第34話:お荷物美術館
『
俺と同じく星3つの冒険者で魔法使い。
得意な魔法は火属性の魔法らしいが、普通の炎とは違い彼の扱う真っ白な炎は一般的な炎の魔法よりも威力が高いらしい。
確か炎の温度は俺たちの知る赤が一番温度が低いという話を聞いたことがある。黄色→白→青の順で高くなっていると習ったような気がする。
そしてその白く輝くような炎の魔法を扱うことから、彼についた通り名は『
何でも星3つで通り名がつくのは余程のことらしい。
とはいっても、その場合は実力的な話ではなく、物珍しさからつけられるおまけのような物らしいが。
「あの、私の『
「あ、あはは……あまりよろしくないことなんですが」
「ですよねぇ……」
とは、ギルドの受付嬢であるエリーゼさんからあの魔法使いの話を聞いた時の反応。
蔑称なんだが、すでに俺の呼び名で定着しそうな『
変に目立つからやめていただきたい。
あと追加情報だが、現状星3つで通り名があるのはその『輝炎』と俺の二人だけらしい。
本当にやめていただきたい。
嫌だなぁ、と内心でため息を吐いた俺は掲示板から依頼書を一枚手に取って受付へと向かう。
『王蛇』の一件が片付いてから、俺の依頼を邪魔するような奴はいなくなった。まだギルド内の連中からはあまり良い感情は向けられてはいないが、それでも以前に比べれば普通に依頼を受けられているため良かっただろう。
「エリーゼさん、この依頼を受けたいのでお願いします」
「はい、承りました。それにしても最近は周辺の村落の依頼を受けているみたいですが、ちゃんと休めていますか?」
手にした依頼書をエリーゼさんに渡すと、少し心配そうにこちらを見上げたエリーゼんさん。
確かに彼女の言う通り、『白亜の剣』……もとい、アイシャさんの捜索を避けるためにボーリスから出る依頼を頻繁に受けている。
一応依頼を受けたら一日は『安らぎ亭』に泊まって体を休めているのだが、頻度が多いため心配してくれているのだろう。
「大丈夫ですよ」と笑顔で答えながら写しの依頼書を受け取った。
「依頼を受ける村でも歓迎してくれてますし、討伐対象も手に余るような魔物じゃないですから。心配していただいてありがとうございます」
「ならいいんですが……」と少し安堵してくれたエリーゼさん。
そんな彼女に「ではこれで」と手を振って依頼を受けた村へと出発しようとすると、不意に俺の前に立ちはだかった男が一人。
「ここで会ったが二日目!!」
「日数が律儀だなおい」
そこは百年目じゃないのか、と内心で呆れながも、俺はその男……『輝炎』ヴィーヴィル……ヴル……
「……ヴィーヴル美術館?」
「ヴィーヴルヴァイゼンだ! やけに語呂の良い言い方なのがまた腹立たしいな貴様!?」
「おう、それだ」
思い出せなかった答えを知ったことで、気分良くポンッと手を打った。
あれだよね、喉元まで出かかってるのにその答えを口にできないもどかしさって解消するとすっごく気持ちがいい。
気分がよくなった俺は、そのまま彼の横を通って依頼へと向かい――
「おいちょっと!? この僕を! 無視! するんじゃない!」
しかし残念。回り込まれてしまった。
「(うわ面倒くせぇ)うわ面倒くせぇ……」
「そういうのは心にしまうものではないのか!?」
再び目の前に立ってギャーギャーと騒ぎだす美術館にあからさまなため息を吐く。
「そうは言うが、昨日さんざん言ってきた奴に対して、そんな気遣いをすると思ってんのか?」
「ふんっ、その口調。貴様の本性はそれだな? 丁寧な優男を演じて『魔女』様に近づいたつもりだろうが、あの方にはいつか貴様の薄汚い本性がバレるだろう。そうなる前に、自ら身を引くよう忠告するこの僕の言うことは聞いておいた方がいいと思うが?」
「やっべぇこいつと話すのめっちゃ疲れる……」
思わず言葉のキャッチボールって知ってる? って聞きたくなった。
そしてここはご存じギルド内。
しかもまだ陽が高い時間であるため、たむろしている冒険者の数も結構多い。
けっこうガヤガヤしているのだが、目の前のこいつがそれ以上に騒がしいため冒険者たちの目がなんだなんだとこちらに向けられていく。
そしてこちらを見た冒険者の口から「『
「……もう行っていいか? これから依頼を受けに行くんだが」
「おっと、逃げるつもりかい? ふふふ……別に構わないぞ? 貴様もこの僕の輝く炎に焼かれたくはないだろうからな! 竜種さえも焼き尽くす祝福された炎だ、怖くなって逃げてしまうのも当然のこと。なに、僕が特別だった、それだけの話で貴様が恥じることは何もない……もっとも、これだけの注目の的なんだ。今後は臆病者と揶揄されても仕方のないことだけどねぇ?」
さぁどうする? と余裕の笑みを浮かべた美術館は、真っ白のワンドを手にしてこちらを挑発する。
そんな彼の行動から、どうしたどうしたと集まる冒険者たち。中には「『口だけ』ヴィーと『
長いし面倒くさい上に、これで余計逃げられる雰囲気ではなくなってしまった。
「ふふ……愚かにもこの僕に挑もうと思うのならば、それ相応の覚悟をしてくるといい。なにせ、僕の炎はかの竜種すら焼き殺すほどだ。この間は野暮用でボーリスを離れていたことが残念だよ。この僕がいれば、噂の魔法使いなんていなくてもよかったというのに……」
まったくやれやれだよ、と肩を竦める美術館。
そして美術館は改めて杖を構えると声高々に言った。
「ふっふっふ……もうこの状況では逃げられまい。改めて貴様に名乗ってやろう。僕の名は「『口だけ』ヴィー!」おい誰だ今のは!? ……コホン、僕は『輝炎』ヴィーヴルヴァイゼン! いつかは『魔女』様と同じ6つの星を手にして並び立つ魔法使い! 貴様にはその礎になってもらうぞ『
……
…………
………………
「『
「「「「「「「「何でぇ!?」」」」」」」」
ギルドの中から冒険者たちの大合唱が聞こえた気がした。
◇
「ちょっとまてぇぇぇ!! 『
「あん?」
依頼を受けようと西門へと向かっていると、後ろから大声をあげて俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
美術館だった。
「ハァッ……ハァッ……ゲホッゲホッ……」
なんかめっちゃ死にそうな顔してるんだが。
「だ、大丈夫か?」
「じ、じん゛ばい゛ごむ゛よ゛う゛……」
「無理があるだろ」
ひゅー、ひゅー、と肩で息をする美術館は少しずつ息を整える。余程の全力疾走だったんだろう。
そして漸く話せる程度には回復したのか、一度大きく深呼吸した美術館は「おい、貴様!!」と俺に向かって指を突きつけた。
「あの場で逃げるとは、いったいどういう思考をしているんだ!? あれは普通僕と戦うとか、そういう場面だろ!?」
「いやだって依頼あるし」
ほれ、と依頼書をちらつかせて見せるが、美術館は「それでもだ!」と声を荒げた。
「いいのか!? あの場で逃げた貴様は、今後臆病者と揶揄されるんだぞ!? わかったなら、今すぐギルドに戻ってこの僕と勝負を――」
「それ以上は何も言わないほうがいいぞ」
美術館の言葉に被せる。
流石に、その言葉は冒険者として見過ごすわけにはいかないだろう。
「なぁ、美術館」
「びじゅ……ま、まさか僕のことを言ってるのか!?」
「まぁ聞け。そもそもの話、お前との勝負なんざそこまで大事にするもんじゃねぇんだよ。臆病者と揶揄される? 知るかよ。もともと『
それに、と続ける。
「依頼があるってことは、その問題で困ってる人たちがいるんだよ。自分たちで解決できないから、ギルドに依頼を出して俺たち冒険者が来るのを待ってんだ。そんな人たちを待たせて、お前との勝負とやらをやる必要があるか?」
「ぐっ……それはわかる……だが、冒険者にはメンツが……」
「なら一生つまらねぇ名乗りと勝負をやってろ。俺は付き合わない、それだけだ」
もちろん、一部本心であることに変わりはないが、そんな崇高な考えで受けているわけではない。
1から3まで俺のため。助けてあげられるのならそうしようというだけのこと。
あとは、あの場から抜け出すのにこう言っておけば、同じ冒険者なら文句は言えないだろう。
言った奴はエリーゼさんに報告しちゃうぞぉ~。
「じゃあな美術館」
そう言って、俺は背を向けて再び西門へと向かう。
「……なら、見てやる……」
「あ?」
後ろから漏れ聞こえた声に振り返ってみれば、肩を震わせて俯いていた美術館が顔を上げ、そして力強い足踏みとともに俺へと詰め寄ってきた。
ので、その顔を『纏い』で強化した手でアイアンクロー。
「あだだだだだだだだ!?!? ちょ、おい貴様なんのつもりだだだだだ!?」
「あ、すまんつい」
ほい、と手を離せば、息の荒い男が一人俺の前で崩れ落ちた。
「それで? いったいどしたの」
「この僕が見てやる、と言ってるんだ……!」
「はぁ?」
恨みがましく俺を見上げていた美術館は、ゆっくりと立ち上がる。
そしてズビシィッ! と効果音でもなりそうな勢いで俺に指を突きつけた。
「そこまで言うのであれば! 貴様の受ける依頼にこの僕がついて行ってやろう! この僕との勝負より優先するんだ、さぞ立派に依頼をこなすのだろうな貴様は!」
「……え、暇なの美術館」
「ヴィーヴルヴァイゼンだ!! いい加減覚えようとは思わないのか!?」
こうして、俺の依頼に余計な同行者が一人ついてくることになったんだとさ。
え、何それ面倒くさいんだけど。
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作者の岳鳥翁です。
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