第43話 タスクフォース

時間は少し遡ること、アリッサが尋問を受ける30分前。


 ツルギと大尉は、レーベルが溜まり場として利用しているクラブを数件襲撃し、その度に2人の卓越した戦闘能力で店内を一瞬で制圧し、EMP弾の非致死性を最大限に利用した尋問により、情報を収集し終えていた。


 そして2人は今、追っ手を警戒して道順を選ばす移動し、尾行の有無を調べる為に街角の路地裏で小休止を兼ねて、装備をチェックしていた。


「さっきの輩の話。信じてもいいのでしょうか?」


 ツルギの質問を無視するように、大尉は難しい顔をして弾倉を指で押し残弾数を確かめていた。

 全ての銃を確認し終えホルスターに戻すと、大尉ははっとしてツルギに向き直る。


「帯状発疹だ。そう言いたかったんだ。なんで思い出せなかったんだ」


自分の質問とは全く見当違いな応答に、ツルギは寛大に対応した。


「発疹? なんの話ですか?」


「さっきの伝書鳩に、“その傷は帯状発疹だ”って言って場を締めたかった。

 くそ。よりによってなんでアトピーって言ったんだ。マジで」


 ツルギは返答に困っていた。2人で奇襲を成功さてもレーベルを名乗る暴漢の中にはその戦力差に恐れず、無力化されても反抗的な態度を取るものをたくさんいたのは事実で、大尉はそのような態度への解決手段として銃を持ち出し、不屈さを自慢する彼らに備わる、武蔵坊弁慶ですら泣いてしまう部位にEMP弾を撃ち込んで屈服させていた。当然相手が屈強なほど使用される弾数は多く、特にタフだった最後の男の脚には星座のように帯状の傷ができていた。


「……あれはEMP弾による銃創です」


「……お前、クラスで嫌われるタイプの真面目ちゃんだっただろ?」


「…………学校には行ってませんから分かりません」


「じゃあ、学校経験者の私が教えてやる。お前はクラスで嫌われるタイプの真面目ちゃんだ」


「…………反論したいです。発言の許可を願います」


 アリッサもこのような顰蹙を買うジョークを平気で言うが、アリッサなんかよりは、今の大尉の気分の方がツルギにもある程度理解できた。

 ツルギは恥じて口に出さないが、命を賭けた戦闘とはとても楽しく思えて、気分も高揚するものなのだ。

 これは言語化する必要もない純度の高い快感で、脳はそれに冷静に絆される。

 大尉にもそれが分かるのだろう。そして、ツルギと同じように軽度の中毒にも陥っている。

 

「ダメだ。こんな与太話を掘り下げる気はない。

 それよりフレディと合流して、ドクと落ち合う」


 ツルギの考えでは、強さの快楽は簡単に手に入り、獲物対象が大きく強く多いほどその効果は高い。それ故に中毒性も高くなり、その効能と副作用に抗えるのが良い兵士の条件だ。

 ツルギの基準では大尉は分かりやすく良い兵だった。いい兵士は合理的に残忍になれて、行動を制約したまま敵を撃ち倒し、目的を遂行できる。悪い兵士はならば感情的に残忍なり、今回のような場合なら目的を達成した全てのクラブを血の海にしていただろう。


ツルギは自分の価値観で大尉への信頼を強まると、彼女の言葉に疑問を投げかける。


「そのドクとは人ですか?」


 大尉はもたれかかっていた壁に反動をつけて直立し、ハンドサインで集合しての移動を命令した。


「シンデレラに出てくる魔女みたいなモンだ。

 せっかくパーティー会場を教えてもらったんだ。ドレスとガラスの靴と馬車が要るだろ。ドクが全部持ってくる」


「それは比喩ですね。ドレスはドレスではなくて………——」


「お利口さん、お利口さん。ついでドクも魔女じゃない。モグラとイノシシがカバに代理出産させたような奴だ。気にしてるから本人には言うなよ」


 ツルギの中で、ドクと呼ばれる新しい人物の謎はより深くなっていた。

 それでも大尉の計画では、その人物がアリッサ救出の最終段階への鍵なのは間違いないようだった。

 

————————————————————


 ドクと呼ばれる人物は、キャンピングカーのような大型牽引車にトレーラーのように連結された大型輸送貨物車に乗ってツルギと合流したファルコンたちの前に姿を表した。


 この車両が悪目立ちしないように大型車の多い工業地帯まで出向いたようだが、それだけでは全く偽装効果は期待できないだろう。

 それほどまでにドクの車は大きく、ツルギが知る限りではこのサイズに匹敵するほど長大な物は大陸間弾道ミサイルの移動発射装置しかないほどだ。


「大尉! 全て揃えだぜ。とーぜん高くつくがな!」


 バンッと運転席を保護していた分厚い防弾扉が開かれ、その中から邪悪なサンタクロースのような男が仲間へ向ける類いの笑みを覗かせた。

 ドクは小太りの中年男性で、鳥の巣を思い起こされる薄くボサボサの髪と、武田信玄の面頬を彷彿させる白一直線の口髭を蓄えた、総評して小汚い男だった。

 その顔つきは丸顔ながら強面であり、稚拙なAIに判定させると、イノシシかモグラの一種と判定される事も想像できる。


 ツルギが彼を第一印象では“不審”に思った。

 そんな彼女の横で、大尉はサムズアップで要請に応じたドクを労ったかと思うと、ニヤつきながら、上に向けて立てた親指をひっくり返して地面に向ける。


「代金はマザーグースにツケとけ。このアドバイス料もヤツにツケとけ」


 ドクもサムズアップで答え、そのまま背後を差して支援物資の在処を告げた。


「へっへっ。了解しやした。予備の腕はシンクの上、弾はコンロの右の引き出しです」


「今回はが多くてな。在庫があってよかった」


 そういって車両へ乗り込んでいく大尉。ツルギも続こうとすると、ドクがその贅肉を盾にして道を塞ぐ。


「で、あんた誰だ?」


 彼の目は小さく、さらに不機嫌に細めているので、感情のない黒目だけに見えた。


「私はツルギです」


 その目がツルギの全身をゆっくりと精査し、一旦は全てを理解したように深く頷いた。


「そうか。おたく日本製のボディが好きなようだ」


 ツルギは無言で微笑んだ。ドクもそれに応じ、すぐに元の顔に戻る。


「で、誰だあんた?」


 ツルギはどこまで説明するれば納得してもらえるのか分からずに困惑して睨みつける。

 そんな2人の下へ、大尉が助け舟を漕いで戻る。


「ドク。そいつはユーモアのセンスを全部殺しのセンスにトレードしたとびきりの危険人物さ。

 ついでに、そっちのガキはこいつの金魚のフン。あんま話しかけるな。弁が立って言い負かされる」


 ドクは、ツルギから目線を外さずにまた深く頷いた。


「了解。大尉が人を褒めるのは珍しい。あんたはよっぽどヤバい奴なんだな」


 ツルギはむっとなり、つい無駄に開こうとする口を噛み締め、会釈で全てを片付け、輸送車へと乗り込む。

 それにナナがこそこそと続いた。


「おい、チビ助。乗るのはいいがチャイルドシートはないからな」


 ナナは呆れたとばかりに目をくるりと回す。


「気が利きませんね。次は用意してください」


 ドクは突如怒ったネズミのような唸り声を発し、ナナは驚いて飛び上がった。


「は。ビビめ」


「ふっ、ふざんけな。デブ!」


 揶揄かわれたと気づき、怒ろうとするナナをツルギが車内へと引き摺り込んだ。


「ナナ。だから、誰から構わず喧嘩を売ってはいけない。アリッサみたいな大人になる……」


 ナナは大人しく連れ去れたが、その大部分はアリッサの名前が出た事による善悪両面の呵責によるものだった。


「ドク。俺もいいか?」と最後にファルコンが続く。


「おー、ファルコンじゃねぇか! 戻ったのか?」


 ドクは顔馴染みを前にして懐かしさを奔流させ、両手を広げて受け入れ態勢を作る。


「……その件はまだ保留にしている」とファルコンは、手でドクの接近を拒み、言葉で彼の期待が過熱されることを避けた。


 ドクは困ったように手を広げ、それから失恋を慰めるような口調でファルコンに歩み寄った。


「そうかい。入隊と除隊。結婚と離婚はよく考えるか、全く考えないで決めた方がいい。どっちにしろろくでもないからな」


「あんたの言葉はいつもタメになるよ」


「経験者は語るってやつだ。俺が結婚する時、前妻の親父からショットガンを向けられた。骨董品の1887さ。

 離婚する時、前妻に尻を撃たれた。俺がカスタムした水平2連で、俺が作った硬貨散弾でな。これも経験者の体験談だ……リンカーン1セント硬貨がケツに食い込むと物凄く痛い」


「ドク。あんたの言葉は、本当にタメになるよ」


 駄弁る2人を大尉が遮った。


「ドク。ファルコン。自前の銃でメキシカン・スタンドオフ銃を向け合っての睨み合い中に悪るいが、先送った座標に急いでくれ」


「了解」とドクがファルコンへ乗車を促しつつ、小声で呟いた。

「大尉は相変わらずだ。体位にうるさい」と2丁拳銃のポーズを取る。


ファルコンは失笑した。


「ドク。頭の中にワシントン25セント硬貨が残ってるんじゃないか?」

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