第11話 食えない奴ら

 オイラン・ストリートは片側二車線の一方通行。その終点はロータリーになっており、折り返し地点の最初に現れるのがホワイトヴァイパーの拠点“ユウカク”と言う名の武家屋敷風売春宿だ。

 この建物は商業用の別館とその奥に隠れるように、太客用本館を兼ねる組事務所が構えられていた。


 2人は兜のような屋根飾りのついた正門を通り過ぎて、遊郭の外周を囲む高さ3mの木目調コンクリート壁に添って非来客用の駐車スペースに車をまわす。

 ちょうど車を裏門前で止め終えた時、もてなすようなタイミングで、ツルギの膝に車外から何かが飛来した。


「——っ!? ……なんだ? 折り鶴だ……」


 そう言って摘み上げた物は、折り鶴に見せかけているマイクロドローン。


「爆弾………じゃないな。プロペラと操縦基板しかない」


 それを見たアリッサは、「爆弾の方がマシだったわ」と露骨に気怠そうな表情を浮かべる。


「厄介なのが近くにいるわね。人喰い蜘蛛……真面目な奴め」


 アリッサは素早く、建物や塀といった高所に視線を走らせる。しかし、何も見つけられない。

 そもそもこの辺りは街灯が壊されて一際暗いのだ。

 それでも、こちらを見ている存在がいるだろうと直感で確信はしていた。


 アリッサに次いでツルギが周りを警戒していると、裏門のカンヌキ錠が外れる音が響き、桜色の明かりが2人へと差し込んだ。

 明かりは門奥の庭を照らしている灯籠ライトで、その揺らぐ光の中で大きな影が5つに分岐して蠢き、逆光に包まれたその影のうち4つが5段ほどの石階段を降り、再びヘッドライトと灯篭ライトの外、影が本来いるべき暗闇の中へと溶け込みながら2人の車を取り囲む。


取り囲んだ4人は、全員上裸でベクトル鋼で鍛えられた近代軍刀を帯びた筋肉質なサイボーグの男たち。その体には色とりどりの刺青タトゥーで猛獣や怪物が息巻いていた。

 のつく大柄なサイボーグの配置に続いて、アリッサたちの背後で別の車が退路を塞ぐ。


 そこに歓迎のムードはなく、解決や和解の雰囲気とはかけ離れた一触即発の害意だけが灯篭の光輪の中で舞い踊った。


「アリッサ……これはどういう事だ?」と殺気立つツルギ。

「早まらないで」とアリッサ。


 アリッサはいつでも自分の首を斬り落とせる男たちには目もくれず、最初に現れて最後まで動かないでいた影にだけ意識を注いだ。


「こんばんわ。クズノキさん。心のこもった歓迎をありがとう」


 呼びかけられた影は、おもむろにタバコを咥え、マッチを擦る。

 火が逆光の中に男の顔を浮かび上がらせた。


「本当に来たか。アリッサ・コールマン」


 紫炎の影を顔横にたなびかせ、影が2人の前へ降りてくる。


 この人物こそが、ホワイトヴァイパーの親分ダイゴ・クズノキだった。


 コツ、コツと革靴が石畳を鳴らし、音に合わせて人相がヘッドライトに徐々に浮かび上がる。最初に目を惹くのは、左眉から左頬を通って唇に到達した古い刀傷。

 縫い跡も残るその傷だけで、この男が堅気ではない事は明らかであり、加えて整髪料で固めてオールバックに仕立てられた黒髪と眉間に深く掘り込まれているしわが合間って凶悪な面持ちをしていた。


「えぇ。そりゃ来ますとも。約束は守るものですから」


 そんな強面男に怖気づく事もなく、車から降り、気取った笑みを浮かべるアリッサに「約束か」と恐喝慣れした上目遣いが向けられる。


「俺の前でよくもそんな事を言えるな」


 鼻を鳴らしたクズノキは、タバコをアリッサの足元に投げ捨て、火種の着地点で火花が弾けた。


「言えますとも」とアリッサは捨てられたタバコを拾い、そのまま自らの口は運ぶ。


「何事も早計は良くありませんから。このタバコはまだ吸えます。

 ほら何事も早計は良くない。まだ貴方との約束は破っていませんよ?」


 口元からたなびく紫炎はアリッサの笑みに不敵と妖艶さを飾りつけ、その場にいる全員を煙に巻いた。


「そうだな。

 お前はいつも胡散臭い。まず1人で来いと言ったに連れてきてる助手席の奴について説明しろ」


 クズノキは新しいタバコを咥え、その間に命令に従ったアリッサは、ツルギを降車させ、2人揃ってボディチェックを受ける。

 検査の間にアリッサは世間話の体で、交通事故のような運命で出会った2人の間柄と、お互いの足を引っ張りあって巻き込みあったジョークの一節のような事の顛末を伝えた。


「親分。どちらも丸腰です。少なくとも体表は」とチェックを終えたボディガードが告げる。

 実際にアリッサは丸腰だ。だが、ツルギは武器を体内に武器を収納する機構を持っている。

 本来ならスキャニングで発覚するのだが、ツルギの体表にはレーダー波を遮断する機能を備えていた。


報告を受け、「ツルギさんと言いましたね」とクズノキ。

 その口調や態度は礼儀正しくアリッサには決して向けない類の物だ。


「どうやら、私たちは同郷の士。いわば同胞。我々は同胞とはは助け合う事を旨としております。

 我々はに危害を加えるつもりはありません」


 クズノキが宣う相互補助の精神は全くの嘘では無いが語弊がある。

 彼らは確かに人助けを行うが、その動機は、人道主義ではなく、彼らが善意に対価を要求する人間畜産とでも呼ぶべきビジネススタイルを有するからだ。


「ですから、ツルギさん。


 まるで蛇と蛇の会話だった。


 ツルギは危機に対する最大限の抵抗力を秘匿し手放なさないし、クズノキはツルギの虚偽を疑っている。

 その間……アリッサは事の顛末を見守る事しか出来なかった。

 

「善処しましょう。あなた方が彼女に危害を加えない限り」


 ツルギは嘘を貫き通し、あくまで中立を選ぶ。嘘は疑念のまま。しかし、その嘘の出所は合理的な自己保身だ。

 軍用サイボーグと裏社会のビジネスマンは薄氷上であれ不可侵の釘を打ちあった。

 

「善処か。実直で隙のない答えだ。この場にふさわしい。

 、善処するべきだ。なぁ、アリッサ・コールマン?」


 敵を1人に絞りアリッサに掛けられた声は、皮肉とサディズムしか含んでいなかった。


 アリッサがこの場をどうやって上手く丸め込もうと考えていると同様に、クズノキの取り留めない顔色には、斬り捨て御免状の草案が見え隠れしている。


「えぇ、確かにね。

 ここにいるみんなが全力を尽くしている。私も勿論そうしているわ!

 なんと! あなたにとって良い話があるの。あなたの組織が、確実に、すごい、利益を得る話がね!

 私とそこのツルギで、貴方達の大嫌いなサンズの連中を叩くの。ついでに奴らの顧客情報をあなたに提供する。

 そしたら報酬代わりに私たちを匿ってちょうだい。

 なんせ、その情報がもたらす利益は、私の借金なんか比べものにならない金額なんだから!」


 どんな名刀でも弾き返せそうな面の厚さを発揮し、意気揚々と語り終えるアリッサ。


「ほうほう。それは、それは興味をそそられる」


 クズノキがタバコを咥える。


「でしょ?」とアリッサが答える合間に、タバコに火を灯した。


「だが、一つ大きな問題がある。メキシコ人と俺たちの間には停戦協定が結ばれている。お互いこれ以上血を流したくないからな」


 アリッサは訳知り顔で頷き、セールスポイントの話を取り掛かる。


「正にその言葉の通りよね。

 協定はルールでなく、あくまで睨み合った闘犬同士に取り付けられた猿ぐつわ。


 アリッサはニヤリと粘着質な笑みを向け、クズノキはそんな彼女から目を逸らす。

 言葉を吟味し、腹の内を探っているのだろう。

 その時点でアリッサの思惑が彼の頭を中を汚染し始めた兆候だ。


「つまりね、クズノキさん。この取り決めは、

 だから、私たちがサンズの喉笛を掻き切ってあげる。あなたたちは連中の止血を阻止するだけでいい」


「ふん。なるほど。お前たちが自分の都合でサンズを弱体化させてくれれば、取り決めを取りなす者がいなくなる。我々は泣き面を刺す蜂になるわけだ」


 アリッサの言葉は戯言の類でしかないが、彼女にはツルギという軍用規格の後ろ盾がある。

 あり得ない話に特異な役者が揃い、アリッサが宣う、サンズを滅ぼし、負債を相殺するという筋書きに現実性を持たせていた。


「弱肉強食。それがこの街の常識。ほら問題無しでウィンウィンでしょ?」


 クズノキは、話の内容か煙の味を吟味するように空白を作る。


「………確かにな……。

 だが、今のお前が何を言っても、“盗人猛々しい”としか言えないな。

 忘れちゃいないだろうが、サンズ云々以前に、俺とお前には解決しなくちゃいけない問題があるだろう。

 顔をよく知っている奴だからと特別扱いは無しだ。仕事は一つずつ、信頼を築きながらだ」


 クズノキがタバコを捨て踏み潰す。

 アリッサはその言葉を重要視せずに“それはそれ、これはこれ”と物事を進めにかかる。


「だから、現金が無いから働きで返すの。ちょうどそこの娼館の女の子たちみたいに」


「俺の店じゃ、お前は最低基準も満たしちゃいない。

 それに客を取らせるより、お前を殴らせる方が儲かるだろうな」


 なぁ、とクズノキが目配せで部下を煽る。


 蔑んだ笑みが起こり、空気に溶け込んでいた緊張感が緩む。その緩急はアリッサの内心にも伝播して安堵をもたらすが、頭のどこかでこの緩みは、和解の前触れじゃないと本能が剣呑を囁く。


「はっははー。でも、私の計画より良いとは言えないね。時間がかかり過ぎるわ」


 笑いに同調する裏で直感を裏付けるように、ツルギの目つきが鋭く研ぎ澄まされていく。


「………そうだな。お前と関わるのは時間の無駄だ。今この場でケリをつける方が後腐れもないだろう」


 クズノキの顔から笑みが薄れた瞬間。ごく自然に上がってたクズノキの手に、部下が刀の柄を差し出した。


 「なっ!? 待って! クズノキさん! 分かった!!」

 

 咄嗟。全てをかなぐり捨てて命を乞うアリッサへ繰り出されたのは居合の加速力と袈裟斬りの威力を持つ斬撃。


 居合と殺人の心得がある者の澄み切った太刀筋がアリッサへ振り下ろされた。


「ッッ!!? ツルギ! 裏切っ——」


 その刹那の技にアリッサは反応すら出来なかった。

 が、首の皮は斬られずに繋がっていた。


「——ッたわ………ね」


 振り下ろされた太刀はアリッサの首元紙一重で寸止めされ、首を伝った冷や汗が刃へと滑り落ち、生きてる現実感と自分が騙された怒りが胸を這い回る。


「………や、や、やだなぁ。び、びっくりするじゃない」


 アリッサが首に沿った刃の輪郭を追ってツルギを見つめると、彼女はやれやれと首を振っていた。


「アリッサ………。クズノキさんは構えからして、お前を斬るつもりがないのは明白だった。

 それにその刀は本物の古刀。サイボーグは斬れない」


 アリッサの首を撫でている刀は銀色の刀身と潮線に似た刃紋を備え、対サイボーグ用の近代軍刀には無い特徴を持っていた。

 アリッサが唾を嚥下する中、クズノキが初めて感情を含んでほくそ笑む。


「そうゆう事だ。腹を割って話してもらおうと思ってな」


「……カマをかけたわね」


「お前は落とし所を心得てる癖に、欲を張るからな。

 はったりでも、お前に効けばそれでいい。

 …………それでは儲け話に乗る前に、損失を補填してもらおうか」


「あ、今の、助かりたいだけの……嘘だったりして」


 予想した嫌な未来を実現しない為、アリッサは往生際悪く足掻くが、それをツルギが咎める。


「アリッサ。ここで晒し首になっても、私は何も供えないぞ」


 それに賛同するように、クズノキの刀がカチャリと鍔を鳴らした。


「分かったわ。お金は本当にあるの。今取り出すわ」


 そう言うとアリッサはゆっくり刀を跳ね除け、車のボンネットを開ける。

 エンジンの熱を感じながら、慎重に車載バッテリーを外し、その裏から耐熱ジェルで梱包されたメモリーチップを取り出した。

 そのチップには、匿名口座が登録されており、暗号通貨の貯蓄額はアリッサのホワイトヴァイパーへの返済額を裕に超えている。


「はい。この通りよ」


 チップを受け取ると、クズノキはすかさずスキャンして真偽を確かめる。


「確かに……本物だな」


「でしょ? おつりは?」


「つりだと? 先ほどお前は俺に嘘をつき、コケにした。その慰謝料も含めると、この額じゃ全然足りない」


 これがアリッサの嫌な予感の実現。


 既にアリッサから儲け話を持ちかけている。そんなネギを背負って来た鴨を彼らが帰すわけがないのだ。


「えー。そんなー」


「さっき言ったように、お前はサンズを叩いてこい。それがお前の禊だ。

 そうすればこの件は水に流して、ついでにサンズを叩き潰す間、お前たちを匿ってやる」


 アリッサは少しだけ慈悲のある理不尽に、精一杯の抵抗して笑顔を浮かべる。


「アリガトウ。ノキさん」


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 ベクトル鋼。


 分子配列まで制御して作られる合金。この技術によって、一体成形でも硬度と靭性を調整する事ができ、サイボーグを殺傷可能で実用的な近接戦闘用武器の製造が可能となった。(刀型で言えば、刃は硬く仕上げ、峰から柄に靱性を持たせるなどを)

 武器種は斧や槌、鉈や刀剣と文化、使用条件に適応して多種にわたるが、どの武器も、サイボーグが使用する前提とし、刃を備えているとしても、切創によるダメージよりも、殴打による装甲の破壊及び、身体構造へのへの塑性ダメージを目的としている。(当然、サイボーグの習う格闘戦術もこの武器に合わせて変化している)


 





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