを始める。

 まず私とツルギは、レーベルの溜まり場をいくつかはしごした。

 ガールフレンドの前で彼氏のケツを蹴り、息子の前でおばぁちゃんの入れ歯を上下逆さに付け替えたりと、とにかく連中が嫌がることをたくさんしてきた……あと帯状疱疹を患わせたりな。

 その収穫として、害虫の住処を特定した。今からそこを徹底的に叩く。

 目標はレーベルの一派が支配している砂漠に埋もれかけた古い街の廃病院の制圧。及び人的換金品の略奪だ」


 重要な話に小休止で挟まれる冗談に、全員が好意的な反応を示した。

 大尉、ドク、ファルコン、ツルギ、全員が戦争経験者で、言葉に出さずとも嵐の前の静かさを既に感じ取っていたからこそ無自覚に慣れ親しんだ緊張を覚え、それを晴らそうとしていた。

 その雰囲気が推力を作り大尉の宣戦布告スピーチはまだ続く。


「で、いきさつとして私とこのスーパー忍者の努力が身を結んで、最近レーベル内のとある派閥が護衛任務の人員を募集していた事も分かった。

 護衛対象は1人で、期限は1週間程度。そいつをネオンシティの悪党、つまり、住民票リストの過半数から守り抜くって内容だ」


「その人物こそが、スドウ・レイジですね?」とファルコン


「恐らくな。状況証拠だとそれしか考えられないだろう」と大尉。


 大尉がこの問題をどう調理するか話そうと唇を舌先で舐めた時、ナナが口を開く。


「あ、あの、私がまた連絡すればいいんじゃないですか?」


 話を遮れた大尉は露骨にナナを睨みつけ、提案の欠点をわざわざ取り上げた。


「却下。図らずも敵に捕まってしまったコールマンが用済とされ、連れ帰るのに大きめのビニール袋が必要になるだろう。

 これ以上危うい状況を悪化せるわけにはいかない」


 ナナは汚物を塗られた有刺鉄線のようなチクチク言葉に黙って俯くしかなかった。


「しかし、このチビの天才が言うように、私たちの手に入れた情報には確実性がない。

 情報が正しいかどうかは、現地に行って確かめないと答えがでないと言うわけだ。

……手慣れたイラク戦争スタイルだな」


 ドクは歯を剥いた声のない笑みを見せ、ファルコンは自分の解釈を否定してほしそうに大尉に尋ねた。


「………って事は……強襲作戦ですか?」


 大尉は、その問いに喜色満面と感情の無い目で首肯する。


「その通り。蜂の巣のような物があるから、つついてみる。それで蜂が出てきたら、それは蜂の巣だ。

 こちらが蜂の巣にされる前に、相手を蜂の巣にする。コールマンとスドウには、なるべく当てないようにな。

 私とツルギが突撃チーム。

 ドク。ファルコンはこの車両からの戦闘支援に当たってもらう。

 モスマンによる監視とポッドによる制圧支援をドク。レールガンによる精密砲撃支援をファルコンだ」


 指揮系統の下部に馴染んだ者として、ファルコンは上に決定された事に嫌そうにしながらも命令遂行へと動きを見せる。


「ドク。レールガンの弾頭の種類は?」


「シェル式ダングステン。レースガン競技用銃並の精度さ、外れるならそれは射手の腕の問題だ」


 ファルコンの対応はツルギとしても同情と賛成のどちはもできる正当なものだった。

 高威力高精度の銃火器は誰が使ってもトリガーの重さを忘れるほど楽しい。しかし、敵味方入り乱れる状況で使うとなると、誤射のプレッシャーが引き金に掛けた指をとめどなく重くしてしまう。


「私はファルコンを信頼しているが……レールガンの終末弾道はどうなる?」


 ツルギは狙撃手としてのファルコンへの信用は、彼の射線に入れることを危ぶまないほどに高い。

 しかし、扱うのが絶大な貫通力を誇るレールガンとなると、屋内に突入して戦っているツルギとは連携が取れず、敵、壁を貫いた弾頭が彼女を巻き込む可能性は十分に考えられた。


「あぁ……30mmだと整列した一個大隊を撃ち抜いても、まだ病院規模なら貫通するだろうな」とドク。

 武器を調達した者としてレールガンの稲妻級の銃口初速と貫通能力には自信満々の認識を示した。


「私とツルギはCQBを主眼に屋内掃討を実施する段取りだ。

 内部での戦況の変化は著しく、外部との連携は難しい。

 レールガンでの建物への攻撃は未許可とするのが無難か」


 レールガンの弾道とツルギたちの行動範囲を重複させないという選択は、誤射を防ぐ方法として確実だったが、それはファルコンの狙撃能力を完全に食いつぶす苦肉の策ともなり得る。

 が、狙撃手の役割はただ遠くから敵を撃つだけではない。


「では、俺の任務は目視での監視と有効範囲内の敵殲滅といったところでしょう」


「それでいい。お前の腕は噂で聞いている。特に忍耐力もな」


「信頼して下さい。夢中になるほど撃ちたがりではありません」


 2人の会話を聞くツルギは、それぞれが機械の部品のように正確に動作する事に疑う余地のない会話に懐かしい嬉しさを覚えていた。

 自分は何も心配せずに役割に専念でき、任務が失敗する可能性は微塵も見出せない。

 ツルギが知っている“チームワーク”の最高峰がここにはあると思うと、アリッサに振り回される普段よりもより速く動ける自信すら芽生えてきていた。


 そんな事を考えていると、大尉が再び指を鳴らした。


「最終確認だ。戦術は英軍コマンドー式で行く。パッと襲って、チャチャっと制圧だ。制圧とパッケージの安全を確保したら速やかに撤収。

 だが、突入までの戦法は準備砲撃と突撃の古典的な連携で行う。1912年から使い古された動きで相手の出鼻を挫くぞ」


「了解」とツルギ、ファルコン、ドクの声が揃って重なる。

 ツルギの胸には勝機が満ち足りた。

 一騎当千が4人。大袈裟な表現かもしれないが、火力だけは4000人規模の部隊に匹敵するだろう。


「では、作戦開始だドク。

 指定座標で私たちを降ろし、お前たちは攻撃ポイントに移動。

 私たち降ろしたあとは大胆に動いて良い。手間をかけても敵の警戒網には時期に見つかる。

 それなら、いっそ撃ちやすいところまで突き進め」


 ドクは運転席に、ファルコンは車体後部から銃座へのアクセスへと向かう。

 大尉とツルギは降下を待つ落下傘部隊のように向かいあってゴーサインを待つ。


「あのー、私は?」とナナがツルギと大尉の顔を交互に見返した。


「危険だ。連れていけない」とツルギ。


「ここで社会見学だ。ドクのサポートをしろ」と大尉。


「私が、あの人と?」とナナは露骨に清潔感の無い中年男性への不信感を表した。


「彼があんたのベビーシッターだ。

 ここまで連れて来たのはレーベルからあんたを守れるベビーシッターがいないから。

 ここにいればツルギも安心してクズをバラバラにしに行ける」


 ナナが何を思い、何を言おうとしているかは大尉を睨みつける目に全て現れていた。


「2人を危険に晒して、私だけ安全圏にいろって言うんですか?」


 そんな反論を、大尉はお門違いも甚だしいと鼻で笑う。


「は。ここは安全圏なんかじゃないよ。

 ミサイル1発で木っ端微塵になる事だって十分にありえる。

 部隊長として私が言うのは、“これ以上我々に危険を呼び込むな”だ」


「………」明確に役立たずとラベル貼りされたナナは反論する言葉を失っていた。


 ツルギにも、大尉がチクチクと指摘するこのナナの悪い癖が見え始めていた。

 ナナが聡明であることは疑う余地がないが、彼女は理不尽さに対する柔軟性がなく、自分の論理に頑固に固執して客観性を失いやすいのだ。

 これは組織的な行動の中で従順さの欠如として現れ、チームワークの効率を低下させる。

 ナナは、狭い世界観の中で培われた天才で、その世界を支配する完璧主義者なのだ。


「ナナ。君は無力感を知らないから危機管理能力が低い。だから、この危険な作戦には参加させられないんだ。

 でも、ここも危険な場所だから自分の身を守る為なら何をしてもいい」


 ナナは眉間に皺を寄せたまま、疑問符を浮かべた。


「矛盾してると思いませんか?」


「思う。

 きっと本当ならもっと良い方法も存在したはずだ。

 でも、これが今やれる事を全てをやっている状態だ。

 私たちの行動やこれから起こる出来事は、完璧には予想する事が出来ない。それでももう既に辿り着けるゴールは存在していて、私たちは全力でそこへ向かっている。

 この中の誰かは死ぬかもしれない。それでも私はここのみんなとアリッサが生きて帰ってくることを望んでいるんだ。それが私の目指してるゴールなんだ」


 ナナは黙って頷いた。ツルギは言葉が上手く伝わったかは分からなかった。


「言うまでも無いが、私たちクリアは好きでこの問題に首を突っ込んでる。

 私たちが死んでもあんたは気にしなくていい。

 ただ、私たちはあんたが死んだら一生気にする。

 クリアって自分勝手な組織だからね」



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