第27話:魔物の大暴走

「ギルドマスター! 冒険者は配置につきました!」


「よし! なら初撃は弓矢持ちと魔法使いに任せるぞ! 相手は魔物の大群だ! 合図が出たら派手なのを馳走してやれ!!」


『おう!!』


 ボーリスの街の東門。

 魔物の領域とされる『帰らずの森』に面したこの場所は、普段は森へと向かう冒険者たちによく利用されている。


 商人たちが他の街への出入りに使う西門と、冒険者たちが森へと向かう東門。


 実は西と東では東の方が壁が分厚く作られていたりする。

 というのも、過去に魔物の大暴走スタンピードが起きた際に壁が倒壊したため、その補強と対策を兼ねてより分厚くなっているのであった。


 そんな東門の城壁には現在、数多くの冒険者と兵士たちが立ち並んで今か今かとその時を待っていた。


「ったく、竜種の次は魔物の大暴走スタンピード。何がどうなってやがる……」


 はぁっ、とため息をついてボヤく上裸のマッチョの背中には、彼の身の丈ほどもある大剣が鞘に納められていた。

 言うまでもなく、彼がボーリスの街のギルドマスターであるボールスである。 


 森の中から突如として赤い光の柱が立ち上る異常事態。

 そんな報告を受けたギルドはすぐに動かせる斥候に森の調査を指示したボールスは、魔物が群れとなって侵攻する魔物の大暴走スタンピードの発生を認めた。


 これに伴ってギルドは動員可能な冒険者を集めた上で、ブリテッド男爵家にも援軍要請を出すこととなった。


「ボールス殿」


「おお、ガウェン殿」


 ボールスへと話しかけたのは一人の騎士。

 彼は今回のブリテッド男爵家側の援軍における隊長として派遣されていた。


 名をガウェン。

 ブリテッド男爵家に騎士として仕える男であり、平民から成り上がった騎士でもある彼は、よくボールスと男爵家との仲介役を務めていることもあって話をする間柄である。


 今回の援軍に関しても、その関係でガウェンが選ばれていた。


「こちらも魔法使いと弓兵の準備は整っています。指示を出しますので、初撃は同時に」


「安心してくれ、合図が出たら撃つように指示してある。突撃部隊の方は?」


「下に待機させています。怯んだ隙をついて、一気に畳みかける」


「おう、俺好みだぜ」


 兵士と冒険者の魔法使いと、弓矢の扱える者たちによる遠距離攻撃。

 そしてその攻撃で魔物たちの足が鈍れば、下に待機させている冒険者と兵士が斬り込む手はずになっている。


 その斬り込み隊は、ボールスが率いることになっているのだ。


「しかし、魔物の大暴走スタンピードが起きるとは……森でいったい何があったんですかね」


「さあな。原因の解明は魔物の大暴走スタンピードを処理してからになるだろうよ。にしても、『白亜の剣』がいねぇ時に限ってこうなるとはねぇ」


「確か、今は王都でしたか。彼女らの助力が得られないのは確かに手痛いでしょう」


 ガウェンの言葉に、ボールスは「本当にな」と深くため息を吐いた。

 とはいえ斥候からの報告によれば、魔物の大暴走スタンピードの中心となっているのは星3つが相手にする魔物がほとんどだそうで、たまに星4つがいる程度らしい。


 数はどうであれ、その程度であれば悲嘆する程でもない。

 今回の冒険者の動員に際して、星5つの冒険者も数名参加しているため後れを取ることはないだろう。


 ましてや引退している身ではあるが元星6つの自身もいる。

 もっと老人を労われと思わなくもないが。


「まぁ、無い物ねだりしても仕方ねぇ。『魔女』がいりゃすぐに終わるのは確かだが、それでもここに集まった冒険者俺たちも負けてねぇぜ?」


「ええ、期待していますよボールス殿。では、私はここで指揮をとります。ボールス殿は斬り込み隊の方を頼みます」


「了解した。それと、報酬も色を付けてもらえると助かるぜ」


「掛け合うくらいはしますよ」


 その言葉に、にやりと笑って見せたボールスは片手をヒラヒラとさせてその場から飛び降りると門の前で待機する部隊と合流するのであった。







 戦端は魔法使い達による魔法で開かれた。


 『帰らずの森』から姿を現した魔物の大軍勢。


 森と言う弱肉強食の世界で生きる彼らは、本来であれば異種族間で行動を共にすることはない。

 だがこの魔物の大暴走スタンピードにおいては、目的を同じくする仲間のように争うこともなくただただボーリスを目指して進むのだ。


 それが何故なのかははっきりとはわからない。


 だが一つわかるのは、あれを街へと入れてしまえば多くの人々が命を落とすことになるということ。


「いくぞおめぇらぁぁ!!」


『ウオオオオォォオォォォォォ!!!!!』



 城壁から雨あられと降り注ぐ矢と、数は少ないもののそれに紛れて軍勢へと放たれる魔法。

 その攻撃に軍勢の足が鈍ったことを確認したボールスは、背中の大剣を手にして先陣を切る。


 そして後に続く冒険者および斬り込み隊に配置された兵士たち。


 中でもボールスのように魔力を持つ者たちは『纏い』による強化も相まって苛烈に斬り込んでいく。


「魔法兵! 冒険者の魔法使いも味方を巻き込まないように! 魔力が切れたものは後方で休め!」


 城壁の上では残った魔法使いと弓兵をガウェンが指揮。兵士たちと冒険者の矢がつき、魔力が尽きればガウェン自身もボールスの部隊と合流することになっている。


 だが城壁から見る限り、魔物の討伐は順調に進んでいる。


 このままいけば、過去に起きた魔物の大暴走スタンピードとは違って街への被害はゼロに抑えられるだろう。


「……ん?」


 そんな中で、ガウェンはふと妙な感覚を覚えた。

 そしてそれに気づいたのと同時に、彼は無意識に剣を抜き放ったのだ。


 それに気づいた弓兵が何事かと問おうとしたが、同僚である魔法使いもガウェンと同じく顔をこわばらせ、ついには膝をつく。

 そしてそれは一人ではなく、魔法使い全員が恐慌状態に陥っていた。


「お、おい、どうしたんだ……!? な、なにがあった……!?」


「ハァッ……! ハァッ……! わ、わからない……! わからない、けど……!! けど……!!」


 あっちから魔力が、と魔法使いが指を刺したのは魔物の大暴走スタンピードの軍勢のその奥。

 『帰らずの森』に向けられた指先をみた弓兵は、何もいないじゃないか、とそう口にしようとした。


 光が瞬いた。







「っ……!? んだこの嫌な感じは……!!」


「ギルドマスター! この魔力は……!」


「わからねぇ! だが、油断するんじゃねぇぞ!!」


 一方でボールス達斬り込み隊も、魔力持ちは魔物を斬り殺しながら森の奥からの気配を感じ取っていた。


 何かいる。何か来る。


 そう思いながらも斬り進み、やがて魔物の大暴走スタンピードの軍勢の半数を討伐するまでに至った。


「(だぁぁぁ! めんどうくせぇぇぇ!! 何で『白亜の剣』の奴らがいねぇ時に限って次から次へと……!?)」


 もっと引退した老人を労われチクショウめ! と内心で吠えながら大剣を振り回すボールスは、それでも注意を森から逸らさなかった。


 だからこそだろう。

 その膨大な魔力の高まりに気付くことができた。


「っ!? てめぇら伏せろぉぉぉおおおお!!!!」


 『纏い』による全力の強化によって、一足で宙へと飛び出したボールスは、手にした大剣に魔力を通した。


 魔力を通しやすいミスリルと、最も固いとされるアダマンタイトの合金で作られた大剣は現役時代を共にしたボールスの愛剣でもある。

 魔力による強化があれば岩さえ抵抗なく斬り裂き、どんな攻撃をも弾き返す盾にもなる。


「ゥオラァァァァアアアアア!!!」


 その剣を嫌な予感がした場所に向けて振るった。


 直後、ボールスが振るった剣と城壁へと向けられた魔力の奔流がぶつかり合う。


「アアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 全身から汗を拭き出し、血を流し、それでも衰えた体に鞭を打つ。

 己の魔力は底を尽き、それでもとボールスは剣を振り切った。


 逸れた奔流は、城壁の一部を削り取って空へと消えていく。


 幸いにもそこには誰もいなかったが、ボールスがいなければ魔力の奔流は城壁を破壊し、その奥の街にまで甚大な被害を出していただろう。


 「……馬鹿な。もう一体、いたというのか……!?」


 城壁にいたガウェンは、視線の先にいたそれを見て戦慄する。


「地竜……!!」

 

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