緊張しろ!

「……そうですか。次はいよいよ握手会ですか。……任せてください! 笑顔の練習はもう完璧……じゃなくていい感じにできました! この感じで握手をやります!」


「こんにちは~初めまして。来てくれてありがとう! ……うん、えっ!? 北海道から来てくれたんですか!? 北海道はでっかいどう! なんてハハハ。……うん、あっ納豆好きなんですね! 私は、納豆が食べられるよう日々挑戦しています! ……うん、私はどっちかって言うとダンゴムシ派だと思います! ……うん、1足す1は、2! です! うん、ちゃんと試験勉強しないと会いに来ちゃダメだよ!です! ……うん、べ、別に握手会に来てくれたから握手してるわけじゃないんだからね! です! ……うん、にゃんにゃんにゃーんです! ……うん、今、8人目かな? です! うん、うん、うん、うんうんうんうんうんうんうんーー握手会が! 握手会がぁ! 終わらない!!」


「……そもそもエア握手はダメだろって? ……い、いや〜でも、握手すると顔近いじゃないですか〜。想像してください! 日本人って、そんなに握手しないんですよ! ちょっと離れてお辞儀! これが日本人のDNAに刻み込まれた基本のアクションじゃないですか!? 握手ってのは応用なんですよ! だから、握手! 近っ! 目と目がこうっ近っ! って、近っ! ってなるんですよ。だからエア握手でイメージトレーニングを……ってわわわ! いきなり握手しないでくださいっ!」


近づいて


「……ち、近いです。う〜でも、目を合わせないと失礼……う〜……やっ、やっぱり、ダメです!」


少し離れる


「ごめんなさい、すみません、ああ! また言っちゃった! でも無理です! やっぱり無理! ダメ! 真面目キャラの素の私じゃダメなんです!」


「……お願いします! 天然キャラを使わせてください! 猫をかぶらせてください! 嘘を使わせてください! 真面目に、真面目にやりますから! 天然キャラでいないと私、自分に全然自信が持てない! 竹のように真っ直ぐなんて無理! たけのこぐらい土に埋まってたい! 怖い、人が怖い! 目線が怖い! 上手く話せません! ダメなんです! 私じゃダメなんですぅ〜!!」


息を切らす感じ


「……天然キャラじゃないってバレちゃったらどうするって? そ、そのときはじゃあツンデレキャラになります! 『べ、別にあんたなんか嫌いじゃないなんてことはないんだからね!』……それがダメだったら、お、お姉さんキャラ! 『うふふふふ』 ボクっ娘! 『ボクはね!』 男装! 『や、やあ』 ね、猫ちゃん! 『にゃ〜』」


「……無理してもファンの方には伝わる? そ、そうなんですか!? 完璧に……あっ、また言っちゃった。 最初は難しくてもそのキャラに馴染んでいけば、きっと!」


「……わかりました。天然キャラで握手会ですね! 任せてください!」


近づいて


「(高い声で)こ、こんにちは~ん〜沖縄から来てくれたの? めんそーれ? オクラ好きなんだ〜う〜ん、私も〜 やっぱり〜ちょうちょは羽がパタパタしてるのがかわいいよね~」


「………………………………なんか、違う」


「私の想像してる天然キャラの面白い返答ができません! もっとこう何言ってるの的なインパクトが〜絶妙に外すも上手いことギリギリ相手が理解できそうな感じの返答があぁ~出ない! 出ないよぉ〜!!」


「……そ、それはそうかも……お話するのに慣れてくれば、人見知りもなくなると思いますし、引っ込み思案だってきっと! ……じゃあそれでいいんじゃない? ってそんな投げやりな!!」


「……えっ? 緊張していい? ……むしろ、緊張しろ! ……そ、それはどういう格言的なあれで……最初から緊張しない新人なんかいない?」


「…………………………はわわわわ! そうか! 確かに! 完璧にあろうとするがために気づかなかった盲点でした! 武道で言うところのまさに死角!! ……ってあれ?」


「……私! 気がつけばマネージャーさんの目を見て話せてます! もう、目をかっぴらいて! ほら、私の目を見てください! ……あっ、やっぱり恥ずかしいです。あの、緊張してるとかそういことじゃないかもしれないこともないと言いますか……別の意味の緊張と言いますか……あぁ~また何言ってるんだろう私〜」


「……でも、大丈夫! これだったらいけるかもしれない! 私、大丈夫かもしれないです!! だけど、こんな私で本当に大丈夫なんでしょうか?」


「……私、くそがつくほど真面目ですよ? ……面白くないし……かわいくもない……それでも、それでもマネージャーさんは、大丈夫だって思うんですか?」


「……………………わかりました。私、真面目キャラでいきます! そうだ、そうと決まれば真面目キャラでもう一回握手会の練習させてください! よろしくお願いします!」


「……その前に? ……一回、手を離そうか? ……あぁぁあああああ!! ずっと握ったままだった!! ………失礼しました!」


「……あれ? いつから? いつからずっと? ……天然キャラで握手会をしたときから? めちゃくちゃ長い時間! こんなに握手するのファンの方でもなかなかいないですよね!? ……ああ、いえ、なんでもないです。よし、じゃあ改めて! 握手よろしくお願いします!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る