ヒロインの親友、やめさせていただきます!
円夢
第1話
「……でね、がんばってお洒落して、お茶会についてったんだけど……。正直、殿下って私のことどう思ってると思う?」
ハニーブロンドのゆるふわヘアに翡翠の瞳の美少女が、私を見上げて訊いてくる。
――めっちゃ非常識で礼儀知らずな女だな、と思ってると思うよ。
招かれてもいないお茶会についていくのは非常識だし、婚約者同士の二人の間に割り込むなんて失礼だ。しかもその二人がこの国の王太子と、王家に次ぐ地位を持つ公爵家の令嬢だというのだから、よくまあその場で拘束されなかったものだと妙なところで感心する。
けれど、私はそんなことは一切口にせず、曖昧に微笑むだけにしておいた。
言ったところで、どうせこの子は聞かないし、話が長びくだけだからだ。
「ねね、お願い。また鏡にきいてみて?」
華奢な両手を組み合わせ、甘ったるい声を出しているのはフランシーヌ・ハモンド男爵令嬢。
王立学園に入学するや、高位貴族の令息たちに片っ端からコナをかけ、学内でも問題視されている令嬢だ。
「ねえってばぁ。お願い、おねがーい! ジーは私の親友でしょ?」
そして私、ジゼル・ミラーズは、入学以来この問題児につきまとわれて辟易している。
今日も放課後待ち伏せされて、空き教室に連れ込まれ、我が家に伝わる秘伝の魔法を使うように強要されているのだが……。
私はため息をついて、カバンから古びた銀の手鏡を取り出した。
「それじゃ、これに顔を映して」
フランシーヌの背後に立って、彼女の顔だけが映るように鏡の角度を調節する。
ハニーブロンドのゆるい巻き毛に、翡翠色の大きな瞳。薔薇色の唇をアヒル口にしてポーズをとった顔の横に、私にしか見えない文字列がずらずらと表示された。
アンドリュー ★☆☆☆☆
ビーチャム ☆☆☆☆☆
?????? ?????
ドルトン ☆☆☆☆☆
エロール ●~*
――あちゃー。やっぱり、エロール殿下に爆弾マークがついちゃったかー……。
そりゃあね。婚約者をもてなすためのお茶会に乱入した挙句、彼女との会話にいちいち割り込んでくる女の子なんて、どんなに顔がよくたって願い下げだ。
そもそもエロール殿下って、可愛い系より美人系の女性がお好きみたいだし。
「ねねね。どうどう? この前と何か変わってない?」
「うん。変わってるね」悪いほうに。
前回見たとき、エロール殿下の横に表示された「☆」は、最初のひとつが半分だけ塗りつぶされていた。
「顔と名前は知っている」「挨拶は交わしたことがある」程度の認識だ。
それが爆弾マークになったということは、「顔見知り」から「大嫌い」「顔も見たくない」という嫌悪の対象に変化したってことなのだが……。
フランシーヌは「やったぁ!」と声を上げて両手を打ち合わせた。
「それじゃ、明日の調理実習ではクッキーを焼いて差し入れするわ。ジーも手伝ってくれるでしょ?」
――は? 普通に嫌ですが。
「私、明日のその時間は選択で魔法実習だから」
よしよし。こんなこともあろうかと、調理実習を選択から外しておいて本当によかった。
エロールルートに入るなら、「手作りクッキー」のイベントは絶対外せないもんね。
もっとも、好感度最悪の状態でクッキーを渡したところで、受け取ってはもらえないだろうけど……。
でも、大切なのはそこじゃない。
授業が別なら、フランシーヌに絡まれなくて済む。
おまけに、調理実習は昼食も自分たちで作って食べるから、ランチタイムも別々だ。
つ・ま・り。
――久しぶりに、自分ひとりの静かな時間を満喫できる――!
世の中には、誰かと一緒にいることでエネルギーを充填できる人と、誰かと一緒にいるだけでエネルギーが削られる人がいる。
フランシーヌは明らかに前者。
そして私は、圧倒的に後者のタイプだ。
一人でランチするのが淋しい?
好きな本を好きなだけ読めていいじゃない。
ぼっち上等! 一人最高!
そりゃ、友達が全然欲しくないわけじゃないけれど、どうせ仲良くなるのなら、ちゃんと気の合う人がいい。
……ところが。
しばらくの間、人差し指を顎に当てて「んー」と考え込んでいたフランシーヌは、やおら目を輝かせてこう言った。
「じゃあ私も選択、魔法実習にする! 久しぶりに、ドルトン様にも会いたいしね。うふっ☆」
――オーマイガー……。
うふっ☆ じゃねえよ。
私の貴重なくつろぎタイムが、容赦なくごりごり削られていく………。
絶望感に天を仰ぐ私をよそに、
「それに私たち、親友じゃない?」
そう言うと、フランシーヌは――乙女ゲーム『
☆☆☆
気がつくと、乙女ゲームのヒロイン――――の、親友に転生していた。
親友というか、情報屋? 便利屋?
ぶっちゃけ、ヒロインの攻略をサポートするためだけに作られた、ご都合主義の友人キャラだ。
常にヒロインと一緒に行動し、デートに最適なファッションをアドバイスしたり、攻略対象の好感度を教えたり……。
けれどもここは、ゲームそっくりとはいえ三次元の現実世界。
ゲームの舞台である王立学園を卒業した後も、人生は続いていくわけで。
由緒はあっても貧乏な田舎貴族の娘としては、卒業までにいい感じの相手を見つけて婚約するなり、就職先を探すなり、来たるべき将来を見据えて、しっかり準備しとかなきゃならない。
はっきりいって、自分の人生そっちのけでヒロインに尽くしている暇なんてないのである。
入学早々、自分が転生していることに気づいた私は、だから、ヒロインとは極力顔を合わさないよう、あちこち逃げ回っていたのだが――……。
「見つけたわ! あなたがジゼル・ミラーズね! お友達になりましょう? 私はフランシーヌ。フランって呼んで。私もあなたをジーって呼ぶわ!」
『スタクロ』を未プレイの方のために解説すると、これは本来、ゲームのジゼルが初対面の時、フランシーヌに向かって言う台詞だ。
それを名前だけ入れ換えてまくしたてたヒロインは、するりと私に腕を絡め、十年来の親友みたいな顔をして歩きだした。
「でね、実は私、ジーにお願いがあるんだけど………」
――我がミラーズ伯爵家には、母から娘へ代々受け継がれてきた鏡がある。
映った人に対する、周囲の異性の思いが星になって現れる魔法の鏡だ。
要は、攻略対象たちの好感度パラメータが表示されるアイテムなのだが、どうやらこれが見えるのは、ミラーズの血を引く女だけらしい。
ヒロインを一目見た瞬間、こいつめんどくさい奴だ! と直感した私は、鏡だけ彼女に押しつけて、とっとと逃げようとしたのだが、フランシーヌが一人で鏡を見ても、映るのは彼女の顔だけだったという。
以来、フランシーヌは何かというと私のところにやってきては、鏡を見てくれとうるさくねだるようになった。
そればかりか、なりふり構わず高位貴族の令息たちに言いよったせいで、あっという間に孤立してしまった彼女は、次第にその他の時間も私と一緒にいたがるようになったのだ。
おかげで私は、婚約してくれそうな男子とお近づきになるどころか、ろくに友達もできないまま、入学から半年が経とうとしている。
――こうなると、クラスが違うのだけが救いだわ……。
とはいえ、昼休みや週に何度かある選択授業では、否応なく一緒になってしまうのだけど。
☆☆☆
この世界には魔法がある。
地水火風と光と闇の、いわゆる属性魔法である。
もっとも、ほとんどの人にできるのは、せいぜい蝋燭に火をつけたり、コップ一杯の水を出したりする程度。
そりゃそうだろう。
乙女ゲームそっくりの世界で、そこらのおばちゃんが気軽にファイアボールだのアイスランスだのを乱発してたら怖すぎる。
その代わり、この世界の人々は皆、どの属性の魔法もある程度までなら発動できる。
人によって得手不得手はあるし、どこまで上達できるかは素質と本人の努力次第。
そういうところは、前世のピアノやスポーツなんかと似ていて面白い。
「今日は魔力測定を行う」
魔法実習の教室に行くと、いつもとは違う先生が、開口一番そう言った。
王宮魔導士の紫紺のローブ。漆黒の髪に金の瞳。ぞっとするほど整った顔立ちは、間違いなく攻略対象の一人だろう。
だろう、という不確かな言い方になるのは、私がこのゲームを途中でやめてしまったせいだ。
だって、ヒロインの性格がどうしても好きになれなかったから。
「きゃー! ザカリアス様だわ。知らなかった。学園にいらっしゃることもあるのね!」
そのヒロインことフランシーヌは、隣の席で早くも色めき立っている。
私はこっそり机の下で銀の鏡を取り出すと、フランシーヌが映るように傾けた。
アンドリュー ★☆☆☆☆
ビーチャム ☆☆☆☆☆
?????? ?????
ドルトン ☆☆☆☆☆
エロール ●~*
ザカリアス ☆☆☆☆☆
――ん???
表示された内容を、私は思わず二度見した。
『スタクロ』の攻略対象は、確か五人しかいないはず。
その証拠に、さっき見たフランシーヌのステータスでは、まだ会っていない一人をふくめ、五人分の好感度しか表示されていなかった。
なのに今、鏡には六人分の名前と好感度が載っている。
――てことは、この先生は隠しキャラ?
ついまじまじと見ていたら、推定隠しキャラの先生とばっちり目と目が合ってしまった。
「そこの君。名前は?」
「ジゼル・ミラーズです」
「よし、ミラーズ。前に出て、全ての魔法を使ってみせなさい」
「がんばって、ジー! 私がついてるわ!」
すかさず声援を送ってきたのは、もちろんフランシーヌである。
――ついてるも何も、魔法は一人で使うものでしょうが。
思わず無言の突っ込みを入れると、
「そこ、私語は慎むように。魔法は一人で使うものだ」
まったく同じタイミングで、ザカリアス先生のひややかな声が飛んだ。
――あ、この先生、ちょっと好きかも。
一方、フランシーヌは翡翠の瞳にみるみる涙を浮かべ、「すみません」と声を震わせた。
「私……私、そんなつもりじゃ……」
「ミラーズ。準備ができたら始めなさい」
「はい」
ヒロインをガン無視する先生に、またも好感度を上げながら、私は最初の呪文を唱えた。
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