第4話 多重債務
ギャングの男と目が合ったアリッサは逃走を諦め、男が目の前で唾を飛ばす前に口元のソースをゆっくり拭う。
「いっらっしゃ…………」顔馴染みのウェイターが来客通知に誘き出されたが、相手がギャングと分かると、どれだけチップを弾んでもの見せない脚力で厨房の奥へと逃げ帰った。
空気が軋むほど重くなる長い、ツルギだけはサンドイッチの次の一口を口に運んだ。
「よぉ。アリッサ。借金まみれのクセに外食とは羽ぶりが良いな」
派手な黄色のジャケットを着流し、肩で羽ばたくような歩き方で迫りくるのはサンズの幹部カルロ“チュパカブラ”フリオ。
ラテン系の褐色肌に濃い体毛と見間違えるほどびっしりと描かれた無数のタトゥーをひけらかし、両手は銀色の髑髏をあしらったナックルダスターを備えた喧嘩用義手に換装されている。
その人造の拳にこびりついた血が彼の仕事ぶりをそのまま体現していた。
「おはよう。カルロ。今日はBLTサンドがオススメだって」
アリッサの態度にギャングは「ふざけるな」とテーブルを蹴る。
「コールマン。なんで俺が来たか分かってるだろう?」
カルロの左手は親指で人差し指を擦り“金を出せ”と催促。
同時に右手はジャケットの裾を捲り、シックスパックに割れた防弾スキンとベルトに挟まれているリボルバータイプの拳銃を見せつける。
「あぁ、その件ね。少し待ってもらえる? その件については先客がいるの」とアリッサ。
「こいつか?」とカルロは、食べ物をコーヒーで流し込んでいるツルギを指さす。
「そうよ」とアリッサが頷くと、カルロの目は、赤色を見つけた闘牛のようにツルギに向けられた。
「誰だお前、見ねえ顔だな。誰に雇われてる?」
アリッサは“勝ち”確信する。
ツルギを雇ったのは、サンズたちと中立関係にあるホワイトヴァイパーのはずで、その名が出れば彼らは一旦退く。
新規気鋭とはいえ幹部が現場に出向くほど構成員の少ない弱小ギャングのサンズでは、ヴァイパーに睨まれるのは避けたいからだ。
そんなアリッサの目論見など知らず、ツルギは馬鹿なのか大物なのか分からないほど悠々とコーヒーをテーブルに戻す
「私を雇ったのはリーという男性だ」
「リー……!?」魂を連れ立った呆れ声がアリッサから漏れ「リーだと!」と新しい取り立て屋は片腹に手を当てテーブルに叩く。
カルロがツルギに向けていた目は警戒から雑魚を見る目に変わり、グリルを飾った口で開放傷のような笑みを浮かべた。
「はははっ! リーだって? あのポークテール・リー? そりゃご苦労なこった。
アリッサ。お前はついに地獄からも催促されたようだな」
ポークテール・リーという人物も、アリッサが金を借りていた人物だ。
その男は宝くじの賞金を資本に金貸しを始めた個人の闇金だが、その本人は現在2度と商売の出来ないところにいる。
「あなたは何を言っているんですか、私はリー氏から3日前に後払いで雇われています」とアリッサの思惑をぶち壊したままツルギが言い返す。
カルロにはそれが最高のジョークに聞こえたようだった。
「ははは、ひひひ。リーは2日前に愛人に刺されて死んだよ。なぁ、アリッサ?」
「そうね」と急性の頭痛をアリッサが襲う。
「そんな」とツルギも露骨に肩を落とす。
「私は……なんてダメな奴なんだ」
機嫌が良いのはカルロだけ。
「よかったなアリッサ。アイツはフリーランスでお前の借金はチャラ」
そう笑いの尾を引きながら、銃をアリッサに向けた。
「んじゃ、その分をこっちの返済に充ててもらおうか」
アリッサは、銃の脅しには見向きもせず、その場しのぎの虚勢を張る。
「カルロ。40万なんて大金持ち歩くないわ」
「ふざけるなメス豚。返すのは76万6550西海岸ドルだ。延滞料と利子がたんまり乗ってんだ」
アリッサが次の言葉を選んでいると、またツルギが余分な言葉を発した。
「彼女は私の友人です。メス豚なんて、そんな呼び方はやめてください」
雑魚と見下した者の横槍にカルロの眉間に皺が集まる。
「黙ってろ。能無し」
「カルロ。そこのレディは無視して。
分かった。お金を下ろしてくるからここで待っててくれない?」
アリッサは、ツルギに意味深にウィンクをした。だが、このウィンクに意味はなく、彼女の頭の中は2人を置いて逃げる計画の草案が書き殴られていた。
「ふざけるなよ。お前の口座に金がないのは知っている」
堪忍袋を引きちぎるように、カルロが金メッキの剥がれた大口径リボルバーの激鉄を起こす。
ダブルアクションがシングルアクションへ切り替わり、殺傷行為のハードルが1段階引き下がる。
「お前に次はない。はっきり教えてやろう。今回の取り立ては、お前を殺してパーツで回収させてもらう。
てめぇの頭蓋骨が何製であれ、この44口径鋼矢強装弾なら腐ったトマトみたいに脳味噌を吹き飛ばせるぜ」
銃口からアリッサの脳の距離は20cm。発砲されれば彼女の装備では弾くことも避ける事も出来ない。
「くひひひ。やめてよ。あなたに私は殺せないわ」
この状況でアリッサは全てお見通しとばかりに自信に満ちた引き笑いを漏らす。
しかし……。
「は。お前は終わりだ。墓石には、気味の悪い笑顔で死んだって書いてやるよ。メス豚」
アリッサが言葉を並べられるような隙はカルロにはなかった。
「そ。撃つ前に考え———!」
アリッサが密かに練った計画、実行に移しかけていた行動は………徒労。
ドンッ!
アリッサの聴覚フィルターが作動し、予測とズレたタイミングで発砲が起こる。
カルロには発砲の予備動作も無かった。緊張も興奮も覚悟も伴わない発砲は大半は暴発が引き起こす。
殺す気で撃ったならアリッサは察知する事ができたはずだ。
予想を外したアリッサは戸惑いを覚え、それがさらに混乱を加速させる。
撃たれたのなら仕方ない。しかし、なぜ撃たれたはずの自分に、それを知覚する脳が残っているのかがまた理解できなかった。
どんな下手でもこの距離で外すわけがない。走馬灯めいた思考が巡る彼女の目の前に、気を惹きたがるひょろながい硝煙がたちのぼった。
アリッサのこめかみに出来るはずだった弾痕はテーブル板でもくもくと白い発射ガスが雲を作り、外しようのない距離でアリッサを狙っていたカルロの腕は、厨房の皿の上に千切れ飛んでいた。
「あっ! あ゛っ! 俺の腕がぁぁぁ!!!」
静まり返った店内にカルロの悲鳴が轟く。
一瞬前アリッサに向けられていた銃はそこに無く、金属製橈骨と尺骨の露出した腕が血を吹き出している。
何が起きたのか。目を瞬くと……
「警告はした………私の友人を悪く言うなと」と青ざめるカルロを、鬼そのもの形相で睨みつけるツルギが視界に飛び込んできた。
彼女の手には血に汚れた漆黒の短刀が握られ、その一閃がカルロの腕を切り落としたのは明白。周囲は時間が止まったような静寂を経て、激怒の嵐が巻き起こる。
「この野郎、ボスを! よくもやりやがったな!!」カルロの部下が応戦しようと動く………が。
「助けてくれ!!!」
パニックを起こしたカルロが彼らに向かって走り、3人揃って玄関戸を粉々にしながら飛び込む。
そして、キラキラとガラス片を纏った部下2人が不利を悟ったのか「覚えてろ」「殺してやる」と喚くカルロを引き摺るように退散し、サンズカラーの車がタイヤをがならし、デタラメに周囲に弾丸をばら撒きながら街へと消え去った。
小夜嵐が過ぎ去った店内で、アリッサがコーヒーを一気に飲み干しながら、もう一度現状を見つめ直す。
「とんでもない事になったわ…………」
受肉した守護神の如きサイボーグ刃物使いの手がテーブルの下に隠れ、次に現れた時には既に素手に戻っていた。どこかに格納式の鞘も備えているのだろう。
「でも、ありがとう。ツルギさん」
「いいんです。もう友達ですから」
人の腕を切り落としても平然としている命の恩人に対し、アリッサるお礼を言いながら脳裏で別の事を考えていた。
“私は金を払うつもりだったけど、リーの手下がカルロに手を出した”と納得してもらう方法はないかと。
————————————————————対サイボーグ弾
カルロの言った、44口径鋼矢強装弾とは、正式には44口径鋼矢
弾丸のサイズは弾丸11mm×48mm。
形状はボルトネック・リムド。
バックボーンとしてはFN社製の5.7×28mm弾をモデルに、護身用火器でサイボーグに抵抗する方法の模索から生まれた弾丸としています。
弾頭はライフル弾のようになっていますが、先端は僅かに窪んでおり、その中心に
この構造により、柔らかい皮膚には、弾頭の変形と横弾現象により効率よくダメージを与え、服や皮膚下の防弾装備には、中の鋼矢が飛び出し、貫通する事でダメージを与えます。
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