第6話 カーチェイス〈1〉

 呉越同舟。逃げる必要のある2人はアリッサが所有する4ドアセダン。ヘンリーMC車製セダン『ベロニカ』に乗り込んでいた。

 この車は2029年に販売された乗用車で、9世紀の枯れた技術を復刻された快適さよりも汎用性を突き詰めた堅牢な性能を売りにし、公的、民間、裏社会どの界隈でも大衆車の地位に占める傑作で、アリッサの車も使用者のニーズに合わせ、拳銃用の隠し戸、エンジン出力向上が施されていた。


 キーが回され、エンジンが喘ぐように強制的にオイルを汲み上げ、0.6秒後火種にガソリンが注がれる。

 アクセルに連動してマフラーが火花を放ち、2人の車は強引に車道に割り込んだ。

 往来をタイヤの滑る甲高い音が突き抜け、応酬のクラクションが響く。


「まず、部屋にいろいろ取りに戻らないと」とハンドルを握るアリッサに、「ダメだ」と助手席のツルギ。


「馬鹿を言うな。戻ってはダメだ。さっきの連中が待ち伏せてるか、鉢合わせする事になる」


「大丈夫よ。連中はそんな熱心じゃない。部屋から必要なものを取って、シーツを直して、下着とかを隠しても全然余裕が………ある……」


 忠告に聞く耳を持たないアリッサは、勝手に進路を自宅に向けると、どちらが正しいかの答え合わせが空に描かれていた。


「あははっ………ツルギ、あなたって預言者?」


 アリッサは家を目指した事で、ちょうど家がある地点から煙が立ち昇っている事に気がついた。


「あの煙見てよ。たぶん、私の部屋が燃えてる」


「白煙だ。火災じゃない。爆発物による爆波だ」


「詳しいのね………どっちでもいいわ。引っ越さないといけないのは変わらないもの」


 進路を再構築しつつも赤信号に止められる。

 アリッサは一瞬信号無視を考えたが、今はギャングに加えて警察にまで追われるリスクを避けた。


「家はダメね、ここはプランBでいきましょうか———おっと!」


 そう呟く言葉端に被ってキィィィと金切り声のようなスキール音が鼓膜に届く。

 信号待ちで止まる2人の目の前を、2台のスポーツカー、ソーイチ社製『ヨメガ』がドリフト走行で横切り、店の方へと駆け抜けて行く。すれ違いざま車体側面に描かれた黄色い一本ストライプが睨みつけていく。サンズのトレードマークだ。


「うーん。早い。敵ながらいい手際。私たちの方が一手先だけどね」


 アリッサたちは何食わぬ顔の一般人に紛れて2台とすれ違う。

 サンズか残したタイヤ煙がフロントガラスからサイドウィンドに流れ、バックミラーにテールランプが映る。


「連中カンカンに怒って急いでる。脇目を振らずって感じ。急がば周れって言うのにね」


 ほくそ笑み皮肉を込めた目でバックミラーで2台の動向を追っていると、後方の一台が一瞬ブレーキランプを灯し、その場で路面を抉る勢いの180度ターンを繰り出した。


「あぁ!?」


 その結果、ミラー越しのアリッサの目に、追跡車のヘッドライトと追撃者の怒りに満ちた形相が飛び込んだ。


「やばい! バレた!」


 アリッサは、即座にシフトレバーを叩き込み、アクセルを踏み込む。

 車は刹那一瞬タイヤを空回りさせ、エンジン全開の猛加速を披露。信号は青を灯し、カーチェイスが始まった。


「遅い。アリッサ。詰められている」


 出だしはアリッサが有利だったが、改造したとはいえ大衆車とスポーツカーの性能差は歴然。

 アリッサが時速100kmに到達する頃、追跡者たちは130kmに達し、車間はぐんぐん縮められていく。


「このままだと追いつかれるぞ」


「大丈夫。私の方がドラテクは上!」


 アリッサの自信の根拠はさておき、パチッ! という音が車内に響く。


「……銃撃だ」


 リアガラスを貫いた敵弾がバックミラーを粉々に砕く。


「そうね! 知らないと思った!?」


 敵の狙いはアリッサの抹殺。とにかく撃ちまくり、彼女たちが事故を起こして丸焼けになっても構わない方針だ。

 

「これはおまえのせいだ。私に怒るな。武器はないのか?」


「貴重品はダッシュボード! 下パネルの中!」


 助手席のツルギは、命を狙われている運転手の助手として格納されていた銃に手を伸ばす。

 手にしたのはなんの変哲もない自動拳銃だが、弾丸だけは対サイボーグ用の徹甲マグナム弾だった。


4545口径か」


 慣れた手つきで装弾を調べ、残弾はマガジン一杯の12発分。

  銃のスライドを引き切り、薬室に弾丸を送り込んだ。


「予備の弾は?」


「あるわけないでしょ」


「照準の調整は?」


「製造元に問い合わせて!」


 この会話の間にも何発も弾丸が車体に撃ち込まれ、リアガラスは霜が降りたようにひび割れ、ブレーキランプの片方は破損して配線コードで引きづられていた。


「道具は大切にしろ。まったく何一つ信用出来ない奴だな」


 弾丸が飛び交う中、ツルギは冷静に愚痴をこぼし、銃を構え、同時に網膜ディスプレイに射撃補正システムを展開。


「これより、応戦を……」


 弾倉確認と同時に弾丸の飛翔特性を演算してあった。

 走行中の車内からであっても静時の80%まで精度を補正。

 一度射撃を行えば、銃の特性と照準のズレも補正できるが、ここでは弾を一発も無駄にしたくない。


「……開始する」


パンッ!

 

 ツルギの銃声の直後、後方15mまで迫っていた追跡車の運転手に星型のひび割れが生じ、瞬く間にギャングの車は道路を飛び出す。


「敵車両排除」


「まず一台ね!」


 車両が退いた道にすぐさまもう一台が躍り出る。今度の追跡車には3組が乗っていた。

 運転手は拳銃を構えての片手運転。その他2人は助手席と後部窓から上半身を乗り出して、マシンガンでのアリッサたちに憤怒と復讐心を訴え始める。


 バババババッ!


 背中に銃声を感じた瞬間。


 ガガガッとアリッサの身体の周りに着弾の火花がほとばしる。


「あははぁ………一発も当たってない。2秒に一回奇跡が起きてるわ」


「安心しろ。これで連中とはさよならだ」


パンッ!


 ツルギが発砲。その射撃精度は96%。

 放たれた弾丸は、追跡車の運転手の眉間ど真ん中…………とまったく同じ高さのフロントガラスに


「……防弾ガラスだ。もっと大きな弾が必要だ」

 

「よく狙った?! それサイボーグ用の徹甲弾よ!?」


「失敬な。この距離で外すわけがない。すごい防弾ガラスだ」


「……サンズの連中は車に拘るからね。透過繊維か、電磁防壁でも貼ってるのかも」


「む。それは厄介だ」


「その銃より近代的な武器はここにない! 仕留められないなら私のドラテクで勝負する」


 アリッサは車の性能差を、運転技術でカバーすると豪語。

 直後の交差点に差し掛かり有言実行に臨む。

 交差点への侵入時ブレーキを堪え、追走者たちより遅くブレーキを踏む。

 減速タイミングのズレが2台の車間を引き離し、そのチャンスにすかさずハンドルを操り、後輪を滑らせる。

 2人の体に真横から遠心力がのし掛かり、タイヤは甲高く鳴き、リアバンパーは交差点外周の縁石をわずかに掠めて、道を曲がりきる。

 

「すごい……技だ。どこかに突っ込んでないのが信じられない」


「ふん! 連中もバックミラーから消えたでしょう———」


ドンッ!


 勝ち誇ったアリッサは後ろからの追突で、ヘッドレストに頭を打ちつけた。


「はぁ!? な、なんで!!?」


 ギャングの車は振り切れておらず、むしろ距離は縮められていた。


「………私たちは交差点を大きく曲がった。連中はもっとずっと小さい半径で抜けたんだ」


 幻想と現実の差を突きつけられる中、ギャングの車は性能差でアリッサたちの横に並ぼうと加速。より仕留めやすい位置での射線の確保に動く。


「解説はいらないから撃ってよ。並ばれるとガチ目にまずい」


 命の危機にがなるアリッサ、それに対しツルギは……。


「いや。この速度を維持しろ」と冷静に言い放つ。


「は。言われなくても、アクセスは目一杯!」


 横顔がはっきりと見える距離に迫ったギャングたちは最後の仕上げに備え、マシンガンに新しい弾を叩き込む中、ツルギは落ち着いた声で呟く。


「そうか。では、このままで良い。後、車を壊してすまない」


「気にしないで! これ以上壊しようがないわ!」


「……そうでもない」


バゴンッ!


 ツルギはドアパネルを蹴り外した。

 外れたドアパネルがギャングの車にぶち当たり、切り離れたロケット部品のように遥か後方に飛び去っていく。


「奴らを片付けてくる」

 

 その直後、助手席からツルギが跳んだ。

 風圧を想定した跳躍で、敵の屋根に飛びつき指を鉄板に突き立てる。


 新しい乗客を落とそうと、ギャングの1人が後部窓から体を乗り出すが、これもツルギの狙い。

 突き出されたマシンガンを掴むと同時にギャングの顔に蹴撃を加え、ソファベットの背もたれのように頭部を背中に叩き曲げた。

 事切れたギャングを風圧が車から引きずり落とし、ツルギの手元には銃だけが残る。


「どんな防弾車両でも、頭上は弱点だ」


 敵の死角と強力な武器を手に入れたツルギは、惜しむ事なく運転席を掃射した。

 ライフル弾丸は容易く鉄板を貫き運転手を穿つ。

 文字通りの蜂の巣となった運転手の肉体は力なくハンドルにもたれかかり、けたたましいクラクションが勝敗の判定を叫ぶ。


「対処完了」


 ツルギは鳥並みの身軽さでアリッサの車に飛び移ったら直後、制御を失った追跡車両は路肩に乗り上げて横転しながら大爆発を起こした。


 着地したルーフから滑り込むように助手席に戻ったツルギは、奪ったマシンガンに安全装置をかけながら冷徹に呟く。


「排除完了」


「戦利品までゲットして、これで一件落………」


 そう言いかけるアリッサの口にツルギは諸悪の根源とばかりに人差し指を押し付ける。


「お前は何も言うな。お前が言うと逆の事が起こる。

 だがこれで一件落着だ。また見つからないようにどこかへ隠れよう……」


「ええ……———っ!」


 首肯で応えるアリッサだったが、レーザー光線めいた赤青の混ざった光を受け思わず目を細めた。


——————————————————— 


射撃補正システム


 ツルギに搭載されているのは、歩兵用汎用射撃補正システム。

 自身の三次元ベクトル。使用火器、使用弾薬の弾道特性。攻撃目標の三次元ベクトル及び距離を計算し、視覚にどこに照準を向ければ良いかを投影するプログラム。

 本来は風向き、風速、湿度等も含まれるがツルギはこれらを省いて使用している。


 弾道力学そのものは長い研究の歴史がある為、このシステムの精度は高く使用火器の有効射程内であればかなりの命中精度を保証するが、演算を介す事による即応性の低下と、攻撃目標が移動している場合は演算処理故の誤差が起きる場合がある。

 また精密射撃のシステムなので正しく構えて、狙って撃つ必要が生じ、咄嗟の応戦などには不向き。


 

 

 


 

 

 


 

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