第35話:『新人遅れ』とおまけの『輝炎』
「死ぬぅぅぅぅぅ!! 死ぬっ!! こんなの死んでしまうぅぅぅ!!」
必死の形相で走り回る美術館ことヴィーヴルヴァイゼン(漸く覚えた)。
そしてそんな彼の後ろを追尾し、その強大な牙でヴィーヴルヴァイゼンを刺し貫こうと駆けるのはグレートファング。
見た目はランページファングを大きくしたような魔物で、体高は凡そ2メートル以上はある。星3つのパーティが討伐するのが一般的だが、十分に策を練れば星3つのソロでも倒せないことはない魔物だ。
しかし、その突進力は例え筋骨隆々の大男が金属鎧を身に纏い、盾を構えていたとしても軽々と吹き飛ばしてしまうほどの威力を誇る。
魔法使いらしく軽装のヴィーヴルヴァイゼンなど、あの牙で貫かれてそのまま愉快なオブジェに早変わりするだろう。
「おーい、早くお前さんの炎とやらを見せてくれよ。美術館のー、ちょっといいとこ見てみたいー」
「安全圏から好き勝手言うんじゃないぃぃぃぃ!!!」
『Bumooooooooooooo!!!!』
「ひょぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
泣き叫びながら走り回るヴィーヴルヴァイゼンを木の上から見下ろしながら、こうなっている原因を考える。
俺の依頼についてくると言い出したヴィーヴルヴァイゼンは、本当に俺の後をついてきて村まで来てしまったのだ。
幸い徒歩で半日も歩けばつく村であったため、道中の野営を一緒に過ごすようなことはなかったものの、本来であれば人目のない場所で短距離での『転移』を使用する予定だった。
つまりこの時点で俺の予定は大幅に遅れている。
そしてついてきた挙句、いざ俺が依頼の魔物を討伐に向かおうとした矢先のことだ。
『どちらが討伐対象の魔物を討伐できるか、改めて勝負しようじゃないか!』
なんて言いだしたヴィーヴルヴァイゼン。
俺が何か言う前に先手必勝! などとアホ丸出しの言葉と共に森へと入って行ってしまったのだった。
そして件の魔物が開けた場所でお昼寝中のところを俺が先に発見。
慎重に近づいて一撃で仕留めようとしたのだが、そこへ魔法の先制攻撃だ! などとアホ丸出しで白い炎を放った美術館。
その結果が眼下のアレである。
……
…………
考えるまでもなく、だいたいあいつの自業自得だわ。うん。
「ひょぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? お、おい『
「と言ってもねぇ……自分で何とかしてみたらいいんじゃないか? 勝負なんだろ? ほれ、俺は手を出さないでやるから何とかして見せろよ」
頑張れよぉ~、と一人グレートファングの視界から外れた木の上で手を振ってやれば、「おのれ『
そしてその声に腹を立てたのかさらに加速するグレートファング。
更に泣き叫んで加速するヴィーヴルヴァイゼン。
なんだあの地獄は。
「こんのぉ……!! ならば、貴様にはもったいないが見せてやろう!! この『輝炎』ヴィーヴルヴァイゼンの竜種をも焼き尽くす白き炎を!」
流石に逃げ続けるのにも限界が来たのか、ヴィーヴルヴァイゼンが急停止すると手にしたワンドの先をグレートファングに向けた。
「焼き尽くせ! 『白炎砲』!!」
差し向けたワンドの先に魔力が高まり、そして彼を象徴する真っ白の炎がバスケットボール大の球状になって撃ち出される。
当然直進途中だったグレートファングが避けられるはずもない。
顔面に着弾した直後、白炎の魔法はグレートファングの巨体を巻き込む大爆発を起こした。
「お~、たーまやー」
なるほど、確かに威力はなかなかのものだ。
まだ他の魔法使いの火の魔法を見たことはないため比較することはできないが、先程の魔法に込められた魔力はなかなか多かったようにも感じられた。
確かに実力はあるのだろう。
……もっとも、竜種を焼き尽くす、となれば首を傾げざるを得ないが。
「はぁ……はぁ……ハ、ハハッ……ど、どうだみたか! この僕の魔法の実力を! 貴様には到底真似できないだろう『
「いや、そりゃそうだろ。俺基本剣士だし」
「ふふん、言い訳とは見苦しいぞ! この僕が勝負に勝った今、貴様が何を言ったところで負け惜しみにしか――」
「それなんだけど」
意気揚々と話し続けるヴィーヴルヴァイゼンに話しかけると、「なんだ」とすごく不機嫌そうに言われてしまった。
「そこいたら死ぬぞ?」
『Bumooooooooooo!!!』
「……はへ?」
爆発によって巻き上がっていた土煙の中から、勢いよくグレートファングが飛び出してくる。
体のいたるところに焼け焦げた跡が見られるため、決してノーダメージと言うわけではないのだろう。
だがそのダメージによって闘争心に火がついたのか、グレートファングはヴィーヴルヴァイゼンだけを見据えて真っ直ぐに突っ込んでいく。
「ヒィッ――!?」
そして一度安堵して足を止めて反応が遅れてしまったヴィーヴルヴァイゼンには、そこからどうにかする手段はない。
短い悲鳴を上げながらもワンドを構えたが、今からでは魔法も間に合わないだろう。
怒りに目を染めたグレートファングの牙が、今まさにヴィーヴルヴァイゼンを貫こうと迫っていた。
「だから狩りやすい」
『纏い』で強化した脚でバネのように木を蹴りだす。
ヴィーヴルヴァイゼンが自慢しようと俺に近づいてきていたことが功を奏した。
グレートファングの死角から真っ直ぐに迫った俺の剣は、あっさりとその首に横合いから突き刺さった。
『Pugiiiiiiiiiiiiiiiii!!!』
甲高い鳴き声をあげながら暴れるグレートファング。
しかし俺はその巨体を『纏い』の強化で無理やり押さえつけると、さらに剣を奥へと突き刺した。
直後、ビクンッと痙攣したグレートファングは今まで鳴き暴れていたことが嘘だったかのように静かになるのだった。
突き刺していた剣を抜く。
「ふぅー……討伐完了」
「討伐完了、じゃなぁぁい!! 貴様、こ、この僕を囮にしたな!?」
血に濡れた剣を魔法で出した水で洗い流していると、今迄腰を抜かしていたヴィーヴルヴァイゼンが立ち上がり、如何にも怒っていますという顔で距離を詰めてきた。
「おう、立派な仕事だったぞ。お疲れさん」
「お疲れさん、ではない! 普通はその役割は逆だろう!? 貴様が敵を引き付けて魔法使いであるこの僕が攻撃する! 基本を知らんのか貴様は!?」
「お前が言うな」
勝手についてきた挙句、勝手に勝負とか言い出して、おまけに昼寝中という絶好のチャンスを先制攻撃とか言って潰しやがって。
そう伝えると、「フグゥッ……!!」と悔しそうに顔を歪めるヴィーヴルヴァイゼン。
いや、お前が悔しがるところじゃないから。
「こ、これで勝ったと思うなよ!?」
「どうもご苦労さん。グレートファングって討伐証明部位は牙でよかったよな……?」
騒がしいのを置いておいて、俺は一人グレートファングの牙を折って背負い袋の中に突っ込んだ。
一本だけでも一抱えほどある牙だ。それが二本。
なかなかの重量だが、まぁ持てないこともない。
こいつがついてくると言い出した時点で背負い袋の中身は全て懐のポケットへと移しているため、今は『拡張』を使用していない普通の背負い袋として利用している。
「あとは……まぁ無理なこともないか」
「? 貴様、いったい何の話を――」
「よい、しょっとぉっ!! 意外とっ、いけるもんだな……!」
『纏い』で全身を強化し、討伐したばかりのグレートファングを背負う。
村からの依頼でもここまで大きい魔物は初めてだが、グレートファングの肉はランページファングと同じで味が良いと聞く。
ここに放置するよりは持ち帰った方が喜ばれるだろう。
あと、となりのお荷物も一緒だと今から帰れば確実に深夜を回る。
となれば今日は村に泊まることになるため、これを持ち帰れば俺もグレートファングのお肉にありつけるというわけだ。
「ほらどうした、早く村に戻るぞ」
「……お、お前よく持てるな、それ……」
まるであり得ないものでも見るように、俺が担ぎ上げているグレートファングを指さすヴィーヴルヴァイゼン。
「『纏い』使ってるからな。お前も使えばどうだ? 魔力あるなら便利だぞ」
「ふんっ、何も知らないようだな貴様は。本来この僕のような魔法使いは、魔法にのみ魔力を使うんだ。そんな無駄なことに割く魔力はない」
「無駄とは思わないけどな」
その後特に話すこともなく村まで戻った俺たち二人は、考えていた通りその日一日を村で過ごすことになった。
依頼達成のサインももらい、持ち帰ったグレートファングはその日のうちに解体され、その肉が村中に振舞われる。
「「「「おいしー!!」」」」
「そうかそうか、そりゃよかった!」
肉を食べて笑みを浮かべる村の子供たちと、俺のところに来てお礼を言いに来る大人たち。
こう、俺の目指すものとはちょっと違うが、こうして直接お礼を言われるのも気分がいいというもの。
そんな中、村の端っこでムスーっとしている男が一人。
美術館ことヴィーヴルヴァイゼンである。
「どしたよ、そんな端っこでしかめっ面して」
「……ふんっ、なんだ貴様か。関係ないだろ、放っておけ」
「あいよ、じゃあそこで勝手に拗ねてろ」
「そこはもっと関わろうとするものじゃないのか!?」
「面倒くさい彼女かよお前は」
立ち去ろうとしたら呼び止めて来るとかめちゃくちゃ面倒くせぇ。
「で? 何?」
ため息を吐きながら振り向けば、未だにムスッとした様子のヴィーヴルヴァイゼン。
やめろ、全然可愛くないから。
「もともとはお前が来たんだろう……まぁいい。貴様は言ったな。困っている人たちがいるからこの僕との勝負はしない、と」
「まぁ、言ったな」
「……あまりこういう遠征依頼を受けたことがなかったが、何となく貴様の言いたかったことは理解できた気がする」
その目は村の人たちに向けられており、ときどきこちらを見た子供たちが手を振っている。
「そうかい。ならもう俺に勝負とか言って絡まないでくれよ」
「それは断る」
「ぶん殴るぞてめぇ」
拳を握りしめて『纏い』で強化すると、それは冗談で済まされないぞ!? と慌てふためくヴィーヴルヴァイゼン。
俺は盛大に舌打ちして続きを促せば、一度息をついて続けた。
「貴様に理解できるかは知らんが、僕は、この僕の名を高めることを至上命題としている。もっと言えば有名になりたい」
「急にぶっちゃけたな」
「何せこの僕は選ばれた人間だ。普通ではない白い炎。これを特別と言わずして何と言う? ならばこの僕が名をあげることは至極当然の世の理だ」
「そして急に話が面倒になってきたな……」
「当然、この僕は星3つでありながら『輝炎』という通り名がついた。星3つの冒険者の中では唯一だ。そんな中、もう一人通り名付きが出たと聞いたんだ」
「蔑称だがな」
「なら、二人しかいない通り名付きの星3つ。勝負で勝てばこの僕の名はさらに高まるというも――ブヘェ!?」
「あ、すまんつい」
もっとまじめな話だと思って聞いていた俺がバカだった。
わりとしょうもない理由を話し始めたヴィーヴルヴァイゼンの脳天に拳を突き落としていた。
「な、殴ったな……! 父さんにも殴られたことはな――いやあるな」
「あるのかよ」
「と、とにかく勝負は続行だ! この僕から簡単に逃げられると思うなよ!?」
じゃあ僕は肉を食いに行く! と子供たちの方へと駆け出して行ったヴィーヴルヴァイゼン。
そんな彼の背中を見送り、俺は一人ため息を吐いて空を見上げた。
「……また変なのに付きまとわれる」
あと、あいつさっきの勝負なかったことにしやがった。
キャラの割にやってることが狡いなぁと思いながら、俺は村で一日を過ごすのだった。
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作者の岳鳥翁です。
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