第二章 =null

第26話 募集要項

 犯罪率、検挙数ともに平均値。今日も今日とてネオンシティは良くも悪くも賑やかだった。

 

「先ほど発生した中心街での銃撃事件は、逃走中の強盗団によるものでしたが、ジョン・ファイアーアームズ資本の警察署により、速やかに鎮圧されました。

 警察官に死傷者は無く、強盗団は全員その場で死亡が確認され、民間の死傷者の数は現在のところ発表はありません」


 ラジオに耳を傾けつつ、アリッサは気になった近所の騒音トラブルの全容に納得した。

 犯罪はこの街で珍しい事ではなく、このニュース自体に特別な感想は抱く事はないが、銃声の発生元が死滅した以上、玄関扉の向こうの足音にいちいち銃を向ける必要はなくなったという事だけは確かだ。


「えーっと、どこまで話ったけ?」


 時刻は午前4時ちょうど。


 アリッサはぶった斬った話題を修復しようと言葉を発し、仕切り屋の大物犯罪者感を出す為にクラブ・ハーミット25マンションの12階から窓の外を見下ろした。


「何も話してない。ただ指定の時刻に全員集まっただけだ」


 相棒のぶっきらぼうだが適切な返答を聞き流し、アリッサは眼下の空き地を見下ろし続けていた。

 ちょうどそこには午前1時からたむろしている数人の若者集団がいまだに群れを作っていて、恐らく彼らは何かしらの禁制品を扱う売人だ。

 アリッサも入れ替わりの激しい仕事を扱うのなそのような連中も考慮するが、いかんせん、彼らは2000年代の中華製電子機器同様、性能に関しては常に疑念を抱かなければならない。

 世間知らずで自己中心な若者は、小銭稼ぎの駒以上にはならない。

 最低限の性能は保証されたいアリッサは、窓から見下ろすのをやめて、室内へと目を移す。

 そこには要求通り午後4時から頭を冴えさせているツルギと、犯罪への抵抗感の無い無法者2人がアリッサに疑念と期待の目を向けていた。


「集合時間はぴったりね。幸先良いわ。私はアリッサ。そこのはツルギ」


 自己紹介の緩急にタバコを咥え、ライターを灯す。朧げな火がホラー映画の演出によく用いられる顔を下から照らし出す照明となり、アリッサの雰囲気に異質さを付け足してみせる。


「あなたたちに依頼するのは、夜逃げした元コーポ勤めからの横領品の強奪。

 実行犯はツルギと組んで2人のツーマンセル。

 技術サポートにハッカーを1人。

 この任務の草案となった情報源はマザーグースのリークよ」


 依頼の開示の中にアリッサが据えていた殺し文句は“マザーグース”。裏社会でも上格の存在の名前が出れば、仕事そのものにも格が付与される。まして、アリッサが内密に設定した雇用条件に従って、集められた無名の半人前犯罪者たちからすれば、大統領直属のエージェントからの依頼のような、とんでもないアメリカドリームのチャンスが飛び出してきたと見えるように仕組まれている。


「そして、あなたたちは私に金で雇われた一流の自由主義なビジネスマン。間違いないわね?」


 銀幕の向こうの黒幕っぽさを醸す、余裕綽々の所作でツルギを除いた2人に目を向ける。

 1人は座右の銘を“タフ”にしていそうな黒人で、癖のある髪を短髪で刈り上げ、口には熊手を逆さにしたような髭が薄く整えた。20代後半の男性。

 身長は180cmほどでありながら、その体躯には名称毎に区別できるほど際立った筋肉の鎧を纏い、手足は肘と膝からそして右目には電気火傷の傷跡にも見える狙撃用システムユニットの外部コネクターが埋め込まれていた。


「呼び方なんてどうでもいい。あんたが指示した奴を俺が殺す。あんたは俺に金を払う。それだけの事だ」


 ガラガラ声で“タフ”そうに呟く男を、アリッサは“ツルギタイプ”に分類した。 

 サイボーグ化の傾向からみてもこの男は従軍経験があり、“必要最低限の情報”で要求を満たす人間だろうと。


「呼び方は大事よ。あなたのお名前は?」


「本名は名乗らない。必要ならファルコンと呼んでもらおう」


「はっ。そのセリフは何回練習したの? ファルコン! アメコミっぽいわ」


「あぁ。練習したさ。それ以上に練習したのは銃の腕前だけだ。

 俺がその気になれば、あんたをその笑顔のまま殺せるぜ」


「こらこら、職務態度は給料に影響するわよ。

 私を含めた大半のネオンシャイナーは、ファルコンという名のガンスリンガーを知らないのよ。

 無名のあなたは、に何が出来るの?」


「俺は連合の偵察狙撃手だった。トリプルスナイパー・サポート・システムの略、SSS(トリプルエス)の略がなくとも800m以下ならリスの脳味噌を撃ち抜く事が出来る。

 メキシコで、大隊が警護するお偉いさんを撃ち殺したのは俺だ」


「なるほど。採用」


 独断で1人目の採用を決めたアリッサは、早々に話題の主役をもう1人の男に切り替え祭り上げる。


「で、あなたは? まさかここがパソコン用品店だとは思ってないわよね?」


 白羽の矢を立てられたのは肥満気味の白人で、典型的な日光嫌いの肌と目をコンサート会場の装飾レーザーのように周囲に泳がす、雰囲気からいかにも引きこもりオタク風の男だった。


「お、俺はカイル」


「はーい。カイル。あなたは何が出来るの?」


「要望にあった通りハッカーだよ。公に出来るような手柄はないけど、情報技術で大学は出てるんだ」


「どこの大学?」


「これはテストだろ? 迂闊に身元は明かせない。でも、僕はダイレクトに貴女を見つけた。それ以上にスキルを証明する事柄があるかな?」


 アリッサは求人募集を、通信ネットワークの深層に広がる膨大な匿名掲示板コミニティに出していた。それなりに電子システムに詳しくなければたどり着けず、たどり着いたとしても、そこは差別主義者、冷笑主義者、無政府主義的自由主義者の巣窟であり、他者を見下したいハッカーが、快楽殺人犯並みの行動原理でハッキングを仕掛けてくるような物騒な場所だ。

 だが、それを活用した事が、何か卓越したスキルの証明になるかは曖昧でもある。

 大半の人間とて深層ウェブで求人を見つける程度なら信号無視をする程度の罪悪感でこなせてしまうだろう。

 アリッサの内心は男の能力には無機質に評価を下し、任務に使う駒としての利用価値を値踏みし始める。


「そう。テストの点数は明かせないけど悪くはないわ。

 あなたは慎重なタイプね。とても気に入ったわ。

 後一つだけ質問させて。例えばネオンシティ警察の通信コントロールシステムをジャミングするとしたら、補助にはダークハート1000と1200のどっちを使う?」


 言われた型番を脳内のメモリーで検索しているのだろう。男は一瞬目を細め、取り繕った自信を引き出して答えを選び出す。


「1200だね。大きいは正義、そうだろう?」


「ふふっ。採用」


 そう言うとアリッサは、最後の一本のタバコを咥え、タバコの空箱を握り潰しゴミ箱へと投げ捨てた。

 そのタバコの銘柄はダークハート。タール含量を示す10mgの文字でかでかと印字されていた。

 

「さて、詳細は移動の道すがら話すわ。ツルギとファルコン。あなたたちは車に乗って」


 ファルコンに鍵を投げ渡し、空けた手で新調した機材の箱をカイルに示す。


「カイル。あなたはここで機器のセットアップをしてちょうだい」


 2人の雇われが号令に従って動くなか、ツルギは真っ直ぐにアリッサへと歩み寄り、口元を彼女に近づける。


「この計画とやらは、本物だろうな?」


「ここでゴネないでよ。今回の仕事は貴女の為に用意したの。強奪する品物の持ち主は、マクダクの元社員だけど、その前は豊櫻から豊枝への出向社員だったらしいわ。この意味が分かるでしょう?」


「分からない」


「コーポがらみ、貴女の元同僚、貴女と別ルートべの渡米。そんな奴の貴重品なら探ってみる価値はあるはずよ。

 効率云々は言わないでよ。千里の道も一歩から、一歩進まなきゃ進む方角も分からないわ」


「………私の目を見て言ってみろ」ツルギは睨むよにアリッサの両肩にサイボーグの硬質な手が置く。


「あんま見つめられちゃうと恋に落ちちゃいそう」


「…………」


「分かった。睨まないで、最悪でも企業の爪先を叩く事は変わらないわ。企業嫌いからの評価を得る事はできるから、次の仕事が見つけやすくなるはずよ」


 アリッサの目は、他者からの疑惑に何かを応えるような事はせず。

 時間だけを生真面目な人間が苦痛に感じるほどの浪費させた。


「………お前の考えた計画だ。その任務の成否は気にかけていない。その点は信用できるからな。

 だけど、誰が何を得るかはこの目で確認させてもらう」


 アリッサはサムズアップで答え、そのままさっさと行けとジェスチャーで続けた。

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