第7話 カーチェイス〈2〉

 通報か偶然か、交差点を通り過ぎたアリッサたちを曲がり方から突如飛び出してきた回転灯が追いかける。

 追跡してくるパトカーは、黒い車台に白と赤のストライプが入り、血を浴びたシャチを彷彿させる。


「警察!? なんでこんな時に」


 サイレンが背後に追いつき車のミラーというミラーには、チカチカと威圧的な赤青ライトが映る。

 極めつけに思わず耳を塞ぎたくなる音量の拡声機がハウリング混じりにがなった。


「そこのオンボロベロニカ。すぐに停車しろ。酷い日焼け跡みたいな塗装のベロニカ。お前たちの事だ」


 高圧的にハウリングする声は、該当者であるアリッサとツルギの耳に届くが、そこから派生する解釈は正反対のもの。


「アリッサ。本物の警察みたいだ。保護してもらおう。これで命懸けの追いかけっこからは退場できる」


 一安心とシートに体を預けなおすツルギをアリッサは指を鳴らして嗜める。


「ネオンシティじゃ、警察は信用できない。

 この地区の警察はミクバ社の委託治安維持機構。要するに企業の飼い犬よ。

 それを除いて真っ当な警察だとしても、あなたは一件の殺人未遂と5か6人の殺人と数十件の器物損壊の容疑が掛けられるわ」

   

「……ミクバ……三九羽重工の事か。

 だが、あれは正当防衛だった。ログも音声も記録してる。ちゃんと証明できる……はずだ」


「その記録とやらで“正義”は納得させられても、多数の出資者を抱えてるネオンシティ警察は納得しないわ。

 捕まったら何を言っても無駄。私たちは首が90度捻られた“自然死”を迎えるのがオチよ」


「警察の腐敗……そこまで酷いのか……」


「この街じゃ、治安維持はビジネスよ」


「それならお前の出番だ。ビジネスなら得意だろ?」


「そうね。でも、ミクバは無理。連中とは……個人的に不仲だから」


「……企業と? 私にまだ隠してる事があるのか?」


「そりゃあるわよ。私たちいつの間になんでも話し合う仲になったの? 私はそんな軽い女じゃないわ……罪は重いかもしれないけど」


「戯言はいらない。私が知るべき事を教えろ」


「はぁ、まずね。私は多重債務者だけど、裏社会でも表社会でも融資って無収入じゃ受けられないの。で、私が定職に就ているように見える?」


「………お前には金を借りられる程度の真っ当じゃない収入があったと?」


「そうよ。私は情報屋なの。データでも名簿でも買い手がいるならなんでもやるわ」


「つまり、企業相手の情報泥棒か。呆れた!」


「貴女だって生きる為には手段なんか選ばないでしょ!」


「私は選ぶ!」


「それは、貴女の身体が贅沢な高級パーツを備えているからだわ!

 企業の敵は警察の敵! 手を打たないと私たちは殺される!」


 2人が議論している間に、背後についたパトカーは、規定に従い司法執行の強度を警告から強制へと上げる。


「クズども。いい加減に路肩に寄せろ。

 命令を聞かないのなら強制停車————」


 アリッサたちの背後に張り付いたパトカーは、ボンネットの回転式格納庫を起動させ、対車両用捕鯨砲を露にする。


「——執行———……!!??」


 捕獲銛が放たれようとするその瞬間。


 パトカーの車体に猛スピードで体当りする巨影が現れた。

 金属がひしゃげる音と共にパトカーが、潰れた空き缶のようになって反対車線へと弾き飛ぶ。


「なんだっ!?」


 振り返るツルギの視界いっぱいに鋼鉄の巨体が占領し尽くす。

 サイドミラーでかろうじで車輪を捉えたアリッサは、歓声とも悲鳴とも取れる叫びをあげた。


「おおっと!? 神様の采配? それとも現場主義の死神?」


そして、第二声は悲鳴だった。


「ッッッ!? ラプターベヒモスだッ!」


 現れたのはジョンホラティウス社製6輪SUVラプターベヒモス。

 神話の巨獣の名を冠したその車両は、輸送を除いた一般車として最大級の重量と出力を誇るモンスターマシンで、パトカーを大破させて起きながらこの金属の怪物は機械的なダメージを一切受けていない。

 さらに、そのサイを思わすせり出したボンネットにはサンズの象徴であるカラーペイントが施され、6つの駆動輪を持つ巨体はそのサイズに不釣り合いな加速力で2人を踏み潰そうと迫った。


「ツルギ。何してるの? さっさと撃って!」


 またもや性能差がサイドミラーに現れ、追っ手のヘッドライトが収まりきらないほど迫ってくる。

 退避、回避を許さない距離まで敵のフロントグリルは追いついていた。


「そうしたいのは山々だが、あのフロントガラスの六角模様。複合防弾繊維だ。対戦車ライフルでもなきゃ傷もつけられない………

 さっき言った。プラスチック爆薬を使うべきだ」


「………あれは嘘よ。この車にそんな物載せてないわ」


「なっ!!?」


「怒らないで。無いものは無いものよ。今はその話をするべきじゃない————」


 完全に背後をベヒモスに取られた瞬間。アリッサの握るハンドルは前輪が浮いてしまったように軽くなり、同時に不気味な微振動が車体を覆う。


ガリガリガリ!!


「何の音!?」


「……シュレッダーだ」


 その報告に振り返ったアリッサは、採石作業車のような分厚い刃の戦列が自分の車の後部にくらいついき、鉄板をテッシュのように引き裂き、断首処刑人の群れのように迫っているのを目の当たりにした。


「わっ、わっ。これはまずい!」


「だろうな。私のボディでもバラバラにされるだろう」


 アリッサはすぐにその全自動断頭台の弱点を探す。

 これだけ巨大で強力な装置を駆動させるには、それなりのサイズの原動機が必要だ。


「トランスミッション。いや、別動力?

 どっかに動力伝達装置があるはず」


 そして、刃の構成が僅かに非対称な事に気がつく。

 回転部の一番端にカバーがあり、そのカバーは車体にまで走っている。


「ツルギ! 端っこのカバーっぽいとこを集中砲火!」


「ッ——了解! 予備弾はないぞ、マガジン一本、一発勝負だ」


 ガリガリと車が裂ける後に、カッカッカッと乾いたアサルトライフルの銃声が競い合い…………銃声が競り勝った。

 ライフル弾がズタズタに引き裂いたカバーの裏には、アリッサの予想通り回転刃を回しているチェーンベルトが収納され、ツルギの射撃がそれすらもを破壊して、回転刃を無効化してみせる。


「刃が止まった」


「私にかかれば、この通り」


 銃撃に怯んだSUVは警戒して減速したが、任務遂行には無傷なレベルのダメージにかえって怒りを燃やし再び2人に迫る。


「刀削麺にされる心配はなくなったが、まだぺちゃんこにされる可能性は健在だぞ。何も解決してない」


 ツルギの冷静な分析に、アリッサは不敵な笑みを浮かべた。


「あらあら、私が闇雲に逃げてると思ってる?」


 一瞬の隙をつきハンドルを切り、道路から高架下歩道へ飛び込むが、追跡車もそれに倣う。


「全く振り切れてないぞ」


「ご安心。これはクライマックスを飾る演出よ」


 アリッサは目の奥のディスプレイを介し、前方に向けて信号を送る。

 曲がるための減速を挟んでアリッサの車の速度は時速80km。追ってくるベヒモスは上回って加速しつつある。


「必要なマージンは……まだ充分」


 アリッサの脳は送信に必要な情報の処理にかかる。あらかじめ仕込んでおいた“鍵”使い、公共設備のネットワークに侵入し、彼女たちの通っている道に同時に存在する電子世界に介入した。

 目標地点を高速で通過し、同時に“オン信号”を送信。


「ベヒモス。“まともに捕えたり 罠にかけてその鼻を貫きうるものがあろうか” あぁ神様ごめんなさい。これがあったわ!」


 勝利宣言の直後。

 埋め込み式交通規制用ポールが、鋼鉄の巨獣の目の前に櫛比した。

 テロ攻撃すら想定したその鉄柱がバファモスの巨大を身を挺して受け止めて、質量エネルギーを押し返す。

 生じた相対速度の破壊力は甚大に膨れ上がり、ベヒモスのをグシャリと潰し、慣性が車体を唆して吐瀉させるようにエンジンブロックを吐き出させる。


「御見事! 完全破壊だ」


「ふふっ。この程度。朝飯前………食後の運動程度だわ」


 完全に追手を振り切った2人は、今度こそ安全地帯を求めて、ネオンシティ郊外のさらに向こうを目指した。


————————————————————


1 交通規制用ポールハッキングの描写について。

 交通規制ポール自体は、神社や公園などの境にあったりする物の電動式をイメージしています。

 (作中では交通インフラとして、遠隔と手動操作が可能。アリッサはこの遠隔操作システムに侵入して作動させた)


 サイボーグであるアリッサは自身が通信端末であり、この場面でアリッサは制御装置を目で探していたわけではなく、操作情報をやり取りできる強度の通信可能範囲を探しており、実際に目で見ているのは視覚情報に変化された電産脳の操作パネルです。

 “鍵”と呼んだのは、遠隔操作システムへの操作権限認証と操作を可能とするソフトウェアあるいはアプリケーションのような物です

 アリッサがハッキングとして行った操作は、他人のBluetooth端末を勝手に操作するのと似たようなものといえるでしょう

 

2

アリッサの言う“まともに捕えたり 罠にかけてその鼻を貫きうるものがあろうか”は旧約聖書のヨブ記からの引用。

 

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