第21話:帰らずの森へ

 翌日


 早速と言うことでアラウンさんに『帰らずの森』での案内を頼まれてしまった。


 今朝のリップちゃんとの朝食中に頼まれた時の俺は、それはもう全力で嫌な顔をした。心の中で。


 準備をして集合と言うことだったので、朝食後に部屋へと戻るといつもの防具と剣を携える。

 一応手入れも自分でできる範囲でしてはいるのだが、少々草臥れているようにも思える。やはり、修繕などは本職に任せた方がいいのだろう。

 もしくは、ここは新調するのも手だろうか。


 冒険者としての稼ぎもそれなりに溜まってきた時分だ。今の防具も剣も、あの神と名乗る存在からの餞別ではあるが特別凄いモノ、と言うわけではない。せいぜい同じ素材のものと比べれば良い、という程度だ。


「俺もミスリルの剣とかに変えてみるか……?」


 一瞬過ったアイシャさんの剣。

 ミスリルは魔力の通りがよいため『纏い』を使う剣士としては是非揃えておきたい一品だろう。


 今の剣でも十分ではあるが、剣士として強くなるには武器も……


「って、違う違う。そうじゃない」


 慌てて首を振って思考を紛らわせる。

 そもそもの話、表の、剣士としての俺自身の強さについてはどうでもいい、というかそこまで強くなる必要はない。


 あくまでも、一般的な剣士を演じ、その裏で活躍する最強の魔法使い。誰もがその姿を知り、しかしその正体を知ることはなく、事実と噂が独り歩きするその様を肴にうまい酒を飲む。

 これこそが俺の求める理想形。


 『纏い』は魔法使いとしての俺の強化にもつながるため習得したが、剣をミスリル製になんてした日には一般モブ剣士など名乗ることはできなくなる。


 よし、新調するなら普通の鉄製だな。


 討伐証明を詰める使い捨ての袋に、剣を拭うためのボロ布。更には飲料や回復用のポーションなども準備して背負い袋へと詰める。


「……まぁ、持っておいて損はないしな。うん」


 黒のローブと、そして空間魔法の練習も兼ねて木材から自作したオリジナルの仮面。どうしようかと思ったが、とりあえずこれは『拡張』した懐に詰めておくことにする。


 『断裂』でのカットや、新しく習得した『圧縮』によって見た目はシンプルながらもシャープな機能美と『圧縮』による密度の向上によって見た目以上の固さを持つ仮面だ。


 下手な攻撃では壊れない上に、視界を確保する穴以外何の装飾もないのは、初めて作ったにしては上出来だろう。

 今度は狐を模したお面を作ってみたい。


 紐などはないが、『固定』で顔面に固定するれば問題なく装備できるだろう。


「トーリさん。私の方は準備できましたが、そちらはどうですか?」


「すみません、今行きます」


 扉の外からアラウンさんの呼び声が聞こえたため、慌ててローブと仮面を懐にしまい込む。

 部屋から出ると、すでに準備を整えていたアラウンさんがいた。


「お待たせしました。それでは行きましょうか」


「はい。今日はよろしくお願いしますね」


「こちらこそ。まぁ、精一杯は努めますよ」


「お、二人とも。もう出るのか?」


 二人で話しながら階段を降りると、厨房にいた親父さんが顔を出した。

 その言葉に、アラウンさんが「ええ」と優しく笑って答えると親父さんが「ちょっと待ってろ!」と厨房の奥へと引っ込んでいった。


 二人で顔を合わせて、首を傾げていると厨房の奥から現れたのはリップちゃんだった。

 その手に二つ、植物で編まれた籠を重ねてこちらへやってくると「おひるー!」と笑顔で差し出してきた。


「いいの?」


「うん! おとうさんとつくった!」


「リップがな、お前らにお昼を作ってあげたいって言ったもんでよ。パンでランページファングの肉を挟んである。簡単な料理だが、昼にでも食ってくれ」


「あのね! リップね! おにくはさんだの!」


 ほめてほめてー! とぴょんぴょんしているリップちゃんだが、その籠を持ったままだと非常に危ないため早々に回収する。

 そしてそのうちの一つをアラウンさんに渡して、俺の分を背負い袋へ詰めた。


「リップちゃん、ありがとう。お兄さん頑張ってくるね」


 案内するだけだけど。


 軽く頭を撫でてからアラウンさんとともに『安らぎ亭』を出る。

 その際、「あ、そうだ」と思い出したかのようにアラウンさんは親父さんとリップちゃんを呼んだ。


「すみません。私が出た後になるんですが、友人がここを訪ねて来ると思います。部屋に準備している資料が目的なので、部屋まで案内してもらってもよろしいでしょうか?」


 頼めるかな? とリップちゃんに目線を合わせて話しかけるアラウンさん。


「わかった! リップあんないする!」


「自分から進んで手をあげるリップ……! 俺の天使だ尊い……!! じゃあ案内はリップに任せるとして、そのご友人に伝えておくことはあるか? 伝えとくぜ?」


 号泣から急にスンッ、と真面目な顔になった親父さんに恐怖を覚えたのは今この場では俺だけだったのだろうか。

 アラウンさんはそんな親父さんの変化には特に何も言わず、「そうですねぇ……」と顎に手を当てていた。


「では、『よろしく』とだけお伝えください」


「そうか? それだけでいいなら構わねぇんだけどよ」


「はい、よろしくお願いします。ではトーリさん、行きましょうか」


「わかりました。では親父さん、また夜には戻りますね」


「おう! うまい飯作って待っとくから期待しておけ!」


「いってらっしゃーい!」


 手を振りながら飛び跳ねているリップちゃんに手を振って俺もアラウンさんに続く。

 いつもどおり、飯にはあまり期待せずに帰ることにしよう。


「子供って、いいですよね」


 ぽつりと隣で呟いたアラウンさんの言葉に、思わずぎょっとする。


「……あの、もしかして子供が恋愛対象だったりしますか?」


「? 何を言ってるんですか? 子供相手にそんな感情を抱くわけがないでしょ?」


「ですよね!」


 よかった。いや本当に。

 もしかしたらすごく真面目で優しそうに見えて実はロ〇コンだったりするのかと疑ってしまった。

 その場合、俺は昨日初めて会った仲良くなれそうな人を早速牢にぶち込まなければならなかったぜ……親父さんから助けるために。


 どんな形相するんだろうかと一瞬考えてやめた。


「勉強を教えている時もそうなんですが、あの子すごく感情が顔に出るみたいなんですよね。難しかったり、わからなかったりするとしかめっ面で悩みますし、正解すると跳び上がって喜びますし」


「すごく目に浮かびますね、それは」


「ええ。そう言った、感情の変化がわかりやすい子は良いですね。そう言えば……かなり仲良くされていますが、あの宿はもう長いんですか?」


「いや、私も二か月と少し前にこの街に来たところですから。『安らぎ亭』はその時から利用しています」


 なるほど、と納得するように頷いて見せるアラウンさん。

 聞けば、リップちゃんに勉強を教えている合間の休憩時間で俺のことをよく聞いていたんだそうな。


 時間が会わず、顔を合わせることはなかったが前々から会ってみたいとは思ってくれていたらしい。


「最初はギルドの方で悪い噂も聞いていましたが、あの子との話に出て来る人物像とは一致しませんでしたから。やはり、伝聞ではなく、自分で見聞きすることは大事ですね」


「ははっ……そう言ってもらえると助かりますよ」


 やはりというか、まぁギルドで依頼を受けているのなら当然だろう。俺についての話は知っていたようだが、リップちゃんのおかげ誤解されずに済んでいるようだ。


 心の中でリップちゃんに手を合わせ、今度何か甘味でも買ってあげようと心に決めるのだった。





「それではトーリさん。私はギルドで依頼を受注してきます。先に東門付近で待っていてください」


 『帰らずの森』へ向かう東門の途中にはギルドがあるのだが、通り過ぎる際に「どうせ森へ行くならついでに討伐依頼を受けてきます」とアラウンさんが言い出した。

 まぁ、森を散歩するだけと言うのも暇なのかもしれないと思ったが、聞けば案内してもらったお礼の報酬をそこから出そうとしているらしい。


 「いやぁ、懐が寂しいもので」と恥ずかしそうにしている姿も絵になっているのは流石の顔立ちと思わされる。


「それなら、私もついでに依頼を……」


「大丈夫ですよ。トーリさんには私を案内するという仕事があるんですから。無理に仕事を増やす必要はありません。それより、私はスウォームクローの討伐があれば受注してきますので、スウォームクローが出現しそうな場所の案内も頼みますね」


「スウォームクローとなると、星3つで行ける範囲でも結構森の奥になりますね」


 スウォームクローとは『帰らずの森』に生息する群れで行動している狼のような魔物だ。似た魔物で言えばコボルトが挙げられるが、スウォームクローはコボルトよりも攻撃的な魔物だ。

 個々の強さはランページファングにも劣るが、獲物を追い詰める個体、待ち伏せする個体など役割を持って狩りを行うのは厄介だと言えるだろう。


 それを俺がいるとはいえ一人で受けようとするなんて、相当腕に自信があるようだ。


 それでは行ってきます、とギルドへ入っていくアラウンさんを見送った俺は、一応『探知』で周囲を探る。


 どうやら今回も隠れ潜んでいるらしく、ここから少し離れた建物の影にこちらを見る怪しい人型を捉えた。


「他に人がいるんだし、今日は何もしてくれるなよ本当に……」


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