第20話:宿屋の顔合わせ

「く、くるんじゃねぇ……! いいのか、俺に手を出して……!? 俺はあの『蛇の巣』の――ブゲッ!?」


「ったく、暇な奴らだな本当に」


 つい先ほど、ぶつかってもいないのに「どこぶつけてんだオラァ!」と絡んできた馬鹿の意識を飛ばし、その場に寝かす。

 難癖にも程がある。


 ゴロツキ三人組からの襲撃にあってからと言うもの、何度か顔も知らない話した事もない奴らに、やれ「有り金全部出せ」だの「身包み置いてけ」だの挙句の果てには「冒険者辞めろ」などとちょっかいを出されるようになった。

 さっきの当たり屋みたいな台詞は新バージョンだった。


「増えたよなぁ……最近。いや、その分多少のストレス発散にはなってるんだけど」


 全部街中で仕掛けてくるため仕方なく『纏い』を使った無手で相手をしているのだが、流石にこう何度も絡まれては面倒というもの。


 監視も相変わらずだ。

 今でも依頼の受注から達成報告までの間も隠れ潜んで監視を続けていらっしゃる。

 そんなことするくらい暇なのであれば、冒険者らしく依頼でも受ければいいのにと思わなくもない。


 そんなわけで、ここ最近は依頼で街の外へ出ている時は冒険者たちに監視され、街中ではゴロツキに襲われる日常を過ごしているトーリくん(25歳)です。


 ふざけんな


「……やっぱりあるな」


 先ほど絡んできた男の肩をチラと見れば、蛇を模したような彫り物がされていた。

 最初の三人は確認していないが、これまで街中で襲ってきた奴はみんなこの彫り物を体のどこかに刻んでいることを確認している。


 また監視の冒険者に関しても、ギルド内で見かけた際に同じ彫り物が刻まれていた。


 全員同じ組織か何かなのだろう。


「(蛇、ねぇ……)」


 『王蛇』と呼ばれる星5つの冒険者イーケンス。


 アイシャさんから気を付けるようにと言われてから俺なりに彼の情報を調べてみたのだが、わかったのは得物として蛇腹剣なんて如何にもファンタジーな武器を使用していることと、彼を筆頭とするグループがあること。そしてアイシャさんの話に合った冒険者潰しの噂に加えて、彼と関わりのあった女冒険者が突然姿を消す、などの話もあった。


 冒険者潰しについてはあくまでも噂だが、将来有望な冒険者に傘下に入るよう強請し、それを断れば潰されるのだとか。

 一応その潰されたという冒険者についても調べてみようと思ったのだが、勧誘を断ったと噂される冒険者はみんなこの街にはいないらしい。


 別の街で冒険者を続けているのか、それとも街どころかこの世界からもすでにいないのか……


「(ギルドが動かないんじゃ、俺一人で何とかするしかないよな……)」


 あくまでも噂であり、それを証明する被害者もいない。

 そんな状況ではギルドも動けないのだろう。


 加えて、『王蛇』イーケンスは30人近くにも及ぶ冒険者を付き従えているらしい。

 一部ではイーケンスを含めたグループを『蛇の巣』と呼ぶ冒険者もいるそうだ。


「(『蛇の巣』ねぇ……冒険者以外にもいるみたいだけど)」


 チラと足元に視線をやれば、未だに白目をむくゴロツキの姿。


 こんなのが仲間って時点で、噂に聞かないようなこともやっていそうな気はしている。

 憶測ではあるが。


「……帰るか」


 『探知』で探っては見たが、もう俺をつけているような奴がいなくなったため、『安らぎ亭』へと戻ることにした。

 ここ最近は変な奴に目をつけれらているため、リップちゃんたちに迷惑をかけないようにと『安らぎ亭』に戻るのも遅くなっている。


 それもまた腹立たしい。


「戻りましたよぉっと」


 気疲れからか、『安らぎ亭』の敷居をまたいだ瞬間にため息が出てしまう。

 そんな俺を厨房から顔を覗かせた親父さんが「おかえり」と出迎えてくれた。


「また今日もずいぶん遅かったじゃねぇか」


「野暮用ですよ。それより、まだ夕餉は残ってますか? お腹が空いちゃって……」


「おう! すぐ温めなおしてやらぁ」


 まかせな! と厨房へと下がっていった親父さんを見送り、そのまま席に着く。

 しばらくすると、リップちゃんではなく親父さんが料理を運んできてくれた。


 いつもの固いパンに、スープ。そしてメインのランページファングのステーキだ。


「すみません、時間に間に合わなかったのに……」


「いいってことよ。お前さんには食材の提供で助けられてるからな! このランページファングの肉もそうだしよ」


「そう言ってくれると助かります。それより、リップちゃんはどうしたんですか?」


「リップの奴なら今お勉強中だな」


 そう言った親父さんの言葉に、思わず「勉強?」と首を傾げる。


「おう。新しくここに泊まってくれている冒険者が読み書きの他に計算もできるらしくてな。ここ最近は時間があるときに見てくれてんだよ。曰く、リップは筋がいいらしくてな? 親としては鼻が高いってもんよー!」


 流石我が天使! と呵々大笑する親父さん。

 確か、他の街から来た冒険者だと親父さんがいっていた客だ。


「まだ会ったことがないんですけど、どんな方なんですか?」


「あ? ……そういや、トーリはまだ顔を合わせてないんだったっけか?」


「ええ。人見知りの方だったりします?」


「いんや? 別にそう言う感じには見えなかったぞ? 食事の時も普通にしゃべってるしな。おまえさんみたいに物腰の柔らかい優男って感じだったぜ。星3つの冒険者らしいし、トーリとは気が合うかもだな」


 そんな親父さんの言葉に、「へー」と言葉を返した。

 街にやってきた当初ならともかく、その冒険者だという彼も既にギルドで俺の話を知っているかもしれない。


 果たして、顔を合わせたところで仲良くなれるのだろうか。


「あ! おにーさん! おかえりなさーい!」


「ああ、ただいまリップちゃん。お勉強頑張ってたんだって? 偉いね」


「えへー! リップ、たしざんできるの!」


 みててみててー! と指を折りながら一桁の数の足し算を一生懸命披露するリップちゃん。

 そんな彼女の姿を見た親父さんは、うるさいくらいに泣きながら膝を折った。


 せめて俺のいないところでやってくれ。


「おや? なかなか愉快なことになっていますね」


 親父さんのいつもの奇行に呆れていると、階段から初めて聞く声が響いた。

 俺が誰かと確認する前に、計算中だったリップちゃんが「せんせー!」と手を振っている。


「珍しいな、先生がこの時間に降りて来るなんて」


「あれだけ騒がしければ、気になって降りてきても不思議ではないでしょう? それより、そちらの方は初めましてですね。ゴリアテさん、紹介していただいても?」


 男はそう言って階段を下りてくると俺と対峙するように目の前に立った。

 緑の髪を後ろに撫でつけた、女性受けのよさそうな顔をした男だ。


「それもそうだな。トーリ、この人はアラウンさんつって、お前さんと同じ星3つの冒険者だ。今は時間があるときにリップの勉強も見てくれている」


「初めまして。アラウンと申します。以後、お見知りおきを」


 ニコッ、と効果音でも突きそうな笑みを浮かべるアラウンと名乗った男は、そう言ってこちらに手を差し伸べてきた。

 俺はその手を取る。


「ええ、初めまして。同じく星3つのトーリと言います。私と同じく、この宿に泊まる物好きがどんな方か気になっていたのですが、漸く顔合わせができてうれしく思いますよ」


「おいこらトーリ、どういうことだ? あ?」


「まあまあ、ゴリアテさん。そうカッカなさらないでください」


 苦笑しながら俺にガンを飛ばす親父さんをなだめるアラウンさん。

 リップちゃんの先生役も務めてくれている彼の言葉は無下にはできないのか、渋々と言った様子で下がった親父さん。


 そんな親父さんは無視して、俺はアラウンさんへと話しかける。


「アラウンさんは他の街から来た冒険者だと聞いていますが、どちらからボーリスへ?」


「トルキーです。危険ですが、稼ぐには『帰らずの森』に近いボーリスの方が稼げますからね」


「なるほど、トルキーから」


 トルキーといえば、俺が昇格試験の際に訪れた隣町だ。

 ただ周囲に出没する魔物は『帰らずの森』に近いボーリスと比べても弱いのが多い。彼の言う通り、稼ぐのならボーリスの方が都合がいいだろう。


「そうだ。もしよければ、『帰らずの森』を案内してもらってもよろしいでしょうか?」


「案内? 私が?」


「ええ。何度かあの森で討伐依頼はやっているんですが、まだ慣れたとは言い難くて

……トーリさんはこのボーリスで活動されているんですよね? なら私よりは詳しいかと思いまして」


「確かにそうですけど……」


 別に案内することに関しては問題はない。

 問題はないのだが、現状を考えると俺と一緒に行動するのはあまりよろしくないのではないかと考えている。


 一緒に行動すればこの人も一緒に目を付けられるかもしれない。

 どうしようかと返答に困っていると、そんな俺を見かねたのか親父さんが肩を叩いた。


「いいじゃねぇかよトーリ。何をそんなに悩んでんだ?」


「ああ、いや……」


「何か心配事でもあるんですか?」


 言い淀む俺に対して、アラウンさんが問いかける。

 親父さんたちに余計な心配や不安をさせたくない俺にとっては、今変なのに目をつけられているとは言いづらい。


「……わかりました。では今度オークの討伐にでも」


「ええ! よろしくお願いしますね」


 嬉しそうに笑ったアラウンさんは、そう言って眼鏡をクイと直すのだった。


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