第14話 因果応報

「アリッサ。お前がイカれた奴なのは知ってたが、まさかここまでとはな。

 1人でのこのこ現れやがって。それとも焼きが回って自分は無敵だとても思ったか?」


 カルロの声を話し半分にアリッサが考えていたのは、後頭部に触れる冷たく硬い感触は間違いなく拳銃の感触で、この状況からの生還は50%くらいだという事。


「……カルロ。私に釘付けね。可哀想だけどあなたは誤解しているわ」


「誤解? お前はクズノキに恩赦を申し出て、俺たちの金を狙った。そのどこに誤解がある?」


「ほら、自分で言ってておかしいと思わない?」


「思わない。仲間にも運にも見捨てられたお前の話を聞く必要もないがな」


 カルロの放つ嘲りのニュアンスは、アリッサの中で勝機に加点させる。


「あなたはクズノキに騙されてる。私を殺してもなんの解決にもならないわ」


「クズノキはここに関係ねぇ。俺は心の底からお前を殺したいんだ。カーチェイスで部下を殺し、てめえの部屋に送った連中も粉々に吹き飛んだ。殺さねぇ理由が無いんだよ」


 胸の内でアリッサは、自嘲とカルロへの侮蔑が混ざった笑みを浮かべる。


「それは八つ当たりよ。乙女の秘密を暴こうとするなんて、罰が下って当然」


「黙れ。お前は疫病神だ」


「はぁーー。ぺちゃくちゃとうるさい。

 ほら、ムカついてるなら、さっさとやりなさいよ。

 私の頭に押し付けてるのはおもちゃじゃないんでしょ?」


「言われなくてもやるさ。こっちを向け。てめえの事だ後頭部は防弾だろう」


 カルロがアリッサの身体構造を言い当てたのは、偶然では無いが褒めるようなことでもない。

 頭蓋骨の防弾化は脳を改造する際のお決まりのオプションだからだ。


「本当に向くわよ? 大丈夫? 殺す相手の目を見ると呪われるわよ?」


「は。古臭いな。サイボーグは目を狙うのが一番確実だ。さっさと振り向け」


 アリッサは、カルロの殺しの腕を信じて、首を傾げながら振り向く。

 サイボーグといえど人間らしい顔を保つ為には、眼窩という入射物に対して無防備に窪んだ構造上の弱点を手放せない都合上、確実に殺した相手は目を狙うのが定石だ。


「あら、おニューの銃? ロマンより現実を生きるなら、やっぱりオートマチックよね」


「黙れ」


 カルロは左腕片方だけで銃をアリッサに突きつけ、右腕には応急処置のフックが取り付けられている。


「あ、左は良い目を入れてるから、後のことを考えるなら撃つなら右の方がいいわよ」


「黙れ。てめえの口車には乗らない—— !?」


 相手の発声と共にアリッサが動く。


 アリッサの動きに反射して起きた発砲は、横髪を僅かに梳き、その間に距離を詰めたアリッサは無防備に突き出されたカルロの腕に足を絡ませるとその勢いのまま組み技カルロを完全に組み伏せた。

 銃を奪いながら素早く立ち上がり、染みついた癖でスライドを引き、次弾を確実に薬室に送り込むと自身の胸に銃を密着させる射法でカルロに銃を突きつけ、立場を完全に逆転させた。


「馬鹿ねカルロ。

 敵の手が届く距離で銃は突き出して構えるなんて、“取り上げて下さい”とねだるようなものよ。

 だからこーゆー時は、この構えが正しいの。まぁ、これはこれで当てるのは難しいのだけどね。

 私はで習った時挫折しかけたわ」


「クソッ………お前…………元はサツか……」


「そうよ。これは2人だけの秘密よ」


 バンッ!


 曲げ構えの姿勢でカルロの目を撃ち抜いた。

 その一撃が決まると構え直して、もう一度同じ目を撃った。


バンッ!


 カランと物悲しい音で空の薬莢が地面に転がり落ち、死者の魂を模すように銃口からの硝煙が立ち昇った。


「…………蛇が睨んだのは、あなただったわね。カルロ」


 そう呟いたその時。


バリン——! 


 オフィスの窓ガラスが粉々に飛び散り、吹き込んだ黒い疾風がアリッサを捉えた。


「次は何ッ————!?」


 アリッサが手にした銃はすでに圧倒的な腕力で押さえつけられ、呆然とする彼女の首には高速移動の衝撃波で反響する真っ黒な短刀が押し付けられていた。


「………今の発砲は……アリッサか?」


 怪物めいた機動で現れたのはアリッサの救援に駆けつけたツルギ。

 当人の崇高な意思と裏腹に、アリッサは内心で今日一番の身の危険に震えがっていた。


「え……えぇ。そんなうるさかった?」


 ツルギはゆっくりと刃を収めると、アリッサの全身を眺め始める。


「怖がらせてすまない。……お前の、最悪を想定した」


「怖がってなんかないわ。それよりも助けが遅すぎて、ピザの配達だったらゴネてるところよ」

 

 減らず口を叩くアリッサを横目に、ツルギは凶弾に倒れたカルロに目をやった。


「………この男は……今朝の……」


 アリッサは銃から弾薬を抜く作業の合間に、今起きた事を語った。

 その内容は目の前の武人には聞き捨てならない内容だ。


「クズノキさんが? 何故だ? 私たちは騙されたのか?!」


 そんな純朴な反応に、アリッサは皮肉くるようにネオンシティの不文律の一つを教えた。


「保険よ。契約を守らせる為のお膳立てと嫌がらせってとこね。

 こいつはあなたがいることを知らされてなかった。

 つまり、私が殺されたとしてもあなたが確実に名簿とカルロの首を持ち帰るように仕向けられたの」


「なんて奴だ」


「この街じゃこれくらい普通の事。

 責めようにも“カルロに襲撃を伝えるな”なんて私たち言ってないでしょう?」


 武力しか武器を持たないツルギにとってこの状況は、理解すら追いつかない混沌そのものといった様子で、彼女が最適解として選んだのは、判断をアリッサに委ねる事だった。


「…………私たちはどうすればいいんだ?」


 アリッサは、なぜそんな決まりきった事を尋ねるのか目を丸くして答えた。


「どうするって、普通にクズノキに名簿を届けて、報酬をもらうのよ。

 過程はどうあれ、こちらが約束を守った以上。彼らは必ず約束を守る。もしかしたら口止め料も出るかもね」





————————————————————


 アリッサがカルロに仕掛けたのは飛びつき腕十字という技。

 割愛した描写として、組み技を仕掛ける中でアリッサは、カルロの銃のスライドを引き発砲できないようにしており、銃口が自分に向けられないように、技も正規の型から手を掴む位置を変えて行っている。

 組み伏せる際に意図的にカルロの頭を床に叩きつけてもいる。

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