第5話 出逢い


♦︎♦︎♦︎領主邸アリスの部屋


「……」 

「……」


今、アリスの部屋には使用人見習いと2人きりだ、物音もたてず会話も続かない、沈黙だけが続いていく。

メリーアンが領主である父に呼ばれて代わりにアリスの介助の為に待機している。

特に用事は無いが目が見えないアリスにもしもの事があってはいけないと必ず誰かが付き添っている。


アリスは使用人が負担にならない様に気を遣い、見習いはアリスが気を遣わない様に気を遣う、負のスパイラルである。



重々しい空気を切り裂く様に明るい声でメリーアンが戻ってくる。

アリスと使用人見習いはなんとも言えない気持ちと安堵ともとれる気持ちでメリーアンを迎える。


「お帰り、メリー!お父様に報告する事があまり無くてごめんね。」

アリスはメリーアンを愛称のメリーと呼んでいる、アリスが唯一愛称呼びするのはメリーアンだけだ。


「アリスお嬢様、只今戻りました。今日は天気も良いので庭で散歩しましょう。ほらっ用意しますよ。」


「大変でしょ、悪いわ…」


アリスはメリーアンを信頼している、乳母からずっと一緒に居て本当の親子以上に時を過ごしている。


メリーアンはご機嫌だった、2日後にはアリスの話し相手の猫が来る、アリスが喜んでくれると思うとご機嫌にもなる。旦那様からのサプライズプレゼントになるのでアリスに話す訳にはいかないのがもどかしい。



(メリーの機嫌が良いわね、何か良い事があったのかしら?)

アリスはいつもより3割増しに明るく機嫌の良いメリーアンに気分も晴れて散歩に出かけるのだった。




♦︎♦︎♦︎ペット屋再び


2日後領主邸に訪問


「こちらへ、」

執事のセバスに応接室に通され、領主様を待つ、


(先日より緊張するよな)と、オーナーのブリストル女史。

(売られるのは俺だぞ、俺の方が緊張するだろ!)と、ゲージの中から仔猫の俺。飼い主が名前を付けるのでまだ名は無い。



少しして領主様がおいでになった。


「おお、ご苦労。少し話しがあると聞いておるが、どうした?ブリストル」


「はい領主様、この度の三毛猫の生体は少々特殊でしてございます先ずは1週間様子を見ていただき、その後お気に召されれば販売致します。いかかでしょうか?」


「特殊とは何だ?所詮は猫も犬も変わらんであろう。」


「はい、猫は犬と表現方法が違いますので…… 」

と、ブリストルは猟犬には無い猫のツンデレを説明していくそれが猫の忠誠であり愛情表現であると。


「なるほど、膝の上で寝ているだけではないのだな。ふむ、誰かアリスをここに。」


「お嬢様ですか?」


「そうだ。アリスの話し相手になってくれれば良いのだがな…」




「お父様、遅くなりました。何用でしたでしょうか?」不安そうにアリスは車椅子でメリーアンに連れられてやって来た。


「なに、怒っている訳ではないぞ、アリスにちょっとしたプレゼントを用意してな!受け取ってもらえるかい?」


ブリストルは初め脚が不自由なのだと思いよく見ていると両眼を閉じている事に気付いた。


「アリス様。お初にお目にかかります、ペット屋でブリーダーのブリストルと申します。」とアリスに商人の挨拶をする。


「ペット屋のブリーダー?」


ちょっと何言ってるかわからない、って顔のアリスがいた。




「はい、アリス様。…… 」

ブリストル女史はアリスにペットブリーダーなる職業を説明し三毛猫の仔猫を紹介する。


「こちらが生後一月の仔猫になります。お膝の上に乗せてもよろしいでしょうか?」


「えっ……。膝の上に乗せられる程小さいのですか?」

そう、アリスは目が見えないので大きさを知らない。


「そうでございます、生き物ですので優しく愛情をそそいであげてくださいませ。」

そう言って膝の上に仔猫を乗せる。


「暖かい。フワフワしてます。」


アリスは初めての経験だった。

動物に近づくのもましてや膝の上で毛並みを撫でている自分が信じられない。

顔が綻んでいる事にも気付かず喜んでいる。


その姿を見て領主のアレックスを初め皆の口元が綻び安堵していた。メリーアンにおいては涙まで流して良かった良かったと嬉しそうにしている。


「お父様!目の見えない私がこの仔を飼育してもよろしいのですか?」


「お願いできるかい?アリス。」


「はい!喜んで!」


アレックスはこれほど眩しいアリスの笑顔を見た事がなかった。

(これでアリスも変われるかもしれない!)



♦︎♦︎♦︎秘密


仔猫side


領主様は貴族のボンボンって感じだが悪い気配はない。

娘が前向きになる様に考えるくらいには良い父親なのだろう。



さてさて、俺の飼い主様は女の子か…幼いな…両眼は閉じたままで、車椅子に乗っている、受け答えはすごくしっかりしているが…

心が疲れているのかな?

4…5歳くらいにしか見えないのに。


なるほど視覚障がいか、それで両眼を閉じていて負い目を感じているのかな、心がsosを求めているんだ。


この文化レベルなら生まれつき身体に障がいがある人は邪険に扱われたり、忌子と呼ばれたりするのだろうか。


自分自身が満足する為に他人を貶す人はどの世界にもいるもんだ。いろいろ辛い事もあったのだろうな、幼い心と身体で受け止めていたのだろうか。


彼女は歓迎してくれている感じだし自ら飼育したいと言うくらいだから。


領主様がお願いと言うと、「はい、喜んで!」って何処の居酒屋だよって思わず「にゃぶっ」って声が漏れちゃったよ。

オーナーだけが気づいて睨んできたが不可抗力だよ、これは。


ついでにオーナーに合図を送る。飼い主にだけには俺が話す事を理解してもらわないといけない。


「領主様、アリス様と仔猫の飼育について話をしたいのですが、仔猫が主に使う部屋でお話できればより良く仔猫と仲良くしていただけます。」オーナーのブリストルがなんとかしようと言う思いは伝わるが無理があるぞ。


「仲良くなれるのですか?では私の部屋で教えて下さいませんか?」

領主様より先に飼い主予定のアリス様が食いついてきた。

オーナーのブリストルがドヤ顔で俺を見てくる。ちょっとウザいな。


「まぁアリスがこれほど気に入っているなら良いか。」

と領主様、しっかり教えてもらいなさいと、早速部屋に向かう。


アリス様付きのメイドさんとブリストル女史が挨拶を交わし、メイドさんはアリス様が乗る車椅子を押しブリストル女史は飼育道具を持って付いてくる。

俺はアリス様の膝の上。モチのロンである。


部屋に着くと改めて挨拶を交わしテーブルにつく、大まかな飼育方法などブリストル女史が話していく、猫は雑食だが長生きするには食事に気をつければいけない事や、ストレスを溜め込まない為にはキャットウォークなどの猫専用の通路や身が隠れられるスペースがいる事、猫のトイレ砂などを事細かく楽しそうにブリストル女史は話してているのをアクビしながら聞いていた。


「………ケル……イケ……マイ……」アリス様が誰かを呼んでるのか?さっきのメイドさんはメリーアンさんだっけか、執事さんでもよんでるのかな?

居心地の良さにちょっと寝てしまった様だな、むにゅむにゅしているとブリストル女史に抱えられ耳元で

『アリス様が貴方に名前をくれたのよ、貴方はマイケルよ!今からマイケル!』


『Wh○t’sマイケル?』


思わず叫んじゃったよおじさん声で、失敗失敗。



部屋に居たメイドのメリーアンさんと目が合ってしまいアワアワして声になっていない、アリス様は私達の他に誰か居るの?と心配そうだ。


隠せそうに無いので俺はメリーアンさんにウインクして口元には肉球!静かにのジェスチャーをすると通じたのか頭をコクコクしてブリストル女史を伺っている、ブリストル女史も頭をコクコクしているので理解したのだろう。


ゆっくりとブリストル女史に降ろしてもらい、


「アリス様。ただいま名前を頂きました三毛猫のマイケルでございます。少々特殊な喋る猫になりますが他言無用に願います。それが私を飼う条件になります。」


「本当に貴方なのね気配が同じだわ。」


「アリス様は気配を感じ取れるのですか?」


「ハッキリとはわからないわ、目が見えないからかしら、敏感なのかもしれないけど…マイケルからは嫌な気配?感じはしないの。……お祈りをした時の温かい感じがするわ、神様の遣いかしら?」


ひょいとアリスの膝の上に乗り

「神様の遣いではありませんが約束していただけますかな、この様な畜生ななりでも人と会話が出来るとなると厄介ごとに巻き込まれますので」


「本当ね、…貴方自身から気配も声も……それでお話しが出来ることは

私達だけの秘密で良いかしら?」


「はい。それと食事に関してはブリストル女史の指示通りに、ネズミなどの狩は出来ませんのでご承知おきを、他は普通の猫と同様に扱っていただきたい。」


「お、お嬢様、お待ち下さい。少し不可解な事がございます。猫が話す以外にも後脚で歩いてお辞儀までしてるんですよ。」とメリーアンさん。


「お話しされる仔猫には驚きましたが、立って歩く姿は見れないのが残念だわ。…焦っているメリーは久しぶりね。」とクスクス笑うアリス様。


「もうっ」って頬を膨らませてるメリーアンさんの顔はにこやかだ、アリス様の笑顔が嬉しいのだろう。



♦︎♦︎♦︎アリスと共に1日目


「お嬢様、お疲れではありませんか?今日一日でいろいろあり過ぎましたね。そろそろ夕食のお時間です。」マイケルを膝の上に乗せて絶えずかまっているアリスにむけて問い掛けるメリーアン。


「そう?もうそんな時間かしら。今日は1日が早いわね。」


「アリスお嬢様、お食事前には綺麗に手を洗って下さい、しっかり毛繕いしていますが動物の匂いが苦手な方もおられますので。」マイケルがアリスにお願いしてると、


「う〜ん、メリーが2人居るようよ、それに私達は秘密を共有するのよね!敬語も様付けも無しよマイケル!」


「そう言われましても…飼い主様で貴族様ですし、不敬になりますよね。」


「じゃあアリスで!呼んでみて!」


「無理ですよお嬢様!」とワタワタしてるとクスクスとアリスが笑う。


「マイケルも焦っているのかしら、マイケルの気配?が揺らいでいるわ。」


「そうでしょう、ワタワタしましたよ。呼び方ですよね不敬にならずに……

お嬢様の様を取ってお嬢でいかがですか?」


「良いわね!仲間って感じね!」


「お嬢様、旦那様に聞かれましたら困ります。」

メリーアンは困惑気味だ。


「あらっ、マイケルが話すのは私達だけの時よね問題ないわ!それにマイケルは人では無いわ猫よ!」


メリーアンはそうだったと思い出し、「そうでしたね。」と納得し、食堂に2人向かって行った。それでよかったのか?メリーアン。



マイケルはアリスの部屋で用意してもらった蒸し鶏肉(皮無し)を腹いっぱい食べて満足気にへそ天で寝てしまっていた。


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