第27話 チームワーク
ツルギとファルコンと名乗る傭兵は、手配されたコンパクトカーのグッピーに乗り込み、目的地へと向かった。
慎ましいエンジンが静かに動き始めると、タイヤの外周をそのままに、空気代わりの緩衝材を詰めた廃材タイヤが裸足の足音のようなタイヤノイズと共に回り始めた。
「改めて俺の事はファルコンと呼んでくれ」
運転席に座ってたツルギに、助手席に座った傭兵が、ぶっきらぼうながら、和らいだ声色で呟く。
「ツルギだ」
「目的地は?」
「ナビゲーションに登録された地点から1kmほど北東のガソリンスタンドの廃墟らしい」
「無法者の砂漠地帯か。交通渋滞の心配だけはいらなそうだ」
「…………その心配はいらないと思う」
ツルギの言葉選びが会話をつまずかせると、彼女はそのまま黙り込む事に決めた。
そうすれば寡黙な不言実行の性格に合っているし、最近常々感じる“口は災いの元”という信憑性の高い迷信から逃れる事も出来るからだ。
「……ところで、あんた軍に居ただろう? 装備もそうだが、立ち振る舞いに隙がないからな」
一方で傭兵はこのつまずきを、ツルギが話したくない方向へと一瞬でリカバリーし始めた。
「話す事はない。お控えなすってとはいかない」
そう突き放すツルギだが、傭兵の所作には好感を抱いていた。
彼の腰の拳銃は撃鉄がおりたまま安全装置が掛けてあったし、後部座席に積まれた恐らく仕事道具の入ったケースは、シートベルトで固定して、骨董品のように丁寧に扱っている。
この街に蔓延るならず者の中では別格に礼儀正しい性質だ。
「その言い方だと名誉除隊じゃなさそうだな。
ま、俺も似たようなもんさ。元企業連合軍の出身だ」
傭兵の自分語りは、自慢ではなく面接での回答のような、自分の価値を相手に評価させる言い方だ。
「……狙撃手だったと言ったな。命中させた最長距離は?」
傭兵はニヤリと笑い、自慢気に呟く。
「2km」
ツルギの直感は悪意のない嘘っぽさを感じ取った。
「本当か?」
気の利いた返答が思いつかなったツルギが率直に聞き返すと、傭兵は冗談を素直に受け止められた者か見せる表情で顔を横に振る。
「あぁ。射撃場で、動かない的だったけどな」
冗談を拾い損ねた。ツルギは沈黙に目を泳がせ、会話を続けたいという使命感を果たす為の言葉を絞り出す。
「……動く的なら?」
「実戦じゃ、1.6kmをやった。まぁ、あれは運が良かっただけだな、たぶん当たるだろうで撃ってあたったんだ…………。
あんたが聞きたいのは、1472mのショットだろう。俺が敵の狙ったところに命中させた最長距離だ」
喉に詰められた栓が抜けたようにツルギが相槌を打つ。
「相当なものだ」
傭兵は後部座席に積んでいたケースに手を回し、そこに刻まれた記録の記憶を読み取るように表面を撫でた。
「使ったのはこいつと同じM900狙撃銃。弾薬は368ニトロ。望遠倍率は36倍。
俺たちは……丘というか神のお作りなさったハンプともいうような盛り上がりに伏せていて、南からやってくる敵の車列を待ち伏せていた。予想ルートにグレムリン対装輪車両用地雷を仕掛けてな。
敵は3両編成。先頭と後尾は護衛で、真ん中がVIPってありきたりな編成さ。
地雷が先頭車を立ち往生されるだろ。あー、グレムリン地雷は攻撃とも思わせずにタイヤをパンクさせる特殊用途の地雷だ。
敵さんは俺じゃなく、タイヤメーカーの品質管理部門を恨んだだろうさ。
で、男なら当然自分が乗った車のパンクは直そうとする。
そして、直そうとする連中を監督したがるのが指揮官ってもんだ。
安全な防弾ガラスの向こうから、プレーリードッグみたいに顔を出した瞬間を狙って仕留めた。
狙ったの眉間だ。彼我の距離は1472m。高低差は58m。風速は南に2ノット。気温は39度で湿度は60%。
狙いは見事命中。この銃の威力だとトロフィーような頭蓋骨も粉々になっちまったがな。
てなわけで目標達成。作戦資料は予言書になったわけだ」
立板に水のスラスラとした武勇伝には、構成要素一つ一つに軍事、狙撃、奇襲の理論に基づいた言及がある。
アリッサ以上の嘘つきでなければ、これは実体験以外にあり得ない説得力だ。
「感心した。……こんなに技術が進歩した時代でも、調整された狙撃銃と訓練を受けた狙撃手の攻撃は完全に防げないとされていると聞いた。君はその生き証人のようだ」
「この話で口説いた事はなかっが、意外といけるようだな」
「君を試したわけじゃないが、話を聞いて信用した。
昔、狙撃手の腕前を知るには、その人物の最高の射撃を聞けばいいと教わったんだ。
重要なのは、どのような条件で撃ったか説明できるかだと」
「……ははっ。あんた、自分のボスより俺の方を信頼してるみたいな口ぶりだ」
「アレは私のボスじゃない。アリッサと接する時は銃と同じ扱いをするように心掛けておくといい。
適切に扱えれば最強の武器だが、扱い方を間違えると大怪我をする」
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実行部隊の2人が作戦地域へ移動している頃、裏方役のアリッサたちは通信機器の調整段階を終えつつあった。
「えーっとケイン。準備はいい?」
「僕はカイルだ」
「ここには私とあなたしかいないのだから、どうだっていいでしょう。通信は確立した?」
素っ気なく肯定的ない返答を返す雇われハッカーの姿に、アリッサは自分の選別眼の確かさを実感する。
この雇われハッカーのような、やれと言われた事はそつなくこなせるが、言われないと何もできない人物で、自分が何をしているか自覚してなくても行動できてしまう種類の人間は捨て駒として重宝されるので、人材としては常に垂涎の的で、枯渇気味だからだ。
この男とて、自分が悪事を働いている自覚はあるだろうが、その深度は理解していない。
彼が指先を遣わせている凡庸な代物のノートPCと、そこにインストールされた通信の根幹システム自体は市販のソフトウェアで構築され、使い方を間違わなけば違法性は存在しない。
しかし、そこにアダプターを経由して無理矢理取り付けられた基盤の先には、電波関係の法律にことごとく違反する付帯設備が取り付けられていた。
カインが指示にしたがって打ち込む命令は、公共電波を流用し、電波を個人局の数十倍に増幅するシステムと、他人のアンテナを使用して発信源を撹乱するシステムを通してツルギたちに届く。
合理的で、アリッサを特別保護するように安全な通信システムだ。
「あぁ。でも、この中継機だと通信範囲は……」
「その点は問題無し。リスクマネージメントは完璧よ。それでノイズは入る?」
「多少ホワイトが入ってるね。でも、問題はないはずだよ」
雇われハッカーの自信ありげな返答に、アリッサは思わず目を細めていた。
アリッサを異性として意識した故の無垢を装うぎこちない態度、非合法の通信システムと音質に自信を持って言及する理由。
彼れは履歴書の趣味欄に盗聴癖を書き忘れたようだ。
「音ソムリエさん。私が気にしてるのは通信ノイズじゃなくて、干渉波の事よ。この無線の可聴範囲に他に通信機器があるかどうかって事」
「あーーえっと」慌てて画面を覗き込むハッカーに、アリッサは小さくため息をこぼして、彼の横から画面を覗き込んだ。
「数値で見ると微妙なとこね。想定の範囲内だわ。この数値が急激に動いたら、この回線がバレたって事だからね」
「すいません」と格上に自信をへし折られたハッカーはバツ悪そうに肩をすくめ、モニターの監視作業に戻った。
「この手の仕事に関わるならもう少し勉強してちょうだい。勉強を始めるタイミングは前科が着く前がベストよ」
細々として調整をハッカーに任せ、アリッサはその背後から実行部隊の位置を確認していた。
チームとして動く以上それぞれに役割があり適切に分担される。その方がチームワークは円滑に進み、指揮を取るアリッサだけがそれぞれに与える役割を完全に掌握する事も出来る。
ツルギたちが好都合なポイントまで到達するのを見届けると、アリッサは雇われハッカーの肩にそっと手を置いた。
「ここからは私が直接指示を出すわ。あなたは少し休憩してちょうだい。あなたにはまだ大仕事が残っているからね」
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