八月九日 辻塚留佳と相模原
二日後。八月九日。
車谷悠介の部屋の引き出しから、黒いビニール袋が見つかった。中から島田宗吾の血痕がついた包丁が見つかり、島田宗吾殺害事件の犯人が車谷悠介であるという物的証拠が露わとなった。島田昇太も同様、本人の言う町田市の公園近くの木の下に、埋められた凶器が見つけられ、証拠が見つかった。
世間は、「ネットで繋がった中学生二人による、交換殺人事件」というセンセーショナルさから、テレビ番組やネットを通じて大いな賑わいをみせていた。
相模原は、留佳に事件の経過報告をするために、芝前珈琲で落ち合っていた。
アイスコーヒーは、あまり氷の音を立てない。
「テレビのコメンテーターたちは、車谷悠介が不登校だったにも関わらず、学校側から適切なアプローチがなされていないことを問題視したり、中学生のゲーム依存による、人を殺す感覚の希薄化なんて話をしたりと、誤った取り上げ方ばかりだ。」
「コメンテーターの言葉は、高徳ぶったバラエティでしかありません。真実は、狭い母親の世界に染められた青年と、母親のためにとてつもない覚悟と準備をもって犯行に望んだ青年の二人です。それは、バラエティ受けしません。」
「真実は、テレビ受けしないってわけか。いや、この事件の帰結も、真実なのかは分からないがな。」
「亜美さん、自首するなどの動きはなかったんですね。」
「ああ、八月七日の家宅捜査でも、何も出なかった。だが、このまま終わらせる気にはなれん。刑法に問われるか否かは分からないが、これで終わりは刑事として納得できん。」
「真実は、小説より奇なり。と言いますが、真実は、小説のような起承転結では済みません。複雑な想いや、劇的じゃない行動に絡まれており、その氷山の一角しか見えないから、「奇」なんでしょう。相模原刑事、是非我々の納得できない想いを、解いていただきたいです……。」
「ああ。だからこれから、島田亜美の家に行く。留佳も行くだろう?」
「いえ、私はもう亜美さんと対峙できません。彼女も、様々辛く苦しい思いをしてきたのでしょう。私は人々のそのような感情に寄り添って生きていくことを人生の指針としてきました。ですが、私はもう、彼女の苦悩を、理解し寄り添うことができません。理性よりも、許せない感情に心が塗れてしまうと思います。」
「そうか……」
相模原は、そう言って芝前珈琲を先に出た。
外から珈琲店を見ると、留佳は一人でコーヒーを飲んでいた。
芝前珈琲から、島田宅までは、そう遠くない。
そこへ行き、自分に何ができるのかは分からない。ただ、このままではダメだという思いだけをもって、相模原は、島田亜美の元へと向かった……。
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