第40話 ブリーチオープン

「誰かいるか?! 俺だファルコンだ!」


 知っている声の不自然な到来にツルギは、ナイフを隠し持って戸口に向かった。


「何の用だ?」


 戸の向こうの声は確かにファルコンだ。

 声の発生位置から推測される身長、発音の特徴、どれも記憶通り。不審な行動も物音からは感じ取れない。

 しかし、呼吸は荒く、怯えた伝令のように声は慌てている。ただ顔を出しに来たわけではなさそうだった。


「その声はツルギさんか? 落ち着いて聞いてくれて、クソ女が誘拐された」


 ナナの言葉とファルコンの通達、アリッサの身に何か起きたという信憑性は確かに無視できないほど高まっている。


「誰の事だ?」


「アリッサ・コールマンだよ! 俺らが見つけたあの子を探してたのはレーベルの連中だったんだ」


 知らない組織名に、突然現れたファルコン。理由も状況も全く分からない。

 こうなるとファルコンに事のあらましを詳しく聞きたいが、この状況の最優先事項はファルコンが味方であり、真実を話していると確信を得る事だ。


「ファルコン、なぜあなたがその事を知っている?」


「俺を疑っているのか?」とドアの向こうでファルコンは感情的に訴えるが、残った理性が客観性を呼び戻したのだろう。


「と、当然だよな。

 俺は……例の件以降、マザーグースにあんたらを見張るように頼まれていたんだ。

 どこまで本当か分からないが、コールマンはマザーグースに、代金の一部を払っていないらしい。

 じゃあなぜあいつが自慢の私兵を差し向けないのかは分からないが、とにかく、事態はすこぶる悪い方向に向かってる。

 アリッサが、あんたとマザーグースの知らない誰かに拉致られた」


 無害とは言い切れないが、少なくとも声の反響を聞く限り死角でファルコンを脅している者はいない。

 ナナの気になる言葉の件もあり、ファルコンの功績を担保に、ツルギは状況の把握に舵を切った。


「分かった。信じよう。入れ」


 ツルギが鍵を開け、扉はファルコン自身に開けさせた。

 ツルギはあえて招き入れ、そこでファルコンが抱く安堵につけ込むようにして、不意をつくと、水辺のワニのように彼を部屋に引き摺り込み壁に押さえつける。

 片手はファルコンの右手を押さえ、もう片方は脅しと保険を兼ねて下顎にナイフを突き立てた。


「まず、アリッサを攫ったレーベルと誰なんだ?」


 ツルギの不躾で単刀直入な質問に対し、警戒されると覚悟していたのだろう。

 ファルコンは驚きつつも質問に答えた。


「レーベルってのは、言わばクリアから分裂したギャングだ。

 隊律を嫌って離反した“傭兵”集団。ようは軍需品で武装して、金の為ならなんでもやる殺し屋集団だ」

 

「なぜそんな奴らが?」


「分からない。 だがあの女の子を俺たちが盗……——!?」


 ファルコンが口走る言葉を予測したツルギは、彼の口にナイフの噛ませて無理矢理塞ぐ。


「ナナのせいじゃない。アリッサが何かを隠してたせいだ」


 ファルコンに目で頷かせると、その口内からナイフを離して次の質問に移る。


「ファルコン、この事を誰かに話したか?」


「マザーグースにはコード19 とだけ。監視対象が連行されたって意味だ」


「拉致されたと言ったな。アリッサは殺されてないと?」


「そうだ。通りで囲まれて、そのまま車に押し込まれてた……思い返せば嫌にすんなりとな」


「……わざと捕まったか、抵抗を無駄と判断したか。

 ………連れ去った連中のアジトは分かるか?」


「いや……。

 待て、連中の車オフロードタイヤだった。それならDDのバンカーから来たのかも知れない。だけど確証はない」


「では………………どうやって探す?」


「…………すまないが、分からない。クリアのメンバーかマザーグースに頼めばなんとかなるかもしれないが………俺はもうクリアじゃない。

 ツテも動かせるだけの金も……持ち合わせてないんだ」


「………ファルコン、私を騙してないな?」


「誓ってもいい」


「なら、クリアの協力者のはずのマザーグースが、なぜ部外者のお前に監視を頼んだ?」


 ファルコンは混乱気味だが、質問には動揺していない。


「俺にはクリア以外にツテがない。あんたらと仕事をした後、マザーグースから“腕の立つフリーランス”を探してると連絡されたんだ。

 マザーグースはコールマンの動向にかなり注目してる。

 ……代金の未払いだけが問題とは思えないくらいな」


「その情報屋に雇われているなら、なぜ今ここにいる?」


「はっきり言うと分からない。

 あんたとあの子が心配になったんだ。

 俺はクリアにも、ギャングにも成りきれない男だ。理屈を通す頭がないのかもな」


 そう卑下するファルコン自身より、ツルギの方が彼のことを分かったような気がした。

 この男は混乱していて、理屈や合理性ではなく、正義感で動いていると。

 だからツルギやアリッサとはかけ離れた善人で、その気質故に彼女たちが冒さないミスをしていた。


「あなたの言葉を信じる。だが、あなたは誰かにつけられていたみたいだ」


 ツルギは、部屋の向こう、また階段を登る足音を聞き取っていた。


「誰かここに向かってきている。1人だ。だがホルスターの音がする」


 ツルギは聞き取った音を樹脂製のホルスターから銃を抜き取る擦過音だと認識した。

 このタイプのホルスターは、柔軟性に欠け、傾向性は布や革に劣るが、着脱の容易さと取り付け場所の選択肢が広く、好むのは実用性を重視する人間だ。

 

「……俺のせいだ。ドアは俺が開ける。あの子をなんとしても守ってやれ」


 襲撃に出向いた者を迎えるのは誰でも嫌だ。こちらからは相手が分からないのに、向こうはドア越しに撃ってくる可能性だってある。そんな危険な事を、自ら申し出たファルコンは、やはり信頼できる。


「気をつけろ」とツルギはファルコンを解放し、部屋奥へと退がる。


「あぁ。銃を抜かせてもらう」


 ファルコンは、両手がツルギに見えるようにゆっくりと屈み、足首に固定したホルスターから小型の拳銃を抜いた。


 その時、トントンと一般常識的な音量のノック音が響く。

 ファルコンの目配せに、ツルギは静かに頷いた。


「おうよ。ちょっと待ってくれ」と気さくを装いファルコンがドアノブに手を掛ける。

 その動作と同時にドア板に拳銃を押し付け訪問者のどのような行動にも応えられるようにしていたが………。


 この時点で、彼もツルギも相手を過小評価していた。


「いいや、結構。待つのは嫌いだ。自分で開ける」


 肉声とは思えない機会的な声と共に、ツルギの耳に、カチッカチッと念入りにスイッチが押される音が届いた。


「ファルコン、放れろ!」


 ドアは落雷のような鋭い音ともに跡形もなく消し飛び、ファルコンもツルギの目の前まで吹き飛されていた。


「!!?」


 爆発はドアのみを破壊するほど局所的。その音は榴弾よりも鋭く甲高いもので、単純な爆弾ではなく、爆風に指向性を持もった高性能爆薬。

 ツルギは即座に使用されたのが建物突入用の非致死性兵器だと見抜き、これが使用される状況下では、爆発を起点として雪崩のような制圧攻撃が実施させると悟る。

 だが、その時には爆風に追いすがるように煙が床と天井を這い、その匂いが部屋に立ちこめる早く、爆煙に紛れて2発の銃声が轟く。


ダンッ! ダンッ!


 敵には自分が見えていると踏んだツルギはとっさに床に張り付き、退避行動をとる。

 が、その直後に部屋に入ってくる足音を聞き取り、今の銃撃が退避行動を取らせるための威嚇だったと臍を噛んだ。

 

「……手慣れている………」


 そう呟くとツルギはクラウチングスタートの要領で床を蹴り、そのまま目の前の壁を突き破った。

 ツルギたちの部屋の構造は玄関から正面に廊下が延び、その先で曲がり角となってリビングに繋がっている。

 ツルギがいたのはこのリビングだった。

 そして、リビングからは2つの部屋、1つはアリッサの自室、もう一つはナナが隠れている物置に繋がっていた。

 つまり、襲撃者がこの部屋全体を制圧するには、玄関、玄関廊下、リビングへと進むしかない。

 しかし、廊下の曲がり角には、洗面所とユニットバスがあり、ここは玄関廊下に沿って作られている。

 ツルギはリビングと洗面所の間の壁を突き破り、廊下まで侵入した襲撃者へ周り込む急造の突破口から反撃を開始することにしたのだ。

 だが、この行動は強襲に対する反攻として模範的な一方で、あまりにも教本通りだった。


「そこか」


 ダンッ!


 壁を壊す物音で察したのか襲撃者は壁越しにツルギへ向けて発砲。

 だが、弾丸は壁を撃ち抜けなかった。

 そして、自身に向けられたその銃声から、逆に襲撃者の位置を捉えた。

 

対サイボーグ弾AYPじゃないな」


 ツルギは再び壁に体当たりするとそのまま突き破り、襲撃者を建材の濁流と共に壁叩きつける。


 2人はようやく対決の構図にもつれ込んだ。


 襲撃者はやはり一名。

 その顔はガスマスクに似た真っ黒のバイザーで覆われ人相の全てが覆い隠されているが、隊章や所属章をあしらったら暗茶色ロングコートを羽織り、その下には化学繊維のシャツに予備弾倉用とホルスターを兼任させたハーネスベストが見え、右脚にも拳銃用のホルスターを装備していた。

 袖口から見える手とダメージ加工のジーンズから垣間見える四肢からはサイボーグ化された人工皮膚が覗き、武装と装備どちらとも完全に一般人が手に入れられるものではない。

 

「貴様も軍用か——?!」


 ツルギは反攻奇襲にこそ成功したが、壁に押さえつけられた襲撃者は、その姿勢から手首だけを返してツルギに銃を向けた。


ダンッ! 


 顔の左真横で発砲され、弾丸の風圧が頬を掠めるが、ツルギは怯まない。

 手首の格納鞘から取り出したナイフを逆手に構え、襲撃者へ刺突を放つ。


 ガキンッ!


 襲撃者は咄嗟にナイフの軌道を銃で阻んだが、ツルギのナイフは銃の握り手と襲撃者の掌を縫うように貫き、そのまま顔に迫る。


「っ——! 銃を刺しやがったな」


 襲撃者は機械化された手を刃に貫かれても平然と耐え、ジリジリ迫まる刃先にも怯えを見せない。それどころかツルギの腕力に拮抗しつつあった。


「いや、このまま命も貰う」


 ツルギはナイフを持った手に、片手をハンマーのように打ち付け、刺突力に更なる推力を加えたが………。

 襲撃者は寸前で刃先を躱し、致命傷を右手を磔にされる不利と引き換えた。


「避けた——?!」


 渾身の力を放ちながら攻撃を外したツルギに対し、襲撃者は素早く左太ももの格納ホルスターから拳銃を抜いていた。


「隠していたのか!?」


 ツルギは咄嗟にその銃を掴み、スライドを押し下げた。拳銃はいわば頑強ながら精密機械であり、平時と異なる状態では発砲する機能が作動しない。ツルギが銃身を掴んだ事で機械的に発射不能状態に陥らせた。


「やるな」


 片手で銃を掴み、もう片方は手を釘付けにするツルギと、される側の襲撃者はお互い膠着状態となった。


「…………」ツルギは無言で襲撃を睨んだ


「これは……お互いあと一歩だな」と黒いカバーに覆われたマスクの奥で襲撃者は笑ったようだった。


「!」ツルギは打開策として頭突きを繰り出す。


「!」全く同じタイミングで襲撃者も同じ選択をしていた。


 お互いに同じ瞬間に体の重心を前面に向けてぶつけ合い、そこで生じた反作用は2人の想定を遥かに超えるほど大きく、互いに互いを弾き飛ばす。

 背中から倒れたツルギだったが、その手には拳銃を奪い取り、警告も慈悲もなくそのまま引き金を引くつもりで、襲撃者は向けて構え直す。

 そのつもりが、襲撃者もほぼ同時に3丁目の拳銃を抜いていた。


「……いくつ持っているんだ?」


「さぁな。だが、これはお守り用だ。使う気はなかった」


「………」


「本当の話さ。今あんたが持ってるのは生捕り用のEMP弾。こっちのはサイボーグ用徹甲弾。あんたの負けだ」

 

「関係ない。撃てば最低限の効果はある」

 

「アリッサ・コールマンを差し出せば、我々が殺し合う必要はない」


「……ここにはいない」


「死にたいのか?」


 照準越しに睨み合う2人。そこにリビングからすっと人影が現れた。


「アリッサなら本当にいませんよ」


「?!」


 襲撃者は突然現れたナナへと銃を向けた。


 その瞬間ツルギは引き金を引いた。


ダンっ!


「クッッソがっ!!」


 弾丸は襲撃者の首に命中すると、花のように電極が開き、弾痕周囲に青白い電撃を放った。

 襲撃者は銃を投げ捨てるとすぐさま命中箇所から電極を引き抜こうとするが、すでに体に麻痺が起きていた。


「ファルコン! 上官命令だ! 弾を抜け!

 クソ! まだ寝ていやがる!

 カギ、あんたでもいい! 

 ツ、ツ、ツルギと言ったな! お前でもいい!」


 のたうち回る襲撃者に怯えるナナ、爆風を受け今だ気絶しているファルコン。


ダンッ!


ツルギだけが冷静に、襲撃者にもう1発EMP弾を撃ち込んだ。

 胸に命中したEMP弾の電気ショックにより、襲撃者は手足が完全に停止した。

 EMP弾は、スタンガンの効果とサイボーグ強制停止を兼ねた非致死性弾丸で、サイボーグに対しては神経とサイバネティクスの接続回路を遮蔽して行動不能にする事ができる兵器だった。


 識別ように青くカラーリングされた薬莢が拳銃から吐き出され、壁にバウンドして床をカラカラと転がる。

 そんな微かな音がはっきりと聞こえるほど、戦闘が終了すると部屋は静まりかえった。


「……この人は誰だ?」とツルギ。


 ナナが一呼吸おいて唾を呑み込むと口を開く。


「わ、分かりませんが、肩のマークを見る限り、クリアの偉い人のようです……」

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