第22話:森の中の蛇の巣

「この辺はポーション用の薬草の群生地になってるので、もし採取依頼があるならここはおすすめですよ」


「なるほど、参考になります」


 『帰らずの森』の中を歩きながら、アラウンさんに薬草の生えている場所や魔物が巣を作りやすい岩壁などのポイントを案内する。

 依頼を受ける際には、こうした場所をあらかじめ把握していることが重要になるため、俺自身もすべてではないがある程度は知識として頭に入れている。


 アラウンさんも案内して説明するたびに頷いてくれているため、ちゃんと彼の希望に則した案内はできているようだった。


「(満足はしてくれているようでよかったが……)」


 チラと俺たちの背後を見れば、お前ら暇人かよと呆れたくなる光景。

 いつも通り木の影に数人……いや、さらに奥にもっといやがるな。


 『探知』の範囲を広げると、いつもは数人の監視係が今日はやけに多い。


「おや? トーリさん、今魔力で何かしていますか?」


 すると、先ほどまで群生している薬草のメモを取っていたアラウンさんが話しかけてきた。


「あ、はい。友人に教えてもらったんですがね。魔力を飛ばして周囲の魔力反応を見ているんです。魔力にしか反応しないのですが、ないよりはましですからね」


「ああ、確かに。魔物は大半が、少ないながらも魔力を持っていますからね。しかし魔力の探知ですか……私には無理ですが、索敵可能な範囲はどのくらいになるんでしょうか?」


「いやぁ、お恥ずかしい話ですがそれほど広くはないんですよ」


 実際やろうと思えば『探知』の索敵範囲はかなり広い。それこそ、『探知』のみに集中知ればここからボーリスの街付近にまで及ぶだろう。

 だが、そんなことできると知られれば俺が普通ではないと思われる。


 あくまで普通。少し魔法が使える程度の剣士であると思われなければならない。


「しかし魔力に気付くとは、アラウンさんも魔力持ちですか?」


「ええ。ただお恥ずかしい話、魔法は使えないんです。どうせ魔力があるなら、魔法使いにでもなってみたかったのですが」


 残念そうに笑うアラウンさんは、そう言って腰に携えた剣を抜き放つと背後に向けて一閃する。

 すると、ちょうど彼の背後から襲い掛かっていたタイニーハンドと呼ばれる小さな猿に似た魔物を斬り裂いた。


「お見事です」


「いや、まだまだですよ」


 見事な一閃から魔力を感じ取れたため、アラウンさんも『纏い』が使えるのだろう。

 独学の俺の剣とは違った剣だ。腕は俺よりも上かもしれない。


 これで俺と同じ星3つとか詐欺ではなかろうか?

 ……まぁ俺の方が強いけどな!


「それより、もうすぐスウォームクローの縄張り付近になりますから、一度休憩して、リップちゃんのお弁当でも食べましょうか。もう陽も高くなってますし」


「……確かに、そうした方がよさそうですね」


 空を見上げたアラウンさんが俺の言葉に頷くと、二人で休めそうな木陰を探す。

 その際、しっかりと後ろの奴らの挙動を確認しているのだが、人数は増えてもやることは変わらず監視のみだ。


 本当に、何がしたいのかがわからない。暇人過ぎないかあいつら。


「この辺はどうでしょうか?」


「お、いいですね。魔物の警戒もしやすそうだ」


 アラウンさんが見つけたのは、森の中でも少し開けた場所。

 俗にいうギャップ、と呼ばれるようなところだ。


「アラウンさんは先に食べてください。私は辺りの警戒をしておきます」


「そうですか? ありがとうございます。では、お先に」


 先に籠を開けて食べ始めるアラウンさんを尻目に、『探知』で辺りを警戒する。


「(……ゆっくりと囲みだしてるな。何が目的だ……?)」


 後をつけていた奴らが、俺とアラウンさんを囲むように動き始めている。

 今までになかった行動だ。


「(襲撃でもするつもりか? 今この場所で? マジで?)」


 もしそうだとすれば、何故そのタイミングを今にしたのかが謎でしかない。

 もし彼らが最初からそのつもりで俺の後をつけていたとすれば、今日までの間で何度もそのタイミングはあったはずだ。


 それも今日のような二人ではない、一人の時に。


「(もしくは、襲撃の指示が会ったタイミングがたまたま今日だっただけか?)」


 恐らくだが、相手はこれまでの街中の戦闘でおおよその俺の実力を把握しているはずだ。


 『纏い』を使える以上、並みの星3つ相手には簡単に負けるつもりはないため、襲撃のタイミングで人数を増やすことにも納得は行く。


 だがそれでも、今周りを取り囲んでいる奴らには魔力持ちはいないことは魔力ソナーで判明している事実だ。

 故に相手側に『纏い』を使える者はいない。むしろ、こちらには俺とアラウンさんの二人。


 例え襲い掛かって来ても簡単に返り討ちにできるだろうし、俺一人であったとしても『纏い』を使えば簡単に逃げることも可能だ。


 それすら予見できない馬鹿なのか、『王蛇』イーケンスという奴は。


「(……いや、逆か? 俺を逃がさず、かつ負かす算段がついたから今日襲撃をかけてきた……?)」


「トーリさん。私の食事は終わりましたので、見張りを変わりますよ」


 食事を終えたのか、アラウンさんが声をかけてきた。

 籠を片して立ち上がった彼は、休んでいてください、と俺を気遣う優しい笑みを浮かべて歩み寄る。


「っと。ええ、ありがとうございます」


 拭いきれない違和感。

 何故このタイミングで仕掛けてきたのか。


 俺の考えすぎなのかもしれない。


 だがもしも、その可能性があるとするならば――





 カァンッ!! と金属の刃同士がぶつかり合う音が森の中に響いた。



「……何のつもりか、聞いてもよろしいですか?」


「ほう? いつからお気づきに?」


「今さっき……あなたが剣を抜いた瞬間に」


 目の前で一閃された剣に対して反応できたのは、念のためにと警戒していたからだろう。


 抜き放った剣を受け止め、鍔迫り合いになると、目の前には先ほどと変わらない笑みを浮かべたアラウンさんの姿があった。


「いやぁ……油断してると思ったんですがねぇ」


「できれば、最後まで信じたかったんですが」


「なら最後まで信じてほしいものですよ!」


 鍔迫り合いの状態から押し込まれた俺は、一度後ろに大きく飛んでアラウンさん……いや、アラウンから距離を取る。


 偽装のために出力を制限しているとはいえ、アラウンの『纏い』は現状の俺よりも上だというのがわかった。

 変わらぬ笑みを向けているアラウンに剣先を向ける。


「アラウンさん。あなたも『王蛇』イーケンスの傘下ですか?」


「逆にこの状況で、そうではない可能性があるとでも?」


 周りをご覧になってくださいよ、という言葉に周囲を見渡せば、先ほどまで隠れていた冒険者たちがニヤニヤと笑みを浮かべて姿を現し始める。

 30人近くの冒険者たち。その体の一部には蛇を模したマークだ。見えない奴らは服の下にでもつけているのだろう。


「あらら……一人相手に随分なご対応ですね」


「それくらいあなたを評価しているんです。誇ってもいいですよ? 何せ『蛇の巣』総員があなた一人のために来ているのですから」


「されたくもない評価は嬉しくないんですがね。だいたい、何が目的で私をつけ狙ってきたのやら。色々とこちらが教えてほしいものですよ」


 はぁ、とため息をついて肩を竦めてみせる。


 するとシュンッ、という風切り音とともに一本の矢が足元に突き刺さる。

 弓矢を構えた冒険者が、次は当てるぞという目で俺を見ていた。


「はぁ……この状況でその余裕。相当、頭が残念なようですね。人数差をわかっていないんですか? もう少し思慮深い方だと思っていたんですがね」


「誰がバカだ誰が」


 思わず口調が崩れる。


 再び放たれた矢を、今度は剣を振るって叩き落す。

 『纏い』さえ発動させていればあの程度の攻撃はそれほどの脅威にはなりえない。


 まぁ、相手するのが面倒そうなのは目の前のこいつだろう。


「ふむ……やはり『纏い』を使えるだけのことはありますね。如何でしょう、あなたも私たちの仲間になりませんか?」


「え、この状況で入れるほけ……いや、ボケる場面じゃないか。それはどういう意味で?」


 こちらに手を差し伸ばして、笑顔で語りかけて来るアラウン。

 一瞬口から飛び出た言葉を気合で押さえて、至極真面目な顔で聞き返す。


「言葉通りの意味ですよ。あなたも我々、『蛇の巣』の仲間に誘っているのです。有望な冒険者は仲間に引き入れる。当たり前のことでしょう? 上を目指す者たちなら誰だってそうしています」


「へぇー。それはそれは……だが断るって言ったらどうなるんです?」


「潰しますが何か?」


 何か? じゃねぇよ。ナチュラルサイコパスかよこいつ。


 さも当たり前のことであるように言い放つアラウンは、相変わらず気持ちの悪い笑顔を浮かべている。


「さぁ、返答を聞きましょう。どうされますか?」


「いや普通に考えて入るわけないでしょう。アラウンさん馬鹿なんですか?」


 俺のその言葉に「そうですか」と残念そうに笑顔を崩したアラウンは、しかし次には再び笑みを浮かべて眼鏡の位置を直した。


「では仕方ないですね。残念ですが、あなたにはここで潰れてもらいましょう。仲間になれば、仲良くなれると思ったんですがねぇ……」


「え、すみません。宿の時ならともかく、今はちょっとご遠慮したいなぁって思ってました」


 ごめんね? と両手を合わせて謝れば、一瞬だけアラウンの笑顔が崩れた。

 お、もしかして怒ってますかぁ? ここまでしてまだ余裕そうな俺にちょっとイライラしてませんかぁ?


 ごめんね、強くって。


 ケラケラと内心で馬鹿にしていることはおくびにも出さず、真面目な顔で剣を構える。


「……その余裕、いつまで続くのか見ものですね」


「あ、はい。じゃぁいつまでも見てていいですよ。あ、いややっぱり男に見られるの気持ち悪いんでやめてもらっていいですかね?」


「……どうやら口調に見合わず、あまり状況判断はできない頭みたいですね」


「いやぁ、集団で囲むだけでイキる人が言うことは違いますね。おっと、すみません。馬鹿にしているわけじゃないんです。この口が勝手に思ったことを話しているみたいでして」


 いやぁ、失敬失敬。と笑顔で謝ってみせれば、笑みを浮かべた口角がピクピクと引くついていた。

 ストレスかな?


「では、これを見てもその余裕が続くのか見せていただきましょうか。連れてきなさい!」


 その言葉と共にアラウンの目線が横に向けられる。

 それにつられるように、俺も何が来たのかとそちらに目をやった。


 俺は目を細め、そして次にはその目をアラウンへと向けた。


「自分が何をしているか、わかっていますか? 冗談では済まなくなりますよ?」


「ええ。そのつもりですよ? しかし……ふふっ……先ほどの余裕はなくなったみたいですねぇ! アハハハハ! いい! その顔! 余裕が崩れて怒りが垣間見えるその顔! 最高ですよトーリさん!!」


 姿を現したのは、多少体格の良いだけの冒険者の男。

 だが、それ以上に目がいったのは男が肩に担いでいた小さな少女。

 俺もよく知る『安らぎ亭』の看板娘、リップちゃんが意識のない状態でそこにいた。


「アハハハハハ!! 子供の豊かな感情表現も素晴らしいものがありますが、大の男の怒りに変わる表情もいいものですねぇ!! ええ、ええ! ですが、これからその怒りは、私たちに蹂躙されることで絶望へと変化する……!!」


 ああ、どんな顔で絶望してくれるんでしょうか。


 そう恍惚とした表情で宣うアラウンは、不気味な笑みを浮かべて剣を構える。


「ああ、それともう一つ」


 気づけばいつもの優しい気持ち悪い笑みを浮かべ、懐から小さな銅の金属板を取り出した。


「改めまして、私、星4つのアロウと言います。以後、お見知りおきを」



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