第16話 有耶無耶
受け取った車の鍵を指で回し、軽やか足取りでユウカクを後にするアリッサ。
意気揚々と歩く彼女の後ろにツルギが続く。
ユウカクの屋根を滑り降りた薄紫色の常夜灯が2人を照らし、光線のどこかから壁越しのカラオケが漏れ聞こえ、繁華街の路地裏特有の喧騒の中にある静寂が生暖かく2人を包んでいた。
「……アリッサ。私には分からない。この問題は……丸く収まったのだろうか?」
お役御免となった緘口令を破りツルギが疑問を口にすると、アリッサは「もちろん」と疑問を払拭する明快な返事を返す。
しかし、その言葉に真意は無く、ただの相槌でしかない。ツルギが知るべき事をアリッサはあえて悟られる事なくはぐらかしているのだ。
「全て丸く収まったわ。私1人の力じゃ、とても不可能だった事をやり遂げられた!」
やはりこの言葉にもアリッサの心は一片も含まれていなかった。
先程のクズノキとアリッサの会話は、ホワイトヴァイパーとサンズが抱えていたとある問題を理解していないと真相は見えてこない。
そして、アリッサにその真相を告げる気は全くない
「全部計画通り。心配だったのは貴女がキレる事だけ」
敬虔とでも言う態度で、あたかも真実めいた事を口にするアリッサ。
その自然さは少しずつ信頼し初めているツルギの勘を上手く鈍らせた。
「確かに……あのヤクザの白々しさは度し難い。
来る前にお前が堪えろと言われてなければ……声を荒げたかもしれない。
あんたのやり方は、姑息だけど的確だった」
「そうでしょ」とアリッサの口は言うが、胸の内では「言わぬが花。知らぬが仏」と呟く。
そんな表面上の様子に、ツルギも触発され得心を全身で表して頷いた。
ツルギの視点からはクズノキこそが黒幕で、アリッサとカルロを一網打尽にしようと企んだ外道と見えただろう。
アリッサはそれを訂正せずに補足する。
「奴らはクズだけど、ドグマ……連中の言葉だと“仁義”か。そんな言葉を抱えているから、扱い方が分かりやすいのよ。
連中に合わせた筋を通してやれば、話が通じ易くなる。殊更、あのクズノキは合理的に勘定するからね」
「筋?」とツルギは少し疑念を抱いた様子。
「元を辿れば返す金を隠してたあんたのせいじゃないか」
「ははっ。演技よ演技!」
アリッサはこれ以上ボロを出す前に、歩幅を駆使して話を有耶無耶にした。
「わぁ、ベロニカクーペだ!」
アリッサは疑念に細められた視線を振り切り、クリスマスツリーの下でプレゼントを見つけた子供のように新しい車へ走り寄る。
「少子化と保険料高騰の原因になってる名車じゃない」
アリッサが早口で歓声をあげた車は、駐車場の影にひっそりと佇む銀色の4ドアクーペ。リアからフロントへの三角形のシルエットと前輪より遥かに大きな後輪が、如何にも速度を求めたデザインをしていた。
「あー、欠点は……一つね」
そんな歓声だった声色が、運転席を一瞥して打って変わって露骨に声のトーンを落とす。
車の手配に加え、車内にはクズノキが用意した運転手が待機していたからだ。
そして、その人物は、アリッサに向けて手を振り、その手には蜘蛛をモチーフにした和柄のタトゥーが入っていた。
「ちっ。デーモンスパイダーズのボスじゃない……今一番会いたくない奴だ」
そうこぼしたアリッサは、スイッチで操作したように態度を変え、きりっと背を伸ばすと後をついてくるツルギに振り返りながら告げた。
「ツルギ。変な事を聞いても、もう少し貞淑でいてね」
首をかしげるツルギを他所にアリッサは助手席に乗り込んだ。
「こんばんわ。アル」と運転手の女性。
その挨拶を無視して、アリッサはツルギに乗車を促す。
「ツルギ。乗りなよ。外は冷えるよ」
ツルギは警戒心を隠さず、ドアの向こうで暗闇に頭を埋めて呟く。
「……その女は? ただの運転手には見えない」
運転席に収まる黒地に紅葉柄の和服風コートのアジア人女性は、赤いアイシャドーで映えた切長の目をアリッサに向けた。
「アル。彼女に私を紹介して」
その凛とした声は、アリッサの心に刃を走らせるような冷たい。
「あぁ、この女はオニヅカ・クレハ。
「よろしくね」最先端の和装を纏う美女は、ツルギに和やか笑みと会釈を向ける。
「クレハ。こちらはツルギ。住所不定の浪人よ」
ツルギはただの運転手に見えない相手に、しばらく警戒を示していたが、アリッサの次の催促で車へと乗り込んだ。
パタンとドアが外と内を切り離すと同時に車のエンジンが始動。
「よし。じゃあ、アル。それにツルギさん。このオニヅカ・クレハが責任を持って、あなたたちをお送り致します」
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白蛇会の設定
白蛇会はオイラン・ストリートに拠点を置く犯罪組織で、その縄張りはギオンマチ・タウン全域に及んでいる。
この支配体制の経緯として、白蛇会は元々白井組と蛇の目一家という二つの組織がギオンマチ・タウンの支配と他勢力排除。目的として誕生した。
(この統一抗争の際に白蛇会の味方だった組を二次団体として、抗争中、抗争後に寝返った組を三次団体として統括し、それ以外の勢力は壊滅させている)
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