第33話:名前の長いなんとかさん
「依頼達成のサインは書いておいた。持っていくといい」
「ありがとうございます」
村長さんからサインが記入された依頼書を受け取った俺は、それを汚さないよう丁寧に丸めて『拡張』で広げている背負い袋の中へと突っ込んだ。
現在俺は、星3つの冒険者としてボーリスから離れた村での依頼を受けていた。
「……君のような冒険者もいるのだな」
「まぁ、私のような者は変わり種かもしれませんがね」
「だろうね。まったく、他の冒険者もこうであればいいんだが……」
無理な話か、とため息を吐く村長さんに俺はアハハと苦笑を返すしかなかった。
そろそろ隅っこで酒を飲む生活にも飽きてきたころだった俺は、前々から計画していた通り、周辺の村での依頼をこなすことにしたのだった。
いざというときの移動先にもなるうえ、依頼と言う形であれば他の冒険者たちに不自然に思われることもない。
おまけにボーリスから距離を置くことになるため、『白亜の剣』の面々と顔を合わせなくて済む。
ここ最近、彼女らによる謎の魔法使いの捜索が本気度を増しているのだ。
マリーン曰く、リーダーのアイシャさんは「絶対に探し出して見せますわ!」と気合十分。
その証拠に、今のボーリスでは黒ローブに仮面の男の絵がそこら中に貼られているのだが、扱いのそれが指名手配犯と同義なことには異議を申し立てたい。
できないけど。
また、一回目は『帰らずの森』、二回目はボーリスの街に現れたことからこの街にいるかもしれないと当たりをつけているらしい。
何だったら、情報収集のためにギルドにも張り紙をしているくらいだ。
何か知っていたら『白亜の剣』まで、とのこと。
だから扱いが指名手配犯のそ(ry
あと追記しておくと、黒ローブと仮面のセットの商品が子供たちに人気らしく、街に帰った際には時々それらを身に纏って遊んでいる子供の姿を見かけることも多くなった。
ブイ、となりきりセットを身に着けたマリーンのことを思い出す。
まぁそんなわけで、万が一と言うこともあって俺はボーリスからできるだけ離れるようにしているのだった。
「しかし、最近の星3つはソロでも強いんだね。いつもはパーティだから、最初は一人で大丈夫なのかと心配したが……改めて君でよかったと思うよ」
「はは、そう言ってもらえると嬉しいですよ」
「……やっぱり、冒険者を名乗る貴族様だったりしないかい?」
「違うから安心してください」
しかし、こう……何度か周辺の村からの依頼を受けているのだが、何故こんなに貴族なのかと思われるのだろうか。
あれか、接し方か? もっと粗雑に接した方がいいのか?
依頼の度にあいさつする村長さんたちは、初見なうえに歳が上の人だからということでこの口調なんだが……それがそもそもおかしいのだろうか。
「ならいいんだが……それより、ちょっと君に相談がある」
「? はい、なんでしょうか」
「もしよかったら、うちの娘と結婚してこの村で――」
「おっと、バイト……そろそろボーリスに向かわないとです! それじゃこれで失礼します!」
何か言いかけた村長さんを無視して、『纏い』で強化した脚でボーリスへと向かった。
本当に、何でか知らないが「ぜひうちの娘を嫁に」という言葉は村で依頼を達成する度に何度も聞かされているのだ。
今回の娘さんも、俺の食事の世話を進んでしてくれた気立ての良い
俺なんかにはもったいない少女達だった。
中には12歳とかいたけども……!!
だがしかし、今の俺にはそれ以上に求めている憧れがある。
故に止まるわけにはいかないのだ。
「うちの娘は! 胸も大きいぞー!!」
……
…………
止まるわけにはいかないんだっ!!
◇
「はぁ……嬉しいけど、今はそうじゃないんだよなぁ……」
無事にボーリスへとたどり着いた俺は、いつも通りエリーゼさんに依頼達成の報告と手続きを行った。
体力的には問題はないが、所謂気疲れと言う奴だろう。
『転移』で移動できる場所も増えてきたことだし、そろそろ村への遠征を控えることも考えてはいるが……未だに『白亜の剣』による捜索があると考えると、どうしたものかと頭を悩ませる。
いっそのこと、別の街に行ってそこで姿を現すか? そうすれば他の街に目がいくかもしれない。
割と本気でそんなことを考えていると、ふと俺の背後に人の気配を感じた。
何も言わずに背後に立つとか、俺が歴戦のスナイパーなら死んでいるぞマリーン。
いつも通り、溜息を吐きながら振り返る。
「おいおい、何の用だマリーン――どちら様で?」
俺の予想に反して、立っていたのはいつものジト目の無表情を向けてい来る青髪の魔法使いではなく、きれいに整えられた銀髪に黄金色の目をした男だった。
「……」
「……」
圧倒的沈黙。
俺も、目の前に立つこいつも、どちらも話さず、お互いに目を合わせたまましばしの時が流れた。
ホトトギスの鳴き声とかいれたら最高にマッチするかもしれない。
そんなものすごく気まずい空気が流れる中、先に口を開いたのは目の前の男だった。
彼は「はんっ」とまるで嫌悪するような目を俺に向けると同時に、身に纏っていた白いローブをバサリとはためかせる。
「随分とあの『魔女』様に気安いようだな、『
「……はぁ、そうですか」
「ふんっ、気のない返事だ。貴様という男の格が知れるというもの。わかったのなら、身の程を弁えて身を引くんだな。でなければ、この『
「……えっと、初対面ですよね?」
なんかいきなり一人語りし始めた男に戸惑いながら聞いてみれば、ヴィーヴル……なんとかさんはまるでこちらを馬鹿にしているのか、呆れたように肩を竦めた。
「初対面なのは当然だろう。が、この僕のことを知らないなんて勉強不足ではないかな、『
「まぁ勉強不足は認めますけど……数も多い星3つの冒険者を全員覚えていられるわけがないので仕方ないと思いますが?」
胸元に輝く鉄の板。
そこには俺と同じく3つの星が描かれていた。
「ふんっ、馬鹿め。覚えるべき名を覚えろと言っているんだ。特にこの僕、『輝炎』ヴィーヴルヴァイゼンは星3つの冒険者の中で最も昇格に近い。つまり、貴様程度ではこの僕の相手にならないと言ってるんだよ『
そう言って取り出したのは赤いヒヒイロカネが嵌め込まれた白いワンド。
その先端に魔力が集まると、ボウッ、と小さな炎が灯った。
俺の知る赤いそれではなく、真っ白に燃える炎。
なるほど、『輝炎』ってのはここから来てるのか。
……炎色反応かな?
「……まぁそう言うなら覚えておきますよ。あ、店員さん、ランページファングのステーキください」
「かしこまりましたー!」
とりあえずそこまで気にするほどの興味はわかなかったため、ヴィーなんとかさんの話の途中で近くに寄ってきた店員さんに注文を通す。
そして再び目の前のヴィーなんとかさんを見上げれば、彼はワンドに炎を灯したま青筋を立てていた。
「……あの、まだ何か用でも?」
「どうやら……貴様はこの僕を本気で怒らせたいみたいだなぁ……!」
「と言われてもねぇ……」
怒っている理由も、絡まれている理由も、全部俺にとっては「それで?」で済む話だ。
マリーンとよく話す間柄であることが気にくわないのだろうが、そういうなら俺に構わず自分からマリーンに話しかけるなりなんなりした方が有意義だろう。
そこで俺に文句を言いに来ている時点でお察しだ。相手をしたところで時間の無駄でしかない。
「勝手に怒るのは……まぁ面倒だからやめてほしいんですが、それをしたところであなたがマリーンと仲良くなるわけじゃないでしょう?」
「黙れ、貴様程度があの方の名を気安く呼ぶんじゃない……!」
「聞く耳持たずかよ面倒くさい……」
あれか? マリーンのガチ恋勢……というよりは心酔? 憧れ? みたいなものか?
どことなく、あのウィーネとかいう茶髪の魔法使いに似た感情を感じる。
あっちは遠巻きに睨んでくるだけなので、まだこいつよりもマシだが。
「『
「ランページファングのステーキ、おまたせしましたぁー!」
「ありがとう。んん、やっぱりうまそうだ」
「聞けよ!?」
テーブルに置かれたステーキの匂いを楽しんでいると、ヴィーなんとかさんの怒声が割り込んできた。
何だよ今から喰うつもりなのに、と恨みがましく睨めば、彼は一瞬戸惑ったような表情を浮かべた後コホン、と仕切り直した。
「とにかく! この僕からのありがたい忠告だ! 僕の魔法が火を噴く前に、身を引いて立場を弁えろ!」
「肉うめぇー」
「怒らせたいのか貴様は!?」
噛んだ瞬間に口の中に広がる、野性味を感じさせる肉汁は流石の一言に尽きる。
星2つでも狩って来れるランページファングを、ここまで仕上げてしまうなんてギルドの酒場で料理している人の腕は相当なものだな。
こんど親父さんでも連れて来るか。
「それで? 立場を弁えていったいどうしろと? まさかあなたの方がマリーンの隣に相応しい、とかいうんですか?」
「馬鹿か貴様は。この僕程度があの方に相応しいわけがないだろう!?」
「何故そこで怒るんだ……」
先程までの偉そうな態度はどこへやら。
急にあたふたし始めたなんとかさんは、「そもそも僕は……」とか「あの方は僕の憧れ……」とか「魔法学校で……」とかいろいろと話し始めるのだが、すでに興味もない俺としては目の前のステーキを食っていた方が有意義だ。
気にせずもう一口と思って頬張ると、その態度が気にくわなかったのか勝手に顔を赤らめたなんとかさんは「お、お前ぇ……!」と睨みつけて来る。
「もう怒ったぞ! 貴様にはこの僕自らが引導を――」
「トーリ、この人誰?」
「――渡してって『魔女』様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「おう、マリーン。奇遇だな」
一人で漫才でもしているのか、背後から現れたマリーンの顔を見た途端叫び声をあげながら面白いように飛んでいくなんとかさん。
彼はそのままギルドの出入り口に顔から不時着するのだが、すぐに起き上がってこちらに指を突きつけてきた。
「きょ、今日のところはこれで勘弁してやろう! この『輝炎』ヴィーヴルヴァイゼン、必ずや貴様を泣かす!!」
あ、泣かすんだ。
それだけ言ってギルドから飛びだしていく……なんとかさん。
そんな様子を見ていたマリーンは、彼の背中を見送った後こちらを向いて首を傾げた。
「……誰?」
「たぶん芸人だな」
「げい、にん……?」
「人を笑顔にすることに全力を尽くす人のことだよ」
その言葉に、マリーンはなるほど、と頷くのだった。
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作者の岳鳥翁です。
ちょくちょくコメント返信に登場していた方の初登場回。
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