第29話 回収

 ツルギが見つけたのは、死体遺棄にでも使うような大型のスチールケースだった。

 そのサイズ感からツルギは嫌な予感を過らせるが、それを持った時に伝わる重量が否定する。

 重機関銃かドローンユニット出なければ説明がつかないほど重い、しかし、それよりも遥かに高価な物の気がしていた。

 携行兵器にしてはケースの保護が厚く、大きく精密な物を収納しているのが妥当だろう。施された電子式錠も、強固な金属塊同然の代物を完備している。


「この鍵穴……アリッサめ。気味が悪い」


 そんな第三者を拒絶する鍵を、ツルギは持っていた。アリッサが送り出す時に寄越した鍵で、ツルギの知らないところで明らかにスケジュール帳が存在しているらしい。

 誤魔化す事も出来ない状況でツルギは解除に取り掛かる。

 単純に鍵を差し込み、それに反応して、鍵穴の円周に黄色のインジゲーターランプが灯る。


「コードの照会か。じゃああいつはコードも手に入れてたわけだ……」

 

 ランプは円周上で3分割されおり、認証に応じて一つずつランプが青に切り替わっていく。


「いや、ハッキングしてるのか……!?」


2つめまで順調に点灯していたランプが、3つめで滞り、ついには全ランプが赤く点滅し………。


ビィー! ビィー! ビィー!


ついには警報ブザーまでが鳴り響いた。


「アリッサめ。失敗したな!」


 その直後、ツルギの耳を無線のノイズが突き刺す。


「ツルギ。計画変更。そのケースを持って帰ってきて」


「ふざけるな! ケースは置いていくぞ!」


「ふざけてないわ。その中身がなければ、あなたの復讐も無期限延期よ。それに、悩んでる暇は……ないと思うわ」


 反論の言葉が喉まで競り上がっていたツルギに、もう一つの無線チャンネルからさらなる問題の報告が届く、こんな口論などしている暇すらなかったと思い知らせる事となった。


「クソッ! 接近する車両を確認した! 接敵まで100秒はないぞ

 レーダーサイトはどうなっているだ!?」


 ファルコンの報告が、目視できる距離に任務に関する物理的な障害の存在を伝え、本来ならそれをさらに早く感知できるはずだったアリッサがそれに続いた。


「あぁ! そうだった。無線封鎖の機密性確保の為に通達が遅れたわ。

 敵車両が北東から接近中。ケースの警報に呼応して、速度を上げて向かってきてるわ」


「黙ってたのか!?」

 

「人聞きが悪いわ。息を潜める必要があったのよ。

 あと、ケースの追跡装置は掌握できたわ。

 これで有視界外の敵の目を撹乱できるし、あなたがケースを置き去りにした場合もすぐに感知する事ができるの。

 最善を尽くしてね、ツルギ」


 無線が一方的に遮断され、代わりに車が砂を蹴り上げる音が響く。


「ファルコン。私は接敵したようだ………敵、人数、装備不明。平地での戦闘。

 応答はするな。この声が聞こえているのなら……足のアテはついた。君は撤退してくれ」


 ツルギはそう電波の中に呟くと、流れの主導権を得るためにガレージの奥に身を潜めた。


 車両がツルギの隠れたガレージの前に止まり、運転席、助手席、後部右のドアが乱暴に開かれる。

 慌しく動き回る足音に混ざって、銃吊り具の金具が擦れる音、誰かが銃への給弾を確認する音が聞こえる。


「泥棒かエラーか。調べるのも面倒だ。外からやっちまえ」と敵の1人が呟く。


「ダメだ。アレに当たるとまずい」


 敵は必然的にガレージ内にシャッター一枚を隔てて潜むツルギを包囲する形になり、ツルギ側も声の発生位置で敵の動向を把握していた。

 足音が、敵は3人で渡り鳥群のような楔形陣形を組んでいるのを告げ、その先頭がシャッター下の隙間から内部を覗こうと屈むのを影の変形が示す。

 敵はケースを略奪しようとする存在を認識しており、その排除を手早く済ませたい。

 彼らの任務はケースの回収なのだから当然だ。

 ツルギの手元に残っている利点は、敵がまだツルギの性質を知らないという点だ。

 この僅かな利を最大限に活用するように、ツルギから先手を打つ。


 第一の戦死者がシャッターから内部を覗くと同時に、虚無からツルギの腕が飛び出し、そのまま屋内へと引き摺り込む。

 虚を突き、相手がそこから覚醒する前に全てを終わらせる。

 仰向けに引き込まれた男の後頭部から鼻先へを短刀が貫き、一つ目の障害を排除。


「なんだ?!———!」


 第二の戦死者をツルギが認識したのは、ペチッと気の抜けた音でシャッターに一筋の木漏れ日が生じた事からだった。

 弾丸が貫通してきたのだ。しかし、銃声やシャッター越しでも分かるはずの気配は一切なかった。


「援護射撃かファルコン」


「クソッ! スナイパーまでいやがる!」


 一瞬の間に味方2人を失った第三の戦死者は本能的にシャッターへ向けて銃を乱射し、遮蔽物の加護を求めて車へと慌しく走る。


 しかし、ツルギはいつまでも敵の射角に収まっているほど呑気ではなかった。

 廃れたガレージから半ば砂丘の一部と化している売店へまわり込み、ショーウィンドウを突き破りながら敵の側面へと回る。


 ここでお互いに初めて敵を認識した。


「とんでもねぇの敵に回しちまったな……クソが!」


 敵も傭兵風のサイボーグだった。人工筋肉を備えた腕がサイボーグ基準の反応速度で動き、銃口が間合いを詰めにかかるツルギを睨む。


「あなたには…………死んでもらう」


 ツルギは銃口に怯む事なく、屈折機動を折りまぜて間合いを詰める。

 敵も冷静に射撃精度は問わず、的の中心ではなく的そのものを狙う応戦射撃へと切り替えた。


 この無規則な弾の雨をツルギを紙一重で見切り、敵弾。次々と砂塵の中へと飛び込ませていく。

 そして、数十発の弾丸を凌ぎきったツルギは、最後の跳躍で間合いを詰め、男の顎から脳天へと刃を突き立てる。


「判断は悪くなかった。だけど、私は散弾以外は見切れる」


 それとほぼ同時に、男の腰を飛んできた弾丸が貫く。ファルコンの援護射撃だ。


「…………すまない、ツルギ。今のキルポイントは折半といこう」


 ツルギは無線に即応はせず、周辺を全感覚器官を並列させて走査。それから戦闘終了を唱えた。


「構わない」


「構えよ。まぁいい。今のうちに撤収しよう」


「あぁ。ケースは確保した。車はこの者たちのを使う。拠点へ戻ろう」

 

「了解だ」


 短い反省会のあと、ツルギはもう一つの不安要素に気がついた。


「ファルコン。確か君たちの言葉で、ビーバー・エスケープだったと思うが……出来るか?」


「……了解だ。意味は分かるが、それ死語だぜ」



 



 

 

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