第2話
地属性の治癒魔法は、ちょっとした切り傷や肌荒れが痕を残さず治る程度。
水魔法で呼び出す水は、よく冷えていて美味しいけれど、一度にマグカップ一杯くらい。
火魔法で出した炎は、煙や煤が出ない代わり、ランプの炎くらいの大きさにするのが精一杯だし、真夏に涼しい風を、真冬に暖かい風を吹かせる風魔法は、一度かければ半日くらいもつけれど、自分を中心に半径1メートルくらいしか効果がない。
貧乏貴族の暮らしには、派手な攻撃魔法より、こういうちまちました魔法のほうが断然便利なのだから仕方ない。
その代わり、毎日のように使っているおかげで、「治癒」「水」「着火」「冷風」「温風」くらいまで呪文を短縮しても発動できるようになっていた。
「なるほど。実用的なものばかりだな」
「はい」
「では次は光と闇の魔法を」
「すみません、その二つは使えません」
私が言うと、ザカリアス先生は驚いたように金色の目を見開いた。
「使えない?」
「はい。遺伝的に発動しないのだそうです」
もともと我がミラーズ家は、貴族のわりに魔力量が少ない家系だ。
魔力の多さ
その上、ほとんどの女性が光と闇の魔法を使えず、そのせいでここ何代かは結婚相手にも事欠く始末。
ザカリアス先生は眉をひそめ、しばらく何事か考えていたが、やがて気を取り直したように「よろしい。次」と教室を見渡した。
「「はい!」」
ほぼ同時に手を挙げたのは、フランシーヌとドルトンだった。
青味がかったグレイヘアに黒縁メガネのドルトンは、攻略対象の一人である。
魔導士の名門イリューズ家に生まれながら、凡庸な才しか持たないと蔑まれて育った陰キャ青年。しかし前髪を上げてメガネを外せばすごいイケメン、というお約束はきっちり踏襲されている。
ドルトンルートでは、魔力測定で実力の半分も出しきれず、落ち込むドルトンをヒロインが慰め、好感度がアップするのだが……。
「ではイリューズ、君からだ」
「はい」
そう言ってドルトンが披露したのは、全属性の攻撃魔法だった。
しかも室内ということで、周囲に被害が出ないようにきちんと結界を張ってから発動するという徹底ぶり。
デモンストレーションが終わった時には、教室中の生徒が立ち上がって拍手喝采した。
ザカリアス先生も、満足そうに頷いている。
「見事だ、イリューズ」
「ありがとうございます」
一礼して戻ってきたドルトンに、フランシーヌは「元気出して!」と声をかけた。
「あなたは素晴らしい才能の持ち主よ。世界中の誰が認めてくれなくても、私だけは知っているわ」
それはゲームの『魔力測定』イベントでヒロインがドルトンにかける台詞だが……。
――いや、その素晴らしい才能、たった今みんなが認めて拍手したよね?
案の定、ドルトンは「何だこいつ」という顔でフランシーヌを一瞥したきり、その横をさっさと素通りする。
……が、なぜか私の前で立ち止まり、「ありがとう」と小声で囁いた。
――へ??
私、あなたに何かしましたっけ。
きょとんとする私に、ドルトンはさらに言葉を続ける。
「僕よりずっと不利な環境で頑張ってる君を見て目が覚めた」
「…………」
いや、頑張るも何も、私はもともとあの程度の魔法しか使えないわけで……。
ていうか、たった今のドルトンの台詞、前にも聞いた覚えがあるような。
「嘘でしょ。あれは『夕陽の教室』でドルトンが言うはずの台詞じゃない!」
そうそう、思い出した!
『夕陽の教室』は、ドルトンの好感度が一定以上になると発生するイベントだ。
攻略サイトによれば、ドルトンルートはもちろん、逆ハーレムルートに入るためにも、この台詞でフラグを立てるのは必須条件で……。
通路を隔てたフランシーヌの席から「チッ!」と苛立たしげな舌打ちが聞こえてきた。
「逆ハールートにもドルトンルートにも必須のフラグだったのに……!」
私はぎょっとしてフランシーヌの顔を見る。
今の今まで、この世界に転生したのは、私だけだと思ってた。
でも、もし
「まぁいいわ。もともと本命はザカリアス様だったわけだし。他の連中はどうなったって……」
そうつぶやいたフランシーヌは、いつもの能天気でぽわぽわしたヒロイン顔から一転、鬼気迫るような険しい表情をしていた。
「次! ハモンド」
「はい」
フランシーヌが満面の笑みを浮かべて進み出る。
『スタクロ』のストーリーでは、入学時から魔力が少ないと馬鹿にされ続けてきたヒロインが、初めての魔力測定で魔力を暴走させてしまう。
だがその事件以来、ヒロインは王族をもしのぐ最強レベルの魔法を発動できるようになる。
いわゆる「覚醒」イベントだ。
――って、これ、放っておいたらまずいやつじゃ……⁉︎
私ははっと身を起こした。
ゲームでは、魔力暴走の後、半壊した教室の
フランシーヌは既に呪文の詠唱に入っていた。しかも、それはよりによって光魔法の中でも最も殺傷力の高いライトニングボムだ。
「みんな逃げて!」
私は叫んで立ち上がった。
今ならまだ間に合うかもしれない。彼女の詠唱を止められれば、もしかしたら――。
フランシーヌに駆け寄る私の後ろで、「危ない!」と叫ぶドルトンの声が聞こえた気がした。
「退がれ、ミラーズ!」
そして、フランシーヌの呪文に被せるように、誰かが古代語で呪文を唱える声。
フランシーヌの手の中で生まれた光球がみるみる大きくなっていく。
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