第30話 強制起動

 帰還したツルギをアリッサが出迎えた。

 その目線は最初にケースに向き、次にツルギの顔へと向く。


「………ツルギ。貴女が無事帰ってきてくれて嬉しいわ。

 世の中に絶対がない以上、少し不安だったの」


 両手を広げハグの準備をしてみせるが、アリッサを受けとめたのは顔面を掴むようにして拒みに掛かる手のひらだった。

 

「……もう1人の男はどこだ?」


「帰ったわ。用済みだから、後腐れなくスパッと帰らせたの」アリッサは薄情な手を振り払いながら、愚痴るように答えた。


「…………」


 ありのままを答えたアリッサに、相棒は不信の眼差しで応えた。

 それこそアリッサが不審な動きをすれば即座に殺しに掛かるだろう。


「もう、あんま見つめないで。ドキドキしちゃう。さ、ケースを寄越してちょうだい」


「この中身はなんだ?」


「金目の物。それだけ知ってれば良いでしょ?」


「具体的に教えろ。相当な重さだ。銃器か? 機械か?」


「まぁ、精密機器なのは間違いないわ」


「………アリッサ。お前の狙いはこれじゃないのか?」


「鋭いわね。私の狙いはそれを売って得るお金よ」


「違う。話を誤魔化すな」


「あなたが危惧している事にだけ答えるわ。

 報酬はちゃんと払う」


「だから、報酬の話なんてしてない……」


「ファルコンへの報酬の話よ。あなたが心配しているのは、私が彼まで騙している事よね。

 私があなたへの切り札を隠していて、それを使ってファルコンを抹殺させると。

 それはしないわ。目的じゃないもの」


「それ以外にあなたが考える必要のある事柄って存在する?」


「…………」


「怖い目しないでよ」


 アリッサはニヤニヤとツルギに歩みより、彼女の両腕を掴むと、そのまま自らの首元に差し向けた。


「貴女は私に頼るしかない。

 でも、貴女はどのような状況、どのような段階に陥っても、簡単に私を殺すことが出来るのも事実。

 貴女から私への信頼は、私が生きてるという形で受け取っているわ」


「言い換えれば、私が貴女を裏切れば、私が死ぬの。

 お互いの性格的にこれ以上ない協力関係でしょ?」


 アリッサはそう微笑んで一歩下がると、ツルギの手元から、簡単にへし折れる細い首と、渡すつもりのなかった積荷がすり抜けていた。


「…………」


「さぁ、ピッキングと行きましょう」


「待て、結局中には何が入ってる?」


「分かってるくせに」


「分からない」


「私もよ」


 アリッサはケースを作業台に乗せると、引き出しから電機鍵を取り出した。それはツルギが手渡された物とほとんど同じだったが、鍵の反対側にも端子ポートを備えた、電子鍵のピッキングツールだった。


「この鍵自体はそんな珍しいものじゃないけど、素人じゃ手出しできなくて、プロでも手間取るから挑まない程度の強度を備えたモデルなのよね。

 問題は、その解除認証の照合に使うソフト。これのセキリティプログラムは、完全に規制外のシステムだった。多重同時進行の認証プロトコルがあって、これをミスると、インポート側にハッキング撃退ウィルスが流れ込んでくるの」


「ウィルス?」


「屋敷の庭に放し飼いにさらてる番犬みたいなもの。

 侵入側のシステムに入り込んで根幹部。コンピューターで言えば、CPU。サイボーグで言えば脳幹で、誤作動を起こさせるの。

 いわゆる“脳を焼く”ってやつね」


「………待て、つまり、先程のエラーは……ここにいた男がミスをしたのか?」


「そうよ」


「……死ぬのが分かっててやらせたのか?」


「さぁね。でも、結果だけ見れば私が死ぬよりマシでしょ?

 彼の英雄的献身によって、私は安全に開錠する事が出来るから、感謝はしないとね」


 アリッサは、解錠ツールを鍵穴に挿入すると、そこに別のモニターのついた電子機器を直列に繋ぎ、そこにアリッサ自身の首に備えた電産脳ポートを接続した。

 モニター画面には幾つものパラメータと解錠用コードの入力スロットが映し出された。


 「要求コードは7桁を3つ。受付時間は0.6秒。つまり、ぶっつけ本番で解析するのは実質不可能なシステムだった。

 でも、私はこのチャレンジ2回目だからね」


ピピっ。電子鍵がグリーンに明滅し、機械的に何かが外れる音が響く。


「ジャックポット。景品は何かな」


 アリッサが箱を開けると、徐々に広がる開口部から冷気をまとった靄が溢れ出し、それが晴れていくと………アリッサは、それまでの上機嫌から打って変わって箱を勢いよく閉じた。

 

「大外れだ………空っぽだわ」


「有り得ない。持っている時点で何か動く物が入っていたのは確かだ」


「気のせいよ。入ってない。空っぽ! 伽藍堂!」


「ありえない」と無言で詰め寄るツルギをアリッサは目で牽制し、ケースの蓋を押さえ込む。


「ケースだけでも売れるから……儲けはそれだけね」


「………何を隠した?」


「何も隠してないわ。これ以上ケースが汚れたらさらに価値が下がるでしょ、だから触らないで欲しいのよ」


 無言の小競り合いは、進展のないまま睨み合いになり。

 それを仲裁するように、2人の意思外でドアホンが鳴った。


「お客さんみたい。ツルギ。見てきてちょうだい」


 2人の意識が来客に向くと、アリッサは家主の務めとして、同居人に出迎えるよう指示を出した。

 来客を出迎えるのは突然だ。ついで、アリッサにとって監視を逃れる絶好の機会でにもなり得る。


「必要ない。俺だ。報酬を受け取りに来た」


 しかし、声はファルコンのものだった。来客の目的が判明している以上、わざわざツルギが出迎えにはいかないだろう。そして、アリッサ自身もケースを誰でも触れるような無防備な状態で放置するような行動を起こすつもりはない。


「そう。ファルコンね。…………入っていいわ」


 入ってきたファルコンは、すぐに部屋の剣呑な雰囲気を察したが、それを言及されるより早くアリッサはポケットから取り出したチップを差し出した。


「はい。約束の報酬よ。確認して」


「ケースの中身はどんな物なんだ?」


「あなたプロでしょ? 詮索は御法度。受け取って帰って。次の仕事があればこちらから連絡するわ」


 訝しみつつもチップを受け取り、指の接触型スキャナーで口座を確認するファルコン。

 さっさと出て行けと念じているアリッサにとって、この当たり前の確認が愚鈍で腹立たしいが、アリッサにはそれを見守るだけの余裕と自制心は備えている。


しかし……。


「………おい。話が違う——」ペシッとファルコンはデジタル化された高額資産であるはずのチップを指で弾き、アリッサの頬に叩きつけた。「全然、足りないぞ」


 ごく微小な痛みと衝撃がアリッサの頬に走り、それが高性能爆薬の雷管のようにアリッサの怒りをカッとさせた。


「は?」感情的にファルコンへ向き直り、自身に突きつけられた指をふり払おうとするが。

 バシッ。ファルコンは白兵戦にも手慣れた元軍人。


「—————ッ!?」


 アリッサの一挙手一投足は弄ばれ、一瞬で関節を取られ、現行犯逮捕さながら、骨の可動域を悪用して拘束されていた。


「2人ともハメたわね……」


 アリッサは関節が叫ぶ、骨髄に熱湯が流れるような痛みを感じながら、動けないアリッサを傍目に揚々とケースを開けるツルギを睨みつけた。

 2人の傭兵が言葉の外で意思疎通を計っていたことを痛感するが時すでに遅し。


「なんだこれは!? ……ファルコン! 来るな」


 開口一番、ツルギは驚きのままケースから飛び退き、駆け寄ろうとするファルコンを制する。


「おい。なんだってんだよ!?」


 中身を知っているアリッサだけが茶番に付き合い、黙って俯いた。


「………ケース中は……全裸の女の子だった」とツルギは目で見た物を言語化しただけの言葉を溢し、ファルコンは無表情でその単純な意味を理解する事に時間を費やして黙り込む。

 唖然とする2人の隙をつき拘束の手を振り払ったアリッサは、つけてもないネクタイを締め直す真似して、ケースを指差した。


「そのケース。恐らく人間を意図的に冬眠状態にする為のコールドスリープ装置だわ。

 はっきり言っておく。開けるまでは私も中身を正確には知らなかったわ」


「…………どうゆう事だ?」顔色一つ動かさずただ言語インターフェイスの対話機能だけのように聞き返される質問に、アリッサも知っている事を話す


「さぁ? こんなの想定外。アンドロイドかもしれないし、セクサロイドかもしれない。あるいは、変態の近未来の花嫁かもしれない」


 ツルギが“少女”と称した人型にアリッサは無機質な答えを返す。


「黙ってろクズめ。ツルギ。とりあえずこの上着を掛けてやれ」と手早くジャケットを放るファルコン。

 ツルギは箱の中の少女にテーブルクロスのように上着をかけて裸体を隠し、アリッサはその一連を冷めた目で見守っていた。


「了解。この子、冷たいが生きてる。かなり遅いが脈拍がある」とツルギ。


「……本当に生きてる? あなたやファルコンあたりの軍用なら心拍音を消すためにスクリュー式血液循環器を持ってるでしょ?

 ソレも、抱き心地の良い温かみを再現してるだけかも」


「……アリッサ。落ち着け。喧嘩してる場合じゃない」


「落ち着いてるわよ。ソレを売るか、捨てるか早く決めないとまずい事になる。この世で一番高価で、人を狂わせるのは“嗜好品”よ。それを持ってると狂人に狙われる」


「捨てない。売らない。まず素性をはっきりさせるのが先だ。私たちにはこの子を保護する義務がある」


「義務がどーたら。以前にソレが“子”かどうかよ」


 「閉めて」と部屋の全員が感じ初めている争いの波動を先取り、アリッサは事態の処理に動く。

一方で、「こんなとこに入れておけない」とツルギは命令を無視して箱の中身を抱き上げた。


 ………ブチッ!


 その時、少女の後頭部からソケットチューブが抜け落ち、連動するように少女の身体が痙攣を始めた。


「あーぁ、いきなり壊した? 通電中の電子機器からいきなりコードを抜くのは御法度よ」


「黙ってろアリッサ! 脈拍が上がってきてる。血圧も、眼球も動きだした。これは、どうなってるんだ?!」


 ツルギの慌てようをアリッサはただ滑稽だと見つめた。

 思わず「あなたは何人の脈拍をゼロにしてきたのよ?」と聴きたくなる衝動を抑え、ただ矛盾の塊を見つめる。

 しかし、同時に自身のそのニヒリズムは、目の前の人型を“人間じゃない”と否定したい願望の現れだとも合点が行き始めていく。

 ツルギが目に見えて慌てているおかげで、アリッサは自分が混乱していても紛い物の客観性を保てているだけらしい。


「ツルギ。脈拍いくつ?」


「36……68……72……109。いや、下がりだしたぞ、62……60…54……安定しだした」


 人間の脈拍の平均は毎分60回。コールドスリープは脈拍を含めた代謝を遅らせて人間を冬眠させる機能だ。

 現在、冬眠下にあった少女の脈拍は上がり、下がり、一定で整った。

 ツルギのような兵士として医学知識では、脈拍の異常な上昇は、失血多量による心肺の過負荷と考えるだろう。

 しかし、この現象は極端ながらも単純な自律神経の作用だ。


「ふむ。あなたが引き抜いたのどうやら、知覚コンバーターに繋がってみたい。

 あー、なるほど、コールドスリープ装置兼何かしらの演算機器も備えてるみたいね。

 ソレは、自律学習型の人工知能でも備えてるのかも」


「知覚コンバーター………じゃあ、彼女は、いきなり夢から現実に引き摺りだされたと?」


 アリッサはタバコを咥えながらウィンクを披露した。


「あはは。そんな感じ。まぁ、お陰で手っ取り早く正体は突き止められるかもね」


 タガが外れたように紫炎をまとわせながら部屋を歩き回ったかと思うと、突然椅子に腰を下し、自分の吐いた煙をうっとりと見つめた。


「なんにしても、まず初めに言うべきは、“おはよう”なんじゃない」


 タバコの灰を落としながら呟くアリッサの目線は、ツルギの胸元、そこに抱き抱えられている少女に注がれている。

 つられてツルギが同じ箇所に目を向けると、そこでは意識を宿した青い眼球が彼女を見つめ返していた。


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