1.5章

第21話 子蜘蛛1

「なんで私がおつかいなんぞを……——」


 アリッサとツルギが一大事を終わらせてから6日後の昼下がり。ツルギはギオンマチ・タウン、オイラン・ストリートにて、車両所有者証明記録カードを手にユウカクの門前で愚痴をこぼしていた。


「———アリッサめ。ふざけてるな……」


 戦用サイボーグとして体感調節機能を備える彼女からしても、ほぼ密室のマンションの一部屋にいけすかない同居人と閉じ込められるのは苦痛で、また連日テレビで放送される“白蛇会とサンズの抗争”の凄惨なニューは、自分が引き起こした事件として、喘ぐほどではなくとも精神の幻肢痛を伴った。

 この外出には目を逸らす口実になるだろうと期待していたが、結局この任務がツルギに示したのは、自身がリードと杭で繋がれたら駄犬同様、同じ場所をぐるぐる回るしか出来ないと知らしめるような扱いだ。


「アリッサめ。こんなのお前がやればいいじゃないか………。あいつは何をやっているんだ」


 このお遣いを頼んだアリッサは、「用事がある」とギオンマチ・タウンの入り口でツルギを降ろして以来行方不明。

 何度もコールした通話は繋がらず。当然、迎いに来るという口約束は、何の期待もかけられない。


「面倒だが、歩いて……帰るしかないのか………」


 地下街であるオイラン・ストリートは昼でありながら薄暗く、常夜灯はついていない。

 夜の街ということもあり営業している店ほとんどなく、人通りも少ないが、その分うろついている人々は排他的な地元愛を感じる荒んだ目をしていた。


「まるで掃討前の自軍占領地だ。長く居ると必ずトラブルが起こる雰囲気だ」


 アリッサを恨む腹の虫が急激に成長しているのを感じながらもツルギは諦観を胸に、隠れ家へと足を向けた。

 その間もほとんど嫌がらせの志しでアリッサにコールを送りつつ、周囲への警戒も怠らない。


 幸いな事にツルギには全周囲の空気の流れを感知できるセンサーと、一見して超危険人物と分かる戦闘用サイバネティクスを搭載しているので、半グレ程度の連中は、一瞬睨みこそすれど、それ以上は何も仕掛けてこない。


 剣呑な通りの不穏な時間帯だが、それ以上に格上の危険性を持つツルギにとっては、ただのほほんと歩いて目的地へ向かう。それだけの事だった。


 通行人。路地裏の怪しげな集団とのすれ違いを繰り返して一つのブロック進む。

 誰も彼もツルギからは歩行者道の端まで避け、目も合わずに過ぎていく。

 

 また人影が現れる。

 路地裏から現れた小柄な少女で、常に俯いて歩いていた。

 前など見ていないのに、ツルギとは反対の道端にぴっちりと張り付いて、少し早歩きでツルギとすれ違おうと向かってくる。


カラン、カランと少女は下駄を履いているらしく、貼り付けて石畳と相まって心地良い足音で近づいてくる。


 思わず目を惹かれるたツルギは、そとない流し目で、少女の容姿を観察していた。


 日系人あるいは日本人だ。

 舞妓を思わせる純日本的な和柄の服は、この街に蔓延る紛い物和服の中では、とてもオリジナルに忠実だったが、下品なまでに大胆なスリットが、歩くたびにチラチラと太ももを覗かせる。


カラン、カランとさらに近づく下駄の音。


 和服の少女は、気温37度の中をまるで寒いように体を縮めて歩いてきて、ツルギの半歩前まで迫ると、突如ツルギの肩に目掛けて飛び込んできた。


「!」


 ツルギはそれを難なく交わした。

 空を切った少女は不均等な足音で転びかける。


「おい。なんのつもりだ?」と眉間を顰めながら振り返るツルギ。


 彼女が見たのは、いつぞやのグズノキ並に顔を歪ませ、片目だけを大きく見開いた不良スタイルのメンチを切ってから少女の姿だった。


「ってぇなぁ! オイッ!!」


 体躯からは想像出来ない声量で、怒鳴り慣れた力強い罵声が続く。


「当たっていない。それにお前がわざと突っ込んできたじゃないか」


「んだとこの野郎ッ!? 当たったよ! これを見ろ! 骨が折れてるぞ!!」


「はっ。折れるもんか、折れたのならお前はクラゲだな」


 相手が激昂しているのは分かっていたが、突拍子もない言葉に思わず吹き出し、当然少女の怒りに油を注いだ。


「笑ってんじゃねぇよ。この野郎! ちょいツラぁ貸せ、この野郎。やんのかコラッ!」


 少女は、ツルギの胸ぐらを掴むと思わず身構えさせるほどの膂力を発揮する。

 その腕力はサイボーグ化していなければ説明がつかない怪力で、華奢に見えて剛力を誇るその手には、見覚えのある蜘蛛のタトゥーが描かれていた。


「分かった。ついていくから、引っ張るな」


「今更ビビっても遅ぇよ。こっちだ。ついてこい」


 顔で路地裏を示す少女に従いつつ、ツルギは改めて彼女を観察した。身長は157cm。掴まれた時を思い起こすに体重は70kgほどだろう。

 体型は華奢で、薄い。この肉のつき方を見るに、重量の大半は改造を施しているからだろう。


「ノコノコついてきやがって。ここじゃアタシがあたま張ってんだ。どーなっても知らねぇからな」


 路地裏に入ると、少女は自己申告では折れはずの肩をぶんぶんと回し、両拳をゴリゴリと鳴らす。


「頭を張ってるのはこの路地裏でという事か? ドブネズミと野良猫よりは強いという事だな」


「舐めてンじゃねぇよ!」


 振り返りざまに放った少女のパンチは、亜音速で、ツルギの顔面を狙う。

 が、速度はともかく、動作は杜撰の一言に尽きた。

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