第15話 恩赦と請求

 問題を片付けた2人は“ユウカク”へ舞い戻り、ホワイトヴァイパーの組事務所にてクズノキと相対していた。


 アリッサはズカズカと部屋に入り、ツルギは全体を見渡すように入り口のすぐ脇に留まる。

 納品のアリッサが、円滑な納品の見張りをツルギが分担していた。


「わぁ!この部屋良いね。勝者の部屋って感じ」

 

 硝煙の臭いを漂わすアリッサは部屋を見回し、底抜けに明るい声で騒いだ。


 部屋は蝋燭のように揺れるフィラメントを持つ模倣行燈の柔らかい黄色いるライトで照らされるその部屋は10畳ほどの大部屋で、応接間、書斎、監視モニターを本来なら部屋で区切るべきところを、クズノキは籐細工の仕切りで区切る事で一部屋にまとめて押し込んでいた。

 止めとばかりに床には畳に似せた繊維タイル材が敷き詰められ、足跡すら東洋の音色を奏でていた。


 「本当良い部屋。こんな部屋なら寝てても果報が舞い込んでくるでしょね。ちょうど今の私たちのように」


 もったいつけた言葉とそれに合わせた目線は、部屋の角に設けられた書斎の椅子に深々と座ったクズノキへ向けると、顔するようにヤクザのボスは口元のタバコで、眉間の皺に影を落とした。


「果報は寝て待てというからな」


 検分の視線が2人這い、たっぷりと間をとって煙混じりに言葉を紡ぐ。


「足があるところを見るに契約は守れたようだな」


「約束を破った覚えはないわ。あ、これはお土産」


 弾倉とカルロの手から奪った銃を開放した状態で差し出す。殺して奪う以外に手に入れようのない戦利品だ。

 

「なるほど、支出に香典を加えないとな。

 それで、名簿は?」


 渡った戦利品がアリッサの戦果を伝令し、ゴミ箱に投げ込まれて役目を終えた。


「もちろん。ここにあるわ」


 じゃーんと底抜けに明るい効果音を自演しながらデータチップを胸ポケットから手渡す。

 険しい真顔のクズノキと薄い笑みのアリッサ。

 言葉を介さない意図が視線に交差し、短い沈黙の中で張り巡らされた密約と罠があみだくじの如く、成立と不成立に分岐していく。


「……確かめよう。

 それで、カルロは何か言ったか?」


 クズノキの審問に、アリッサは言葉を選んだ。

 ここで真実を声高らかに騒いだところで、鎌首を上げた蛇を逆撫でするだけなのは分かっている。

 

「“くたばれ、このアマ”と。たぶん、そう墓石に書いて欲しかったのだと思うの」


 クズノキは報告を鼻で笑い、受け取った名簿を照会する。


「どうやら名簿は本物のようだな。

 これでカルロも地獄で寂しいく思いをせずにさせてやれそうだ」


 名簿の真偽が判明した後も彼の顔色はひとつも変わらなかった。


「ほらね。私を信用してよ。私は嘘をつかないわ。

 手違いはあったかもしれないけど、それは過去の話」


 クズノキは目でアリッサを黙殺すると、頭をもたげたタバコを灰皿にかざす。


「……日本には風吹けば桶屋儲かるという言葉がある」


 言葉と共に吐かれた吐息が、勾玉状の白煙となって両者の間に壁として揺らいた。


「それは、英語で言えばバタフライエフェクトかしらね……」


 優しげな照明。香に混ざる紫炎。この外の風景とかけ離れた室内の禅的静けさは、彼の頭の中を外界に押し広げたような異質感をアリッサに植えつけた。

 だからこそ彼女は場に呑まれないよう異質物として振る舞う。


「……一見なんの繋がりの無い事柄も、実は深く関係し合っている。

 もとは数理学の話だけど、数学者以外には結果論の補強材料として使われるわ」


 不遜にならない程度に普段通り。アリッサの態度はクズノキに対しては得体の知れない大物感を印象つけるだろう。


「確かにそれもそうだな。

 今夜とある2人の内。どちらかが風になって消えるはずだった」


「そうなの。でも私は懸命に羽ばたいたわ」


 アリッサが難なく張ってみせる虚勢は、本来なら彼女を一捻りで消せる実力者の前で、対等と誤認させるほど見事な虚像を生み出し、その齟齬がホワイトヴァイパーからすればどちらでも良いとされる損切りの選択肢の内、アリッサにとって都合の良い方を選択させる。


「だから、

 お前とカルロ、立場は全く違うが、厄介さで言えばどっこいどっこいだ。

 しかし、帳簿の上、同じ手間をかけて消すとなるとお前の方が赤字になる。お前の命にはあまり価値が無いからな。

 そんなお前が今回はかなり役に立った。2つの問題がからな」


「へー。じゃあ、報酬以上のお礼がもらえたりする?」


 アリッサが浮かべたのは、まるで最初から全てが分かりきっていたような味気ない笑み。

 安堵や生殺与奪を取り戻した事とは無縁な、ただただ図々しさだけで満たされた笑みだった。

 

「全く図々しい上に食えない奴だ。だが、言葉通りに全て水に流してやる。組織をナメた奴に向けては、破格の待遇だ」


「優しいのね」


「ビジネスには投資も必要だからな。損失が出ないのなら、やたらと芽を潰す必要はない。

 こちらから、お前についての落とし所はこの辺だろうな」


はそこでいいわ。では、の話をしましょう。

 まず。私はあなたの対応に満足しているけど………ツルギはそうじゃないみたい。

 私より彼女の方が人件費が高いの。なんせ、彼女は最強の犯罪組織でも1人で壊滅させらるような人間兵器だからね」


「言葉に気をつけろ。それとも、本当に俺を脅してるつもりか?」


「誤解しないでクズノキさん。私はただ彼女の誇り高さを伝えたいの。

 その気になれば、私たち全員を一瞬で晒し首に出来る彼女が、タダ働き同然に協力してくれたのよ?

 アメリカ人の私が言うのもなんだけど、こんな素晴らしいサムライ魂を持つ彼女を、?」


 実質の報酬の二重取り要求をクズノキは平然と頷いた。

 

「当然考えてある。

 ………ツルギさんは、お前をこき使いたいらしいな。それなら、彼女の為にお前のあの車を処分してやろう。

 あの車じゃ、“コールマンここにあり”と宣伝飛行船を飛ばしてるようなモンだ。

 お前より要領の悪い債務者から差し押さえた車と交換してやってもいい」


「キーシリンダーついてる? シートの隙間の脳味噌は掃除した?」


「心配するな。ウチのはプロだ」


「よーく知ってる。助かったわ。これで私もツルギも気兼ねなく再スタートできる。2人とも大助かり!」


「名義は数日中に変えて連絡する。

 また取りに来い。今回は隠れ家までは部下に送らせよう」


「わぁお。至れりつくせりね」


 クズノキはタバコをもみ消しながら、アリッサの目を凝視した。


「ほとぼりが冷めるまでは、大人しくしていろ」


「嬉しいわ。は保証するわ。


 クズノキは手で2人を退室させるように促し、続けざまにタバコを咥えた。





————————————————————

クズノキについて、漢字表記は葛木・大吾。

身長186cm 年齢37

 ・生まれは日本。日本では業愚連隊から極道に入り、その後は武闘派組織の殺し屋を担っていた。

 殺し屋という役割と組織の性質から出世は望み薄く、しかし、殺される危険が常に気纏うという環境を見限り、仕切り直す為にネオンシティへ渡米した。

 ・冷酷で計算高い合理主義者だが、それ故に人の人情も理解し利用する柔軟な人物。

 ・元は楠という苗字だったが、渡米の際に身元を隠す目的で戸籍を偽造し変更して葛木となっている。(生来の親から受け継いだ名前を捨てるという行為への皮肉として“クズ”がつくこの名前を選んだ)

 ・設定として背中に刺青がある。

 構図は柳から垂れ下がる白蛇。(蛇は尻尾を枝に絡めて、空中で鎌首をあげている)

 



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