第23話:『王蛇』イーケンス
アロウと名乗った目の前の男が『安らぎ亭』に居ついたのは、俺が『白亜の剣』のアイシャさんから『王蛇』イーケンスの名を聞くのよりも前だったはずだ。
と言うことは、随分と前から俺に襲撃をかける計画を練っていたことになる。リップちゃんの人質も考えてのことだったんだろう。
随分と手の込んだことをやる奴らだ。
「ハッハァ! 死ねぇ!」
「よっと」
襲い掛かってきた男の冒険者の剣を弾き飛ばし、がら空きになった胴体に思い切り蹴りを叩き込む。
『纏い』によって強化された蹴りはかなりのもので、俺よりも体格の大きなマッチョが白目をむいて十数メートル程飛んで行ってしまった。
あの分なら暫くは復帰してこないだろう。
「ゼヤェァ!!」
「よいしょぉ!!」
「なっ……!?」
男を蹴飛ばしたのも束の間、間髪入れずに背後から飛び込んできた槍使いの刺突を半身になって躱す。
そして突き出されていた槍の柄を脇に挟み込み、強化された力で冒険者ごと持ち上げると、槍を振り回して男のみ投げ飛ばした。
手元に残った槍を『纏い』で強化する。
「ホォォォォムラァァァン!!!」
バットと同じようにそれを振り回せば、柄に巻き込まれた冒険者たちが呻き声をあげながら空を舞う。
「やはり、『纏い』が使えるだけのことはありますね。同ランクとはいえ、同じ星3つでは話になりませんか。もう少し使い物になると思っていたのですが」
俺が戦う様子を見ていたアロウが、やれやれと言った様子で溜息を吐いていた。
「(いやしかし、どうしたもんかねぇ)」
剣を防ぎ、背後からの攻撃を足を使って躱し、死角から飛んできた矢を首を傾けて回避する。
空間魔法を使用すれば、この程度の状況でも苦戦することなく切り抜けることは簡単だ。
リップちゃんを助けることも容易いだろう。
それはもうスタイリッシュに、余裕をぶっかまして、ここの奴ら相手に無双することもできれば、『転移』でリップちゃんと共に脱出RTAもできるわけだ。
「(でも、人目が多いんだよなぁ。それに、こいつら相手に身バレってのも嫌だし)」
第三者が聞けば何を戯言を、と思われるのだろう。
少女の、それも自分を慕ってくれている少女の命と、空間魔法を衆目の目に晒すリスクを天秤にかけているのだ。クソ野郎と罵られても当然の考えだろう。
しかし、衆目の目に空間魔法を晒した場合でも一つだけ何とかできる方法はある。
簡単な話、空間魔法を見た全員を口封じすればよいのだ。
死人に口なしとはよく言ったものである。
「(それもいいんだけど、殺すまでやってもいいものか……)」
確かにクソ野郎であることは自分自身でも認めよう。
だが、こちとらまだ転生して数か月である。20年以上も生きた現代日本の倫理観が残ってるんだ。
別に異世界なんだからと言う気持ちがないわけでもないが、好き好んで殺しをしたいサイコパスでもない。
困った困った、と迫りくる冒険者たちをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し、殺さないようにと顔面を思い切り殴り飛ばす。
あ、今の俺のこと『
「あ、そうだ……っと!」
『纏い』で強化した脚で地を蹴り、無理やりに冒険者たちの合間を駆け抜ける。
急激な加速に対応できていない冒険者たちを搔い潜り、その先で剣を構えていたアロウに剣先を向ける。
「来まし――」
「あ、ごめん間違えたわ」
俺の呼び声に喜色の笑みを浮かべて剣を構えたアロウ。
そんなアロウに対して、俺は踏み出した足に全力で『纏い』による強化をかけて急静止をかけると、ほぼ直角に曲がって軌道を変える。
狙うのはリップちゃんを確保している冒険者。
「ヒィッ……!?」
「ちょぉっと失礼するぜぃっ!」
向かってくる俺を認識したのか、露骨に怯えた様子の冒険者。
他の冒険者たちと同じように、狙うのはその冒険者の顔面。強打すれば仰け反ってリップちゃんを手放すだろう。
勢いそのままに怯えその顔に蹴りを――
「させませんよ……!」
ガンッ!! と間に差し込まれた剣によって阻まれた。
「あらまぁ、対応が早いんですね!」
「あなたの行動はわかりやすかったですよ……! この状況を打破するための最善手は、この子の奪取からの離脱! それを許す私ではありません……!」
「あらバレてた」
アロウの『纏い』で強化された力に押し込まれた俺は、剣を足場にして後ろへと距離を取る。
そう見せかけて着地と同時に仕掛けるのだが、それさえも読んでいたアロウは俺が振るった剣を防いでみせた。
やっぱり腐っても星4つなだけはあるか。
行動が読まれていたため、どうしたものかと一度アロウ達から距離を取った。
「ん……ぅん……? ここ、どこ……?」
「おや、お目覚めですか?」
「せん、せい……?」
どうやって攻めようかと考えていると、今迄意識のなかったリップちゃんの目がゆっくりと開いた。
まだ状況把握ができていないのかぼんやりと辺りを見回した彼女だったが、すぐ傍にいたアロウが顔を覗き込むように声をかける。
「はい、先生ですよ」
「あれ……っ!? ねぇせんせい! たすけて! こわいひとがきて、おとうさんもけがしちゃって、それでリップも……リップ、も……あれ……?」
最初はすがるようにアロウへと話しかけていたリップちゃん。
だが、話しているうちに周りの状況が見えてきたのだろう。徐々にその言葉が尻すぼみになっていき、そして最後には不安げに辺りを見回した。
そして、今自分を捕まえている男の顔を見たリップちゃんは目を見開き、そして叫び声をあげた。
「いやぁ! このひといやぁ! せんせい、たすけてよぉ……!」
男の手を振りほどこうとして暴れるリップちゃんがアロウに助けを求めた。
彼女からすれば、普段から勉強を教えてくれる優しい人だったのだ。そんな人物が目の前にいれば当然助けを求めるだろうさ。
「おやおやリップさん。私のお友達にそんなことを言ってはいけませんよ?」
「……え?」
だがそれを、小さな少女の目の前にあった希望を、アロウはにこやかな笑みを浮かべて否定する。
まるで悪い子を優しくしかるような声で、奴はリップちゃんへと語り掛けるのだ。
「つまりですね、先生もリップさんのいうこわーい人のお仲間なんです」
「で、でも……せんせい、いつもリップにはやさしくして――」
「ええ、優しくしていました。そういうわるーい大人もいるんですよ? 勉強になってよかったですね」
「な、なんでそんなこというの……? リップ、わるいことしてないよ……? いいこにはいいことがあるって、おかあさんいってたもん……!」
「はいぃぃ?」
「ひゃぁっ……!?」
叫ぶように声を上げるリップちゃんではあったが、その声はどこか弱弱しい。
そしてそんな彼女を脅かすためか、いきなり彼女の眼前にまで顔を寄せたアロウは、悲鳴を上げて顔を背けたリップちゃんをみて大変満足そうに笑い声をあげた。
「はぁぁぁ……やはり子供は素晴らしいですねぇ……この反応。感情が素直に表に出る子供は本当に楽しませてくれま――」
「もう黙れよお前」
恍惚としているアロウに奇襲を仕掛けた。
俺自身、人の性癖には割と寛容なつもりではあるが、こいつのこれは聞くに堪えない。ロリコンよりも悪質だろこんなの。
「おっと危ない。見えていますよ」
「見えるようにしてやったんだよ」
だがそんな奇襲も、合間に剣を割り込ませたことで防がれてしまう。
どうやら俺の攻撃が単調になっていたようだった。
ダメだなぁ、イラつくとすぐ雑になる。
ゲームでも煽られたら逆に弱くなってたもんなぁ、俺。
「おにいさん……?」
「おう、リップちゃん。ちょっとそこで待っていてくれな。お兄さんは先生とお話があるからさ」
俺の存在に気付いたリップちゃんにそう言えば、彼女はうん、と頷いてくれた。
一度距離を取り、すかさず距離を詰めればアロウと俺で剣による応酬が始まった。
一合、二合と続き、終には僅か十秒にも満たない間に数十もの剣を打ち合わせる。
「必死になりましたねぇ……! やはり、あの子を助けようとしているからですか……!?」
「必死? ああ、そう思ってるんならそうなんじゃね? 知らんけど」
「いいですねぇ、助けようとする者とその勝利を信じている者! その二人の希望を打ち砕いたとき、どんな顔をしてくれるのか……! 私はそれが見たくてたまりません……!」
「あれ、話聞いてますぅ?」
しかたない、と剣を叩きつける一瞬、空間魔法を使うときと同じような感覚で『纏い』に魔力を通す。
たったそれだけで、先ほどまで攻め切れていなかった俺の剣はアロウのそれを押し込んで大きく弾き飛ばした。
「っ!?」
「ほれ、これでしまい」
剣を失ったアロウに全力の回し蹴りを叩き込む。
咄嗟の判断で腕を構えて防御の姿勢をとったアロウだったが、それすらも無視して蹴り飛ばす。
何かが折れるような音とともにいくつかの木を破壊しながらぶっ飛んでいくアロウ。
周りの冒険者たちはポカンと口を開けてその様を見ていた。
「さて、お前もそのきったねぇ手を放しましょう、ねぇ!!」
「ヘブゥッ!?」
それはリップちゃんを掴んでいた冒険者も例外ではないため、一気に距離をつめてその顔面に拳を叩き込む。
一瞬だけ『転移』でリップちゃんの座標をずらして男から離しているため、一人で白目をむきながらぶっ飛んでいった。
「リップちゃん、大丈夫だったか?」
「うん、だいじょうぶ……」
「よーし! よく我慢した! やっぱりリップちゃんはえらいぞ!」
優しく抱きしめながらその背中をポンポンと叩いて話しかける。
そうすると、今まで我慢していたのか小さな嗚咽する声が腕の中から漏れ聞こえていた。
まだ7歳の女の子なんだ、怖くて当然だろう。
人質用意するにしても、よくこんなことやろうと思ったな本当に。
さて、こうなってくると『安らぎ亭』の親父さんも心配だ。簡単にはくたばらないとは思うが、リップちゃんのこともある。急いで帰った方がいいだろう。
「リップちゃん、しっかり捕まってね。このままお家までかえ――」
「なんだぁおい! アロウのやつやられてんじゃねぇかよ!」
森の中に響いた大声と、そして背後から迫る風切り音。
反射的に背後に向けて剣を振るえば、金属同士がぶつかり合う甲高い音とともに振るった剣が何かを弾いた。
見えたのは、ワイヤーのようなものに連なっている複数の刃。
弾かれたそれは、まるで意思を持つかのように宙を泳ぐとジャラジャラと音をたてて退いていく。
その先に、その男はいた。
「たくよぉ……俺は忙しいって言っただろうが。お前が一人でも大丈夫だって言うから任せたんだぜ?」
「いつつ……すみません、イーケンスさん。予想よりも強かったものですから」
フラフラとした足取りでゆっくりと立ち上がったアロウは、その男に申し訳ないと頭を下げる。
「……まぁいい。それで? そいつが例の冒険者ってことでいいんだな? まぁ、もう攻撃しちまったがよ」
「ええ。彼が『
へぇ、とまるで獲物を見るようにこちらを見た男。
初めて見るその男は、金髪を刈り上げにした2メートル近い体躯に浅黒い肌の大男だった。
男は、手にした蛇腹剣をブンッと振り回すと傍にあった木を叩き斬る。
「よぉ、『
なんかNTRとかしてそうなチャラいのが来たんですけど。
心の中で、苦手なタイプだなぁとため息を吐いた。
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