第24話 トラブル
アリッサたちは、ネオンシティの東端に位置するヴァレーエンド地区に向かった。
摩天楼の日がけが当たるこの地区は、中心街から続くメインストリートこそ激戦区からあぶれた商業施設で賑わうが、道を2本も外れれば薄暗い貧民窟が顔を覗かせ始める場所だった。
「手順の確認ね。
ドアをノック。合言葉は「今日は新刊の発売日」。
「やぁ、グレンダの仲間かい?」「えぇ、あなたを助けに来たの」「そうかい、じゃあ行こう」
出発。 移動時間は15分空港に着く。
旅行カバンは貴女が持って、私は彼の頬にお別れのキス。これで任務は完了」
「想定外を除いて、な。お前は呪われてるよ。言ったことの100倍悪い事が起こる。日頃の行いが悪いからだ」
「違う違う。私と出会すのが日頃の行いの悪い奴なの。
とにかく、一連の流れが分かったでしょ。リラックスして、体が強張ると銃を暴発させるわよ」
アリッサは人通りが落ち着き始める地帯まで車を走らせ、適当な路肩に車を停めた。
エンジンは切りながら、ハンドル下に装着した盗難防止装置を起動され、次にダッシュボードから銃と駐禁切符を取り出した。
銃はベルトに差して上着を着こみ、切符はあたかも移動待ちの違反車両のように自らの手でフロントガラスに貼り付ける。
「この通りの裏が荷物の保管場所ボックス35アパート」
ボックス35アパートは、周りと比べても特に目立つ事のない7階建ての建築物。
コンパクトかつ効率的なモノコックボックス建築で、ユニット化した部屋を積み木のように重ねて作られ、外見だけを見れば大型の倉庫と思えるような簡素な佇まいをしていた。
「この手の建物はとにかく通路が狭くて、階段配置とか、ありえない構造をしているから注意して」
人1人がギリギリ通れる幅の通路が伸び、その左右に等間隔に数十の扉が並ぶ。
「立って半畳寝て一畳とはいうが、ここはまるで独房だ」
「拝金主義的ヒエラルキーの下層はどこもそうよ。マンションの一階なんか人間版楽園実験の会場なんだから」
階層が上がるごとに居住空間の質も上がった。3階からは一般的なサイズ感の通路になり、部屋数も減って、扉と扉の間隔も広くなっていく。外見は直方体の建物でありながら、この建物内部には階層と支払える家賃額に相関関係から生み出すピラミッド構造が存在していた。
最上階への階段に到達したとき、先導するアリッサを後ろからツルギが引き止めた。
「………アリッサ。この階だよな?」
「これ以上の上はないわ」とアリッサは頷いた。
「血の匂いがする。それも相当な量だ。それに胃酸が腐食された肉の臭いもだ」
「私は感じないわ、気のせいよ」
言葉と表情は日常の一節を切り取ったまま、彼女はヘソを守るようにベルトに挟んでいた拳銃を取り出し、片手で薬室の弾丸を確認すると、それも何食わぬ顔で元の隠し場所へと仕舞い込んだ。
「トラブルの匂いだ。この場合の次善策は?」
「知ってるくせに。
「想定される敵は?」
「発狂した護送対象、サンズの残党、フリーの強盗ってとこかしら?」
「私が先に行く。あんたの脳味噌を被るのは御免だからな」
「いや。私が先頭よ。想定外には私の方が強いからね」
アリッサは振り向きせずに会話を切り上げると、目的のドアを目指した。
ツルギは見る人のいない顔に不満を見せたが、仕事の直前に声を出すような真似はできなかった。
ドアの覗き穴をツルギに知らせ死角に隠れるのを待ってから、戸の正面に立って叩く。
覗き穴の向こうに“敵”がいた時の撃たれるリスクは承知の上で、不信感を抱かせない事を優先した結果だった。
「覚えてる。“今日は新刊の発売日よ。忘れたとは言わせないわ、なんたって、あの“マザーグースの言いつけ”の新刊なんだから」
ノック音が扉を通過して家内に音響ソナーのように到達。
一瞬の静寂をおいて、中で動きの気配が生じた。
アリッサは、自然体を維持しつつ、右手の人差し指をツルギに向けて立てた。
「……あぁ、そうだったな」声は男性のもので、声の発生位置は扉から若干離れ、銃撃を警戒しているようだった。
「入っていい?」
「…………あぁ、今開ける」
返答に応じる際に、無言の意思疎通を測ったような不自然な間があり、アリッサはツルギに向けて指を2本立てる。
扉の向こうでは、動く気配に続いて、鍵が動作する音が過剰なまでに解除を主張した。
扉がゆっくり開き、アリッサの視覚に室内が広がる。
仮住まいのルームマンションは殺風景だが広く、玄関から通路が伸び、恐らくユニットバスと思われる扉を過ぎるとそこには、3人掛けソファとテレビが据え付けられたリビングが見える。どれもこれも、転勤族だが若い夫婦や第一子が生まれたばかりの家族が住んでそうなネオンシティでは確実に上等な空間を作っている。
そんな部屋にそぐわず、そして、とてもネオンシティらしく武装した男たちが待ち構えていた。
「入れ」
アリッサを出迎え、言葉と右手でジェスチャーをする男は一番若く、20歳前後だろう。
服筋肉を透かし彫ったようなタイトな半袖シャツは黒色で、肩から先は白人の地肌を挟んで、骨が露出した腕を想起させる汎用義手が肘から先を作り、右手は強権的なジェスチャーを行い、左手はカービン仕様のアサルトライフルを握り、人差し指をトリガーガードに掛けて戦闘を待機していた。
短く刈り上げられた黒髪が、警戒と自身に満ちた目の印象を一段と引き締め、威圧感よりもほんのわずかに上回る凛々しさが顔に表れていた。
「私ともう1人いるの。入ってもいいわよね? こんだけタフそうな人たちだもの、何も怖がる事はないでしょ」
廊下の入り口に立つアリッサからは見えない奥のリビングから、入室を許可する命令が届く。
アリッサの目の前にいるの、武装をし、明確な指揮系統を備えた集団らしい。
「ツルギ。入っていいみたいよ」
ツルギが姿を現すと、出迎えた男の目に一瞬畏怖が浮かび、それが使命感でかき消される。
「2度1名。5から6度が1名。両方女性です」
出迎えた男は、2人を一度制止させ、用語を用いた脅威の測定に移った。
「武器はあるか?」
改造度合を口頭で部屋奥に届けた男は、続いて武器の所持を尋ねた。
「当然でしょ。ここをどこだと思っているのよ」
男の目に濃い警戒が浮かぶが、このような状況には慣れているのか、緊張の糸の張度を探るように言葉を選ぶ。
「取り上げるつもりはない。
だが、銃器なら見えるところにゆっくりと取り出せ、そして、弾を抜き安全装置をかけるんだ」
「いいわ。言う通りにする。それもこれも私はあなたたちに敵意を持っていないからよ」
アリッサは指示に従い、続くツルギは難色を示す。
「私は拒否する。あなた以外にこの部屋には姿を見せていない人間が3人いる。それなのに武装解除はできない」
「だそうよ。言っちゃ悪いけど、彼女1人にあなたたちは勝てないわ。特にこんな狭い場所じゃね。
それに、私たちは民間人として、民事的にここの住人に用事があるの」
「……了解」無線を受けたらしく、男は怪訝な顔で2人を招いた。
「こちらへ来い。手は見えるところに出しておけ、警告しておくが妙な真似をすればお前たちを撃つ」
リビングへと進んだ2人は、そこで出迎えた男に加え、3人の男と遭遇する。
全員同じような格好で、武器はアサルトライフル3丁とショットガンが一丁。アリッサたちが遭遇したのは、軍隊でいうところの分隊に該当する小規模チームだった。
「あなたたち……クリアのメンバーね。私はアリッサ・コールマン。こっちはツルギ。ここに来たのはマザーグースの遣いを頼まれての事よ」
部屋の隅に分散配置された包囲制圧の布陣で攻撃待機命令を遂行する隊員の中で、1人だけ吊り紐にライフルを預け、両掌を2人に向けた人物がいた。
「我々は、カリフォルニア独立軍EグループのC分隊だ。私が分隊長のラッセル」
指揮官を名乗るラッセルは、白人、スキンヘッドに身長は2mに迫り、体重も100kgは裕に超えていそうな体躯を誇り、人よりも礼儀正しいゴリラと呼ぶ方が相応しいサイボーグの兵士だった。
「Eグループ。外回り組ね。じゃあ、マザーグースのダブルブッキングで私たちは居合わせた感じかしら?
それなら、この任務は譲るわよ」
「我々はこの部屋の住人に、力の支援を依頼された。お前たちの依頼はなんだ?」
「この部屋の住人の逃亡幇助。協力すればお互いの任務が成功させられそうね」
「………コールマンと言ったな。………我々の任務は失敗していた。お前たちの任務も……」
「何があったの?」
「あなたがたの
「見せて。私、検視官の資格も持ってるから」
「そんな資格なくとも簡単に死体だと分かるはずだ。動かしようもないので風呂場に安置している」
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